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第7章

掛け違えたボタンたち⑪ ~開花、恋の息吹~

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 試合は第4クォーターに突入。スコアは64対64の拮抗した試合の中、両軍共に疲労が溜まってきた中でも抜群の運動量と広い視野、冷静な戦術眼でゲームを支配していたのは桃李サイドではキャプテンの明人で、琴吹サイドでは大和だった。

 今夏の大会に2年でレギュラー入りして都大会で8強入りに貢献した明人の活躍はある程度予想された一方で、その明人とマッチアップをして互角にやり合う大和の実力は一見地味で影の薄い印象に反して桃李ベンチでも実力を認めざるを得ない相手と認識され始めていた。

 そしてそれは琴吹ベンチで試合を見守るすみれも大和に対する評価を見直させるまでになっていた。

「本当にタフね、小野君は。コート内で誰よりも動き回っているのに終盤になってもへばらないし、素人目に見ても今のチームを動かしているのは小野君だって分かるし、ちょっと彼の事を見くびっていたかも知れないわ」

 すみれが隣に座り声出しをする中林や大城、小柳に話し掛けると3人が苦笑いしつつもハッキリと答えた。

「ハハハハ、確かに小野先輩は俺が言っては何ですが、顔も地味で端から見ると頼りなく見えるのかも知れませんね。でも、少なくとも男バスの人間は小野先輩の事をそんな風には思っていないと思いますよ」

「まぁ姉さんにこんなこと言うのは申し訳ないですが、一ノ瀬先輩がいなくても何とか部活は回りますけど、小野先輩がいなかったら一ヶ月持たずに部が空転すると思いますよ。それくらい小野先輩は今の男バスには必要で中心の人なんです。だから皆が小野先輩の事を信頼しているんですよ」

「あぁ確かにそうかもな。小野先輩は誰よりも早く部活に来て練習しているし、一番最後まで残って片付けとかも手伝ってくれるし、練習メニューを考えるのも、俺ら後輩の面倒を見るのも、今日みたいな対外試合とかも小野先輩が中心に決めているし、いざ試合となっても中田先輩がいてもゲームメイクが出来る小野先輩がいなきゃどうにも出来ないのが現実だしな。姉御が言う通り、やっぱり小野先輩が今のチームの中心にいるのは間違いないですよ」

 中林、大城、小柳が大和への信頼をそれぞれ語っているのを聞きながら、すみれは一に以前言われたことを思い出していた。

 

 それはすみれが部活の個人練習を抜け出して生徒会の仕事のため1人生徒会室で一が事務作業をしていたところへ顔を出しあれこれとたわいも無い事を話している時だった。

「そう言えば私思ったんだけど、男バスは一君がいなくてちゃんと部活できているの?」

「なんだ藪から棒に。急にウチの部活の心配なんてしてどうした?」

 すみれの急な問いかけにいつもの様に飄々とした様子で一が返事をするとすみれが半笑いで言った。

「いや~私思ったんだけどさ、今の男バスって一君がいなきゃ組織として大丈夫なのかと思って。まともに練習出来ているの?」

「なんだそりゃ?」

「だって部長の中田君は部活には真面目だけど、正直人をまとめるようなタイプではないでしょ。それに二郎君はいつもフラフラしていてそれどころじゃないし、副部長の小野君だって何か影が薄いというか地味というかでちゃんと練習とか出来ているのか心配でね。一君がいれば上手く皆をまとめてくれると思うけど、生徒会で忙しくてあまり出られないじゃない。だからふと心配になってね」

 すみれが余計なお節介とは思っていても、ずっと気になっていた事を思いきって一に問いかけると一はすみれが予想もしなかった反応を見せた。

「何だ、そう言うことか。ノー問題。全く心配ないよ。だってウチの部をまとめているのは俺なんかじゃないからね」

「え、どういうこと?」

「そりゃ男バスの中心は俺じゃなくて大和だからさ。俺なんかよりもよっぽど部内での信頼度も貢献度も高いし、顧問からも全権を委任されているくらいだし問題無いって事だよ」

「本当に?だって彼ってそんな人をまとめられるようなタイプには見えないけど」

「まぁそう見えてもしかたないか。でも、すーみんも俺と一緒にいれば、あいつとの絡みも増えるし、そのうち分かると思うよ。だから気にすることないさ」

 そんな会話をしながら一に頭をポンポンされたことを思い出したすみれは1人赤面しつつも、一の言葉と隣で大和に対して熱い信頼を寄せる後輩達の言葉に応えて言った。

「そっか、そういうことか。その通りみたいだね」

 すみれの言葉になんの疑いも無く純粋な眼差しで中林が答えた。

「はい、そう言うことっす。それに今日の小野先輩は気合い入りまくっていますから、きっと最後はどうにかしてくれるはずですから、姉さんも気合いを入れて応援して下さい」

「うん、わかったわ。よーし、残り後5分、皆、最後のひと踏ん張りよ。あと一君カッコイイよ、頑張って~!・・・あ、小野君もファイト!ついでに中田君と岩田君も、あとしょうが無いから二郎君もしっかりやりなさい~!」

 

 どこまでいってもブレないすみれが気合いを入れて声援を送る一方で、新たな恋の息吹が人知れず生まれていた。

「あ、また点が入った。・・・・おう、ふ~、・・・わぁ~・・・・ほ~・・・・おぉ~。・・・・はぁ~入れられちゃった。・・・・あ、二郎君がボール持ったわ、がんばれがんばれ。・・・あ~惜しい・・・う~、あぁ・・・・やった、やったよ、点取ったよ、スゴイスゴイ!」

「おぉ・・・はぁ~大したもんだね~。・・・・うわ、痛そ~大丈夫かね。おぉサキッチョの彼氏点決めたじゃん、やる~」

 試合の動き一つ一つに興奮しながら可愛く反応を見せる咲と達観しつつもそれなり試合を楽しむ陽菜の2人が各々に試合の行方を見守っている傍ら、桃子は知らぬ間に1人のコート上に立つ男に目を釘付けにされていた。

 そんなボーッとした様子の桃子に気がついた咲がそっと話し掛けた。

「あれ、桃ちゃんどうかしたの、大丈夫?」

「・・・・え?何、あ、別に何も無いよ・・・」

「そう、なら良いけど・・」

 自分の気のせいだと思い再度試合に視線を向ける咲だったが、やはり少し気になって隣の桃子の様子をこっそり伺っていると、自分とはまた違った人物に桃子が熱い視線を送っていることに気がついた。

 その視線の先にはなんと琴吹チーム内で獅子奮迅の活躍を見せ点を取りまくっていた大柄の男でもなく、陽菜からもお墨付きをもらった爽やかイケメンでもなく、もちろん自分の想い人である二郎でも無いもう1人の人物がいた。

 それはチーム内でもっとも動き回りチャンスメイクでもディフェンスでも存在感をみせるも、やはりとても地味で見た目も平凡な人物である大和だった。

 桃子は声には出さないまでも、その視線の先の人物がボールを持つ度に表情を様々と変化させそれに合わせるように手に力を入れ握り拳を作ったり、思わず口を手で覆ったり、祈りのポースを取ったり、小さく拍手をしたりと、とにかく喜怒哀楽の表情をもって桃子なりのエールをその人物に送っているようだった。

 そんな思わぬ状況に気を取られていた咲だったが、試合がいよいよ大詰めとなると再び意識を試合の応援に集中させた。

 残り時間13秒。スコアは78対79、桃李が1点リードの展開で琴吹ボールから再開となった盤面。そのボールを持つのはもちろん司令塔の大和だった。これまで尊が25点、一が16点、岩田10点、二郎9点、そして大和が8点。残り時間をキッチリ消化して最後のワンゴールを奪えば琴吹が勝利する状況でやはり得点力のある尊か一で勝負するのが大凡の予測だったが、第2試合の最後でノーマークだった二郎にキラーパスを送った大和の思考から考えるに桃李再度の5人はディフェンスのマークを絞れずにいた。

 冷静にボールまわしをして残り6秒。再び大和にボールが回ってきたその刹那、琴吹の4人が急に動き出す。それまでアウトサイドにいてボールまわしに加わっていた一がインサイドに踏み込む。ゴール下でポストプレイのためにポジション取りをしていた岩田が一をマークする相手ディフェンスにスクリーンアウトを掛けに行き、二郎は大和と一がいた位置から離れて逆サイドに走り込む。そして尊が岩田がいたポジションに滑り込みマークを一瞬外してボールを受ける体勢に入った。

 それに連動して桃李側もそれぞれにマークを外さないように反応する。一に付いていた1人が岩田に進路を阻まれると大和についていたディフェンスが反射的に大和と一のパスラインを消そうと体を入れる。また一方で、第2試合危なく逆転の一撃を食らいそうになった二郎の3ポイントを警戒して明人が二郎をマークに走り、ポジションを変えた尊に引っ張られて桃李の2人のセンターが尊を追って動く。

 それを見切った大和が出した最終局面の一手は、自ら切り込むだった。一と岩田が外の2人を、尊が中の2人を上手く引きつけたおかげで一瞬大和に対するマークが無くなり、ゴールに切り込む道筋を作りだした。そして一番厄介な明人を二郎に逆サイドに走り込ませることで外におびき寄せることに成功した大和は誰かしらにキラーパスを出してアシストをするのではなく、自らカットインをして一瞬の隙を付いて電光石火のレイアップをたたき込んだ。

 時間にしておよそ2秒。見事逆転に成功した琴吹の5人はそこで気を休めることは無かった。3秒あればワンゴール取れるバスケにおいて残り4秒の状況で気を抜けないのはコート上にいる誰もが理解していた。当然、相手の桃李サイドも諦めていない。

 大和がゴールを奪ってすぐにセンターの1人が慌ててゲームを再開して明人にボールを出すと同時に残りの3人が琴吹ゴールめがけて全力で走り出した。それを見て明人も一縷の望みを掛けて先頭の仲間に渾身の力を込めてパスを出す。そのボールを受けてすぐさまシュートをすればあるいは逆転のチャンスが生まれるかもと言ったその時である。シュートを放ち着地した瞬間からすでに自陣のゴールへ向けて全力疾走してた大和が明人の出した渾身のキラーパスをすんでのところで叩き出した。

 その大和によってカットされたボールがコートを出たところで、

「ピィーーーーーーー!」

「試合終了です!」

 大きな笛の音と審判の掛け声で試合終了を告げられると、興奮を抑えきれないと言った様子の琴吹チームの面々が最大の勝利の立役者である大和の下に集まり歓喜の咆哮を上げた!

「よっしゃーーー!大和!お前最高だ!」

「ちょーカッコ良かったぞ!マジ惚れたぜ!」

「先輩、ナイスカットです。マジ凄いっす!」

「あぁ、あぁわかった、わかった。痛―よアホ!」

 尊、一、岩田が頭をポンポン叩きながら大和に声を掛けると二郎も分かりづらくもいつも以上にテンション高めに言った。

「ナイスプレー!いつもの地味で影の薄い大和はどこへやらだな。全く派手に決めてくれたぜ、ウチの副部長は」

 そんな素直じゃ無い二郎の褒め言葉を大和はキツい口調でも嬉しそうに返した。

「バカヤロー。お前とは鍛え方が違うんだよ。それに影の薄さに関しちゃお前の方が余程俺より薄いだろうがバカタレが!だが、まぁ二郎も良くバテずに最後までやってくれたわ。お疲れさん」 

「うるせぃ。あぁお前も今日一日お疲れさん!・・・てか、最後俺にパス出すって言ってなかったか?」

「あぁ?今更そんなことどうでも良いだろ、勝ったんだから」

「でも、お前だけ美味しいところ持って言って話しが違うだろう」

「バカヤロウ。あの状況でお前にパスしてたらあっちの4番にカットされてそこで終わりだわ。もし通っていても、前の試合でお前はシュートを外しただろうが。そんなお前なんぞ、信用できるか。もともと今回は尊か一で勝負するつもりだったんだよ。だけど、岩田が上手いこと動いてくれてそれであっちの守備陣形が崩れてくれたし、あっちの4番もやっぱりお前をマークしていたみたいだから、フリーになった俺が切り込んだんだろうが。あの状況にならなきゃどうするかなんて分かるか、アホ!」

「クソー、上手いこと俺を口車に乗せておいて結局最後はいいとこ取りとは策士だな」

「はいはい、わかったからさっさと整列するぞ、アホ」

 そんなこんなで琴吹高校男子バスケ部は練習試合の第4試合80対79でようやく待望の1勝を挙げることに成功したのであった。

 そしてそんな大和の活躍を目の当たりにした1人の少女は完全に恋に落ちたのであった。
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