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第2章 深まる絆、離れる心

完了・絆の祝勝会!

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 そう言って話しながらも器用に作り進めていたケーキを全員の前にキリルは差し出した。
いつの間に作ったのか、出来がよすぎるなど色々な疑問は湧いたが、単純に一同は驚いた。

「今日の祝勝会は、パニーナいつもありがとうの意味もあるんだから」

「もちろんロイケン爺もね」

「取ってつけたように言いおって……じゃが、今回の主役はお前たち若い衆じゃよ」

 話しながらも調理を続けるキリル、配膳を始めるクレイス。
パニーナは一度溢れたら、止まらなくなりそうな涙を堪えるのに必死になってしまった。

「パーティとは、足りないものを補い合う仲間でもある。クレイスたちも忘れるなよ」

「はいはい。お爺ちゃんの話は長くなっちゃうからご飯にしましょー」

「つか、ほとんどお前が作ったよな……食えるのか?」 

「村では一番な料理上手だったんだから、神片ゴースが使えなくても食堂開いて生きていけるほどよ?」

「そうしたら……」

 瞳を潤ませたパニーナが全員に、粉まみれになった満面の笑みを投げかけた。

「全部終わったら、みんなで食堂を開くのもいいかもしれませんねっ!」

「お~! 悪くないじゃない。クレイスより活躍出来そうね!」

「僕だって切るのには自信あるよっ!」

 食事の前から笑い声が絶えない勇者一行の賑やかな食卓が始まった。
この時四人は勇者一行ブレイバーズ・マーチになってよかった、と心底思えたようだった。


 
『完了・絆の祝勝会!』

 

 楽しい宴の翌日。
気分新たに出発した勇者一行だが、アスガルドの雄大さをまざまざと思い知らされる。
前の大陸とは比べ物にならない広さに、歩いても歩いても次の国に辿り着く気配がない。

整備された道を歩きながら、とぼとぼと四人は歩いていく。

「街と街の感覚が広すぎました……今までの尺度で測っていた私の不覚です」

「パニーナのせいじゃないよ」

「今日もこの辺りで野宿かのう」

「いやいや、もう三日くらい野宿してるのよ! 宿屋の一つくらいあっても……」

 無い物ねだりの頂点に達するキリルは神片ゴースを使って家でも作ってやろうかと自分のバックパックを何度も漁り、出来ないことを認識して憤慨するということを何度も繰り返していた。

 ぐずるキリルを宥め、新大陸四度目となる野営装備を展開したクレイスたち。
今日もテュイアに良い報告は出来ないと感じているクレイスもまた深くため息をついた。

 魔王がどうしているかを聞けない契約になっているので、敵の侵攻具合は分からない。
だがそれは相手も同じことのはず、と考えてはいるが漠然とした不安感に襲われていた。

「気味が悪いのう」

脳内を見透かされたような気分になったクレイスは瞬時にロイケンに向き直る。

「なになに? おじいちゃんでも幽霊とか怖いの?」

「そういった意味ではないと思いますが……」

「まあ、ロイケン爺が棺桶に片足突っ込んでるようなものだもんね」

「お主……たまに勇者とは思えないことを抜かすよな……」

 話はロイケンの感じていた違和感へとすぐに戻る。
ここ数日間、野盗にも襲われなければ、獰猛な動物も現れない。

安全すぎる旅路の割に、人里があまりにも少ない。
流通が栄えている印象があった港町に対し、陸への経路はあまりにも寂しいものだった。

「この辺りは魔王の侵攻が何度かあったと聞きます。とはいえ威力調査が主だったと聞いておりますが」

「きっと各地にゾオンを配置してるのよ。いつでも遠くに侵略できるように」

「でも港街は普通だったろ? 魔王の侵攻があったらもう少し慌ただしくても……」

そのクレイスの想像は至極全うで、静かに人の安寧を妨げず、日常が続く安寧など常識的に考えて存在しない。
そこでは考えても無駄、ということで解散になった。

 しかし、ロイケンは何も言わずに寝ずの番を続ける。

「お爺さんは早く寝るんじゃないの?」

一度は少し離れたテントに向かったクレイスだが、すぐにロイケンの元に戻ってくる。

「危険はないとはいえ、誰かがやらねばならんだろう」

「だったら僕がやるよ。一番体力があるのは僕さ」

「抜かせ……」

野宿が続くと交代で見張り番を行うことになる。
たまに夢に行けないことがあると、テュイアには前もって説明していた。

「……お前たちとの旅は、よいものだな」

「急にどうしたの?」

「……儂が神を甦らせたいという話は覚えているか?」

 シゴキがキツすぎてあまり定かではないということは伏せたまま、クレイスは小さくうなづく。
星を眺める二人は誰が見ても祖父と孫と思うような絆が感じられる。

「儂は神に愛されていた」

「あー、年寄り特有の過去を美談にするやつじゃないですよね?」

「故に、我が神を奪った者を許せないでいる」

 冗談ではない雰囲気。かつて起きた神々の争いがロイケンから最愛の神を奪ったとクレイスは推察した。
愛する者を取り返す旅という点で、クレイスとロイケンは似ていた。

だからこそロイケンは力を貸してくれたのかもしれない。

「だが、我が神を甦らせるのはもう無理かもしれないな」

「師匠が弟子より先に諦めるのはどうかと思いますよ?」

「これは諦観ではない」

 ハッとしたようにロイケンを見やるクレイス。

その目は確かにしっかりとした意志が宿っていた。その頼もしさは強さでは寄る方なき勇者にとって安心感をもたらす。

「新たなる希望に託す、というのも悪くないと思ってな……」

希望を託す、という言葉にクレイスは俯いた。

「勇者のこと、みんな誤解してると思います」

 世界が期待しているのは勇者であり、恐れているのは魔王である。
その人間そのものは役割を与えられただけで、勇者でも魔王でもなかった。

戦う理由も、一人の少女を奪い合うという私情同然のものゆえに、後ろめたさだけがクレイスにまとわりついた。

「僕はただの人間……誰かの願いを背負えるほど、余裕があるわけじゃない」

ここまでは弱音だが、次に紡いだ言葉は願望だった。

「だから、ロイケン爺が生き続けて叶えてよ」

「……お主はこの老いぼれに、未来があると?」

「あんなに強いロイケン爺なら何でもできるさ。いつも僕より勇者らしいって感じるよ」

「いい加減、隠居したいもんじゃがのう……」

「ダメダメ、まだまだ教えて欲しいこといっぱいあるんだから」
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