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第7章 三つ巴の攻防
屋敷に戻ると
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とりあえず、予定より早く戻ったためいったん屋敷で体制を立て直すことにした。
クリーンではなく、風呂にゆっくりつかって身体をきれいにしつつ自分の考えを整理したい。
フィオに会うのはそれからだ。
というわけで、クリスも付いてくるというのを断り、伯爵邸へ。
久しぶりの我が家だ。
執事が慌てて出てきて俺に何か伝えようとするのを「すまん。疲れているんだ。後にしてくれ」と制し、自室に向かう。後ろで必死に何か言っているが、ちょっと今はそれどころじゃねえんだ。悪いな。
自室の扉を開けると……そこにはフィオがいた。
「!フィ、フィオ?!どうしてここに?!」
追い付いてきた執事が呆れたように声をあげた。
「それを申し上げていたのです。もう遅いようですね。ゲイルさま、私はこれで失礼いたします」
だから言ったろうが、と言わんばかりに俺を睨め付け、執事が去って行く。
ちょ!待て!心の準備が……!
「おかえりなさい、ゲイル。お待ちしていました」
勝手知ったる俺の邸。好きに使っていいと言ってある俺の言葉の通りに、早く帰って来るのではと毎日俺の部屋で休んでいたのだと照れ臭そうなフィオ。
そんなの聞いたら、もうダメだった。
考えなきゃならないことも、伝えなきゃならないこともあるのに、そんなの全てすっ飛ばして俺はフィオに抱きついた。
「フィオ!ただいま!」
その細いがしっかり筋肉のついた身体をこの手で確かめる。ん?少し……痩せたか?
肩に顔を埋め、すうっと息を吸い込めば、待ち望んだ俺の男の嗅ぎ慣れた香り。シトラスにシダー、サンダルウッド、フィオ愛用のトワレの残り香。
ああ…フィオだ。ようやく帰って来た。
たかが10日ほどなのに、なんだよこれ。泣きそうだ。
フィオの力強い腕が俺を抱きとめる。そして同じように俺のうなじに顔を埋め……
ピシリ。
空気が凍りつくのを感じた。
「ゲイル。あなたから……ギルド長の香りがします。何故ですか?」
!!
いつもなら笑い飛ばす俺の一瞬の逡巡をフィオは嗅ぎ取った。
至近距離で鋭い瞳が俺を見据える。
「あなた……絆されましたね⁈」
とっさにギクリと身体が震えた。慌てて離れようとするも、腰に回された腕が逃げを打つのを許さない。
「答えてください。ギルド長に迫られたのではないですか?」
「…………すまん」
端的な言葉でフィオは全てを察したようだ。
くしゃりと歪んだ顔を俺の肩に押し付け、はあ、と震える息を吐いた。背を掴む腕は痛いほど。
「…………キスはされたが、ヤッてねえ。俺が愛してんのはフィオだ。男が好きなわけじゃねえ」
ギリ、と歯を噛み締める音がした。
「キスはさせたのですね」
言うなり後頭部を掴まれ、噛み付くように口づけられた。
「いて!」
ガチんと歯が当たり、口中に鉄の味が広がる。その血すら舐めとられ、息も唾液も、その全てを奪い尽くされる。上顎の敏感な箇所を舌先で探られれば、一気に体温が上昇するのが分かった。
情熱的なキスとは裏腹に、その表情はひどく切実なものだった。
ああ、胸が痛い。愛おしい男にこんな顔をさせているのは俺だ。
どれくらいたったろう。
ぐったりした俺の胸に上半身を預け、フィオが諦めたような声音でポツリとこぼした。
「分かっていたんです。あなたは情に厚い人だから。あなたに彼は捨てられない。ギルド長が本気であなたに迫れば、あなたは彼を拒めない」
「拒んだぞ⁈俺が愛してるのはフィオだって!クリスは親友なんだってちゃんと…「でも!」
俺の言葉を遮るようにフィオが叫んだ。
「親友を捨てるか、ギルド長を受け入れるかどちらかだと迫られたら、あなたは選べない。それくらいの情はあるのでしょう?」
ああ。フィオには分かっちまってるんだ。
分かってたんだ。あいつの俺への気持ちも。
あいつを失いたくない俺のエゴも。
「……親友を失うか、親友を失わずフィオとクリスを夫にするか選べと言われた」
「それでどうしたんですか?」
「選べなかった。保留にした。フィオと相談するって。俺は……フィオだけは失いたくない。失えない。無理だ。愛してるんだ、フィオ」
「分かっています。私もあなたを愛してる」
言いながら、フィオは切ない瞳で俺をひたと見つめ、泣き笑いの表情になった。
「でも……あなたは選べなかった。親友を捨てられなかった。それが答えなのではありませんか?」
クリーンではなく、風呂にゆっくりつかって身体をきれいにしつつ自分の考えを整理したい。
フィオに会うのはそれからだ。
というわけで、クリスも付いてくるというのを断り、伯爵邸へ。
久しぶりの我が家だ。
執事が慌てて出てきて俺に何か伝えようとするのを「すまん。疲れているんだ。後にしてくれ」と制し、自室に向かう。後ろで必死に何か言っているが、ちょっと今はそれどころじゃねえんだ。悪いな。
自室の扉を開けると……そこにはフィオがいた。
「!フィ、フィオ?!どうしてここに?!」
追い付いてきた執事が呆れたように声をあげた。
「それを申し上げていたのです。もう遅いようですね。ゲイルさま、私はこれで失礼いたします」
だから言ったろうが、と言わんばかりに俺を睨め付け、執事が去って行く。
ちょ!待て!心の準備が……!
「おかえりなさい、ゲイル。お待ちしていました」
勝手知ったる俺の邸。好きに使っていいと言ってある俺の言葉の通りに、早く帰って来るのではと毎日俺の部屋で休んでいたのだと照れ臭そうなフィオ。
そんなの聞いたら、もうダメだった。
考えなきゃならないことも、伝えなきゃならないこともあるのに、そんなの全てすっ飛ばして俺はフィオに抱きついた。
「フィオ!ただいま!」
その細いがしっかり筋肉のついた身体をこの手で確かめる。ん?少し……痩せたか?
肩に顔を埋め、すうっと息を吸い込めば、待ち望んだ俺の男の嗅ぎ慣れた香り。シトラスにシダー、サンダルウッド、フィオ愛用のトワレの残り香。
ああ…フィオだ。ようやく帰って来た。
たかが10日ほどなのに、なんだよこれ。泣きそうだ。
フィオの力強い腕が俺を抱きとめる。そして同じように俺のうなじに顔を埋め……
ピシリ。
空気が凍りつくのを感じた。
「ゲイル。あなたから……ギルド長の香りがします。何故ですか?」
!!
いつもなら笑い飛ばす俺の一瞬の逡巡をフィオは嗅ぎ取った。
至近距離で鋭い瞳が俺を見据える。
「あなた……絆されましたね⁈」
とっさにギクリと身体が震えた。慌てて離れようとするも、腰に回された腕が逃げを打つのを許さない。
「答えてください。ギルド長に迫られたのではないですか?」
「…………すまん」
端的な言葉でフィオは全てを察したようだ。
くしゃりと歪んだ顔を俺の肩に押し付け、はあ、と震える息を吐いた。背を掴む腕は痛いほど。
「…………キスはされたが、ヤッてねえ。俺が愛してんのはフィオだ。男が好きなわけじゃねえ」
ギリ、と歯を噛み締める音がした。
「キスはさせたのですね」
言うなり後頭部を掴まれ、噛み付くように口づけられた。
「いて!」
ガチんと歯が当たり、口中に鉄の味が広がる。その血すら舐めとられ、息も唾液も、その全てを奪い尽くされる。上顎の敏感な箇所を舌先で探られれば、一気に体温が上昇するのが分かった。
情熱的なキスとは裏腹に、その表情はひどく切実なものだった。
ああ、胸が痛い。愛おしい男にこんな顔をさせているのは俺だ。
どれくらいたったろう。
ぐったりした俺の胸に上半身を預け、フィオが諦めたような声音でポツリとこぼした。
「分かっていたんです。あなたは情に厚い人だから。あなたに彼は捨てられない。ギルド長が本気であなたに迫れば、あなたは彼を拒めない」
「拒んだぞ⁈俺が愛してるのはフィオだって!クリスは親友なんだってちゃんと…「でも!」
俺の言葉を遮るようにフィオが叫んだ。
「親友を捨てるか、ギルド長を受け入れるかどちらかだと迫られたら、あなたは選べない。それくらいの情はあるのでしょう?」
ああ。フィオには分かっちまってるんだ。
分かってたんだ。あいつの俺への気持ちも。
あいつを失いたくない俺のエゴも。
「……親友を失うか、親友を失わずフィオとクリスを夫にするか選べと言われた」
「それでどうしたんですか?」
「選べなかった。保留にした。フィオと相談するって。俺は……フィオだけは失いたくない。失えない。無理だ。愛してるんだ、フィオ」
「分かっています。私もあなたを愛してる」
言いながら、フィオは切ない瞳で俺をひたと見つめ、泣き笑いの表情になった。
「でも……あなたは選べなかった。親友を捨てられなかった。それが答えなのではありませんか?」
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