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Season1 セオリー・S・マクダウェルの理不尽な理論

#029 奈落の番人 Merging

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 且又かつまたを追って警視庁の前へとやってきた刹那の前に、円柱状のガードロボットが数十体列を成して立ちふさがる。

『警告っ! 警告っ! ここは警視庁ですっ! 許可が無い方が直ちに退去して下さいっ! 繰り返します……』

 ガードロボットの耳障りな音声が癇に障り刹那は唸り声を上げる。

 しかし実に妙であった。警視庁の直ぐ傍の路上には且又の乗ったバンが止まっているところから且又かつまたは恐らく中にいることから、既に許可を受けている事になる。

『レーツェルっ! 且又は中にいるんだよねっ!?』

『うん、監視カメラの映像だとガードロボットは一切反応せず入っていた。許可証の提示も求めていない。まるで認識していないみたいに……』

 いずれにしてもガードロボットを倒さない事には且又かつまたを仕留めることは出来ないため、仕方がなく蹴散らすことに決めた。

 全身の毛を逆立たたせ、威嚇し始める刹那の鼻先を嗅ぎ覚えのある匂いが漂ってきた。

(これは……暁の匂い……)

「待てっ! 刹那っ!」

 突如後ろから呼び止められ、刹那は矛を収める。

『どうして暁がここにいるんだ』

「早とちりして誰か来てるんじゃないかと思ってな。まさか刹那だとは思わなかったが」

 アサルトライフルを担ぎ防弾チョッキと紺色のタクティカルスーツに身を包み警察の特殊部隊を思わせる風貌の暁が立っている。

「奴はここにいない」

『『えっ!? どういうことっ!?』』

 刹那とレーツェルが同時に叫んだ。

「ここに入っていったのは恐らくホログラムだ。だから監視カメラの映像だけを追っているレーツェルは気付かなかったんだろう」

『レ、レーツェル、公衆電波を探ってみる』

 慌てたようにレーツェルは調べ始めて数秒。『本当だ。ドローンの電波が飛んでいる』と返ってきた。且又はレーツェルが使用するような小型ドローンを使ってホログラムを映し出し警視庁に入るように見せかけた。

「奴はもう既にリストを手に入れている。こっちだっ! 行くぞっ!」

 暁が向った先は警視庁のある場所とは全く正反対の場所、日比谷共同溝日比谷立坑へと続く日比谷交差点付近。

 地下へと降りるエレベーター内で暁は刹那とレーツェルに対して状況を説明する。

「現在、警視庁に幽閉されている四課の同僚からメッセージがあってな。既に且又にリストのデータは渡っている。今の奴の狙いはGADSガディス本体だ」

 情報は穏田に同行していた石寺からのもの、それにはGADSの本体サーバーの所在地である共同溝から更に地下にある秘匿された区画にある事も添えられていた。

『GADSにそんなものを持って行ってどうするつもり、ネットに流すんじゃ……』

『ちょっと待って、今セオリーから連絡が入った。ドローンを中継して来ているから、もしかしたら途中で切れるかも……』

 レーツェルにより暁の携帯端末がセオリーのものへと回線を繋がれる。

『暁っ! (もぐもぐ)どこに(ごっくん)いらっしゃ(むしゃむしゃ)いますの(ぐびぐび)?』

「うるせぇな。何言っているか分からねぇよ。食うか喋るかどっちかにしやがれ」

 通信の先から恥じらいも無く咀嚼音らしき音を混ぜてくるのセオリーに、暁は不快感を露にしたが、一向に咀嚼音は止まらない・・・・・

「喋るのをやめるのかよ……ったく、アンタは一体何を食ってんだよ」

『お肉っ!』

 間の抜けたようなセオリーの言動に暁は突発的な片頭痛に襲われ頭を抱えた。

『冗談はさておき、今どこにいらっしゃいますの?』

「今は日比谷共同溝へ降りている」
 
『分かりました。 私達も桜田門立坑の方から向かいますので、且又をGADSに絶対近づけてないでください』

「……どういうことだ」

 セオリーの口調はどうも且又の計画に感づいている様子であった。彼女の口から語られる且又の計画の彼女なりの考察。それは暁達の想像を絶するものであった。

『良いですか、AIもマインドウイルスの対象なのです。ビックデータをもとに学習している限り、その都市の社会性が大きく影響するため、偏向は避けられないんです』

 それは避けるためにはレーツェルと同様に原則に縛られずAIの多様性。AI独自の知的好奇心や競争性を持たせる必要がある。

 だが人間それを決してやらないだろう。なぜならAIは人間に危害を与えられるようになるからだ。

 AIにミームの善悪を判断できないというのがセオリーの結論だという。

有態ありていに言えば、人間がAIにいくら悪意がなんであるかと教えようとしても無駄なのです。恐らく且又はそのGADSの欠点を突きつけるつもりなのです』

 セオリーの予測では且又はリストをGADSに読み込ませ学習させる。しかしそれはGADSにより遺伝子の偽証行為が公に認められていた事を暴露し、システムの脆弱性を露呈させることに他ならない。

『その相乗効果により、社会不和は伝染し、より強大なマインドハザードを発生させることになります』

「ああ、とにかくヤバイことは分かった。みち、奴とはケリを付けなきゃならなねぇ」

 エレベーターが立坑の底へと到着した瞬間、発砲を受け、暁と刹那は直ぐ様身を隠す。そこにいた人物に暁は目を疑った。

「多田羅……大治っ! 何でアンタがここにっ!?」

 暁と同じく四課の同僚であり、アサルトライフルM4カービンを抱えた筋骨隆々の屈強な大男、多田羅大治が立っていた。

「悪いな。俺もこっちの人間でな。戦う事しか能の無い人間にとってはなぁ、奴が生み出そうとしている国は魅力的なんだ」

「クソっ! 馬鹿かっ! アンタはっ!」

 且又の計画が成功すれば十中八九内乱が起こるだろう。多田羅は元自衛軍に所属していた事を聞いたことがある。多田羅は戦いに生きがいを見出している男なのだろう。

『暁、ここは僕に任せて、先を急ぐんだ』

「良いのか、お前だって且又とは因縁があるんじゃねぇのか?」

『セオリーじゃないけど、僕だって出番が欲しいんだよ。カッコつけさせてくれ』

 ふっと笑い頷き合う暁と刹那。そして互いに多田羅攻略の示しを合わせ始める。

「準備は良いか? 刹那」

『いつでも』

 暁は物陰からM4カービンを打ち鳴らしながら飛び出しっていった。暁がまず行ったのは陽動。

 空かさず応戦する多田羅。共同溝の資材を使いながら巧みに暁の銃撃を避けているところから経験差はやはり多田羅の方に分がある。

 資材の影に潜みながら暁は状況を冷静に分析していると多田羅が話しかけてくる。

「お前だってこっち側の人間だろう? 自分を虐げた社会、国、世界を憎んでいるんじゃないのか?」

 何を言い出すかと思えば何とも下らない話、以前にも聞かれたような内容だ。もちろん暁は結論が出ている。

「悪いな。俺はこの後、あのマッドサイエンティストとデートの約束があるんだ。その前にこの国が壊れるのは困るんだよ」

 不本意で理不尽だと暁は付け加えたかったが、そこは敢えて口をつぐむ。

「そうか。なら仕方がない。交渉決裂だな」

『その通りだ』

 気配を殺し忍び寄っていた刹那が多田羅の背後から襲い掛かった。

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