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第3章 勇者と魔王

昂り

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「『エンド・オブ・ザ・ワールド』!」


 透き通る少女の高い声と共に空から降り注ぐ巨大な光。

立ち込めていた暗雲を突き破り、二人のいる巨大な窪みに一直線に突き進んでいく。

攻撃の質量から拒絶の力を全て引き出さなければ弾けないと気づくも、反応が遅れたことで攻撃を受けと止める程度の能力しか引き出せない。

「ゼルヴェ様!」

 続いて遠くから聞こえた側近の声。

 遠かったはずの足音が瞬時に近寄り、魔王を抱えて去っていく。
その刹那にクレイスと大剣をを抱えて消えた老兵がゼルヴェには見えた。
直後、攻撃を支えるものがいなくなった光線はクレーターを巨大な穴へと作り変えていく。

「レヴィー……?」

「申し訳ございません。命令に背きました」

「——すまない。礼を言う」

 そこから少しだけ離れたクレーターの淵でクレイスを助け出したロイケンがキリルとパニーナの元まで難なく逃げ切っていた。

レヴィーですら髪を少し焼いたというのに。

「作戦通りにはいかんものじゃのう」

「二人とも殺しちゃうところだったでしょ! だから嫌だったのよこの作戦!」

 考えられていたロイケンの策は途轍もないものすぎて反対されていた。
この爆撃で魔王が倒せれば幸運だったが、クレイスを連れ戻せただけでも僥倖かもしれない。

「キリルさんうるさいですっ! すぐに処置を始めますよ!」

 バックパックから取り出される道具でテキパキと応急処置を施すパニーナ。
多く用意していた回復神ヒリングの神片ゴースで、キリルも文句を言いながらも救助に入る。

「は~、こんな危ない目にあってまで、助けたいって思っちゃうなんて」

憎まれ口を叩きつつも誠心誠意回復行動を続けるキリル。
そんな様子を見て、戦場だというのにパニーナも微笑んでしまった。

「魔王と、その側近か……食い止めるには骨が折れるのう」

 少し離れたところでレヴィーは忌々しげにロイケンたちを睨んでいた。
こちらもゼルヴェのことを回復神ヒリングで治療している。

「ゼルヴェ様、お怪我のほどは……」

「問題ない。だが、ここから先は手出し無用だ」

 表面上繋がっただけの皮膚と失った大量の血。
治療したとはいえ、ゼルヴェもクレイスもごまかし程度に過ぎない。

「周りをやれ。俺とクレイスの戦いに邪魔を入れるな」

 魔王としての仮面を外したゼルヴェに気づいたレヴィー。
そこに高貴さはなく、戦士としての一面を垣間見た。

だが、そんな魔王の前に立ちふさがったのは意外にもレヴィーだった。

「……どうか、お覚悟を」

一番の側近に見抜かれた心のざわめき。
それでも熱く輝く右目の疼きにゼルヴェは従う。いや、そうするしかないのだ。

「口出しは無用だ。テュイアが、テュイアがそう求めている」

「しかし!」

 腹心であるはずのレヴィーを突き飛ばしたゼルヴェは荒く息を吐き、クレイスを睨む。
廻るは敵として戦ったことよりも、幼き日の楽しげな想い出たち。

それを振り払うように倒れ臥す宿敵に向けて、ゼルヴェは吠えた。

 
「でなければ魔王になってまで、友を討とうなど思うものか!」
 

 その叫びに驚いたのはレヴィーだけでなく、ロイケンやキリルたちもだった。

その感情の昂りは今までのものとは比べ物にならないほどで、ゼルヴェの右目から放たれた光が空を穿ち、立ち込めていた暗雲を吹き飛ばす。

「これは……」

 それが魔王の力によるものではないと気づいたのは、本人と長い人生を経験しているロイケンの二人だった。

「——何故、神の力が?」

 沈みかけていた日の光が空を赤く染める。

 しかしその色は何故か毒々しいものに感じられた。
そんな勇者と魔王のもとに行軍を続けるフォゼは、興奮に染まりながら「千手」の異名通りに凄まじい速さで演奏を奏で続ける。



「ああ、始まる! 始まるぞ! 新たな時代が!」



 魔王の瞳から出た光に導かれるように、空から何かが飛来した。

「テュイア……?」

巨大な穴の中央に降り立った水晶は澄んだ音を立てながら割れる。
中から出てきた少女は魔王城に縛り付けられる封印を破り、勇者と魔王の眼前へと現れた。

「どうして、ここに……?」

 意識を失っていたクレイスもまた目を覚ます。
その場には凄まじい緊張感が流れ、テュイアを初めて見たキリルやパニーナも息を飲んでいた。
美しさに驚いたような次元の話ではない。



「ありがとうゼルヴェ。貴方のくれた想いで……とうとう復活出来た」



 ずるりと、蛹がら脱皮するようにテュイアの中から黒い靄に包まれた何かが現れた。
テュイアは力なく巨大な穴の中へと落ちていく。

「くっ!」

傷ついた剛翼ガブリエルを使い、すかさずテュイアを受け止める。
抱えているテュイアこそ自分たちの知るテュイアである、そうゼルヴェには確信できた。

クレイスたちと反対側の淵に着地したゼルヴェは黒い光を纏い宙に浮いている人物が何なのか理解出来なかった。

 だが、あの存在が常に側にあったような感覚に、尚更嫌悪感を抱く。

「お前は……何者だ?」

「私達は相思相愛だったでしょ? だから受け止めるべき相手もそっちじゃない」

 見えない波動に襲われたゼルヴェは抱えていたテュイアを吹き飛ばされ、地面へと転がる。

「力が戻った以上、その子は用済み。これからは貴方が私の夫として新たな神になるのよ?」

その言葉でクレイスとゼルヴェは理解する。
テュイアと眼を入れ替えられたあの日。クレイスとゼルヴェに使命を一方的に与えた神だと。

「何故今更……お前契約のため命を犠牲にし、娘であるテュイアを助けたはず?」

「そんな約束だったかしら?」

 その時、フォゼの奏でる旋律がさらに音圧を増した。
行軍は早まり、ゼルヴェたちにも十分聞こえるほどに。

「フォゼ……?」

「さあ、祝え!」

 音に運ばれたフォゼの声は世界に響くほど強大なものになっていた。
音量とは違う、直接脳内に響くような旋律が全ての人間を覆った。その瞬間、人々は神を五感全てで感じたのだ。




「我らが神『ヘラ』様の復活を!」




 神が全て息絶えた世界で、再び神が君臨する。
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