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さようなら。俺は出ていきます。

俺、選びました。俺の家族は…(加筆修正済)

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ゲイルと俺が仲を深める一方、俺と公爵の関係は微妙なままだった。

あの後、俺とゲイルと公爵は、一応の話し合いをした。
俺がベッドに起き上がり、その俺を庇いようにすぐ横にゲイルが。
俺たちから少し離れた椅子に、公爵。
俺とゲイルVS公爵である。

公爵はこれまでみたどのときよりも悄然とした様子だった。
毅然と背筋を伸ばした怜悧な美貌は見る影もない。

しばらく黙って座っていたが、振り絞るようにして声を押し出す。

「……サフィラス。今まで…本当にすまなかった。
私は自分を憐れむばかりで、エリアナの意志を忘れてしまっていた…。
お前を見るとエリアナの死の辛さが蘇り、それに耐えられなかった。
エリアナの死をお前のせいにしてしまいそうな自分が、怖かったのだ…。
自分の弱さのせいでお前を傷付けてしまいそうで、怖かった。
だからお前に会わぬよう、お前を避けた。距離を取り、お前と向き合う事から逃げたのだ」
「……」
「私は自分自身が信じられなかった。そのせいでお前と向き合う事を避けていた。
だが…勝手なようだが、お前を失うかもしれない、そうなって初めてお前と向き合う事ができた。
そうしてようやく分かった。
エリアナの死とお前の生は別なのだ。
ようやくそれが分かったのだ。
私の弱さのせいで、お前を辛い目にあわせてしまった。
お前の命を危険にさらしてしまった。
謝ってすむことではない。だが、謝ることしかできぬのだ。
本当にすまなかった、サフィラス。
もう遅いのかもしれない。…それでも、私はお前のことを家族だと思っている。
都合のいいことを、と思うだろう。
でも、それが本心なのだ。
侍女頭がお前に色々なことをふきこんでいたそうだな。
だが、それは嘘だ。
私はお前を憎んではいない。嫌ってもいない。それだけは分かって欲しい。」
「……」

拙い言葉を重ね、必死で自分の気持ちを語る公爵。
でも公爵の顔を見るだけで、俺の胸に何かがつまる。
お腹の中に石ころを詰めたみたいにぎゅうっとなって、詰まったものを出したいのに出せない、そんな感じ。
これまで、俺は公爵が嫌いだった。
サフィを傷つける、サフィを見ないクソ親父が嫌いなだけだった。
なのに…サフィの影響だろうか、公爵が少し怖い。
突然自分を見つめる、急な変化についていけないんだ。
今まで無機質に通りすぎるだけだったその目に、ようやくサフィを映してくれたと言うのに…。
何の感情も浮かんでいなかったその顔に浮かぶ、懇願に似た何かが、怖かった。
俺は許さないって決めたのに…。
絆されてしまいそうで怖かったんだ。
ずるいよ。今更…。
そんなこと言われても、どうしろっていうんだよ。

俺は、救いを求めるように横に座るゲイルに両手を伸ばした。

「ゲイル。だっこ」

よじよじとゲイルの膝に登ると、その胸に顔をうずめる。
大丈夫。大丈夫。
ここに居れば何にも怖いものなんかない。

ゲイルはそんな俺を黙った抱きしめ、そっと背をさすってくれた。


何分たったのだろうか。
静かに返事を待つ公爵に、俺はようやく向き直る。

「……こうしゃくさま」

その呼びかけに公爵の目がハッと見開かれ、そして諦観に染まった。
そんな公爵に、俺は淡々と告げた。

「たおれてしまってごめんなさい」

頭を下げる俺に、公爵が言う。

「!お前が倒れたのは、お前のせいではない。すべて私の責任だ。
だから…お前が謝る必要などない。むしろ謝罪すべきなの私なのだ。
本当にすまなかった。
今後はお前のよいようにすると約束しよう。
………お前は、これからどうしたい?」

こらえきれぬ感情を表すように、膝に置かれた公爵の手がかすかに震えていた。


「10さいまで ここにおいてください。
そして けんやまほうを ぼくに ならわせてください。
つよくなりたいです。よろしいですか?」
「もちろんだ!この名に誓って、素晴らしい師を手配すると約束する」

俺と公爵のやりとりに、俺を抱きしめるゲイルの腕にかすかに力が籠る。
そんなゲイルの腕にそっと触れ、俺は改めて公爵を見つめた。

「でも、こうしゃくさま、むりにぼくのかぞくにならなくて いいです。
こうしゃくは かぞくじゃない。
ぼくのかぞくは ゲイル。
ぼくのおとうさまは、ゲイルがいい。
ぼく ぼくをあいしてくれる ゲイルおとうさまといたい。
こうしゃくは かぞくじゃないときめました。
こうしゃくを けんりょくを りようします。
でも それだけ。
かぞくは ゲイル」

俺の言葉に公爵は息を飲んだ。
唇を噛みしめ、その激情を抑え込みながら俺の言葉を受け止める公爵。
大きく息を吸うと、ふかくふかく、それを吐いた。

「……わかった。
それでも私はお前を大切にしよう。
私はお前のことを家族だと思っている」

青ざめた顔に、俺が初めて見る笑みを浮かべた。
それはいつも自身に満ち溢れた公爵が浮かべるとは思えないほど、はかない、切ない願いに満ちた笑みだった。
ああ、こんな風にこの人は笑うのか。
こんな風に笑えるのか。
初めて自分に向けられた笑みは、俺の胸に喜びよりも切なさを呼び起こした。

かすかな胸の痛みを感じながら、俺は続ける。

「10さいになったら、ここをでる。ゲイルのところにいく。
10さいから ぼうけんしゃに なれるから。
ぼうけんしゃになって、ゲイルみたいにたくさんひとをたすけたい。
たくさんおかねかせいで、ゲイルのやくにたちたい。
ぼくのおとうさま ゲイル」

俺の首筋に水滴が落ちた。
それはゲイルの瞳から次々とあふれ出し、俺を濡らす。
あたたかな涙の雨を受け止めながら、俺は笑った。
それは心の底からあふれるほほ笑み。

「ゲイル。ぼく10さいになるまで、ここにいる。だからゲイルがここにあいにきて。
ぼく、たくさんべんきょうして、たくさんつよくなる。
それで10さいになったらゲイルのところにいくの。いい?」
「…ああ。ああ。俺、ここに来るからな。安心しろ、サフィ。
サフィは俺の息子だ。俺はサフィのお父様だ。
サフィが望むなら、10歳まで待とう。
ぜったいに俺のところに来るんだぞ、サフィ。


まるで本当の親子のように微笑み合い、抱き合う二人を、
公爵はじっと見つめていた。
彼は、自分が失ってしまったものの重さを改めて目前につきつけられた気がした。
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