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第4章 神の君臨

ロイケン、出陣

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「簡単よ。顔がタイプだったから! 最初っから最強な魔王の力を上げたのも、ゼルヴェくんに勝って欲しかったからなの!」

 無邪気なヘラの語る理由は、命をかけて戦ってきたゼルヴェにとって馬鹿馬鹿しすぎた。

「神々はだめねー、すぐ浮気するし。簡単に私を捨てるの……だから殺しちゃった」

神々の戦いを引き起こした張本人であると語るヘラ。
もはやそこに崇高な信念などはなく、色欲と情欲に溺れる薄汚れた神でしかなかった。

「……そんな貴様のために勇者を殺せと?」

「ゼルヴェ! ヘラ様に無礼だぞ!」

「いいのよ、冷静な男が見せる熱さって、グッとこない?」

 糾弾するフォゼを諫め、神が見せる余裕の態度で戯れを許す。

「でも、勇者を殺してくれないと契約が終わらないから完全に復活出来ないの。文句言うなら、他の誰かにやらせるわよ? どっちかが死ねばいいだけなんだから」

 その言葉と共に、包囲網がどんどん狭まってきた。
ヘラはすでに全て終わったと思っているのか、楽しそうに話を続けた。

「これからは浮気しない最愛の夫と永遠に暮らすの。庭に残る人間全てを従えてね」

そんな理由で、互いに殺しあう大戦を引き起こしたのか、とその場にいたフォゼ以外の人間は震える。
軍勢にも多少のどよめきが広がるが、フォゼの旋律で簡単に操り人形へと戻った。

「——お前は、悪神だ!」

 吠えたのはよろよろと立ち上がったクレイスだった。
サング・オブ・ブレイバーを突き立て、屈するつもりはないと身体で示す。

「テュイアは、ずっと助けてくれてた! 夢の中で俺に力をくれていた!」

「ああ……なるほどね。まさか夢の中で娘が干渉してたなんて」

「お前がテュイアから奪ったものを……返してもらうぞ!」

 飛び出そうとするクレイスを止めたのは以外にもレヴィーだった。
立ち上がったキリルやパニーナも急いでそこに駆け寄る。

「や、やる気なら私が相手になるけど?」

「クレイスさんの邪魔はさせません!」

「勇者が殺されれば奴は完全に復活する。ここは魔王様と勇者が生き残らなければならん」

 それは冷静な停戦協定だった。
今まで死闘を繰り広げてきた相手と手を取り合わなければならない状況に、それだけ切羽詰まっていることが認識できる。

「——逃げろってことですか?」

「いや、ここで神を超えろ」

答えたロイケンはゆっくりと前に出た。
その威圧感はヘラにも劣らない、そうフォゼが感じてしまうほどに。

「でも、クレイスも魔王もボロボロなのよ?」

不安そうなキリルの質問にロイケンは続けて答える。

「見逃してくれる相手ではない。時間は稼ぐ。どんな方法を使ってでも二人を回復させろ」

そう言って数歩前に出たロイケン。その傍らに進んだのは魔王の忠臣であるレヴィーだった。

「レヴィー、何をしている……?」

「貴方が生きていれば人の世は終わらない。道は私が開きます」

「やめろ。命令だ」

振り向きもせず、レヴィーはありったけの神片をキリルに投げ渡した。

「もう二度も命令を破っているのです。罰を受けなければ」

 そう笑ったレヴィーをゼルヴェは止められなかった。
手を伸ばした瞬間、地面に倒れたゼルヴェは装備している剛翼(ガブリエル)の重みにも耐えられないほどに衰弱していた。

 クレイスも剣を杖にして立っているのが限界という状況。神から授かった力で戦いあった代償というところだろう。

「キリル嬢、どのくらい稼げば良いかの?」

「十分……いや、五分で二人ともなんとかしてみせる!」

 仲間達はこの場を取り囲む全ての軍勢と、ヘラやフォゼなど神の如き存在を相手取りながら、クレイスたちを守りきる必要がある。

「世迷い言だなレヴィー。君がそこまで愚かだったとは思わなかったぞ?」

包囲陣は奏でられる旋律に合わせて狭まる。決着を唆すように行軍の歩みでも音色を奏でた。

「いくら雑兵を集めたところで私は止められん」

「再び神と相見えようとは……」


 
『更新・夜明け前』


  
 行事イベントが、待てと暗に告げてくる。
ヘラから与えられた制約をこれほど恨んだことはなかった。

「こんな時に何もするなって……?」

「すぐに戻ってくる、お前たちは休んでいろ」

 振り返らずに神の元へ一歩ずつ進んでいくロイケンとレヴィー。

それと同時にキリルは詠唱を始めた。
回復神ヒリングに他の全ての神片を詰め込み、回復力を増大させようという作戦だ。

陣の中央にクレイスとゼルヴェを並べ、キリルは陣の縁で詠唱に集中している。

パニーナは詠唱が進むたびに神片を陣に配置する役目を買って出た。

「ロイケン爺……」

「レヴィー……!」

満身創痍の勇者と魔王に全てを託し、人類最強とも言える英傑が戦場へと駆け出した。

 人間が争う姿を楽しそうに見ながらヘラは深く玉座に腰掛ける。
大人びた姿に戻ったヘラは、遠くで横たわるテュイアをに見つめた。

「予想より早く復活したせいかしら。なかなか私を受け入れてくれないわねぇ」

 過去、力を与えた時に決着がつかなかったせいでヘラは計画変更を余儀なくされている。

魔王の侵略と勇者の旅、それぞれの作り出すエネルギーをより質の高いものにするには必要だった事項だが、反乱という厄介なことになるとは思っていなかったようだ。

「もっと私に似ている子を選ぶべきだったかしら。依代選ぶの妥協したしなぁ」

「我が神よ、始めさせて頂きます」

「はいはーい」

 巨大なハープを軽々と弾けば、魔王の軍勢は正気を失ったも同然に突き進む。
白目を向いた狂戦士の包囲が一気に狭まっていった。

「こ、これでは……」

「喚くなパニーナ嬢。キリル嬢の気が散るだろう」

「え……?」

 理解が追いつかなかったパニーナは、頑なに封じていた刀を振るうロイケンの強さに尻もちをつく。
刀を抜いただけで包囲陣の一角が音もなく消し飛んだ事実は、白昼夢のようだった。

「嘘、だろ?」

師匠の本気を目の当たりにしたクレイスは自分より勇者のような行いをやってのけるロイケンに驚きを隠せない。
大きく空いた軍勢の包囲陣は、陣形を戻そうと蠢いている。

「大将の首、とらせてもらおう」

 再び剣を振り下ろすロイケンの狙った先はヘラの首だった。
思惑に気づいたフォゼが斬撃の旋律を飛ばし、かろうじて攻撃を逸らす。

「ぐううっ!? ヘラ様、お怪我は?」

なんとか弾いたロイケンの剣圧は、軍勢を大きく斬り飛ばして止まる。
たった二太刀で軍勢の六分の一は吹き飛んだ。

「大丈夫よ。にしても、あの剣技……ソールデュインね?」

知己である剣の神ソールデュインの名を出したヘラは、神々の戦いに参戦しなかった彼女の顛末を思い出した。

「確か……人と添い遂げて死んだような」

 額に指を当てながら思い悩んでいると音もなく一人の暗殺者が飛び込んできた。

そのままヘラを祀っていた神輿を半分に砕くと、フォゼを吹き飛ばして再び地面に消えていく。
崩れゆく玉座に座ったまま、神にも匹敵する力を見せる人間たちにヘラは瞠目せざるを得なかった。
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