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第2章 深まる絆、離れる心

魔王の城で

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 黒雲に包まれし魔王城。
魔王の領域を包み込むようにそびえる山脈や絶壁が侵略者を打ち払い、魔王軍は各地に設置したゾオンで侵攻を続ける。

クレイスのいた大陸での失敗は、破竹の勢いで領土を広げる魔王軍にとって初めて狙いを挫かれたものとなる。

「フォゼ、何故呼び出されたかは分かっているな?」

 荘厳な雰囲気が漂う空間。

テュイアの寝室の下には玉座が存在する。
魔王ゼルヴェは、堂々とそれに腰掛けていた。

上着と機械仕掛けの翼を外したとはいえ、威厳は欠片も損なわれてはおらず、心を見抜くような眼光だけがフォゼに向いていた。

 その側で控えるレヴィーの叱責が広い玉座の間に響く。

「フォゼ、聞いているのか!」

「申し訳ございません、我が魔王。取り逃がしました」

 さらに深々と頭を下げるフォゼ。その様子を見ていたゼルヴェは怒りを露わにさせることもなく、頭を上げさせる。

「構わん。それよりもクレイスはどうだった?」

「魔王様の足元にも及びませぬが、やはり勇者。面白い成長速度でございました」

「……ゼルヴェ様! フォゼに処罰の許可を!」

美しく聡明な表情を歪めてまで、レヴィーは会話に割って入った。
魔王の作戦を失敗させたフォゼがのうのうとしている事が、忠実な側近としてどうしても気に入らないのだろう。

「レヴィー。君と私は対等なはずだ。裁く権利などない」

「黙れ雑魚が。強さまで対等になった覚えはないぞ?」

薄く目を見開いたフォゼと磨かれた広間を軋ませながら進むレヴィーは火花を散らす。

「よさないか。上にはテュイアがいるんだ」

 瞬きの間で、二人の間に割って入るゼルヴェ。
強者である幹部たちにも一切気取られない足運びに、魔王たる所以が垣間見える。

「も、申し訳ございませ……」

即座に跪き、魂からの謝罪を放つレヴィーの口を手のひらで抑える。

「レヴィーの忠誠心は見上げたものだ。謝る必要などない」

刹那にレヴィーは想い人と偶然手が触れてしまった乙女のように飛び退いた。
褐色の肌が羞恥でみるみる赤く染まっていく。対するフォゼは再び瞳を閉じ、柔和な表情を浮かべる。

「奴を殺す楽しみを奪わないでくれて礼を言おうフォゼ」

「見定めるのが我が魔王の意だと認識しておりました」

「し、しかし取り逃がし……ゾオンを大量に失ったのは事実です!」

「慌てるな。あのゾオンは私の部隊が独自に集めていたもの。魔王軍の備蓄には関係ない」

 不遜な態度で言葉をさえぎったフォゼはゆっくりと立ち上がり、怪しげな旋律を奏でる。
すると竪琴から光粒が吹き出し、小さな地図が宙に描かれる。
その中央の点が脈動し、何かがそこにいるということを切実に訴えかけた。

「勇者に私の旋律を刻みました。奴の居場所は筒抜けです」

「……ほぅ」

 幾分か目を細めるゼルヴェ。
いつでも殺せる条件がどんどんと整っていく。まるで何かに導かれるように。

「それで? 私に自らで向けと言うのか?」

「滅相もない。奴などいつでも殺せると言うだけです。そして早い方がテュイア様もお喜びになるでしょう?」

 囚われの姫の封印については幹部級なら誰もが知る事実だ。
勇者を殺し、一刻も早く封印を解くと言うのは魔王軍の一つの目的にもなっている。

「フォゼ……お前の功績は素晴らしい。だが……」

「いいじゃないゼルヴェ、フォゼは勲章物の働きをしてくれたわ」

「……テュイア?」

改まって片膝をつくレヴィーとフォゼ。

ゼルヴェの命令でテュイアのことは魔王以上に敬うことが義務付けられている。

「フォゼの功績を無駄にする気? 早く貴方を抱きしめさせて?」

 艶めかしく擦り寄るが封印が二人を別つ。
それが邪魔だと言わんばかりに魔王へと差し出す掌。この障壁を消すのは勇者の死か魔王の死か。

「神のいない世界で、先導者は二人もいらない。貴方がなるのよゼルヴェ」

 もはやそれは高圧的な哀願だった。
それを聞き入れない理由はないはずだが、ゼルヴェは未だに沈黙を続けたまま。

「さあ、魔王。決断しなさい」

 魔王を超える存在はないと常々考えるレヴィーでも、この時のテュイアはもはや人ならざる者としか思えなかった。ひ弱な非戦闘員のはずなのに勝ち筋が見えないのである。

「……軍を動かす」

その一言にフォゼは微笑み、テュイアもまた満面の笑みを浮かべた。

「フォゼとレヴィーは私と共に進軍しろ。他の幹部たちは城の防衛を命じる」

「その言葉をずっと待ち侘びていました、我が魔王」

「あぁ、ゼルヴェ! 愛してるわ!」

 大侵攻の宣言をするため広間を一望できるバルコニーに向かうゼルヴェ。
見かねたレヴィーは一礼し、その場を後にする。
主人がいなくなった玉座の間にいる意味もなくなったテュイアは満足そうに自室へと戻った。

「……テュイア様の仰せの通りに」

「何のことかしら?」

 妖艶に微笑む少女はゆっくりと階段を登っていく。
暗闇に登るような怪しげな雰囲気のテュイアは邪悪に微笑んだ。

「のらりくらりとやってきたけど、もう逃げられないわ」

慈愛の笑みで下腹部をさするテュイアは自室に入るや否や恍惚の表情で天井を見上げる。

「もうお腹いっぱいに溜まったもの……愛の結晶がね」

早足で追いかけるレヴィーは足取りに怒りがこもるゼルヴェに追いついた。

「我が魔王、よろしいのですか?」

「構わん。二言はない」

「処罰を覚悟して申し上げます。貴方は勇者の何を恐れているのです?」

歩みを止めたゼルヴェは拳を壁に叩きつける。

「恐れてなどいない!」

 肌を震わす怒号に対し、瞬きもせずレヴィーは真摯に向き合った。
配下の中で誰よりもゼルヴェに心酔しているレヴィーは魔王に覚悟のない決意をさせることは避けたかったのだ。

「では、何を」

「——私は……」

 視線を落とした魔王は唯一心を許せるものとしてレヴィーを選んだ。
今はテュイアの目が入っている右目を抑え、ゼルヴェは呟きだした。

「私とクレイス……勇者は共に育った兄弟も同然の親友だった。しかもこの城に一番近い村で育っていた、ただの子供さ」

「馬鹿な。我が故国の軍を壊滅させた貴方が凡人であったと? お戯れを……」

触れてはいけない秘密と似た未知に耳を貸すのを拒んでしまうレヴィーは、侵略を受けた日を昨日のことのように覚えている。

「村から遠出し、冒険と称して何度も遊んだ。そして、この城にいたテュイアと遊ぶようになった。何度も遠出をして、時には三人で眠った。だが、あの日……」
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