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公爵家の憎まれ3男、それが俺です

サフィ、部屋から出て現実を知る(加筆修正版2)

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不思議なことに、1歳になるころには、あの兄弟たちも部屋に来ることはなくなっていた。
ある程度身体が動くようになると、サフィはせっせと自分の手足を動かしてはひとりで遊んでいた。
誰も居ない部屋で地道にベッドの上で手足を動かすのだけが、サフィにとっての遊びだった。

それがある意味訓練になっていたのかもしれない。

サフィがなんとか2歳になった頃のことである。
徐々に筋力が付き、気が付けばサフィは1人で立てるようになっていた。
そして、いつの間にか1人で歩けるようになったのだ。


サフィの知っている人といえば、食事を持ってくる人と、前によく来た「兄弟」だという怖い顔の子供達だけ。
食事を持ってくる若いお姉さんだけは、たまに話かけてくれることがある。
といっても
「お腹は空いていませんか?」
程度で楽しく会話してくれるわけではない。
お姉さんは数人いて、時間によって入れ替わる。
ときどきご飯を忘れられることがあるのだが、サフィはそのお姉さんが好きだった。

一番良く見るのは、怖い顔をした侍女頭だ。
この人が毎朝サフィの着替えを持ってくる。
そして「あなたはいらないこ」「公爵に嫌われているからひとりにされているのだ」と教え込んだ。
無垢なサフィはそれを信じた。
そして、こう思った。
「いらないこ」「きらわれている」はきっと悪い事なのだろう。
サフィにそういう時、侍女頭はとても嫌な顔をしているから。
サフィは侍女頭が苦手だった。
朝凄くお腹が空いていた時、その人に思い切って「ごはん」と伝えてみたのだ。
すると「我慢しろ」「食事が貰えるだけでありがたいと思え」とすごく怒られたので、サフィはそれ以来お腹が空いても我慢することにした。
たまに一方的にサフィに話かけてくるが、いつもよくわからない話か、サフィ悪い子だという話ばかりだった。
でも沢山の話をしてくれるのはその人しかいないから、サフィは我慢してそれをじっと聞いていた。

サフィは誰かと話をしてみたかった。
本当は、怖い女の人じゃなくて、誰かほかの人と。
でも、侍女頭しかいなかったから、我慢していたのだ。

部屋の外には沢山の人がいる。
彼らの会話を聞いたりして、サフィは少しずつ言葉を覚えていた。
ドアの向こうから色々な人の声がするのを聞いて覚えたのだから、サフィは優秀だと思う。
優しそうな女の人の声、楽し気に語る若い男の声、イライラとした男の声…。
どんな人だろう?
何を怒っているのかな?
その声から色々と想像すること、それがサフィの唯一の楽しみだったんだ。


これまでずっと父と会う事もなくひとりで部屋に放置されていたが、サフィはそれがおかしなことだとは知らなかった。
侍女頭の言葉、子供たちの態度で、どうやら自分が好かれていないらしいという事には気付いていた。
でも、他の生活なんて知らなかったから、こういうものなんだと思ってそのまま受け止めていたんだ。

サフィは誰も恨んだりしていなかった。
自分をこんな環境に置く親を憎むこともなかった。
ただ、みんなは外を自由に歩いているみたいだと、それがとても羨ましかった。
楽しそうに話をしているのが、羨ましかった。

ドアの向こうから聞こえる彼らの楽し気な笑い声に憧れた。
いつか、その中には入れたらと夢を見た。

(たのしそう。いいなあ。ぼくにもわらってほしい)

サフィにとって、ドアの外は未知の世界だった。

(そとにでたら、ぼくも たのしくなる?)

外はサフィにとって、希望であり、夢だった。




部屋の取っ手に初めて手が届くことに気付いた日。
サフィは、勇気を出して新しい世界への扉を開けることにした。

ワクワクした。
ひとりぼっちの部屋の中で、いつかここから出て誰かに会うこと。
それだけを楽しみに過ごしてきたからだ。


(そとには たくさんひとがいる。
ひとりくらい ぼくとおはなししてくれるかも?
ひとりくらい、ぼくにやさしいかも?)

(どんなふうにおはなししよう?ぼく おはなし、できるかなあ?)


カチャリ。
ドアを開け、そっと顔だけ出してみる。

(なにこれ!すごい!すごい!!)

驚いた。
見たこともないものが沢山ある。
壁は乳白色に輝き、きらきらと光っている。
ところどころにきらびやかな装飾が施されており、台に置かれた花瓶には綺麗な花が生けられていた。
どれもがこれまで見たこともないものばかりだった。
何もないサフィの部屋とは大違いである。

塵ひとつない床はピカピカと磨かれ、とても清潔そう。そのままそこで眠れそうだ。

(ふわあー!きれい!)

サフィは勇気をもって一歩踏み出した。
はだしの足にひんやりとした床が気持ちいい。

(ぼくのおへやのゆか、こうだったらきもちいいのに…。いいなあ…)

残念ながらサフィの部屋の床はケバがたっていて、触れるとチクチクするのだ。
そっと廊下に横になってみると、蒸し暑い俺の部屋のギシギシいう寝台よりも気持ちよかった。これからはここで眠るのも良いかもしれない。

勇気をもって外に出てみたが、外は思ったよりも良いところなのかも。
そう思ったら、なんだか元気が出てきた。

(やさしいこえのひと、いるかなあ?あのひと、ぼくとおはなし、してくれるかも!)

お気にりの声を探してきょろきょろとあたりを見回すと、花を交換に行くのだろう、大きな花を持った女性がサフィを見つけて固まっている。
女性は目を真ん丸にして口をポカンと開けて驚きの表情をしていたが、それでもあの侍女頭と比べるとても優しそうに見えた。

(やさしいこえのひとかも!)

「あ、あのう…。ぼく『さふぃ』。おはなし、いい?」

おぼつかない言葉で話しかけてみた。
声を出すことはあまりないので、なんだかうまく声が出なかった。

「ぼくのこえ、きこえる?」

とたん、その女性ははっとしたように踵を返し、慌てて走り去ってしまった。

(どうしたのかな?)


向こうの方でバタバタと足音がする。
「ご当主さま」とか聞こえるので、その「当主さま」という人に何か確認しているようだ。
サフィは「ご当主さま」が「父」のことだと思い、すこし緊張した。

(「ごとうしゅさま」って、えらいひと?ぼくのおとうさま?
おかお どんななか?
あのこわいひと、おとうさまは ぼくをきいっていってた。ほんとかな?
あったこともないんだもの、ちがうよね。
はなしかけるくらい いいよね。
おとうさまはぼくをなでてくれるかな?)


どんな人にも、お父様とお母様がいる。
お父様とお母様は子供をかわいがる存在なんだから。会えたらきっと可愛がってくれるはず。
あの女の人は「サフィを嫌っている」と言っていたが、それは間違いかもしれない。
サフィはそう信じたかった。

それからもサフィは人を見つけるたびに話かけた。

「おとうさま どこ?」
「ぼく あえる?」

が、その誰もが同じだった。
サフィと会うと、そっと目をそらし、まるでサフィなどいないかのように慌てて去っていく。
サフィの姿は見えていたはずなのに。

サフィが父を探していることは父の耳にも入っていただろう。
だが、父が姿を見せることはなかった。

それでも、サフィは頑張って

「あの、ぼく、おはなしください。」
「ぼく、みえてる?」

と話しかけた続けたのだが…。
分かったことは、部屋の中でも、部屋の外にも
「ぼくにやさしくしてくれるひと」いないということだった。



それでもサフィは、せっせとそれからも部屋から出た。
ひとりぼっちはさみしく、誰かの姿が見えるだけでもうれしかったのだ。

毎日あちこちうろつく中で、ときおり兄弟や父とすれ違うことができた。
サフィは兄たちを見ると緊張し、少し怖かったが、それでも「家族と触れ合いたい、優しくされたい」という望みは捨てられなかった。
兄弟はもうずっとサフィの部屋に来ていない。もうサフィに怖い顔もしない。
部屋の外でなら、今なら仲良くしてくれるかもしれない。そう思った。

サフィは、会うたびに勇気を出して家族に話しかけてみた。
必死で笑顔を作り、声をかけた。

「おとうさま、おはようござます」
「おにいさま、どこいくですか?」
「げんきあるですか?」
「おとうさま、ごはんたべてますか」

しかし、返事が返ってきたことはない。
兄弟がちらりと視線を寄越す。でも、それだけだった。
彼らはどこか気まずそうにサフィを見ると、すぐに眼をそらしてしまうのだった。

それでもごくたまに、父と視線が合う事があった。
が、温度もない冷たい視線はサフィの顔を撫でるだけで、そらされた。
ただ単に「視線がそこにあった」だけで、彼の心にサフィが存在しないかのように。

(おとうさま…。ぼく、みえないの?)

がっかりするサフィを見て、兄弟がどこか不思議な笑みを浮かべる。

実は兄弟はがっかりした元気づけようとなんとか笑いかけたつもりだったのだが、あまりにぎこちなかったために、その時のサフィにはまるで「おとうさまにきらわれるサフィ」をみて笑ったように見えてしまった。


傷ついていなかったわけではない。
父は自分を疎んでいるのだと、使用人たちの言動からうすうすは気付いていた。
でも、認めたくなかったんだ。
何かしら希望がないと、挫けてしまいそうだったから。

今はだめでも、もっと上手に話せるようになれば返事をしてくれるかもしれない。
がんばったら、自分を見てくれるかもしれない。
そんなかすかな希望を胸に、サフィは会うたびに父や兄弟に笑顔で話しかけ続けた。




不思議なことに、話しかけても返事はしてくれないが、サフィが部屋を出ること自体は黙認されているようだった。
今にして思えば、侍女頭のいうように本当に「サフィが嫌い」になら話しかけられないように部屋に閉じ込めただろう。サフィに会いたくなければ、サフィを閉じ込めておけばいいのだ。
でも、それを公爵はしなかった。

公爵は無意識にサフィに会いたいと思っていたのだろうか。
今になればそうと気づくが、でもそれをその時のサフィにはそんなことまで分からなかったんだ。




サフィは屋敷の色々なところに行った。
といっても、小さな身体と足では1階を上り下りするだけでも大仕事だったし、サフィの部屋は使用人と同じ3階だったから、頑張って階段を下りても2階までは行くのが限界だった。
でも、それでよかった。公爵たちの部屋は2階にあり、2階をうろつけばたまに公爵たちに会う事ができたから。

サフィの挨拶は続いた。
屋敷で働く者たちには時々迷惑そうな顔をされたり嫌そうな顔をされたりしたが、みんなの会話を聞いたりそのやりとりを見たりして、サフィはどんどんものの名前や色々な言葉を覚えた。難しい言葉の意味も知った。
そして、音声は知っていたが意味をよくは理解していなかった言葉の意味が分かるようになった。

最終的にいつも「ご丁寧にサフィの罪深さを教えてくれる」侍女頭により、サフィは…自分の置かれた状況を正確に理解したのである。
彼女にとってはいつもの「教え」だった。
だが、その日、サフィの頭に、心に、それは「なんとなく」ではなく「完全なる意味を伴って」入り込んできたのだった。


「あなたは、その魔力で自分の母親を殺して生まれた罪人なのです。
あなたが生まれたせいで奥様は亡くなりました。とても優しくてみんなに愛されている方だったのに…。
あなたさえ生まれなければ、皆さま幸せなご家族だったのです。」
「公爵様も、ご子息様も、あなたを産まないようにと奥様にお願いしました。でも、奥様がどうしても産むと仰って…。
結局、お腹の中のあなたの魔力で、奥様は身体を中を傷つけられ、亡くなったのです。奥様が亡くなったのはあなたのせいなのですよ。
だから公爵様方はもちろん、私や屋敷中のものもあなたの事を憎んでいるのです。あなたは、生まれるべきじゃなかったのです。」
「公爵家にはもうお2人もお子様がいらっしゃるんだから、3男であるあなたは必要なかった。
あなたはいらない子なのです。あなたはお情けで生かして貰っているのですよ。
食事を与えられ、ここに住むことを許されている、それを感謝すべきです。
あなたは侯爵家の邪魔者なのですから。公爵様はあなたを恨み、嫌っておられます。そうされて当然なのです」

衝撃だった。
これまで断片的に感じていたことが、すべて繋がった。
これまで漠然と感じていた自分への敵意が、しっかりとした言葉の刃となってサフィに食い込んだ。

そういえば、兄弟はこう言っていた。

「お母様の命を奪ったくせに」「お母様の代わりに死んでしまえばよかったのに」
「お前のせいでお母様は死んだんだ」

サフィを無視する人たちは、サフィを見てこう言っていた。

「あれは公爵家のいらない子なの。関わってはダメよ。可哀想だけど、みないふりをして。それが身の為よ」
「あの子のせいでみなさま不幸になったのよ。悪魔の子らしいわ。」

その時に感じたのは、目の前に広がる大きな穴。
かすかな希望は打ち砕かれ、広がるのは何もない暗闇だ。

(そうか。ぼく おかあさまをころして うまれた。
このひとのいうとおりなんだ。
だから、みんなぼくのこと きらい。
だから、みんなぼくのこと にくんでる。
うまれてきたら だめだったんだ。
おとうさまも、おにいさまも、ぼくがいないほうがいいんだ。
ぼくは「いらないこ」。ぼくはあいされないこ。
ぼくには あいしてくれるひとはいない。)

そのころにはサフィは3歳になっていたが、それでもあまりにも悲しく厳しい現実に
サフィの心は耐えられなかった。
サフィの心は挫けてしまった。
わずかに縋っていた希望が打ち砕かれ、絶望したんだろう。


この時、「サフィ」の中にいた「俺」が表に出てきた。

多分それは、希望を失ったサフィがこの世界で生きるために。
傷ついたサフィを守るために。

前世の俺「須藤卓也」の記憶が蘇ったのである。






俺は、サフィの中で叫んだ。

「いやいやいや!サフィ、悪くねーだろ!!
サフィが生んでくれってたのんだわけじゃねーし!サフィのせいじゃなくね?
こんな家、こっちからお断りだってーの!
サフィのことは俺が愛してやる!
死んだ母さんだって、サフィのことを愛してたはずだ!
なあ!聞こえるか?」


「なあ!気付けよ!俺、サフィの中にいるぞ!
俺がサフィと一緒にいるから!なあ!」

サフィには俺の声が伝わらないみたいだった。
でも、俺にはこれまでのサフィの記憶があった。
サフィの悲しみ、苦しみも全て伝わっていた。
なぜか全部知っていた。
サフィの考えていることも、感じていることもすべて分かる。
哀しい。辛い。苦しい。
それなのに、どうにもしてやれない。
声がかれる程に叫んでも、サフィに俺の声は届かない。
もどかしかった。悔しかった。

クソ親父どもの胸倉をつかんで

「ふざけんな!お前ら、こんな小さな子供に何してくれてんだよ!
サフィのせいじゃねーだろうが!
サフィを見ろよ!
亡くなった母さんの分も、サフィを…俺を愛してくれよ!頼むよ!」

と言ってやりたかった。



無力な俺にできたのは、サフィの中でだんだん小さくなっていくサフィと共にいることだけだった。

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