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第6章

一日千秋➅ ~10秒K.Oとゲーマーの流儀~

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 一方、そんな二人の心配など知らない二郎はこの日も懲りずに月曜日から入り浸っている駅近くのゲーセンに足を運んでいた。

「あ、どうも」

「おう、二郎君じゃないか。今日も学校から直行かい?すっかりここの住人らしくなったじゃないか」

 そう二郎に言葉を返したのは中肉中背で冴えない服装にリュックを背負った中年くらいの皆から「ブンさん」と呼ばれるベテランゲーマーのおっさんだった。

「ハハハ、なんだか放課後学校に居づらくて、気付けば今日もここに来ちゃいました」

「そうか、そうか。まぁ人生転がり落ちていくときはそんな感じで、気がつくと私みたいに週5回ゲーセンに通うようになって、バイトでギリギリの生活を暮らすようになるさ。ハハハハ」

「ハハハ、そうですか。なんか人生楽しそうで良いっすね」

 明るい口調で悲惨な人生論を語るブンさんの言葉をカラ笑いで応える二郎の後ろから別の若い男性が声を掛けた。

「やぁ、山田氏。今日もちゃんと顔を出して偉いですな。あとで一戦どうですかな」

「あぁどうもザキさん、是非お願いします」

 そう言って二郎に対戦を持ちかけたのは琴吹高校のある通りに面する名門国立大学に通っており、黙っていれば彼女の一人くらいいそうなイケメンゲームオタクの「ザキさん」と呼ばれる若手ゲーマーの青年だった。

「やぁザキさん、今日もピッタリ4時に登場だね。今ちょうど私も来たところで二郎君と人生について語っていたところだよ。二人は今日も対戦するなら私も後で一戦頼めるかな」

「もちろんですとも。ブンさんの誘いを断るわけありませんよ。我こそどうか一戦お願い申し上げます」

 なんとも独特の口調で快諾したザキさんの言葉にブンさんも笑顔で応えた。

「それはよかった。それじゃ二郎君もザキさんも肩慣らしが終わったら勝負だね。ではまた後で」

「はいです」

「よろしくお願いします」

 そう言ってブンさんとザキさんは一端二郎のもとから離れ、それぞれのお気に入りのゲーム台に向かって行った。

 二郎はこの週の月曜から今日までの4日間毎日ゲーセンに足を運んでおり、その中でブンさんとは月曜から、ザキさんとは火曜日からともにゲームをプレイする仲になっていた。二人はこのゲーセンのヘビーユザーであり、このところ毎日顔を出す二郎と共通の格闘ゲームのプレイヤーであったことで、対戦相手としてお互いを名前で呼び合う程度の知り合いになっていた。
 
 強さで言えばブンさんがランクSSS、ザキさんがランクS、そして二郎がランクCと言った程度の実力だったが、ここに来て二郎の実力が急激に上がってきた事もあり、端から見ていた二人も二郎の成長を警戒する一方で、対戦相手としてそれなりに楽しめる相手が現れたと急成長する二郎を期待のニューカマーとして歓迎していた。

 二郎達がプレイする機種は格ゲーの定番『ストツー』と呼ばれるゲームで、二郎も家庭ゲームのスーパーファミコンでやったことがあったため、久しぶりにゲーセンでプレイするには取っ付きやすいこともあり、流行の新機種には手を出さずに定番の古くから多くのゲーマーに愛される『ストツー』をこの1週間やり込んでいったのであった。

 早速、二郎は愛用しているキャラクター『ガイル』を選択して一人プレイを始めていた。黙々と一人でプレイを進めて15分程で全ステージクリア目前となり、最終ステージのボスキャラ「ベガ」との対戦に臨むところだった。
 
 二郎は初日こそ全ステージをクリアするのに四苦八苦して、『ベガ』との対戦まで何度も百円をつぎ込んでいたが、4日目となるこの日は難なくクリアしてここまで来ていた。

(よし、ここをストレートで終わらしてザキさんとの対戦に弾みをつけるぞ)
 
 二郎はそんな独白をしながら一息ついて対戦に臨もうとしたとき、意外な出来事が起こった。それは戦闘画面から対人戦となる事を知らせる画面に変わっていた。

(うん?なんだ。ザキさんでもブンさんでもないよな。このタイミングで対戦をふっかけてくるなんてどんな野郎だよ。まったく俺のプレイが終わってからにしてくれよ)

 そんな文句を二郎が胸の内でぶちまけている事などお構いなしに謎の対戦相手は使用キャラを決め即座に対戦が始められるのであった。

 相手の使用キャラは奇しくも最終ステージで戦うはずだった『ベガ』だった。『ベガ』の見た目は赤い軍服とベレーを被っている渋い強面の中年であり、いかにも強キャラの雰囲気を醸し出していた。

(こいつ、ベガの使い手か。苦手なんだよな。もしかしたらザキさんやブンさんとは別の常連ゲーマーかもな。最初は少し様子を見ていった方がいいかな)

 二郎がそんなことを考えている内にあっという間に対戦は始まった。

 作戦通り二郎は相手と距離を取るように後ろに下がると相手の『ベガ』はパンチやキックをその場で何度も繰り出して猛攻を繰り出してきた、かのように思われたがなんとも緩慢な動きで二郎の使う『ガイル』にはまったく攻撃が当たる気配はなかった。

(なんだこいつ、なめてんのか。いや待てよ。これは俺が油断して反撃したところを一気に攻めてくるための誘いか。なるほどな、初日の俺だったら喜んで突っ込んで行ったが今の俺はそんな甘くないぜ。逆にこっちが相手の隙を突いてやるぜ)

 そう意気込む二郎は15秒ほど経った所で手始めに遠距離攻撃のソニックブームを一発。相手は防御すること無くダメージを喰らった。再びソニックブーム、防御せずダメージを受ける『ベガ』。

(うん?なんだこれ。ただの雑魚か?)

 二郎の脳裏に疑問符が浮かぶとしびれを切らして突撃を決意。
(よし行くぞ!)

 そう決断した二郎は一気に相手との距離を詰めて猛攻に出た。まずは跳び蹴りをかますと相手がパンチを繰り出している所にカウンターで決まりそこから連続のコンボを繰り出した。上段パンチに下段キックを2発、さらに上段キックを入れるとその勢いで必殺のサマーソルトキックが炸裂して見事にK.O勝ちを収めた。

(あれ?あっさり勝っちまったぞ。もしかして本当にただの素人なのか。いやそんなはず無いか。よし今度は開始早々にガンガン攻めてみるか)

 そう考えている内に第2ラウンドが始まった。

 二郎は開始から一気に前に出て攻撃を繰り出す。至近距離からのソニックブーム3連発に跳び蹴り、そのまま投げ技を繰り出す。相手が立ち上がるところにさらに跳び蹴りを繰り出すとお決まりの下段蹴りからの必殺のサマーソルトキックが炸裂し、10秒のK.O勝ちで圧勝を収めた。

(何だ、マジでガチの素人じゃんか。何がしたかったんだ、こいつは)

 二郎は対面に座る謎のプレイヤーを軽くあしらったところで、いよいよ本戦のザキさんとの対戦を始めようと周囲を見渡すとすでに対面のゲーム機前までザキさんが寄って来ており視線を送り声を掛けた。

「あぁザキさん。ちょうど準備運動も済んだんで一戦やりましょうよ」

「おぉ山田氏。我もそうしたいところだけど、こちらの方が先に山田氏と対戦するようですぞ」

 謎のプレイヤーに好奇の目を向けながら離すザキさんに二郎は乱入して来た相手をあしらうように言った。

「え?あぁ今ちょうど終わったところなので大丈夫ですよ。あのすいません。次の人がいるので代わってもらっても良いですか。正直今の実力じゃ誰とやっても勝てないですよ。悪いこと言わないので、一人プレイで上達してから対人戦に臨んだ方が良いですよ。俺だってここに通って3日目までは全く対人戦では勝てませんでしたからね。本当に『ストツー』を舐めない方がいいですよ。まずは次にやるザキさんのプレイを見て勉強することをオススメしますよ」

 二郎は先輩風を吹かせてちょうど数日前に調子に乗ってブンさんに挑んで瞬殺されたときに言われたアドバイスを真似るように対面に座るプレイヤーを諭すと、気持ちを切り替えてザキさんとの対戦に集中しようとした時、またしても意外な事が起きた。

「じゃやりましょうか、ザキさん・・・・え?」

 そう二郎が言ったか言わない内に再び対戦画面となり、先程完勝した相手は席を立たずに再び二郎に戦いを挑んできた。

(はぁ、マジかよ。人のアドバイスを聞かない奴だな。まぁしょうが無い。30秒で終わらす。今度は始めから全力で潰せばさすが参るだろ)

「ザキさん、すいません。すぐに終わらせますので」

「え、あぁ、うん」

 二郎の言葉にザキさんは歯切れが悪そうに謎のプレイヤーに視線を向けて答えたが、二郎は対戦に集中しておりそれには全く気がつかなかった。

 折角の助言を無下にされ若干苛つく二郎は一切の慈悲をかけずに全力で謎のプレイヤーを瞬殺した。

「それじゃ、すいませんけど交代してもらって良いですか」

 二郎が席を空け渡すように言葉をかけたところ、思わぬ声が上がった。

「何このクソゲー!こんなの一体何が楽しいのよ!!」

 怒り狂ったように操作盤を叩きながら一方的に二郎にボコボコにされたことに文句を言い始めた謎のプレイヤーの声はなんと女性だった。

(なんだこいつ、勝手に挑んできてフルボッコされたからって逆ギレかよ。てか、女だったのか。まったくマナーの悪いアマだな。どうせとんでもないクソみたいな女だろうな)

 そんなことを心の中でぶちまけていた二郎だったが、さすがに初対面の相手という事もあって平静を保ちつつも注意しようと席を立ち上がり相手の顔を確認しようと声を掛けた。

「ちょっとすいませんけど、マナーはちゃんと守りましょうよ。バンバン操作盤を叩くのは当然として負けたからと言って逆ギレするのはいかんでしょ。勝っても負けても気持ち良く勝負できるように相手をリスペクトしてやりましょう・・・ね。・・・・え?」

 そう言いながら二郎は目の前に現れた顔を見た瞬間、思考回路を停止して動きを止めるのであった。

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