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第3章 勇者と魔王

離れて、そして

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 勇者一行ブレイバーズ・マーチを解散し、数日が経った朝。
久しぶりに訪れた国「ツィアマーロ」はシーハイよりも圧倒的に規模が大きかったが、不気味なまでに静かだった。

 奇妙な事に人という人が存在せず、争った形跡もない。
円形闘技場で開催されるであろう武闘大会の張り紙も張りたてのような真新しさを見せている。

レヴィーの言っていた「脅威を消して油断させる」策とは真逆で不気味な雰囲気しか感じられない。

「パニーナ、何か情……」

いつもの癖で出た言葉を途中で止め、頭を振る。

 おそらくこれも、レヴィーを筆頭とする魔王軍の作戦だろうとあたりをつける。
全ての障壁を取り払ったのは油断させるだけではない。
これ以上、クレイスを強くさせないという呪詛のごとき作戦に他ならなかった。

 敵や好敵手もいない。
こうなってしまえばクレイスの強さは、現状頭打ちと言っても過言ではなかった。
この国に人がいないのは、全て魔王軍の作戦ならば得心がいく。

「ゼルヴェ……どこまで堕ちれば気が済むんだ?」

殺したか攫ったか、どちらにしろ凄まじい実力者を抱える魔王軍なら容易いことなのかもしれない。

とにかくクレイスは魔王の城へと続く道を知っている。
だが、魔王軍もまた侵攻される経路の予想がつくはずだ。

「ははっ、経験も積ませないって? 僕のことがそんなに怖いのか?」

 自然と多くなる独り言。

独りになったからなのか、罪の意識を感じないようにするためのものか。

どちらにしろクレイスは自分が原因で引き起こされた災害じみた現実に再び吐き気を覚える。

しかし、パーティを解散してよかったという安堵感で心が少し軽くなった。

「……いつか、そうなる運命だったんだ」

廃都で神経を研ぎ澄ましても虫の気配すら感じられない。
フォゼの旋律以上の神業を放つ人物が他にもいるのかと思うと、一人でどこまでやれるかという悪い思考に陥った。

「ダメだ。パーティ前提で考えるな……」

 いつも通り仲間がいた状態で考えてしまったクレイスは、そんな自分に嫌気が差しながら闘技場の片隅で眠りについた。


「僕は、誰も頼っちゃいけない」




 
「あー! ムカつく!」

 魔王軍の襲撃があったため名もなき街を出てキリル達は予定していた進路から大きく外れ、ツィアマーロ付近にある小さな村に駆け込むことが出来た。

 貸し出された一室で眠り続けるロイケン。
その隣で座るパニーナは唇を噛み、膝の上で拳を握りしめる。
何度も握り直したせいでスカートはくしゃくしゃになっていた。

「これからどうすればいいのでしょう……」

何度とも分からない呟きにもキリルは苛立ち、行き場のない怒りで空気を何度も殴り付ける。

「三人で魔王ぶっ飛ばしましょう! クレイスの先を越せば悔しがって改心するわ!」

「改心か……」

 低い声を放つ主に少女達は慌てて駆け寄る。やっとロイケンが眠りから解放されたのだ。

「具合はいかがですか……?」

「し、心配かけすぎよ爺ちゃん! 何日寝てたと思ってんの!?」

涙を浮かべる少女達をはねのけ、ロイケンは上半身を起こす。全て見透かしたように話を続けた。

「お前達はクレイスを改心させてどうする?」

「——聞いてたの?」

「ここに三人しかいないという時点で大体の察しはつく」

 肝心な時に倒れてしまった、とロイケンは己の不甲斐なさを悔やんだ。
先達として迷える若人を導くことが老兵の使命。
師匠と名乗るくらいなら、どんな状態でもそれが出来なければいけなかった、と。

「それで? 改心させてどうする?」

「それは……」

一緒に戦う、共に旅を、色々な言葉がよぎるが誰もも二の句がつけなかった。

 何に対しての裏切りなのか、何に失望しているのかも分からない。
故にクレイスにどうして欲しいのか分からないのだ。表情に影を落とし二人は俯く。

「まずは己の心を知ることじゃ」

そう言い残し、何もなかったような表情で部屋から出て行くロイケン。
伏していたにも関わらずしっかりとした足取りは、キリルたちの心配も薄れさせてしまうほどだった。

 そのまま建物の裏庭に向かい少し歩いたロイケンは、空を見上げた。
日が暮れかけている中、袴のような服をなびかせて口髭を撫でる。

「……ぐふっ!」

 盛大に吐き出した血はより一層の黒く淀み、命の灯火が僅かだということを語っていた。

「時間がない……この命、どう使うべきか」

改心させてどうする、という問いは自分への投げかけでもあった。
偉そうなことを言っておきながら、自分自身もどうするべきか悩んでいる。
わずかな命を何に散らすかを考えて。

 苦しむロイケンのことなどつゆ知らず、キリルとパニーナもどうするべきかという問題に心を悩ませていた。

「……楽しかったなぁ」

 部屋に置いてあった椅子に二人は対面で座り込んでいた。
テーブルを挟み、気まずい雰囲気が流れる。
子供のように呟くパニーナにキリルは嫌気がさしてテーブルに顔を突っ伏した。

「一緒に冒険して、皆さんが一緒で本当に楽しかった」

「何よ急に」

聞きたくない、話したくない、そのような雰囲気を出されてもパニーナは言葉を続ける。

「新しい目標が出来て、世界を救おうと頑張って。私も勇者みたいな気分でした」

「……そうね」

 俯いたままのキリルは悔しさに塗れていた。

「そういえばキリルさん、村から勇者を超えろって……」

 今まで聞きそびれていたキリルが仲間になろうとした理由。
クレイスに掴みかかった時のことを思い出し、パニーナは恐る恐る尋ねた。

「神が死んで、人々は新たな光を求めた……でも強すぎる光はいらないのよ」

 少しだけ間を置いて、キリルは重そうに口を開いた。

「うちの村もそう。なまじ神片ゴースの声が聞こえちゃうもんだから勇者だの聖女だの色々もてはやされて……そのまま魔王討伐の旅に出された」

 元々は戦いなど望んでおらず、村で平穏に過ごせればいいとキリルは考えていたが、人生をねじ曲げられた勇者に対する怒りはどんどん膨らみ、自身が本当に勇者になってやる、という決意に変わるのは早かった。

つまりは驚異的な力を恐れた村人はキリルをていよく追い出す理由が欲しかっただけなのだ。

「勇者なんて嘘っぱちだと思ってた。でもアイツを見た瞬間、いるんだって思っちゃったよ」

誰もがクレイスを見た瞬間、勇者なのだと悟るという。
それが剣のせいか、契約のせいなのかは誰にも分からないが、少なくともキリルの心は揺れた。

「いつかその座を奪ってやるって思ってたけど、そんなのどーでもよくなっちゃった」

憎しみや虚無感は旅が全て消しさった。
その大切になった者の告げた現実ゆえに、二人は拒否感を示してしまったのかもしれない。

「そう、私も……本当に楽しかった」
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