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第3章

夏休み その4 花火大会⑩ ~凜と二郎のラブゲーム~

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 忍と三佳が告白を受けている頃、二郎は凜にあちこちと連れ回されながらも、それなりに夏祭りを満喫していた。

「ほら二郎君、次はチョコババナ屋があるわね。はい、いってらっしゃい」

「まだ食べるんですか、凜先輩。こんな調子だと太りますよ、って痛っ。ちょっとつねらないで下さいよ」

「どの口がそんなデレカシーのないことを言うのかしら。女の子が何かを食べようとしているときに体重の話を持ち出すなんて射殺モノよ」

「俺、殺されるんですか」

「死にたくないなら、早くチョコバナナを買って来なさいな。それで許してあげるわよ」

「もう焼きそばもわた飴もイカ焼きだって奢ったじゃないですか」

「それはさっき二郎君が私の事を鬼婆呼ばわりしたからそれの罰でしょ。それとも本当に私に鬼になって欲しいのかな。かな?」

「いえ、そんなことありません。凜先輩はいつだって天使でいて欲しいです。何でも奢らせてください!」

 二郎はすみれとの会話をしっかり聞かれていたことを突きつけられて四の五の言わずに凜に従うことを心に決めた。

「分かればそれでいいのよ。二郎君はやっぱり優しいのね」

 凜は毎度繰り返される二郎とのお決まりのやり取りをなんだかんだ気に入っており、今日もいつものように二郎が折れて話がまとまる事に上機嫌となりながら満足したように笑顔で二郎に体を寄せて腕に抱きついた。

「ちょっとくっつきすぎですって。離れて下さい、熱いっすよ」

 二郎はいつも以上にスキンシップをとる凜に口では文句を言いつつ、ドギマギしながら本気で拒むことはしなかった。

 しばらくして飽きずに凜がデートごっこを満喫しているところに意外な人物から声がかかった。

「凜ここにいたのか、済まないが少し時間をもらえないか」

 そこには真夏と言うことでネクタイはしないまでもワイシャツとスーツ、黒革の靴をきっちり決めて、左胸に小さなピンバッジを付けた50才過ぎのキリッとした男性が立っていた。

「お父さん、どうしてここに?!」

 凜は驚きのあまり反射的に二郎から体を離して、背筋を伸ばして声を上げた。

「お父さん!?凜先輩のお父さんって二階堂市長の事ですか」

 二郎は凜から出た驚きの言葉に、思わず声をあげ凜に問いかけた。

「凜、彼は誰だい」

 凜の父なる男性は娘の隣で親しげにいる相手が何者か問いただすように言った。

「彼はその、高校の後輩で山田二郎君です。二郎君、あなたの言うとおり市長の二階堂聡、私の父よ」

 凜は父と二郎にそれぞれを紹介するように順番に二人の問いに答えた。

「君が・・・あの山田君か」

「え、あ、はい、山田ですが、あの、とは一体何のことでしょうか」

「いや、すまないね。以前から君の話は娘から良く聞いていてね。その、いつも娘の力になってくれてありがとう。」

 二郎の名前を聞いた途端、聡は態度を軟化させ、急に頭を下げ感謝を述べた。

「急に何を。頭を上げて下さい。自分は何も感謝されるような事はしていませんよ」

「ちょっとお父さん、恥ずかしいから突然変なこと言わないでよ、もう」

 二郎が聡の行動に驚く傍らで、普段の凜とは思えないほど狼狽しながら顔を真っ赤にして二郎に感謝を述べる聡を制止した。

「しかし、君に感謝を述べないわけにはいかないんだよ。どうか、この気持ちだけでも受け取って欲しい」

「でも、一体なんのことやら、皆目見当もつかない話なもので」

 二郎が本気で頭を悩ましていると、凜がそれとなく二郎に言った。

「多分中学時代のあの時の事を言っているんだと思うわ」

「あの時って、・・・あの騒動の話ですか」

 二郎は凜の言葉に一瞬思いを巡らすように、中学時代の記憶を頭の片隅から引き出し、ある出来事について思い当たっていた。

 聡も二郎と同じく当時の事を思い出しながら、凜に対する懺悔のような言葉を話し始めた。

「あの時は自分の事で手一杯で、凜には本当につらい思いをさせてしまった。父親失格さ。学校でも色々と問題が起きたときに君が娘を助けてくれたと担任の吉田先生から聞いてね。凜は普段から気丈に振る舞って弱音を言わない子だけど、あの時はやはり一番大変な思いをさせてしまったと思う。それなのに私は凜のために何も出来なかった。遅くなってしまったがあの時凜を守ってくれて本当にありがとう。それとあの騒動の後から凜は少し変わってね。以前より表情が柔らかくなったし、素直に弱音を話すようになって無理に我慢しなくなった気がするんだ。どうやら君の事を」
「ちょっとストップ!それ以上は言わせないわよ。もう気が済んだでしょ。それで一体何の用で声を掛けたのよ」

 凜は慌てた様子で聡の話しを途中で切り、本題を話すように促した。

「そうか、そうだな。おじさんが若者の恋路に割り込むのは無粋だったな。すまない。・・・実はこの祭りの主催者の武蔵村山市長さんに招待してもらって今日は出席しているのだが、娘が来ていると話したら是非挨拶したいとおっしゃってな。凜も将来の事を考えるなら、こう言った場で顔を知ってもらうのは望むところだろうと思ってな。どうだい、少し時間があるなら行ってみないか」

「そう言う話しね。・・・うん、分かった。私行くわ、お父さん。・・・ゴメンね、二郎君。そんなに時間はかからないと思うから寂しいと思うけどデートの続きはまた後でね」 

 凜は聡の誘いに乗ることにして、二郎に名残惜しそうに別れの言葉を継げた。

「いえいえ、ごゆっくり行ってきて下さい。その方が俺の財布にも優しいので助かりますから」

 二郎がホッと安心した顔で凜を送り出すと凜が不服そうに詰め寄った。

「二郎君、ここはもっと離ればなれになるのを惜しんで欲しいところなんだけど。せっかくのデートごっこが台無しじゃない」

「もうわかりましたよ、寂しいよ、早く戻ってきてくれ」

「もうバカ。行こう、お父さん」

 凜が二郎と聡を置いて先に歩き出すと、二郎が聡に向けて言った。

「凜先輩は二階堂市長の事を本当に信頼し尊敬していると思います。あの時も先輩は市長を信じて疑っていませんでした。自分も市長の事を尊敬しています。だから、凜先輩のこと、それと地元のことも今後もよろしくお願いします。」

 二郎の言葉に聡は深く頷きながら、はっきりと答えた。

「ありがとう、山田君。うん、全力を尽くそう」

 聡は軽く会釈して凜の後を追っていった。
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