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第4章 神の君臨

歴とした勇者

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「絶対に助けるッ!」

 死の淵に進むテュイアは理想や犠牲など何もかもをかなぐり捨てた。
隠し続けて犠牲になろうとしていた本心を勇者の行事イベントへ載せ、クレイスへと叫ぶ。

一人で神に抗った少女の希望になるために。

「誓ったんだ……絶対に護るってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「ぐうっ!」

押さえつけてくる両手を振りほどき、半円を描く無数の斬閃をヘラへと叩き込む。

顔や身体に無数の傷を負ったヘラは初めて地面へと片膝をついた。

「僕は! テュイアに恥じない勇者ぼくでいたい!」

 魂同然になっても尚、テュイアはクレイスを見守っている。
それだけで神の甘言を振り払う勇気をクレイスに与えた。

「僕は希望になる! 全ての人々の勇者になる! それがテュイアにふさわしい僕だ!」

「チッ……面倒ね! はいはい! じゃあ私はその希望を摘み取るだけよ!」

 怒るヘラの激しい乱打にもクレイスは冷静だった。
巨大なサング・オブ・ブレイバーを巧みに操り攻撃をいなしていく。

そして隙を見せれば一瞬で重激としたカウンターを繰り出す。

「みんなの想いを胸に戦うのが、勇者だぁぁぁぁぁ!」

「想いや覚悟で強くなるって言いたいわけ……?」

 ありえない、それはかつてのクレイスも思っていた。
だが熱く光る左目の疼きでテュイアが側にいてくれることを知覚出来る。

今まで培ってきた戦い方に、ロイケンの息吹を感じることが出来る。

 共に戦う魔王と仲間たちがいる。
昔のような独り彷徨う獣はどこにもいない。

「自信があるやつの方が強いのは当たり前だろう?」

「クレイス・アルカイオ……!」

 そこでヘラは認めてしまった。クレイスが役割を与えられた存在などではなく、歴とした勇者になったと。
クレイスの後ろに想いや絆が収束していくのをヘラは見せつけられる。

光の粒子のように漂うテュイア。青い炎と共に刀を突きつけているるロイケン。

 しかし、自分の後ろには何もない、それがまたヘラの怒りを倍増させる。

「それでも、私の方が上よ!」

 執着こそがヘラの強み。
執着の対象をゼルヴェから力や命そのものにすれば強さもまた無尽蔵に上がっていく。
それがたった一柱で全ての神を滅ぼせた理由でもあった。

「殺すわ。魂も残らないくらいにね」

「もう……今までの勇者じゃないんだ」

 そう呟いたクレイスは地面にサング・オブ・ブレイバーを突き立てた。
その瞬間、幾何学模様の閃光が黒きに武具に走る。

「僕がこの世界を救う! 僕に足りなかったのは……皆の勇者になる覚悟だ!」

 そしてサング・オブ・ブレイバーの柄が二つに分かれる。
鞘と形容したゼルヴェの言葉は本質を見抜いていたのだ。

「抜かせると思ってる?」

新たな武器に手をかけたクレイスにヘラの拳が炸裂した。
体勢を崩すことはなかったが、数メートル後方まで後ずさられる。

「これを鞘にしたのは私! 私が奪い取ってきた夫の形見を詰め込んだものだわ!」

ゆっくりと強くなるのを眺める余裕はヘラにはなくなっていた。
単純だが武器がなければクレイスも決定打を放つことは出来ない。

「夫達の形見、もう返してもらうから」

「たち……?」

「ええ。私の夫たちの形見よ。私は全ての男神を愛してたのに……皆、私を裏切った!」

 神の貞操観念は人とは違う。
神それぞれに常識があるゆえに、支配していた国の文化に違いが起きるのだ。

だが、そうは言ってもヘラの考え方は不可思議すぎた。

「自分だけ他の男神と……イカれた女神は人間には理解できないね」

「違う! イカれてるのは浮気した男神達よ!」

 言霊は風圧をまとい、クレイスを襲う。
ヘラは全ての男神を手中に収めていたが、愛まで手中に収めることは出来なかった。

長い年月をかけて夫たちは離れ、ヘラは裏切られたという憎しみを膨らませた。

「それが神々の戦いを始めたきっかけ? ……本気で言ってるの?」

「私だけを愛してくれる素晴らしい一人がいればいい! その世界を作ろうとして何が悪いの? 私は神なんだから何だってやっていい!」

「簡単に夫の形見を僕に渡すような女神に常識があるわけないよね!」

 いくら話しても平行線だと悟ったクレイスは剣を奪い取ろうと足に力を込める。
その瞬間にヘラの背後でゆっくりとゼルヴェが立ち上がり、その肩に手をかけた。

「……おい、こっちを向け」

「ゼルヴェくん!」

振り返ったヘラの目に飛び込んできたのは、身体をひねり渾身の力を拳に込めたゼルヴェだった。
目を見開くヘラは力の発動をすることもできず、拳を甘んじて受け入れる他なかった。

「うがっ!?」

「貴様のような性根の腐った者と添い遂げる気はない……魔王として、神すらも滅ぼす!」

 よろけたヘラの下に回るほど低い姿勢から足を顎へと蹴り上げた。
その隙のおかげで武器の元へとクレイスは駆け付けた。

「お前が世界を救う勇者になるならば、やはり私は魔王でいよう」

 神の力を喪失したゼルヴェはまさしくただの人だ。
それでも魔王の名を冠し、世界を守るというのは暴虐の限りを尽くした過去への贖罪に他ならない。

「あのような神も、かつての私のような愚かな為政者も出さん。私も世界を守る」

「ゼルヴェ……」

「前とは違う方法でな、クレイス」

 微笑むゼルヴェにつられてクレイスも笑う。

その姿はかつての野山を駆け回っていたころの二人。
それに気づいてなのか、横たわるテュイアの閉じられた瞳から一筋の涙が流れた。

「武器を借りるぞ」

「洗って返してくれよ?」

 そして二人は分かれた二つの柄を握りしめる。

二人は勝利の未来を思い描いた。
その心に呼応する武器に引き寄せられるようにして鞘から神討の剣が顕現する。

「ぐっ……! そんなっ、私の思い出が!」
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