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第5章

恋のから騒ぎ① ~エリカの心配と二郎の楽観~

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 9月17日水曜日。この日朝から2学年の全体がザワつき一部の女子からは悲鳴が、汗臭い青春を送る男子達からは恨み節が各クラスから漏れ出していた。その原因は学年全体が注目するビックカップルの誕生という突然湧き上がった噂話だった。

その震源地である2年5組の教室では他の4クラスとは少し異なり、この日の昼休み、当事者である一ノ瀬一と橋本すみれは彼らを中心に囲み取材のようなクラスメイトからの質問攻めに遭っていた。

 一に対しては彼女が出来た事への恨み節と違う世界へ行ってしまった仲間を惜しむ声が大方だった。

「一ノ瀬、お前は俺らと同じシングルズのリーダーだったはずだろ。お前が彼女持ちになったら唯一の俺たちとの共通点がなくなって、ただのリア充イケメン爽やか優等生じゃんかよ。もう俺たちとバカな話もできないだぞ!バカヤロー!」

「この裏切り者め、俺にも女紹介しろよ、コノヤロ-!」

「お前、どこまでやったんだ。とりま、現状報告を求む!正直に言え!」

 クラスの男子達にとって一はイケ面でもバカ話に乗ってくれる気の良い男子リーダーであり、一でも彼女が出来ないのなら自分らも彼女ができないのは当然だと納得させてくれる存在だった。その一が彼女持ちとなり本当のリア充男子となった今、住む世界の違う住人として一気に距離を感じさみしさと僻みの感情で爆発寸前となっていた。

 一方ですみれに対しては多面的な声があり、普段は余り話してこない女子達からも恋の助言を求められたり、勇敢に戦った英雄のようにあがめられたりする声もあった。

「橋本さん、あなたよくもまぁ一ノ瀬君を攻略できたわね。その命知らずの行動力に驚きだわ」

「ねぇねぇ、どうやったらあんなイケメンの彼氏が作れるの。私にも教えて。お願い!」

「私実は気になる人がいて告白したと思っているんだけど、何かアドバイスをくれないかな、すみれちゃん」

「むむむ、良くも私達の一ノ瀬君を・・・呪ってやる~」

「ちょっと怖いってあんた。今回は堂々と告白してOKもらった橋本さんを褒めるべきでしょ」

 そんな二人の様子を一足先に当人達から話を聞いていた二郎、エリカ、忍、三佳はその慌ただしい状況にやれやれと呆れつつ微笑ましく見守りながら、二人が自分たちを噂の対象から躱すためにわざわざ大々的に噂を広めてくれたことに改めて感謝を持ってそのから騒ぎを眺めていた。

 そんな状況を尻目にエリカが二郎の席の横に座り思い詰めたように問いかけた。

「二郎君、これで良かったのかな。結局二人に負担が回っただけのように思えちゃって。私がもっと上手く出来なかったのかなって考えちゃうのよ」

「まぁなんだ、エリカがそんなに責任を感じることはないだろう。あいつらが二人で話し合って決めたことみたいだしさ。それに良いきっかけだったんだよ。一の影響力って半端ないだろう。だからなかなかすみれが言い出せなかった気持ちも分かるんだわ。俺も未だにあのリア充野郎がなんで根暗な俺なんかとつるんでいるのか良く分からんし、すみれも一みたいなスーパーマンと付き合うなんて他の女子達から色々陰口たたかれたりしそうで結構勇気が必要だったと思うぜ。だから俺たちを噂から守るっていう理由ができて、こうやって堂々と恋人宣言ができてスッキリしているんじゃないかな」

 二郎はすみれという人間の本質を素直な正直者と考えており、エリカ達友人にすら付き合っていることを黙っていなければならない状況に苦しんでいたのではないかと考えていた。そのため今回の一件は一とすみれにとってその悪しき状況を解き放つ良いきっかけとなり、状況を好転させるモノになると前向きに捉えているのではないかと見ていた。

 エリカはどこか確信めいて言う二郎の言葉に少し不安が薄れたように頷いた。

「そっか、そうだったらいいな。それにすみれのあの顔を見ていたら、二郎君の言うとおりコソコソせずに堂々と付き合える今の状況は良かったのかもしれないね。全くすみれったらあんなデレデレした顔して。見ているこっちが恥ずかしくなるわよ」

 エリカはそう言いながらも、仲良しグループのリーダーであるすみれの吉報に改め笑み浮かべながらその姿を見つめていた。

「何を言ってんだよ。そう言うエリカも拓実と上手くいったんだろ。まぁ俺に言われても嬉しくないかもしれんが、おめでとさん。今度拓実と会ったら彼女税として一発殴っておくからご了承くださいな」

「彼女税ってなによそれ。もうお礼を言えば良いのか、怒れば良いのか分からないから意味不明なことを言わないでよ、もう、二郎君のバカ!」
 
「おいおい、せっかくお祝いを言っている相手にバカとは何だ、バカとは」

「忍の口癖が移っちゃってさ。それにだって二郎君ってバカって言い易いんだよ。忍の気持ちが今なら分かる気がするよ」

「全くあいつのせいでとんでもない口癖が移ったもんだわ。あんにゃろーめ」

 二郎がすみれ同様彼氏持ちとなったエリカに祝辞を述べると共に二郎らしく斜め上を行くボケをかますとエリカは忍の名前を出して二郎の戯言を切り捨てた。

「それで二郎君、忍の事だけど・・・・。やっぱりまだ仲直りは出来ていないの」

「それな、俺も正直よくわからなくてな。色々事情があって俺からは話せないというか、話したら多分忍に殺されるから話したくないし。俺もこればっかりは話す気は無いし。あいつがどうしたいか待つことしかできんわ」

 二郎は普段からやる気の無い目つきをさらにぐったりしたようなモノに変えて答えた。

「そうなんだ。上手く言えないけど二郎君はなんだかんだ言って忍を大切に思っているでしょ。だから普段の喧嘩もどっちかと言えば忍の感情を二郎君が上手く受け止めてあげてそれで何とか上手く関係を保っていたように思っていたんだけど、今回の事はそう言う状況とは違うモノなのかな?」

「別に俺はそんな大きな人間じゃないよ。適当に流しながらなんやかんやで腐れ縁みたいになっているだけだぞ。それに今回の事は何というか、事故とかハプニングとか、まぁそんな類いに入る様な気がするが、とにかく俺からは何も言えないわ」

 二郎の煮え切らない言葉にため息を付きながら、お節介と思いつつ一言付け加えた。

「ねぇ二郎君。実は昨日ね、すみれが今回の噂話の事の顛末を忍に説明するために二人でカフェに話をしに行ったのよ。もしかしたらそこですみれが何か忍の今の心境を聞けたかもしれないから、それとなくすみれが落ち着いた時を見計らって話を聞いてみてよ。何か問題解決の糸口が見つかるかもしれないしさ、ね」

「そうか、あまり気は乗らないけど時間が出来たら声かけてみるよ。まぁ色々と気を遣ってくれてありがとうな、エリエモン、違うか、母エモンだっけ」

 二郎は重苦しい空気を和まそうといつだか三佳がボケで言ったエリカのあだ名を口にしていた。

「二郎君にそう言われるとちょっとキモいからやめてくれるかな」

「え、はい。エリカお母さん」

「お母さんもやめてくれる、普通にエリカで良いからさ」

「はい、ごめんなさい」

 なぜかすみれ同様エリカにも愛称で呼ぶことを真顔で拒否された二郎は密かに傷つくのであった。


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