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第7章
掛け違えたボタンたち⑭ ~緊張、探り探りの顔合わせ~
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練習試合の後なんやかんやあって咲、陽菜、桃子の桃李高校料理部の3人娘に誘われた二郎、尊、大和の3人は吉祥寺駅前の商店街にある某ファミリーレストランに来ていた。
「それでは確認致します。小エビのカクテルサラダを2つ、ペペロンチーノを2つ、ミラノ風ドリア、マルゲリータ、フライドポテト、ティラミスを一つずつにドリンクバー6つで間違いないでしょうか」
「はい、大丈夫です」
「かしこまりました。それではドリンクバーのグラスはあちらにございますのでセルフでお願い致します」
そう言って注文を受けた定員がテーブルから離れると気を利かせた大和が立ち上がりながら言った。
「ドリンク俺らが取ってくるよ。皆さんは何がいいですか?」
「え、でも、悪いですよ。部活で疲れているでしょうし、私らが行きますよ」
大和達が部活で疲れていることを気遣って今度は桃子がドリンクを取りに行くと立ち上がると尊が静止するように言った。
「いやいや、そんな気を遣う必要はないですよ。むしろこういうのは男の仕事だしここは任せて下さいよ」
「でも私達がお誘いしたのに申し訳ないです」
そんなやり取りを見ていた二郎が気を利かせて言った。
「まぁ尊よ、せっかくこう言ってくれているのだし任せようじゃないか」
その言葉に嬉しそうに桃子が返事をした。
「はい、任せて下さい」
「でも、一人で6人分は大変だろうし、大和も悪いが彼女と一緒に行ってくれるか」
「あぁもといそのつもりだ。それじゃ、皆は何が良いんだ?」
二郎の提案を聞いた桃子と大和はそれを快諾して、皆の希望を確認し二人はドリンクバーへ飲み物を取りに席を離れるのであった。
一方、残された4人は勢いでここまで来てしまったものの何を話して良いのか切っ掛けが作れず、なんとも言えない空気の中でお互いに目を合わせていると、しびれを切らせた陽菜が空気を変えようと二郎に話し掛けた。
「あれだ、サキッチョの彼氏さん、さっきはナイスアシストだったよ。モコも嬉しそうだったし、あの彼もなかなか気が利く感じでいい人そうだね」
なんとか緊張をほぐそうとおどけた様子で話し掛けてきた陽菜に二郎は苦笑いを浮かべながら言った。
「ははは、そりゃどうも。てか、彼氏とかそう言うんじゃないってさっきも説明したでしょ」
困った様子の二郎に咲も慌てて陽菜にツッコミを入れた。
「ちょっと陽菜ちゃんってば、山田君に失礼だよ。それに別に私は彼氏とか彼女とかそういう事は考えていないし、あまりからかわないでよ、もう~」
「はいはい、いまさら何言ってるのよ、あんたは。試合中だってまるで彼氏を心配する彼女みたいにずっと二郎君が~、二郎君が~って言っていたでしょうに」
「わわあわわわあ~何でもないから、陽菜ちゃんてば急に変なことを言い出す癖がある子なのよ、はははは」
「なんだ一体、大丈夫か七海さん?」
あわあわ言いながら陽菜の口を押える咲に二郎がポカーンとしながら問いかけると咲はなんとか話題を変えようとして言った。
「べ、別に本当に何でもないから、山田君は気にしないでいいからね。いや~料理まだかな、お腹空いたよね~」
「いや、今頼んだばかりだし、さすがにまだ来ないじゃないかな」
「そう、そうだね。・・・あ、そうだ、ここはね良く三人で学校帰りに寄る店なんだ。美味しくて安くて高校生にとっては最高の店だよね。山田君たちは普段どんなお店に行くの?」
「え、俺ら?部活帰りだとはまぁ牛丼屋とかラーメン屋とかはよく行くかな」
「そっか、男の子はそう言う店が多いよね、ははは~」
ぎこちないないながらも会話を弾ませる咲と二郎の傍らで、明らかにテンションを上げている咲を見ながら尊は心の中でつぶやいた。
(いや、どう見ても二郎のこと好きだろ、君は・・しかし俺はここで何を見せつけられているんだろうか)
尊からすればとにかく部活帰りに可愛い女子たちとご飯を食べに行けると言う願ってもいない状況に釣られて勢いで同席することを決めて店に来てみれば、相手の女子の一人はずっと大和の事ばかり気にしてただならぬ雰囲気を醸し出しており、また一方で話を持ってきた二郎も二郎でもう一人のメガネっ子から完全に好き好きオーラを受けている様子で完全に勝ち組モードに入っており、自分だけ乗り遅れた状況になっていることを薄々感じていた。そしてなによりも残りの陽気そうな女子は完全に自分には興味がなく、周りの友人の恋路を楽しそうに見守る様子を見て、自分はただの人数合わせの置物として召喚されたのだと悟るのであった。
そんなデカい背中を小さくしぼませる尊に陽菜が気づき人懐っこく声を掛けた。
陽菜はこの場は咲と桃子がお目当ての相手と距離を詰めるための場であることを理解しており、自分の役割は場を温めることとそして残りの男子、つまり、尊の相手をして二人の会話の邪魔をさせないことが重要な役割だと心に決めてこの場に臨んでいた。そのため、見るからに場違いだと気付きしょんぼりする尊が空気を壊さないように、自分が話し相手になって尊のテンションを上げようと男子が喜びそうな言葉を惜しげもなく連発するのであった。
「え~っと、中田君だっけ?試合見ていたけど、凄くカッコ良かったよ。近くで見ると本当に大っきいね。それに腕もすごく太くて男らしいなぁ」
「え、あぁ、どうも。まぁ毎日筋トレもしているし、これくらい別に大したことじゃないさ」
そう言いながらもふいに言われた誉め言葉に気をよくした尊が自慢げに腕を曲げて力こぶを作ると、それに反応した陽菜がさらにテンションを上げって言った。
「凄い凄い、服の上からでも筋肉が膨らんでいるのがわかるよ。ねぇ少し触ってみてもいい?」
陽菜の言葉に頬を赤く染めながらも力こぶを作った尊は右腕を陽菜の前へ差し出した。
「あぁ別に構わないが」
「やった!・・・おぉすごい、太くてカチカチだ。私、初めて男の人の筋肉触っちゃったよ」
「そうか、まぁ男子たるものこれくらい普通さ。はははは」
「中田君カッコイイ!!」
そこにドリンクを人数分用意して戻ってきた大和と桃子がきゃきゃと騒ぐ陽菜と元気を取り戻した尊、そしてあわあわと赤面しながらも取り留めのない会話を続ける咲とそれになんとなくうなずく二郎達を見て声を掛けた。
「おいおい、なんだか随分打ち解けたみたいだな、尊。二郎達も仲がよさそうで何よりだな」
「陽菜ちゃんもナナちゃんも私たちがいない間に何を話していたの?」
「ドリンクありがとうね、モコ、それと小野君も。さぁ座って座って!」
「まぁちょっとした世間話をな。ほらドリンク受取るぞ」
再び6人が席に揃い初めの緊張感のある雰囲気がなくなった所で改めて自己紹介をしている内に注文した料理が続々と運ばれてきた。
「どうぞ私達は気にせずどんどん食べて下さいね。あれだけハードに運動すればお腹もすくでしょ」
咲が遠慮して料理に手を付けずに躊躇していた二郎達を促すと大和が疑問そうに言った。
「君たちは食べなくていいのかい?それじゃさすがに少ないだろうに」
そう大和が言うのも当然だった。女性陣3人の前にはサラダとフライドポテト、それとティラミスが並んでいるだけで主食となりそうなモノを一切注文していなかった。
「私達はこれで十分なんです。3人で分けるので気にしないで下さい」
桃子が大和の問いに少し恥ずかしそうに答えると陽菜が付け加えるように言った。
「いや~実は部活であれこれつまみ食いをしていたからあまりお腹は空いてないんですよ。モコなんてサキッチョが作ったオムライスを食べてその後にシュークリームを3つも食べちゃって、他にも果物をパクパクとつまんで最後の方はシュークリームに入れる果物が足りるか心配になったぐらいで」
陽菜の話を聞いて今度は桃子が顔を真っ赤にして言葉を遮った。
「ちょっと陽菜ちゃん、それは言わない約束でしょ。それじゃ私が食いしん坊みたいじゃないの、もうひどいよ」
「何を言ってんのよ。まんま食いしん坊でしょうに。栄養取っている割に背は低いけど、その分全部こっちに栄養が取られちゃっているみたいだからさ。まったくモコみたいなのをロリ巨乳って言うのかしらね」
陽菜は桃子の言葉を軽くあしらいながら、頭をポンポンしながらからかうように言うと桃子が恥ずかしそうにさらに赤面させて言った。
「むむむむ、もう~バカバカ、なんて事言うのよ!」
「ハイハイ、静かにしなさいな、他のお客さんに迷惑でしょ。ねぇ小野君もモコみたいにご飯を一杯食べる子の方が可愛いよね。変にガリガリで細い子よりこんな感じのバインバインの娘の方が好きでしょ」
「!!!!!!!」
「ぶほぉ!」
そう言って陽菜は桃子の胸をわしづかみにして大和に話しを振ると桃子は声にならない悲鳴を上げ、大和は飲んでいたコーラを盛大に吹き出していた。
「ちょっとどうしたの!」
「おいおい大丈夫か?」
その大惨事に気がついた咲が陽菜の暴虐をなんとか阻止し尊と二郎が大和の粗相の始末をするも、桃子は恥ずかしさのあまり一時トイレに逃げ込み、男子高校生には刺激的なモノを目にした大和も動揺を隠せずしばらくは昇天していた。その後、なんとか陽菜が桃子に謝罪をしてなんとか事なきを得ると、陽菜は他の4人にもやり過ぎたと謝って再び6人はテーブルに戻るのであった。
てんやわんやあってすっかり冷めてしまった料理を小腹の空いた男性陣は無言で食べる一方で、女性陣はポテトをつまみながら調子に乗った陽菜を咲と桃子が小言言いながら説教していると、一通り食事を終えた二郎が再び会話を広げようと女性陣に話し掛けた。
「いや~結局のところ俺らはどうして一緒に飯食ってるんだっけ?俺らもなんとなく勢いで来ちまったけど何か俺らに話したいこととかがあったんだよね、七海さん?」
大和や尊を巻き込んでこの場を作った二郎もこの期に及んでも咲達の目的を理解できずにいたため、改めて咲に話を振ると今までしこたま二人に説教されていた陽菜が再び爆弾発言を投下した。
「それは単純ですよ。サキッチョは山田君に会いたかったから。モコは小野君と仲良くなりたかったから。私は恋する二人の様子を見て楽しみたかったから。まぁそんな感じですね」
陽菜の言葉に咲と桃子が再び陽菜に食って掛かった。
「意義あり!私はただモモちゃんのためにこの場を設けただけで別に私が山田君に会いたいとかそういうのは違うというかなんというか・・・・・」
「ちょっと陽菜ちゃん、それは違わないけど、違うでしょ!そんなはっきりいう事ないじゃない、もうバカ!」
勢いよく否定しようとするも最後は尻つぼみになる咲を見ていた二郎は複雑な表情で、否定したいけどできない桃子の様子を見ていた大和はほほを緩めて、そして完全におまけ扱いの尊は達観したように言った。
「まぁそうだわな」
「え、そうなのか」
「ははは、そうだよな」
三者三様の反応を見せる男性陣に対して、懲りずに咲と桃子をあおる陽菜が真面目なトーンで問いかけた。
「ところでさ、どうしてサキッチョは私と会話するときは山田君の事を二郎君っていうのに、本人を前だと山田君って敬称を変えているの?恥ずかしがらずに素直に名前に呼べばいいのに、どうして?」
陽菜の意外な指摘に咲は一瞬言葉を返すことができずにいるとそれに二郎が答えた。
「え、そうなのか?別にみんな二郎って呼ぶし、気にせず七海さんも二郎と呼んで大丈夫だけど」
「だってさ。こう言っているのだし、素直に二郎君って呼んだらどう」
「え、あぁうん」
咲がすこし恥ずかしそうにしていると二郎が今度は陽菜に問いかけた。
「それよりもさっきからずっと気になっていたんだけど、松岡さんはどうして七海さんの事をサキッチョって呼んでいるんだ?なんかのあだ名なのかな?」
二郎の問いに陽菜が不思議そうに返した。
「え?山田君、サキッチョの名前知らないの?」
「あぁ苗字だけ教えてもらって、名前は確か聞かなかったような気がするな。てか、七海さんこそどうして俺の名前が二郎だって知っているんだ?」
二郎の疑問に咲が再び絶句するもどうにか取り繕うと答えをひねり出した。
「え・・・・・いや、それはその・・・・あぁそうだ、あのとき、あの電車で話をしたときに二郎君が名乗ったんだと思うけどな。それで私は山田君の名前を知ったんだと思うけど、違いましたか?」
未だ二郎にかつての同級生であることを打ち明けられていない咲が何とかごまかそうとしていると二郎は特にその言葉に疑問を持たずに言った。
「あ~そうだったかな。もしかしたら自分で名乗ったかもしれないですね。すいません、なんとなく君とは初めて会った気がしなくて。俺の事を前から知っているのかと感じていて」
そんな二郎の言葉を聞いて陽菜が冷やかすように言った。
「何々山田君、なんかそれってナンパの口説き文句みたいじゃない。サキッチョと運命みたいなものを感じちゃっているのかな?」
「いや、別にそういう訳じゃないさ。それよりもサキッチョって結局なんなんだい?」
「なんだって普通に名前からとったあだ名だよ。サキッチョの本名は七海咲でしょ。だからサキッチョ、それだけの事よ」
「私はナナちゃんって呼んでいるけどね」
陽菜の言葉に桃子も付け足すように言うと、二郎は合点が言ったように頷くもどこか魚の小骨がのどに刺さったような違和感をぬぐい切れずにつぶやいた。
「あぁそういうことか。七海咲、それでサキッチョにナナちゃんね。まぁそれなら別におかしくないか・・・咲?・・・咲だって?」
そう言いながら目の前に座る咲を凝視する二郎に咲がこらえきれずに言った。
「え~っと山田君。私の顔に何かついているかな。そんなに見つめられると、その、ちょっと恥ずかしいっていうか・・・」
「え、あぁごめん。そのなんといかやっぱりどこか俺の知っている人と君が似ているような気がして、すまない」
二郎の言葉に心臓を飛び跳ねさせるも、なんとか冷静を保とうと黙っていると陽菜がわくわくした様子で二郎に食いついた。
「ちょっと山田君、本気で口説きに入っちゃってる感じなの?」
「別にそういう訳じゃないんだが・・・」
歯切れの悪い二郎に今度は尊が問いかけた。
「二郎、急にどうした?似ているって誰に彼女が似ているんだ?」
「いや、その~なんというか・・・・」
二郎は尊の問いに答えながら改めて自分の知る咲と目の前の七海咲と名乗る女子を見比べて記憶を思い返していた。
(俺の知っている委員長は大人しくて引っ込み思案でだけど、責任感もあって真面目ででもやっぱり泣き虫で気が弱くて、守ってあげなきゃって思うようなそんな弱い子だったよな。でも目の前にいる彼女は見た目は文学少女風の大人しそうな風貌で委員長が成長していればこんな風になっているかもって気がするけど、電車でなんのためらいもなくお年寄りに席を譲れるような正義感があったり、知らない相手にも物おじせずに話しかけたり、いきなりケーキをくれたりする外交的な性格で、今日みたいにいきなり俺らに声を掛けて合コンまがいのことを誘えるほどの積極性があることを考えるとあまりにも性格が違いすぎるよな。たしかに5年も経てばあの頃のままなんてことは当然あり得ないけど、それにしても彼女と委員長ではあまりにも別人格と言わざるを得ないよな。うん、そうだ、きっと他人のそら似で俺が意識しすぎただけだよな。あぁきっとそうだ)
「あの~山田君、どうかした?」
なにか考え事をしている様子の二郎におっかなびっくりで咲が話しかけると、二郎は頭を振りながら言った。
「いや、なんでもよ。きっと俺の勘違いだわ。俺の知っている子は君とは真反対の性格で大人しくてこんなぐいぐいこれるような積極性のある感じじゃなかったから多分他人のそら似ってやつだと思うわ。すまない、変な事を言ってしまって」
それを聞いた咲は自分の正体がばれなくてほっとした一方で、過去の自分とは全くの別人だと言われたことに嬉しいような悲しいような複雑な心境になっていた。
「そう、なんだ。まぁ世界には自分に似た人が3人くらいはいるっていうもんね」
「なんだ、つまらないの。もしかしたら小学校とか幼稚園の頃に一度で出会っていて、数年の時を経てようやく運命の再開を果たしたみたいな劇的な関係だったら、激熱の展開だと思ったのに残念~」
そんなことをがっかりしながら言う陽菜に桃子と咲がツッコミを入れた。
「陽菜ちゃんってば、ドラマとか映画の見過ぎだよ」
「そうだよ、大げさだな、そんなドラマチックなことが起こるわけないじゃん」
(全然大げさなんかじゃないんだよ!まさに先週の帰りの電車のなかでそんなドラマチックなことが起きたんですけど!だけど自分がその運命の相手だって言えないのよ!早く私が二郎君の小学校の同級生の吉田咲だって言いたいのに、いえない自分が本当に情けないよ、う~)
一人心の中でテンションを上げて興奮したり、泣き言をいう咲の傍らでがっかりした様子の陽菜が言った。
「そんなもんかね。でも、せっかくだしお互いに名前で呼ぶのはいいんじゃないの。山田君だって親しい人とは名前で呼び合うでしょ?」
「あぁまぁ友達とはみんなそうだな。基本女子は君付で、野郎たちは基本呼び捨てだな。あ~でも一人女子でも山田って呼び捨てする奴がいたわ」
二郎の言葉に尊が含みを持ったように言った。
「確かに歩とはいつまでたっても折り合いが悪いよな、お前。でも、忍は二郎の事を二郎って呼ぶだろ。それだけ忍とお前の関係は深いってことなのか?」
「別に今あいつの話は関係ないだろう。あいつとはただの腐れ縁なだけだわ」
二人の会話に咲が不安そうに言った。
「忍、さん?その人は二郎君とどういう関係の人なんですか?名前で呼び合うくらいだから仲良しなのかな?」
「え、もしかして山田君って彼女持ちだったりするの?」
咲が聞きたくて聞けないことを陽菜があっさりと尋ねると二郎は慌てて否定した。
「いやいや別に俺らはそんな関係じゃないよ。本当にただの腐れ縁っていうか偶然クラスと部活が一年の頃から一緒でそれでまぁ仲良くなったくらいだし、それだけだよ。まぁあいつなんてただのバスケバカで色気の一つもない女だし、まぁ見た目は一般的には美人に入るのかもしれないけど、別にだから俺がどうこう思うこともないしな。ははは」
突如落ち着きを失う二郎を見て桃子が大和に尋ねた。
「小野君、もしかしてその忍さんって人って、今日の練習試合にも来てた人なのかな?」
「あぁそうだよ。見ていたかわからないけど背が高くてシュートを決めまくっていたショートカットの女子がいたんだけど、それが忍だよ。まぁどういう関係なのかは俺もよく知らんけど、はたから見ていても二郎と忍は普段から仲良さげだからな」
大和の話に今度は咲が動揺を隠しきれずあわあわしながら言った。
「そそそそっそ、そうなんだ。あの人は確かにすごく美人でバスケットも上手だったし、山田君が気になるのも無理ないよね。そっか、そうだよね、ははははは」
「いや、だから忍とはそういう関係じゃないからね。あいつにもそんな気はないし、俺だって忍の事なんて男友達くらいにしか考えてないし、まぁそれくらいの関係ってことさ」
二郎は帰り際の忍とのやり取りを思い出しながら、自分の忍への気持ちをどうにかあやふやにしてごまかそうとわざと自分の気持ちに気づく前のような態度を咲達に見せることで自分に納得させようとしたのであった。
「なんかムキになって否定するところがあやしいけど、まぁ私もその忍さんって人となりも知らないし、とりあいずはそういう事ってことでいいんじゃないの、サキッチョ?」
「え、うん。そうだね。山田君がそう言うならきっとそうなんだよね。ごめんなさい、なんか無神経にあれこれ聞いてしまって」
「いや別にたいしたことじゃないし、俺の恋愛事情なんてたいして面白い話でもないでしょ」
二郎がどこか脱力しながら言うと、咲が食いつくように言った。
「そんなことないですよ。色々聞けて良かったです。ありがとう、え~っと二郎君」
「あぁどういたしまして。咲ちゃん?いや咲さんか。」
少し恥ずかしそうに名前で呼び合う二人に陽菜がけしかける様に言った。
「いや、そこはその忍さんとやらみたいに、二郎と咲って呼び合えばいいんじゃないの?」
「え!そんな私は二郎君で充分だよ」
「いきなりそれはさすがにキツイべ。まぁなんなら俺もサキッチョにしようか?」
「いやそれはどうかやめてほしいです。え~っと咲ちゃんでお願いします」
「そうかい、だったら遠慮なく咲ちゃんで宜しくお願いします」
そんな二人の初々しいやり取りを見ていた桃子がそれに便乗して言った。
「あの私も大和君って呼んでいいですか。私の事は桃子って呼んで構わないので」
「え、あぁまぁ別に構わないけど・・・」
「だったら私も陽菜でいいですよ。せっかくだし、私も尊君って呼んじゃっていいですか。てかみんな名前で呼び合えば問題解決じゃないですか。それでまたみんなで会えばいいじゃないですか?でも、今度は二人きりで会うのがいいのか?」
「へ~それは随分楽しそうなことになっているわね。あたしも混ぜてもらおうかしら?」
「「「!?」」」
陽菜が一気に間を詰めようと二郎達に今後の6人の交友について話を持ちかけたところで、思わぬ人物から声がかかるのであった。
「それでは確認致します。小エビのカクテルサラダを2つ、ペペロンチーノを2つ、ミラノ風ドリア、マルゲリータ、フライドポテト、ティラミスを一つずつにドリンクバー6つで間違いないでしょうか」
「はい、大丈夫です」
「かしこまりました。それではドリンクバーのグラスはあちらにございますのでセルフでお願い致します」
そう言って注文を受けた定員がテーブルから離れると気を利かせた大和が立ち上がりながら言った。
「ドリンク俺らが取ってくるよ。皆さんは何がいいですか?」
「え、でも、悪いですよ。部活で疲れているでしょうし、私らが行きますよ」
大和達が部活で疲れていることを気遣って今度は桃子がドリンクを取りに行くと立ち上がると尊が静止するように言った。
「いやいや、そんな気を遣う必要はないですよ。むしろこういうのは男の仕事だしここは任せて下さいよ」
「でも私達がお誘いしたのに申し訳ないです」
そんなやり取りを見ていた二郎が気を利かせて言った。
「まぁ尊よ、せっかくこう言ってくれているのだし任せようじゃないか」
その言葉に嬉しそうに桃子が返事をした。
「はい、任せて下さい」
「でも、一人で6人分は大変だろうし、大和も悪いが彼女と一緒に行ってくれるか」
「あぁもといそのつもりだ。それじゃ、皆は何が良いんだ?」
二郎の提案を聞いた桃子と大和はそれを快諾して、皆の希望を確認し二人はドリンクバーへ飲み物を取りに席を離れるのであった。
一方、残された4人は勢いでここまで来てしまったものの何を話して良いのか切っ掛けが作れず、なんとも言えない空気の中でお互いに目を合わせていると、しびれを切らせた陽菜が空気を変えようと二郎に話し掛けた。
「あれだ、サキッチョの彼氏さん、さっきはナイスアシストだったよ。モコも嬉しそうだったし、あの彼もなかなか気が利く感じでいい人そうだね」
なんとか緊張をほぐそうとおどけた様子で話し掛けてきた陽菜に二郎は苦笑いを浮かべながら言った。
「ははは、そりゃどうも。てか、彼氏とかそう言うんじゃないってさっきも説明したでしょ」
困った様子の二郎に咲も慌てて陽菜にツッコミを入れた。
「ちょっと陽菜ちゃんってば、山田君に失礼だよ。それに別に私は彼氏とか彼女とかそういう事は考えていないし、あまりからかわないでよ、もう~」
「はいはい、いまさら何言ってるのよ、あんたは。試合中だってまるで彼氏を心配する彼女みたいにずっと二郎君が~、二郎君が~って言っていたでしょうに」
「わわあわわわあ~何でもないから、陽菜ちゃんてば急に変なことを言い出す癖がある子なのよ、はははは」
「なんだ一体、大丈夫か七海さん?」
あわあわ言いながら陽菜の口を押える咲に二郎がポカーンとしながら問いかけると咲はなんとか話題を変えようとして言った。
「べ、別に本当に何でもないから、山田君は気にしないでいいからね。いや~料理まだかな、お腹空いたよね~」
「いや、今頼んだばかりだし、さすがにまだ来ないじゃないかな」
「そう、そうだね。・・・あ、そうだ、ここはね良く三人で学校帰りに寄る店なんだ。美味しくて安くて高校生にとっては最高の店だよね。山田君たちは普段どんなお店に行くの?」
「え、俺ら?部活帰りだとはまぁ牛丼屋とかラーメン屋とかはよく行くかな」
「そっか、男の子はそう言う店が多いよね、ははは~」
ぎこちないないながらも会話を弾ませる咲と二郎の傍らで、明らかにテンションを上げている咲を見ながら尊は心の中でつぶやいた。
(いや、どう見ても二郎のこと好きだろ、君は・・しかし俺はここで何を見せつけられているんだろうか)
尊からすればとにかく部活帰りに可愛い女子たちとご飯を食べに行けると言う願ってもいない状況に釣られて勢いで同席することを決めて店に来てみれば、相手の女子の一人はずっと大和の事ばかり気にしてただならぬ雰囲気を醸し出しており、また一方で話を持ってきた二郎も二郎でもう一人のメガネっ子から完全に好き好きオーラを受けている様子で完全に勝ち組モードに入っており、自分だけ乗り遅れた状況になっていることを薄々感じていた。そしてなによりも残りの陽気そうな女子は完全に自分には興味がなく、周りの友人の恋路を楽しそうに見守る様子を見て、自分はただの人数合わせの置物として召喚されたのだと悟るのであった。
そんなデカい背中を小さくしぼませる尊に陽菜が気づき人懐っこく声を掛けた。
陽菜はこの場は咲と桃子がお目当ての相手と距離を詰めるための場であることを理解しており、自分の役割は場を温めることとそして残りの男子、つまり、尊の相手をして二人の会話の邪魔をさせないことが重要な役割だと心に決めてこの場に臨んでいた。そのため、見るからに場違いだと気付きしょんぼりする尊が空気を壊さないように、自分が話し相手になって尊のテンションを上げようと男子が喜びそうな言葉を惜しげもなく連発するのであった。
「え~っと、中田君だっけ?試合見ていたけど、凄くカッコ良かったよ。近くで見ると本当に大っきいね。それに腕もすごく太くて男らしいなぁ」
「え、あぁ、どうも。まぁ毎日筋トレもしているし、これくらい別に大したことじゃないさ」
そう言いながらもふいに言われた誉め言葉に気をよくした尊が自慢げに腕を曲げて力こぶを作ると、それに反応した陽菜がさらにテンションを上げって言った。
「凄い凄い、服の上からでも筋肉が膨らんでいるのがわかるよ。ねぇ少し触ってみてもいい?」
陽菜の言葉に頬を赤く染めながらも力こぶを作った尊は右腕を陽菜の前へ差し出した。
「あぁ別に構わないが」
「やった!・・・おぉすごい、太くてカチカチだ。私、初めて男の人の筋肉触っちゃったよ」
「そうか、まぁ男子たるものこれくらい普通さ。はははは」
「中田君カッコイイ!!」
そこにドリンクを人数分用意して戻ってきた大和と桃子がきゃきゃと騒ぐ陽菜と元気を取り戻した尊、そしてあわあわと赤面しながらも取り留めのない会話を続ける咲とそれになんとなくうなずく二郎達を見て声を掛けた。
「おいおい、なんだか随分打ち解けたみたいだな、尊。二郎達も仲がよさそうで何よりだな」
「陽菜ちゃんもナナちゃんも私たちがいない間に何を話していたの?」
「ドリンクありがとうね、モコ、それと小野君も。さぁ座って座って!」
「まぁちょっとした世間話をな。ほらドリンク受取るぞ」
再び6人が席に揃い初めの緊張感のある雰囲気がなくなった所で改めて自己紹介をしている内に注文した料理が続々と運ばれてきた。
「どうぞ私達は気にせずどんどん食べて下さいね。あれだけハードに運動すればお腹もすくでしょ」
咲が遠慮して料理に手を付けずに躊躇していた二郎達を促すと大和が疑問そうに言った。
「君たちは食べなくていいのかい?それじゃさすがに少ないだろうに」
そう大和が言うのも当然だった。女性陣3人の前にはサラダとフライドポテト、それとティラミスが並んでいるだけで主食となりそうなモノを一切注文していなかった。
「私達はこれで十分なんです。3人で分けるので気にしないで下さい」
桃子が大和の問いに少し恥ずかしそうに答えると陽菜が付け加えるように言った。
「いや~実は部活であれこれつまみ食いをしていたからあまりお腹は空いてないんですよ。モコなんてサキッチョが作ったオムライスを食べてその後にシュークリームを3つも食べちゃって、他にも果物をパクパクとつまんで最後の方はシュークリームに入れる果物が足りるか心配になったぐらいで」
陽菜の話を聞いて今度は桃子が顔を真っ赤にして言葉を遮った。
「ちょっと陽菜ちゃん、それは言わない約束でしょ。それじゃ私が食いしん坊みたいじゃないの、もうひどいよ」
「何を言ってんのよ。まんま食いしん坊でしょうに。栄養取っている割に背は低いけど、その分全部こっちに栄養が取られちゃっているみたいだからさ。まったくモコみたいなのをロリ巨乳って言うのかしらね」
陽菜は桃子の言葉を軽くあしらいながら、頭をポンポンしながらからかうように言うと桃子が恥ずかしそうにさらに赤面させて言った。
「むむむむ、もう~バカバカ、なんて事言うのよ!」
「ハイハイ、静かにしなさいな、他のお客さんに迷惑でしょ。ねぇ小野君もモコみたいにご飯を一杯食べる子の方が可愛いよね。変にガリガリで細い子よりこんな感じのバインバインの娘の方が好きでしょ」
「!!!!!!!」
「ぶほぉ!」
そう言って陽菜は桃子の胸をわしづかみにして大和に話しを振ると桃子は声にならない悲鳴を上げ、大和は飲んでいたコーラを盛大に吹き出していた。
「ちょっとどうしたの!」
「おいおい大丈夫か?」
その大惨事に気がついた咲が陽菜の暴虐をなんとか阻止し尊と二郎が大和の粗相の始末をするも、桃子は恥ずかしさのあまり一時トイレに逃げ込み、男子高校生には刺激的なモノを目にした大和も動揺を隠せずしばらくは昇天していた。その後、なんとか陽菜が桃子に謝罪をしてなんとか事なきを得ると、陽菜は他の4人にもやり過ぎたと謝って再び6人はテーブルに戻るのであった。
てんやわんやあってすっかり冷めてしまった料理を小腹の空いた男性陣は無言で食べる一方で、女性陣はポテトをつまみながら調子に乗った陽菜を咲と桃子が小言言いながら説教していると、一通り食事を終えた二郎が再び会話を広げようと女性陣に話し掛けた。
「いや~結局のところ俺らはどうして一緒に飯食ってるんだっけ?俺らもなんとなく勢いで来ちまったけど何か俺らに話したいこととかがあったんだよね、七海さん?」
大和や尊を巻き込んでこの場を作った二郎もこの期に及んでも咲達の目的を理解できずにいたため、改めて咲に話を振ると今までしこたま二人に説教されていた陽菜が再び爆弾発言を投下した。
「それは単純ですよ。サキッチョは山田君に会いたかったから。モコは小野君と仲良くなりたかったから。私は恋する二人の様子を見て楽しみたかったから。まぁそんな感じですね」
陽菜の言葉に咲と桃子が再び陽菜に食って掛かった。
「意義あり!私はただモモちゃんのためにこの場を設けただけで別に私が山田君に会いたいとかそういうのは違うというかなんというか・・・・・」
「ちょっと陽菜ちゃん、それは違わないけど、違うでしょ!そんなはっきりいう事ないじゃない、もうバカ!」
勢いよく否定しようとするも最後は尻つぼみになる咲を見ていた二郎は複雑な表情で、否定したいけどできない桃子の様子を見ていた大和はほほを緩めて、そして完全におまけ扱いの尊は達観したように言った。
「まぁそうだわな」
「え、そうなのか」
「ははは、そうだよな」
三者三様の反応を見せる男性陣に対して、懲りずに咲と桃子をあおる陽菜が真面目なトーンで問いかけた。
「ところでさ、どうしてサキッチョは私と会話するときは山田君の事を二郎君っていうのに、本人を前だと山田君って敬称を変えているの?恥ずかしがらずに素直に名前に呼べばいいのに、どうして?」
陽菜の意外な指摘に咲は一瞬言葉を返すことができずにいるとそれに二郎が答えた。
「え、そうなのか?別にみんな二郎って呼ぶし、気にせず七海さんも二郎と呼んで大丈夫だけど」
「だってさ。こう言っているのだし、素直に二郎君って呼んだらどう」
「え、あぁうん」
咲がすこし恥ずかしそうにしていると二郎が今度は陽菜に問いかけた。
「それよりもさっきからずっと気になっていたんだけど、松岡さんはどうして七海さんの事をサキッチョって呼んでいるんだ?なんかのあだ名なのかな?」
二郎の問いに陽菜が不思議そうに返した。
「え?山田君、サキッチョの名前知らないの?」
「あぁ苗字だけ教えてもらって、名前は確か聞かなかったような気がするな。てか、七海さんこそどうして俺の名前が二郎だって知っているんだ?」
二郎の疑問に咲が再び絶句するもどうにか取り繕うと答えをひねり出した。
「え・・・・・いや、それはその・・・・あぁそうだ、あのとき、あの電車で話をしたときに二郎君が名乗ったんだと思うけどな。それで私は山田君の名前を知ったんだと思うけど、違いましたか?」
未だ二郎にかつての同級生であることを打ち明けられていない咲が何とかごまかそうとしていると二郎は特にその言葉に疑問を持たずに言った。
「あ~そうだったかな。もしかしたら自分で名乗ったかもしれないですね。すいません、なんとなく君とは初めて会った気がしなくて。俺の事を前から知っているのかと感じていて」
そんな二郎の言葉を聞いて陽菜が冷やかすように言った。
「何々山田君、なんかそれってナンパの口説き文句みたいじゃない。サキッチョと運命みたいなものを感じちゃっているのかな?」
「いや、別にそういう訳じゃないさ。それよりもサキッチョって結局なんなんだい?」
「なんだって普通に名前からとったあだ名だよ。サキッチョの本名は七海咲でしょ。だからサキッチョ、それだけの事よ」
「私はナナちゃんって呼んでいるけどね」
陽菜の言葉に桃子も付け足すように言うと、二郎は合点が言ったように頷くもどこか魚の小骨がのどに刺さったような違和感をぬぐい切れずにつぶやいた。
「あぁそういうことか。七海咲、それでサキッチョにナナちゃんね。まぁそれなら別におかしくないか・・・咲?・・・咲だって?」
そう言いながら目の前に座る咲を凝視する二郎に咲がこらえきれずに言った。
「え~っと山田君。私の顔に何かついているかな。そんなに見つめられると、その、ちょっと恥ずかしいっていうか・・・」
「え、あぁごめん。そのなんといかやっぱりどこか俺の知っている人と君が似ているような気がして、すまない」
二郎の言葉に心臓を飛び跳ねさせるも、なんとか冷静を保とうと黙っていると陽菜がわくわくした様子で二郎に食いついた。
「ちょっと山田君、本気で口説きに入っちゃってる感じなの?」
「別にそういう訳じゃないんだが・・・」
歯切れの悪い二郎に今度は尊が問いかけた。
「二郎、急にどうした?似ているって誰に彼女が似ているんだ?」
「いや、その~なんというか・・・・」
二郎は尊の問いに答えながら改めて自分の知る咲と目の前の七海咲と名乗る女子を見比べて記憶を思い返していた。
(俺の知っている委員長は大人しくて引っ込み思案でだけど、責任感もあって真面目ででもやっぱり泣き虫で気が弱くて、守ってあげなきゃって思うようなそんな弱い子だったよな。でも目の前にいる彼女は見た目は文学少女風の大人しそうな風貌で委員長が成長していればこんな風になっているかもって気がするけど、電車でなんのためらいもなくお年寄りに席を譲れるような正義感があったり、知らない相手にも物おじせずに話しかけたり、いきなりケーキをくれたりする外交的な性格で、今日みたいにいきなり俺らに声を掛けて合コンまがいのことを誘えるほどの積極性があることを考えるとあまりにも性格が違いすぎるよな。たしかに5年も経てばあの頃のままなんてことは当然あり得ないけど、それにしても彼女と委員長ではあまりにも別人格と言わざるを得ないよな。うん、そうだ、きっと他人のそら似で俺が意識しすぎただけだよな。あぁきっとそうだ)
「あの~山田君、どうかした?」
なにか考え事をしている様子の二郎におっかなびっくりで咲が話しかけると、二郎は頭を振りながら言った。
「いや、なんでもよ。きっと俺の勘違いだわ。俺の知っている子は君とは真反対の性格で大人しくてこんなぐいぐいこれるような積極性のある感じじゃなかったから多分他人のそら似ってやつだと思うわ。すまない、変な事を言ってしまって」
それを聞いた咲は自分の正体がばれなくてほっとした一方で、過去の自分とは全くの別人だと言われたことに嬉しいような悲しいような複雑な心境になっていた。
「そう、なんだ。まぁ世界には自分に似た人が3人くらいはいるっていうもんね」
「なんだ、つまらないの。もしかしたら小学校とか幼稚園の頃に一度で出会っていて、数年の時を経てようやく運命の再開を果たしたみたいな劇的な関係だったら、激熱の展開だと思ったのに残念~」
そんなことをがっかりしながら言う陽菜に桃子と咲がツッコミを入れた。
「陽菜ちゃんってば、ドラマとか映画の見過ぎだよ」
「そうだよ、大げさだな、そんなドラマチックなことが起こるわけないじゃん」
(全然大げさなんかじゃないんだよ!まさに先週の帰りの電車のなかでそんなドラマチックなことが起きたんですけど!だけど自分がその運命の相手だって言えないのよ!早く私が二郎君の小学校の同級生の吉田咲だって言いたいのに、いえない自分が本当に情けないよ、う~)
一人心の中でテンションを上げて興奮したり、泣き言をいう咲の傍らでがっかりした様子の陽菜が言った。
「そんなもんかね。でも、せっかくだしお互いに名前で呼ぶのはいいんじゃないの。山田君だって親しい人とは名前で呼び合うでしょ?」
「あぁまぁ友達とはみんなそうだな。基本女子は君付で、野郎たちは基本呼び捨てだな。あ~でも一人女子でも山田って呼び捨てする奴がいたわ」
二郎の言葉に尊が含みを持ったように言った。
「確かに歩とはいつまでたっても折り合いが悪いよな、お前。でも、忍は二郎の事を二郎って呼ぶだろ。それだけ忍とお前の関係は深いってことなのか?」
「別に今あいつの話は関係ないだろう。あいつとはただの腐れ縁なだけだわ」
二人の会話に咲が不安そうに言った。
「忍、さん?その人は二郎君とどういう関係の人なんですか?名前で呼び合うくらいだから仲良しなのかな?」
「え、もしかして山田君って彼女持ちだったりするの?」
咲が聞きたくて聞けないことを陽菜があっさりと尋ねると二郎は慌てて否定した。
「いやいや別に俺らはそんな関係じゃないよ。本当にただの腐れ縁っていうか偶然クラスと部活が一年の頃から一緒でそれでまぁ仲良くなったくらいだし、それだけだよ。まぁあいつなんてただのバスケバカで色気の一つもない女だし、まぁ見た目は一般的には美人に入るのかもしれないけど、別にだから俺がどうこう思うこともないしな。ははは」
突如落ち着きを失う二郎を見て桃子が大和に尋ねた。
「小野君、もしかしてその忍さんって人って、今日の練習試合にも来てた人なのかな?」
「あぁそうだよ。見ていたかわからないけど背が高くてシュートを決めまくっていたショートカットの女子がいたんだけど、それが忍だよ。まぁどういう関係なのかは俺もよく知らんけど、はたから見ていても二郎と忍は普段から仲良さげだからな」
大和の話に今度は咲が動揺を隠しきれずあわあわしながら言った。
「そそそそっそ、そうなんだ。あの人は確かにすごく美人でバスケットも上手だったし、山田君が気になるのも無理ないよね。そっか、そうだよね、ははははは」
「いや、だから忍とはそういう関係じゃないからね。あいつにもそんな気はないし、俺だって忍の事なんて男友達くらいにしか考えてないし、まぁそれくらいの関係ってことさ」
二郎は帰り際の忍とのやり取りを思い出しながら、自分の忍への気持ちをどうにかあやふやにしてごまかそうとわざと自分の気持ちに気づく前のような態度を咲達に見せることで自分に納得させようとしたのであった。
「なんかムキになって否定するところがあやしいけど、まぁ私もその忍さんって人となりも知らないし、とりあいずはそういう事ってことでいいんじゃないの、サキッチョ?」
「え、うん。そうだね。山田君がそう言うならきっとそうなんだよね。ごめんなさい、なんか無神経にあれこれ聞いてしまって」
「いや別にたいしたことじゃないし、俺の恋愛事情なんてたいして面白い話でもないでしょ」
二郎がどこか脱力しながら言うと、咲が食いつくように言った。
「そんなことないですよ。色々聞けて良かったです。ありがとう、え~っと二郎君」
「あぁどういたしまして。咲ちゃん?いや咲さんか。」
少し恥ずかしそうに名前で呼び合う二人に陽菜がけしかける様に言った。
「いや、そこはその忍さんとやらみたいに、二郎と咲って呼び合えばいいんじゃないの?」
「え!そんな私は二郎君で充分だよ」
「いきなりそれはさすがにキツイべ。まぁなんなら俺もサキッチョにしようか?」
「いやそれはどうかやめてほしいです。え~っと咲ちゃんでお願いします」
「そうかい、だったら遠慮なく咲ちゃんで宜しくお願いします」
そんな二人の初々しいやり取りを見ていた桃子がそれに便乗して言った。
「あの私も大和君って呼んでいいですか。私の事は桃子って呼んで構わないので」
「え、あぁまぁ別に構わないけど・・・」
「だったら私も陽菜でいいですよ。せっかくだし、私も尊君って呼んじゃっていいですか。てかみんな名前で呼び合えば問題解決じゃないですか。それでまたみんなで会えばいいじゃないですか?でも、今度は二人きりで会うのがいいのか?」
「へ~それは随分楽しそうなことになっているわね。あたしも混ぜてもらおうかしら?」
「「「!?」」」
陽菜が一気に間を詰めようと二郎達に今後の6人の交友について話を持ちかけたところで、思わぬ人物から声がかかるのであった。
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