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第6章

女心と秋の空① ~突撃訪問と膨れっ面~

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 鈍よりとした分厚い黒雲とシトシトと降り注ぐ秋雨が日中とは思えない薄暗さを醸し出す昼下がり午後2時過ぎ。それにも劣らない負のオーラを纏う人物がそれでも自分の仕事に忠実であろうと普段と変わらぬ口調でもって接客の声を上げていた。

「いらっしゃいませ~。レジはこちらにお並び下さい。3点で780円になります~。ありがとうございました~」

 一見キビキビと仕事をこなす姿は普段と変わらぬ様子のように見えるが、普段のその人物を知る者からすれば明らかに異常の沙汰である事は一目瞭然と言った状況であることは間違えなかった。

 10月4日土曜日。二郎と忍の間でなんやかんやがあった次の日、「石窯パン工房 佐藤さん」の看板娘としていつも笑顔でハキハキと働く姿で常連客から愛されているバイト着姿の四葉は、その接客の言葉とは裏腹に明らかに死んだ目を浮かべながら心ここにあらずと言った状態で土曜日のお昼のピークの時間をやり過ごそうとしていた。

「いらっしゃいませ~」

 午後2時を過ぎて客足がまばらになってきた時、常連客である老夫婦が来客した。

「どうも~こんにちは~。今日は何か新作のパンはありますか?」

 来客する度に尋ねる決まり文句を口にするおばあさんに四葉は、これまたいつもと同じようにレジから出てパンが陳列されている棚まで行き新作のパンを伝えて、さらにおばあさんが今まで食べたことがないであろうパンを二つほど紹介するのであった。

 そんないつものやり取りを黙って見ていたおじいさんが珍しく二人のやり取りを遮って声を掛けた。

「あ~お姉さんや。もしかして体調でも悪いのかね?少し元気がないように見えるが大丈夫かい?」

 普段、寡黙で頑固そうなおじいさんもいつもニコニコとした笑顔で接客してくれる四葉の異変に気付いたのか、心配そうな様子を見せるとおばあさんもそれに釣られて言った。

「あらあら確かにお父さんの言う通り顔色が良くないですね。お姉さん、大丈夫?」

 そんな二人の言葉に、散漫になっていた四葉が我に返ったように返事した。

「え?あぁはい。すみません、心配をお掛けしてしまって。私は大丈夫ですから。ゆっくりパンを選んで下さいね」

 そう言って四葉がレジに戻るも引きつった笑顔をみせる看板娘を老夫婦は心配そうに見やるのであった。

 常連のお客様に変な心配を掛けてしまった事を反省した四葉は、老夫婦がいる間だけは何とかいつもの元気な姿を演じたが2人が帰ったあとは、先程のように曇りきった冴えない表情に戻っていた。
 
 お昼のピークを過ぎて店内から客がいなくなり、一時の静寂が生まれる。四葉はレジの前で1人ポツンと立ち尽くし、頭の中のごちゃごちゃを、心の中のモヤモヤを、必死に押さえようと心を無にして表情を殺して時が流れていくのを耐えていた。

 そんな時、その静寂を破るように雨に降られた体を手で叩きながら1人の客が入店して来た。

「いや~こんな降るとは思わなかったから参ったな~」

 そんな言葉をさらっと流すように四葉は機械のような無感情の言葉で出迎えた。

「いらっしゃいませ~」
 
 そんな無機質な言葉と表情を見た客もそれ以上は何も言わずプレートとトングを手に取り黙々とパンを選び始めた。

 数分後、パンをいくつか持ってレジに客が来ても四葉は変わらず淡々と会計を済ませていた。

「合計で980円です。ありがとうございました」


 四葉はこれまで何百何千とこなしてきたやり取りをこの日の昼間の最後の接客業務になるだろうと思いながらあっさり片づけるとようやく気が抜けたのか、一息ついて表情を緩ませた。

「はぁ~、私何やってんだろう~」

 四葉はボソっと不甲斐ない自分にダメ出しをしていると、先程レジを済ませたはずの客が店を出ずにいることに気がついて驚きの声を上げた。

「っえ?!」

「あの~どうも」

「・・・・・」

「どうかしたのか?お~い、四葉さん。何か元気無いみたいだけど何かあったのかい?」

「・・・・・・・・・・」

 目の前の客の言葉に固まって反応できずにいた四葉の後ろから、空気の全く読めない明るい声が聞こえてきた。

「おぉ、しばらくぶりじゃないか。最近顔見せてくれなかったから寂しかったぞ」

「どうも店長さん、なかなか来られなくてすみませんでした。ところで四葉さん、元気無いですけど、どうかしたんですか?」

「そりゃ君がなかなか店に来ないから元気がなかったんだろう、なぁ四葉ちゃん。青春だな、ハハハハハハ」

「ははは。店長さん、またアホなこと言っているとまた怒られちゃいますよ、ねぇ四葉さん」

 四葉の目の前で本当に空気の読めない戯れ言を話していたのは、パン屋の店長である春樹と店の常連となっていた二郎だった。

 現在の四葉と二郎の微妙な関係をまったく気にも留めず、バカな会話を展開する2人に四葉のこれまで溜め込んでいた負の感情が臨界点に達し、ついに爆発した。

「もうバカ-!!!」

「「ひっ!」」

 四葉の突如の絶叫に顔面蒼白になる2人に凍てついた絶対零度の声で四葉が言った。

「春樹さんはとりあえずあっちに行っていて下さい」

「はい」

 四葉の言葉に蜘蛛の子を散らすようにその場から撤退した春樹に無言で助けを求めるような目線を送っていた二郎に四葉が言葉を掛けた。

「二郎君」

「はい」

「随分久しぶりだね」

「そうですね」

「春樹さんと楽しそうに話していたけど、二郎君にとってはこの一週間は普段と何も変わらない平和な時間だったって事かな、かな?」

「え?いや、そんなつもりじゃなくて。ごめん。そのずっと先週の事を謝りたかったんだけど、タイミングが悪くてなかなか声を掛けられなくて、だからその今日は謝りに来たというか何というか・・・・」

 二郎は昨日の忍との保健室での事でずっとヤキモキしていた。その夜、忍の事が心配で連絡するかどうかを悩んでいたが、結局日曜日に直接会って謝るのが最適解だし、正直今の状況で忍と電話で何を話して良いのか分からずパニクるだけだと結論づけていた。その結果、忍とのことは一端考えないようにしたところ、別の問題をやり残していたことに気がついた。それはレベッカと四葉への謝罪と関係修復の事だった。
 二郎は日曜日に忍との関係修復を行う前に、早いところ2人とも仲直りしたいと考えた結果、四葉のバイト先に行き謝った後で、四葉に間に入ってもらいレベッカにも謝るという算段を付けてこの日「石窯パン工房 佐藤さん」に突撃をしたのだった。

 勢いに任せて来店した二郎は四葉の死んだ顔を見た瞬間、頭が真っ白になり戦意を喪失した。ところが春樹の登場で何とか戦意を取り戻した二郎はこれぞ好機と見て春樹と普段のような馬鹿話に乗ったが、四葉からすればそれが自分の事など微塵も気にも掛けていなかったような振る舞いに見えたのであった。そのため、四葉も自分でも想像できないほどの怒りと不満を爆発させて二郎と対面していた。

「ふ~ん、謝りに来たんだ。そうなんだ、ふ~ん」

 頬をプクッと膨らませて怪しむように見つめる四葉に二郎が固まっていると、先程、調理場に消えた春樹が再び現れて声を掛けた。

「あの~四葉ちゃん。もう今日はあがって良いから、2人でゆっくり話しでもしてきたらどうだい?バイト代は夜の分も入れておくから心配しないで行ってきていいよ」

 心なしか四葉に怯える春樹の言葉に数瞬間をおいて落ち着きを取り戻して四葉が答えた。

「はぁ~ふ~、はい。わかりました。レジ前でこんなことしているのも迷惑でしょうし、お言葉に甘えて今日はもうあがらせてもらいますね」

「おう、そうすると良いさ。後は任せたぞ、二郎君」

「え?あ、はい。それじゃ四葉さん、お借りします」

 急展開に戸惑う二郎は何とか状況を理解して春樹の言葉に了解の意を示し、四葉を連れて店を後にした。
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