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第2章 深まる絆、離れる心

開始・祝勝会!

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 船での長旅を終えた勇者一行は一番広大な大陸「アスガルド」に到着した。
魔王軍に動きもなく順風満帆な進み具合を不安に思いつつも、新たな大陸への一歩を踏み締める。

「一番乗りー!」

「子供ですね」

 整備された港街「カウォンマ」から他の国に続く道は石畳で整備され、今までの大陸より裕福で文化的に高いような印象を受けた。

「老体にはありがたいわい」

 いざ新たな冒険へ、というところでパニーナが全員を呼び止める。

「船の中で散々休憩しましたが、もう少し息抜きをした方が良いかと」

「パニーナから遊びの誘い? めずらしいね」

 おどけた調子で返すも、パニーナは真剣な表情で三人を見上げている。
鼻息を荒くする様子の少女は自身有り気にまくし立てた。

「魔王軍を撃退するということがどれだけの功績か、わからないのですか!?」

 曰く、魔王軍のゾオンの配置で潰された通商ルートは星の数ほど存在し、重税に苦しんでいるらしい。
パニーナは商人の端くれとして溜飲が下がる思いなのだという。

「船の中では物資が限られていたので何もしませんでしたが祝勝会をやりましょう」

「いいじゃない! 私の栄光を祝うなんて!」

「はいはい」

「パニーナの受け流し能力が高いな……それで、祝勝会って言ってもどうするんだ? どこかの酒場でも予約しに行こうか」

 辺りを見渡すクレイスの頬へと両手を伸ばすパニーナ。
元気よく伸ばしてやっと届いた手に沿って、クレイスが視線を下ろすとやる気に満ちた瞳で見つめ返される。

「甘いものを、食べましょう!」


『開始・祝勝会!』


「え……? 」

 お祝いといえばスイーツ! 女の子らしい発言に苦笑しつつも、行事イベントと化した祝勝会をしぶしぶ決行することになる。
準備が整うのを待つという、良い方向に転ぶかどうかわからない緊迫する行事イベントを。




「で? なんで祝われるべき私まで買い出しに?」

 男二人を宿に残し、二人は市場へと買い出しに向かっていた。
最近までシーハイとは貿易ができていなかったようだが、他国とは交易が続いており品物も多数揃っているように見受けられる。

「キリルさんは、これは嫌、あれは嫌とか後々言い出すと思ったので」

「私のことよくわかってるじゃない!」

「いや、褒めてもらっても……とにかく、これほど色々なものが流通している場所なら、宴会の準備もすぐ出来るはずです」

 市場へと消える二人だが、倹約家な少女と奔放な少女の買い物は困難を極めることになる。



 宿屋で待つだけのクレイスは椅子に座っては立ち、剣を振っては戻し、と落ち着かない様子だった。
その様子を見てため息をつくロイケンは迷いある心で剣を振るなと教えたはずだ、と再度注意する。

「たかが皆で飯を食うだけじゃろ」

「ロイケン爺には分からないよ。行事イベントになっちゃったことの面倒さは」

 行事イベント、それは度々起こってきた勇者特有の現象。
そうなってしまった事柄を解決するまでは、その場所から離れられないのだ。

「成功条件が曖昧なものは怖い……だいたいこれって誰が判定してるんだ?」

 神が発動した能力ならば、その全てを知るのもまた神となる。
神々が全て死に絶えた今、能力について知る術はほとんど残されていない。

「記憶神メモリアの神片ゴースでもあれば答えてくれるかもしれんぞ?」

「入手難度が高すぎる。見たこともない」

 全ての答えを知るというメモリアは各王国で重宝されている。
災いが降りかかった時にどうすべきかを問うためにらしいが、そんな大事なものは奪えないとため息をついた。

「では、キリル嬢とパニーナ嬢を信じるしかあるまいて」

「……二人とも、料理とかするのかな?」



 再びの市場。
暖かな日差しに照らされるキリルとパニーナは、買い出しを進めていた。
冒険に必要な物資も集まり、祝勝会の食材もパニーナの交渉術で格安で手に入っていた。

 キリルが余計なものを買うのを防ぎながらの買い物は、普段動かないパニーナを全力で走らせ、阻止する度に余計な体力が使われる。

「準備は万端ね」

「ええ。おかげさまで体力がつきそうです……でも、この街の顔役とも交友を深められました」

「そーいえば、いつも商会とかと交渉してるわよね?」

 常に思っていたことを二人きりということもあり、とうとうぶつけるキリル。
パニーナはバックを背負い直し、眼鏡の位置を直す。

「私たちの冒険はいつか終わります。その時に旅で手に入れた流通網を利用し、私の商会を全世界的に展開するのが目標ですので」

「打算ありきで旅してたのアンタ?」

「ふむ。打算……ですか。そう考えたことはありませんでした」

 私利私欲を肥やすつもりではないのはぽかんとしているパニーナから察することができた。
そもそもそのような黒い意思があればロイケンあたりが追い出していることも予想がつく。

「勇者というのは、魔王を倒した後に何になると思いますか?」

「えっ? えぇ~……そうだ! 伝説!」

 急な問いの真意も考えず、自分のなりたいものを叫ぶキリル。
パニーナは、そんな簡単な答えであれば旅には同行することもなかっただろう、と考えた。

「私は魔王にされてしまうと思っています」

「勇者が?」

「ええ。いろんな国が束になっても倒せない敵を倒せる勇者と魔王の何が違うんでしょう?」

気難しい表情のパニーナは、そう呟いて過去を思い出した。この考え方は、まさに実体験に基づいている。

 繁栄していた店の利益を奪っていく地主。
そして、その地主を打ち倒した者も財に目がくらみ、すぐに地主と同じように守銭奴になった。
そうならなかった者も勝手に恐れられ、排斥された。

この繰り返しに人の性は悪だとパニーナは幼い頃より思い知っていたのである。

「人々は勝手に勇者を恐れ、助けられた恩も顧みず、安全を要求する」

「——その意見には賛同するわ」

 能天気に適当な反論をするとばかり思っていたキリルもまた神妙な面持ちで前を向いていた。
過去にそう思える何かがあったことを察するパニーナは強い気持ちで持論を展開する。

「キリルさんも、クレイスさんも、ロイケンさんも……とても素晴らしい方です。世界のために必死で戦っている人たちが、いつか石を投げられるなんて私には耐えられません」

「パニーナ褒めすぎじゃない? 何、おだててお小遣い減らそうとしてる?」

調子がいつも通りに戻り始めたキリルは、堅苦しい会話に限界が訪れたのかおどけ始めた。

「だから単純に魔王を倒すのではなく、世界の通商を広げて戦い以外の恩恵を民に与える。これが出来れば皆さんが恐れられることもなくなるでしょう」

 魔王や勇者を超えて、誰もが崇めていた慈愛に満ちた神にクレイスやキリルを押し上げようとしているパニーナ。
大層な話ではなく、人々から嫌われない再就職先を斡旋しているようなもの、と自分の考えている計画に小さく付け加えた。
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