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第5章

ダブルデート・スクランブル③ ~二郎の東奔西走~

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 ファミレスから出て数分ほどで映画館前に到着した二郎達は予定通りレベッカから映画のチケットを受け取り、飲み物を買うと10時20分には上映室に入った。席の場所は列で言えばちょうど真ん中付近で中央から左側の通廊に面した位置だった。場所的に言えば近すぎず遠すぎずの良い位置で、中央に近い順でレベッカ、四葉、二郎の座り順だった。二郎とすればすぐに通路に出られる為、ベストポジションと言って良い位置だった。

「映画館で映画見るなんて本当に久しぶりだよ、私小学校以来かもしれないわ」

「ワタシは一年ぶりデス!やっぱりワクワクしますネ!ジローはどうですカ」

「俺か。まぁ俺はちょくちょく一人で見に来るから、3ヶ月ぶりくらいかな。でも、友人と来るのは初めてだわ」

 二郎の言葉に興味本位からなのか、四葉がふいに二郎に問いかけた

「そうなの。二郎君は恋人とデートとかで映画を見に来たりはしないの?」

「デート?誰とさ?俺は自慢じゃないが彼女がいた事はないからデートで映画に来たことはないな」

「そ、そうなんだ。じゃ・・」

 四葉が何かを言いかけるとその隣からレベッカが二人の話に割って入った。

「そうなら今日が初めての映画デートですネ!ジローは美女二人とダブルデートですヨ!!ハッピーですネ」

「バ、バカ!何がダブルデートだよ。3人で来ている時点でこれはデートじゃないだろ。アホなこと言うな、バカタレ」

「ジロー、照れなくても良いんですヨ。それに今日のワタシはジローのガールフレンドなのですから、もっと優しくしてクダサイネ♪」

「誰がガールフレンドだよ。もう映画が始まるからアホなこと言ってないで静かにしとけ」

 二郎はレベッカの冗談が意外にも確信を突いていたため、全力で否定しながらレベッカを黙らせようとしたが、ウキウキのレベッカには全く通用せず逆に二郎がからかわれる状況になっていた。

二郎とレベッカに挟まれてそんなやり取りを見て居た四葉が嬉しそうに言った。

「ふふふ、なんか楽しいね。今日は3人で来られて良かった」

「そうか、そりゃ良かったな」

「うん、良かったよ」

 二郎はそう言ってスクリーンに目を向けた四葉の顔見ながら心の中で懺悔した。

(ごめん、四葉さん。これからちょっとバタバタするが待っていてくれ。映画の時間さえ終われば全て解決するはずだから)

 二郎がそんなことを思っていると館内の明かりが落ちて、上映前のお知らせや公開予定の映画紹介の時間になった。隣の四葉とレベッカがスクリーンに視線を集中し始めた事を確認して、二郎は小声で四葉に声を掛け来てすっと席を立った。

「ごめん、ちょっと出るわ」

「え?・・・あ、う、うん」

 四葉は急な出来事に戸惑いつつも何も出来ずにそのまま二郎を見送った。

(どうしたんだろ。トイレでも行ったのかな。う~ん、まぁでもすぐに戻ってくるよね、きっと)

 そんな思いとは裏腹に二郎は30分近く戻らず四葉をヤキモキさせるのであった。

 一方、二郎は急ぎ足で上映室から出ると、30分近く放置されている忍が待つもう一つの上映室へ向かった。

 こちらの席順は一、すみれのペアと忍、二郎のペアで少し離れた席に座っていた。一達はスクリーンから前7列目の右壁際で、二郎達は前から15列目で真ん中から右の通路側席だった。運良くこちらの席でも通路側に座ることが出来た二郎は満員の室内で唯一ポカンと空いている席を確認して静かに座った。すると、予想通り若干怒り気味の忍から小声で問い詰めるような声がかかった。

「ちょっと、あんたどこ行っていたのよ。もう始まってから30分近く過ぎちゃってるのよ。折角映画館に来たのにもったいないわ」

「ごめん、ごめん!ちょっと急にトイレに行きたくなってさ。それよりあの室井さんの隣の女は誰だ?」

「もうしょうが無いな。あぁあれは今回から出てきた新しい管理官だわ。確か宝塚歌劇団出身の真矢ミキさんだったと思うわ」

「おぉ新キャラの管理官で宝塚女優か。どおりで忍のかーちゃんになんとなく似ていると思ったぜ。お前のかーちゃんも宝塚女優っぽいもんな」

「なんでそこであたしのお母さんが出てくるのよ。お母さんなんてそこら辺にいるただの主婦なんだから真矢さんと比べたら失礼でしょう。戻ってきて早々バカな事言ってないで映画に集中しなさい」

「はいはい、わかったよ」

(なんとかごまかせたかな。しばらくは映画見て、また頃合いを見てあっちに戻るとするかな)

 それから20分ほど大人しく映画を見ていたところ、二郎の隣でなにやらソワソワした様子の忍が囁くように二郎に問いかけた。

「ねぇ、二郎」

「うん?」

「今日は誘ってくれてありがとうね」

「は?どうした急に」

「いやだから、まだちゃんとお礼を言ってなかったからさ」

「別にお礼を言われるようなことは何もしてないよ。ほら、あまり話をしていると周りに迷惑だから、映画に集中しとけ」

 二郎はいつになく素直な忍の言葉に一瞬ドキッとするも、不意に目を向けた時計を見て四葉達がいる上映室を離れて20分以上経過していることに気づきヒヤッとしながら、悠長にここに留まっている場合ではないと焦った。

そんな二郎の状況を全く知らない忍は二郎が照れ隠しでツンツンしていると思っていたのか、忍も照れくさそうに下を向き目もつぶりながら二郎にだけ聞こえる声で言った。

「もう、そんな照れなくて良いのに。分かったから、これだけ最後に教えて。どうしてあたしをデートに誘ってくれたの?あんなにツンケンしていたあたしに声を掛けてくれたのはどうしてなの?もしかして二郎はあたしのこと・・・その・・・好きとか・・・?」

「・・・・」

 いくら待っても返事をくれない二郎に忍は恐る恐る頭を上げながら二郎の方に顔を向けた。

「・・・?二郎?・・え!?」

 そこにはすでに二郎の姿はなかった。

 二郎は忍との会話を早々に終えたと思うやいなや、音もなく席から姿を消して一目散に四葉が待つ隣の上映室に移動するのであった。

 そんな空席を見つめながら、ひとり小恥ずかしい台詞を言っていたことに気付いた忍は自分を放置していった二郎に怒る反面、自分で言った言葉を思い出して暗い上映室の中で赤面しながらしばらくの間、悶え苦しむのであった。

(もう、どこ行ったのよ、あのバカ。む~死にたい!)


 忍が一人悶え苦しんでいる一方、急ぎ足で戻ってきた二郎が「パイレーツ・オブ・カリビアン」の上映室の扉を開けると、ちょうど主人公のジャック・スパロウ船長と鍛冶屋のウィル・ターナーが小屋の中で剣を交えているシーンだった。


 二郎は自分の席を見つけると四葉に声を掛けずに手で詫びるようにして静かに座った。

 すると上映開始直前に席を立ってから30分近く戻ってこなかった二郎を心配していた四葉が二郎に小声で耳打ちして言った。

「二郎君、一体どこ行っていたの?急にいなくなるから心配したんだよ」

「あぁ、うん、ちょっとポップコーンを買おうと思っていたけど凄い列でさ。結局買わずに戻って来ちゃったよ。それより、どうしてあの二人は戦っているんだ?あれってジョニー・デップとオーランド・ブルームだよな。二人は敵同士なのか?」

 二郎は忍の時と同じ様に話を映画の内容に逸らして四葉に怪しまれないように話を振った。

「そうだったの。それにしても随分時間がかかったね。えっと、今はまだ仲間って訳じゃないんだと思うけど、これから一緒に旅をするんじゃないのかな。私も分からないわ」

「そっか、と言うかこいつらはなんで船に乗っていないんだ?海賊なんだよな」

「そうだけど、今はジャック・スパロウが船で捕まって町の牢屋から逃げたところだからね」

「そうなんだ。そこまで聞けば大体流れは掴んだよ、ありがとう」

「うん、それなら良かったよ」

 四葉は若干二郎の言動を不思議に思うも、あれこれ考えても仕方が無いと思い映画に集中することにした。

 一方の二郎は四葉にああは言ったモノのしばらく続きを見ても全く話の流れが掴めずにいた。

(全然分からん。そもそもオーランド・ブルームは海賊じゃないのか?あとこの薄汚い海賊たちはなんだ?海軍と戦っているわけだからジョニー・デップの仲間なのか?この綺麗な女優さんは誰だ?そしてあの金貨は一体何なんだ?あぁさすがの俺でもこれは分からんな。げ、もうこんな時間かよ。そろそろ向こうに戻っておくかな)

 二郎はいまいち話が分からない中で20分程映画を見ると再び、忍の元へ戻るために席を立つのであった。その横で映画に集中していた四葉は隣で何かが動くような気配を感じてふと視線を向けるとそこにはいるはずの二郎の姿はなく、ただ空っぽの席があった。

(あれ、二郎君、またどっか行っちゃったよ。本当にどうしたんだろう)

 そんな心配をする四葉をおいて再び「踊る大捜査線」の上映室に戻った二郎は何事もなかったかのよう席に着いた。

 先程の失態からなんとか立ち直りやっと映画に集中し始めた矢先に再び姿を現した二郎に声を抑えながらも恨めしそうに問い詰めていった。

「ちょっと二郎、突然消えたと思ったらまた急に現れて、あんた一体何がしたいのよ!」

 二郎は内心焦りながらもわざとらしく体調が悪そうな声で返事をした。

「悪ぃ、悪ぃ。ちょっと腹の調子がおかしくてさ。邪魔したならすまない」

 忍は暗い部屋の中、スクリーンから受ける明かりでぼんやりと見える二郎の顔を凝視してなぜか額にかく汗を見て、二郎の体調が本当に良くないと察して心配そうに言った。

「ヤダ、変な汗かいてるんじゃない。二郎、本当に大丈夫なの」

「大丈夫だ。ちょっと疲れただけだから気にせず映画を楽しめ。それであれからどうなった?」

「あれからってどこからよ」

「あれだ、確かユースケ・サンタマリアが出てきただろう、あの辺りからだ」

「えっと、そこからまた一悶着あって、まだ犯人の正体が分かっていない状態よ。正直あたしもあまり集中できてないからよく分からないわよ」

「そうなのか、なんかあったのか」

「何かあったのかじゃないわよ、バカ」

 忍は全く悪びれずに物を言う二郎に遂にキレて、二郎の肩を引っ叩くのであった。

「痛テッ、何すんだ、こんなところで。周りに迷惑だろう。アホ」

「アホはどッちよ。バカ二郎!ふん」

 そう言って機嫌を損ねた忍はそれ以降二郎の方には顔を向けようとはせずに意地になってスクリーンを見つめるのであった。

 そんなやりとりで精神的体力を削られ、しばらくぐったりしていた二郎は腕時計を確認するとあっという間に20分以上過ぎていることに気付き、慌てて忍に気付かれないように席を離れるのであった。

 忍はそんな二郎の行動を気付きながらも、本心では二郎の体調を心配してか、見て見ぬフリをして止めようとはしなかった。

 現在、時刻は11時30分を過ぎたところ、それぞれの映画も中盤から佳境へ向かっていく中で二郎の戦いはまだまだ続くのであった。

 
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