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第7章

掛け違えたボタンたち➅ ~霧散、大和のパーフェクトプラン~

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「ふぁ~マジ疲れたわ~。あいつらよくこんな疲れることを毎度やってられるなぁ」

 いつもよりも少なめな昼食と多めの水分補給を終えてぐったりした様子で体育館の壁に体を預けながら体力回復に努めていた二郎が心底だるそうに独りごちた。

 そんな状態の相棒を見つけ尊と大和との会話を終えた一が二郎に話し掛けた。

「お疲れさん!って、随分へばっているじゃんか。まだ1試合しか出てないのにそんな調子で午後は大丈夫か?」

「午後大丈夫かだって?そんなもん無理に決まっているだろうが!中林かどうせなら大城とか小柳にも試合を経験させてあげろよ。俺なんかよりもよっぽど試合に出る資格はあるだろう、あいつらは」

 あまりにも堂々と自身の戦闘不能を宣言する二郎に心底呆れるように一が言った。

「はぁ~お前な。こうもレギュラーに未練も無く後輩にチャンスをくれてやるベンチウォーマーを俺は見たことがないぞ。もうちっと試合に出られる喜びを噛みしめてくれよ。それにさっきの試合の結果はお前だって思うところがあるだろうし、何だかんだで最後悔しがっていたじゃんか」

「まぁそれはそうだが・・・いかんせん体は正直だからな。ガチなところ第4試合は何とかなるとしても次は多分第一クォーターで充電切れになると思うぞ」

 一の言葉におどけた表情を少しだけ引き締めた二郎は自分の正確なコンディションを説明しながら、自身が初めてフル出場した練習試合第2戦について思い返していた。

 試合は第1試合とは打って変わって第1クォーターから取って取られてのシーソーゲームの展開となっていた。

 琴吹はレギュラーを中林から二郎に変えて、パワープレイを主体としたゴール下からの得点を中心としながら、スリーポイントを織り交ぜる極端な戦法に打って出ていた。

 一方で桃李はキャプテンの明人以外の4人を全員変えての布陣だったが、戦力は第1試合と比べても申し分ないものだった。おそらくは夏の都大会ベスト16に進んだ3年のレギュラー陣が引退して新たなレギュラー争いで飛び抜けた存在の明人以外はまだ横並びという状況のようで、悪く言えばまだ戦力が固定出来ていないが、良く言えば誰が出てきてもそれなりの試合が出来る層の厚さを持っている、そんなチーム状況なのだろうと実際に2試合連続でマッチアップしていた尊や大和、一の3人は察していた。

 そんな戦局においても琴吹のセンターラインは桃李を上回るモノで、二郎が考案し大和がブラッシュアップした戦略は見事にはまり、格上の相手に対して同等の戦いを可能としていた。

 第1、第2クォーターの前半戦を35対40の肉薄した状態で終えた琴吹は尊と岩田のゴール下で得点を重ね、それに加えて大和が3本、一と二郎が1本ずつスリーポイントを決めるなど、上々の立ち上がりを見せて十分な手応えを得てハーフタイムを迎えていた。

「よし!いけるぞ。この調子でやれば必ず逆転できる局面がやってくるはずだから、もう一踏ん張りだぞ。尊、後半はもっと暴れても構わんぞ」

 作戦参謀の大和が気合いを入れるようにレギュラー陣に檄を飛ばすと、大黒柱の尊にさらなる発破を掛けるように言った。

「任せておけ!外のお前達もビビらずスリーポイントを狙っていけよ。俺と岩田が死んでもリバウンドは取るからバンバン打ち込んでやれ」

 そんな尊の言葉に普段はあまり発言しない一年の岩田がテンション高く言った。 

「そうです。俺も得点はキャプテンの様にはいきませんが、リバウンドなら多少は自信ありますんで任せて下さい」

「おぉ、頼もしいこと言ってくれるじゃん、ガンちゃん!よし、俺も大和に負けずにガンガン打っていくぜ」

「OK,そんじゃとにかくスリー打つから、入らなくても怒るんじゃねーぞ」

 一と二郎がセンター陣の2人の掛け声に応えると大和が後半の戦略の肝を話し始めた。

「今話していた通り、一はもっと攻めに参加してくれ。お前がバランスを取ってディフェンスに徹していてくれるのはマジで助かっているけど、勝つためにも後半はリスクを冒しても点を取らなければ勝てないからな。だから、状況を見て攻めと守りのバランスを少しだけ攻めに重きを置いてみてくれ、頼む」

「つまり俺に仙道のようになれって事だよな。了解!」

 一が往年の大人気バスケ漫画のキャラクターの名前を出して大和の言葉に応えると、二郎もそれに便乗して言った。

「よし、つまり俺はミッチーになれって事でいいんだな、大和。しょうがねーな、元中学MVPの新の実力を発揮するときが来たって訳だな」

 二郎としてみれば軽いジョークのつもりだったが、本気でこの試合を勝ちに行こうとしているメンバーからキツいツッコミが入れられた。

「バカヤロウ!お前ごときがミッチーになれるわけ無かろうが!お前はとにかく最後まで試合に出ていられるようにバカな事を考えずにいろ、アホ!」

「二郎さぁ、ここは俺が軽いジョークを言って場を和ませたんだから、それを引き締めるのがお前の役割だろ。空気を読まなきゃダメだろう」

「二郎先輩、一年の俺が言うのも何ですが、ちゃんとやりましょうよ」

 尊、一、岩田からガチトーンでダメ出しが入ると最後に大和が二郎をけしかけるように言った。

「言っておくが二郎よ、現状、お前なんてせいぜい桑田くらいだぞ。でもな、最後まできっちり戦略どおりに動いてくれてゲームメイクとディフェンスに徹して、ここ一番でスリーポイントを決めてくれれば小暮になれるチャンスはあるからな。良いか、お前の売りは予想の付かないキラーパスとロングレンジからのシュート精度だ。これをちゃんと理解出来ているなら十分戦力だから、後半も頼むぞ」

 普段の学校生活では地味の極みとまで言われる大和であったが、部活中、特に試合となると普段とは打って変わって頼もしい存在感をみせており、元々真面目に部活に取り組む性格も合わせて絶大な信頼を他の部員から寄せられていた。そんな大和が二郎を戦力であると言うのであれば、他の連中も黙って頷くのであった。そして、そう言われた二郎も単純であるが故に、その期待に応えてやると気を引き締めて返事した。

「お、おうよ。任せておけ!よし、俺はメガネ君になって、美味しいところ持って行くぜ」

「あぁその調子だ!よし、尊。後半もあれやろうぜ」

 大和の言葉に尊を中心に円陣を組んで一言。

「よし、パワーこそ正義!勝つぞ、琴吹!」

「「「「おー!」」」」



 後半戦、第3クォーターも両校は一進一退のゲーム展開を繰り広げたが、琴吹の得点比率は大和の言葉通り一と大和を中心にスリーポイントが得点の大方を占めていた。それは前半の尊を中心にしたゴール下からの得点を防ぐために桃李がディフェンスのゾーンを締めた結果、若干アウトレンジのディフェンスが軽くなり、そこをついてとにかく外れることを恐れず一と大和がスリーポイント打ちまくり、ちゃっかり二郎も便乗してスリーポンントの量産を成功させたからだった。ただし当然それも長くは続かなかったが、相手がディフェンスを戻せば再び尊達にボールを集めてゴール下から確実に点を取る柔軟性を見せて対応したのであった。

 当然格上の桃李もキッチリ得点を重ねるも第1試合と違ってセーフティーリードを取れずに第4クォーターを迎え若干の焦りを見せ始めて居た。

「やるねぇ、琴吹も。想像以上に骨のある連中みたいだな」

「あぁ特にあのゴリラはマジでやばいな。ウチのセンター面子では1対1では簡単には止められないわ」

 そんなことを桃李のレギュラー陣が話していると、キャプテンでエースの明人が言葉を重ねるように言った。

「確かにあっちの4番も大概だけど、ゲームを支配しているのは向こうの5番だ。あいつ見た目は地味で目立たないけど、ミスも少ないし視野が広くて、流れを見て上手い具合に攻めの起点を変えてくるし、その上スタミナが化け物だぞ。2試合目の第4クォーターに入るってのに、全く疲れを知らないわ。あれは相当普段から走り込んでいるし、スリーポイントの精度も高い。無名の都立にしちゃかなり練習をやっている感じだぞ」
 
 明人の分析を聞いていた控えの2人が琴吹のベンチを見ながら言った。

「確かに明人の言うように相当鍛えているのかもな。それに俺らよりも実戦慣れしている感じだわ。多分弱小チームだから一年の頃から実践に出られる機会も多かったんだろうよ。まぁでもそれも何試合も続かんだろう。この試合がピークで午後はバテバテだろうし、俺らだってこれがベストメンバーじゃないし、焦ることもないだろう」

「あぁそうだな、所詮は烏合の衆でたまたま何人か上手いのが入って少しイキっているだけだろうさ。格の違いって奴を見せてやろうぜ」

 そんなことを話している控えの2人に明人は同調をしながらも別の事を考えていた。

「あぁそうかもな。まぁ焦らずこのままの点差をキープしてこの試合も勝つぞ」

(ふん、バカな奴らだ。数年前までウチだって大した強豪でもなかったのに、先輩達が結果を残した途端に自分たちが強くなったと勘違いしやがって、相手の強さを直視できないお前らは卒業までベンチを温めているんだな。さて、それにしてもどうしたものかね)

 そんなことを思いながら改めて尊や大和を値踏みするように琴吹のベンチを見ていると、ふいに視界に映った明らかにスタミナ切れ寸前で怠そうに水分補給をする男を明人は見た。

(あいつはこの試合から出てきた9番か。まぁ大した奴じゃないが、何だかんだでスリーを2本決めていたよな。今思えば忘れた頃に嫌なところで決めてくるんから正直邪魔なんだよな。まぁ全体の得点の比率から見ても主力は4、5,6番だろうけど、何かきな臭いやつだな)

 そんな疑念を抱きつつ第4クォーターも接戦が繰り広げられ残り1分を残すところで、この試合、尊が大台の30得点目を決めて、スコア83対85の2点差に詰めていた。

 ここからは息つく間もない意地と意地ぶつかり合いだった。気合いを入れ直した桃李が明人を中心に一気に攻めると電光石火で2点を追加し、83対87、再び4点差にすると、こちらも負けてられないと琴吹も速攻を仕掛け、ゴール下に残っていた岩田が何とかゴールをねじ込み再び85対87の2点差。ここで残り35秒。まだまだと桃李が時間を使って攻めるもそれが仇となり、琴吹の意地のディフェンスで15秒バイオレーションに持ち込み、琴吹ボールで残り20秒からゲーム再開となった。

 この状況においてようやく追いつくチャンスを得た琴吹の司令塔大和はここ一番の状況を作り出す。佳境を迎えてこれまで30得点を重ねてきた絶対エースの尊で勝負してくると悟った桃李はがっちりとゴール下を固める陣形を取った。もしスリーが来ても言いように大和と一がフリーにならないように外にも2枚ディフェンスを残し、他の3人で尊をがっちりマーク、仮に岩田で勝負してきてもカバーできるように注意しつつも尊を自由にさせないとここ一番の勝負陣形を仕掛けて守り切る構えを見せる。

 そして、その陣形を確認した大和が渡りに船だと言わんばかりに小さく頬を緩ませた。

 この状況下でボール回しを始めた琴吹を迎え撃つ明人は、一抹の不安を抱き始めていた。

(これで間違えないはずだ。だが、何か引っかかる?なんだ?相手の得点源は潰してある。これで守り切ればウチの勝ちのはずだが、あの5番がどうもこんな切羽詰まった状況で焦って攻めてこないで時間をギリギリまで使う気で居るのはなんでだ?この布陣でも一発で点を決められる自信があるのか?マークががっちり付いた状況でスリーを決められるほど甘くないし、いくらこのゴリラがデカくても3枚あればどうにか押さえられるはずだし、なんだ?・・・・まさか!)

 大和がギリギリまで時間を使って試合終了まで残り8秒、15秒バイオレーションまで残り3秒のところで一と大和とは逆サイドにちゃっかり潜そんでいた二郎にここ一番のキラーパスを送った。

 そのパスの行方に本能的に反応した明人は慌てて尊からマークを外して二郎に寄せるも完全にフリーでパスを受け取った二郎は残り1秒のところでこの日一番の綺麗な軌道を描くスリーポイントシュートを放った。その瞬間、自分に飛びかかってきた明人が視界に入るもすぐに意識を自分の指先に集中させると、ゴールに吸い込まれる前に確信のガッツポーズを挙げて見せた。

 その瞬間、コートに立っていた他の9人がそのボールの描く放物線の行方を固唾を飲んで見守った。

 琴吹の4人はニヤリと、桃李の5人はやられたと、対照的な表情で見送ったボールは

「シュポンッ」

 とは、音を立てることはなかった。

その代わりに

「ガシャンッ!」

 と言う、ボールとゴールリンクが衝突する音が静寂を切り裂くように館内に響くと、それを見た琴吹の5人が五者五様の反応をみせた。

 勝利を確信してこれ見よがしにガッツポーズを取って右手を挙げていた二郎がバカ丸出しの表情で、完璧なゲームプランを立て実行し、勝負所のキラーパスを通して見せた大和が目をひん剥いて、勝利の絶叫をあげようとしていた尊が唖然とした表情で、二郎ならまさかなと一瞬嫌な予感がよぎっていた一がやれやれと頭をふり、ここ一番でさすがですと二郎に尊敬を抱こうとした岩田が呆然とした表情でその場に立ち尽くしていた。

「えぇぇぇぇぇぇぇーーーー!!!」

「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ファーーーーーーーーーー!!!」

「はぁぁぁぁ~」

「えっ・・・・」

 そんな5人がその場で立ち尽くす間に、ボールを拾った桃李は残り5秒の時間をキッチリ使い笛の直前でシュートを決めてゲーム終了。

 最終的に85対89で第2戦目も桃李高校に軍配が上がるのであった。

 

「バカヤロウ!だから詰めが甘いんだよ、お前は!」

「俺の完璧なゲームプランを返せ、コンニャロ~!」

「だから練習は真面目にやっとけって言っただろうが!」

「一瞬でも先輩に尊敬の念を抱いた俺がバカでしたよ!」

 整列の後で4人から詰め寄られる二郎を尻目に、辛勝した明人が息を切らしながらつぶやいた。

「マジで危なかったわ。それにしても変な奴らだなあ。だが、それ以上に面白い奴らだわ。でもまぁ、本当に興味があるのはこいつらじゃなくてあっちだけどな」

 そんな事を明人が独りごちながら、激戦を演じた琴吹の男子バスケ部ではなく、隣のコートで桃李の女子バスケ部を圧倒する琴吹の女子バスケ部に視線を向けるのであった。
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