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第4章 神の君臨

更新・神の虚言を破れ!

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剛翼ガブリエルを失い、能力がヘラには届かない」

「——僕がなんとかするしかないってことだよね」

「鞘から真の力を抜く方法を、すぐに見つけ出せ」

「命令はなしだ……僕たちは勇者と魔王、対等だろ?」

「ふっ……あの女神の次に倒されるのはお前だぞクレイス!」

意気込んだ二人は、クレーターから這い出てきたヘラへと駆けていく。
無表情な様子の神は怒りを露わにしている時よりも畏怖を感じさせられた。

 眼前に捉えていたヘラは瞬時に背後に周り、二人の背後へと回り込む。
そのまま肩へ手を伸ばして抱き寄せる形になった。

「子供には過ぎたおもちゃだったわね」

肩を組んだまま、ヘラはさも当然かのようにゼルヴェの体の中へ手を差し込んだ。

「なっ!? うわぁぁぁああああああぁあああああ!?」

身体が引き裂かれるよりも強烈な魂の痛み。
ヘラと同化するゼルヴェの胸は恍惚とした表情を浮かべる女神に弄られていた。

「触れるな!」

組まれた肩から抜け出したクレイスはサング・オブ・ブレイバーを振り下ろし、ゼルヴェから引き離そうとする。

「勇者くんも優しいねぇ。さっきまで殺しあってた相手なのに。男の友情は意味不明ね」

空いた手で軽々と弾かれる一撃。
重心移動を見抜かれ、弾かれるたびに大きな弧を描かされ、クレイスの体力をも奪う。

その度に力を込め直し、斬り裂こうとするがヘラの髪の毛一すら掠めることもできない。

「あー! あった、これこれ!」

 勢いよく手を引き抜いたヘラ。

その手には神々しく光る紫色の球体が握られていた。
純度の高い神片を彷彿とさせるそれが、拒絶と受諾ラヴァーだと誰もが認識できるだろう。

そのままゼルヴェは力なく崩れ落ちた。

「私の力の一部を貸してあげたから、調子に乗っちゃったのね」

「ゼルヴェ!」

「ふふっ、本当に優しいのね。死ぬほどイライラしたけど一周回って面白くなってきたわ」

力を取り戻したヘラが強大になった気配はなかったが、それは元から異常な力を保持している証拠に他ならなかった。

その代わりにか、とても慈愛に満ちた穏やかな表情を浮かべている。

「君の御察しの通り、ゼルヴェくんは魔王からただの人間に戻りました~」

 微笑むヘラは全て傷を塞ぎ、破れたドレスも完璧に修復していった。
花冠のように黒い花がヘラの頭に舞い降りる。

「でも私はゼルヴェくんさえ従順になってくれれば、復活なんてどーでもいい!」

「ふっ!」

無駄話に付き合う様子を見せずクレイスは一気に距離を詰めた。
テュイアの魂を取り戻すため、ロイケンの仇を討つためにもこれ以上戦いを長引かせるわけにもいかない、と。

「話は最後まで聞きなさい」

「ゼルヴェの拒絶……!?」

放たれた拒絶の力はゼルヴェの黒球とは違い、不可視の完全な力だった。
振り上げた武器をどうすることも出来ないクレイスは、まさにその場に縛り付けられる。

「テュイアだっけ? 娘の魂くらい返してあげるわよ」

「なっ?」

それは神の囁きにしてはあまりにも甘美なものだった。

「世界を統べるって言っても隅々治めることは出来ないし~。女の子たちと一緒にどこかの森でこっそり暮らせばいいんじゃない?」

「な、何を……」

「解放は簡単。神に出来ないことはない」

 ここで退がれば永遠に安寧を約束してくれるという。
圧倒的な力の差を持つ神にとって、力なきクレイスたちなど彼女の庭の中にある意志を持った人形に過ぎないのだ。

「でも、これは新たな契約。破ったものには死よりも恐ろしい罰があるわ」

再びクレイスの後ろに回り込むヘラ。
優しく顎を撫でられたクレイスは悪寒どころか、安堵の涙を流しそうになった。

「貴方はもう二度と私に歯向かわない……それだけで安寧が約束される」

ここで頷けば長きに渡る戦いから解放され、テュイアやキリルたちと弥栄の時を過ごすことができる。

テュイアと旅をして世界の広さを見せることが出来るのだ。
ロイケンのことも忘れ、その思いから肯定の返事が喉から声が出そうになった刹那。

「——テュイア?」

 左目が熱く輝いた。


『更新・神の虚言を破れ!』



 ヘラを倒すように更新される行事イベント
それに気づいたクレイスは、この呪いがヘラではなくテュイアに与えられたものだと気づいた。


「——どう、して……」

 出会ったことからは逃げられない行事イベント

それは女子たちと添い寝するの願いを叶えたり、強大な敵から逃げられなくなり、迷子の猫を探すくだらない呪いだと思っていた。

だが、想い出を貯めないようにしていた絶望の呪いの正体は他でもないテュイア自身。

(……)

 魂なのか、幻覚なのか、自分の求める妄想なのか、月夜の逢瀬と同じく向こう側が透けて見えてしまうテュイアを現実でも認めたクレイスは彼女が願っていたことすべてを理解した。

「どうして……何で、諦めてたんだ……?」

クレイスの前で微笑むテュイアの陰に対して、過去形に紡いだ言葉。

それはテュイアの残酷な優しさだった。

「——わざと僕の想い出が多くたまらないようにしてたろ?」

どんなにくだらないことも行事イベントになる。それらをクレイスはパーティ総出で切り抜けてきた。

「ヘラの思惑通り、テュイアの魂が消えても」

幻のように霞むテュイアは肯定も否定もしない。

「僕が、辛くならないように! 寂しくならないように!」

全てを察したクレイスは今もなお眠り続けているテュイアの肉体を見て、彼女の心の強さを察した。
ヘラに自我をどんどん奪われ、魂が消えていく感覚を覚えながら他人の心配をしていたテュイアの。

「君は、僕に仲間を作れって言ったのかよ……!」

自分の命を顧みずに勇者と魔王それぞれの心が壊れない最善と思われる道を、か弱い少女は神に抗ってもなお手に入れようとした。

神の力を奪い、勇者に介入するという大胆な手を使って。

「忘れられるわけない……」

 誇り高く、何よりも強い少女を見殺しにすることなど出来ようか。
クレイスは力強く剣を握り締め、拒絶の力を打ち破り、神に向かって流星が如く飛んだ。

「君のいない世界で生きていくなんて無理に決まってるだろ!」

剣戟が交差し、眩い閃光が火花のように辺りを舞う。
今まで手傷を負わせることすら厳しかったヘラをクレイスは圧倒した。

「がっ、正気なの!? 本気で安寧を捨てるわけ!?」

「わがままでも何でもいい! 無理でも何でも叫んでくれ!」

「はぁ? 何言ってるの?」

一歩も退かぬクレイスは神の再生能力に食らいつきながら、どんどんと手傷を負わせていく。

「僕は勇者なんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 大振りになった攻撃を両手で受け止めたヘラ。

美しい顔が力むことでで歪む。
そんな表情をさせる勇者が許せないのかどんどん押し返し始めた。
しかし、クレイスの頭の中で、テュイアの涙が伝わっていく。

(……けて)

「ああ!」

(私を助けて! クレイス!)


『更新・勇者よ、私を助けて!』


 死を覚悟していた少女が願った生への咆哮。
その魂の叫びを絶対に叶えると勇者は燃え滾る。
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