上 下
4 / 35
Season1 セオリー・S・マクダウェルの理不尽な理論

#004 育みは道楽と化す Survival Strategy

しおりを挟む
 話が終わった頃にはすっかり日が暮れ、セオリーは修彰からディナーに誘われる。

 一食分浮くからという事もあったが、暁が護衛に着いた事と、彼の捜査に協力して欲しいと言われた事が大きいのかもしれない。

(暁が料亭の前まで送ってくれると言ったから付いてきたものの……)

 修彰なおあきに連れてこられたのは政界の中でも人気の高級料亭だという。

 床にはLEDパネルが敷かれて、日本家屋を思わせる漆喰をイメージした壁面に、金碧障壁画の襖や屏風。

 黒塗りされた堀座卓の上に、芸者のような恰好をさせた接客用ロボットが料理を運んでくるという近未来空間の料亭。

(変な方向にデジタルが発酵していますわね)

 不釣り合いな伝統とテクノロジーの融合は、ガラパゴス諸島で近未来の雰囲気とは無縁の生活を送っていたセオリーからして見れば、カオス以外の何物でもなかった。

 出される料理もグローバリゼーションなのかフランス料理風の盛り付けの和食。

 装飾のせいもあって味は今一つ分からない。しかもアルコールも日本酒ではなくて白ワイン。

(これなら昔ながらの居酒屋の方が大分マシですわ)

「どうだろう。この店は、味もさることながら、良い感じの店だろう?」

「ええ、そうですわね」

(本当にこの人、頭大丈夫かしら?)

 セオリーは愛想笑いを浮かべるほか無かった。

 そして修彰の感性を疑うのを通り越して病気ではないかと本気で心配した。

「それで最近はどうだい? 仕事の方は?」

「そうですわね。日本のお隣の国がちょっかいを出さなければ、少しは落ち着けるのですけれど」

「やっぱりそうかい。日本の小笠原の珊瑚さんごや日本海の烏賊も軒並みやられているよ。南アフリカではアワビやイセエビなんかもね、後は象牙、虎の毛皮、サイの角……」

「メキシコではトトアバ、アルゼンチンではメロ。日本の場合、捕鯨の件もあるようですからそれを出されると強気に言えないのでしょうけど……」

 セオリーはフランス料理風に盛り付けられた鮪の刺身を口に運ぶ。やはり味は分からない。

「まあ、その件に関しては国際捕鯨委員会IWCもどうしようもないキリスト教原理主義者ばかりですから議論の余地も無いのも事実ですわね。でも私としては日本には諦めず科学的な見地に基づく議論をわしたて欲しかったですわね」

 日本がIWCを離脱したのは2018年の事である。当時はセオリーもまだ幼く記憶にもなかったが、生物学を学んでいくうちに知った。

 IWCもまたキリスト教が多く、専らの『中絶反対論者』で、クジラも人間も生命は計り知れないほど大切だと疑いもせず主張しつつ、産まれたばかり子牛を殺害しフィレ肉のステーキを陽気にかぶりつく、その行為に少なくともセオリーには矛盾を感じざるを得ない。

 彼らが大事にする命というものがどの・・命なのかセオリーには永遠の謎だった。

く言うわたくしも菜食主義者でもなければヴィーガニズムでもないのですけれど……)

 生きるために必要な分だけの栄養素だけしかとらないことを心掛けている。

 そして人間は自然淘汰の中にいることを自覚し、命を頂くという事を決して忘れない主義である。

「痛いところ付くね。無論、それは進化学者であれば誰もが思う事だろう。僕ももう一度訴えかけるべきだと考えている。だがやはり政界の中て占めているのは議論する必要はない意見だ」

「賢明ですわね」

「……そう言ってくれるのはありがたいのか、どうなんだろうね。君は捕鯨に反対しているのではないのかい?」

「まさか? 自分達が動物を支配する者だと錯覚している、自分達人間と動物を等しい存在として考えたくない方々と一緒にしないで下さる?」

 セオリーが腹を立てているは狩猟がどうとかではなく、全く議論に値しないという傲慢な態度の方だ。

「それに私は敬虔な無神論者ですのよ。生態系に影響を及ぼしていないというデータのお持ちであるのでしたら、議論は大歓迎です」

「君のような人が大勢いてくれたら良いのだけれどね。そうだ、そんな君に見てもらいたいものがあるんだ」

 そういってセオリーの携帯端末に修彰からデータが送られてくる。

 データの中は修彰のDNAデータだった。どんなところが得意なのかが一目瞭然にまとめられていて、その次には塩基データも添付されている。

「何ですの? これは?」

 修彰が何故こんなデータを渡す彼の意図がセオリーには今一つピンとこない。

「最近、独身である僕は他の先生方からの風当たりが強くてね。君さえよければ……どうだろう?」

 セオリーは耳を疑った。そして修彰が向けてくる真剣な眼差しに酷い悪寒が走って、身震いを起こす。

 修彰が結婚しないかと言っているのは明白だった。だがどうだろう、DNAデータという、かつてこれほどまで魅力的とは思えない婚約指輪を渡された女性はいるだろうか? 

 進化学者でもあるセオリーは修彰の顔や体格、そしてDNAデータを見ればどんな子供が生まれてくるのか想像に難くない。

(これならガラパゴス諸島のアオアシカツオドリの青い脚の鮮やかさを見ている方が何倍も増しですわね……)

 アオアシカツオドリの足が何故青いのかと言えば餌の魚に存在するカロテノイド色素によるもの、足が鮮やかであればあるほど狩りが上手いことを意味している。

(そう考えると、このDNAデータは、自分がどれほど優秀かを見せかける・・・・・孔雀の羽に近いかもしれせんわね……)

これは最早道楽と化している生存戦略にセオリーは――

「虫唾が走りますわ」

 満面の笑みで修彰へセオリーは本音をぶちまけやった。

 セオリーはワインを煽るように飲み干し、さらに修彰へと畳みかける。

「確かにこういう生存戦略も一理あるかもしれません――が、これは強制的優生学に近い行為ですわね。このような優性政策は政治的にも倫理的にも間違っていると、私が説くまでもありませんわ」

「君ならそういうと思ったよ。だが現在、子供をつくること自体、金持ちの道楽に成り下がっている面がある事は否めない」

 そういって修彰も煽るようにワインを飲み干す。

「言葉は悪いが子供をつくことが家より次に高い買い物になってしまっている。子供一人大学卒業まで凡そ二千万掛かり、折角GADSガディスというシステムがあるのだから、もっと合理的にと思ってしまうのだろう」

 嘆かわしいと言わんばかりに修彰は肩を竦める。

「更に倫理観や世論はそういった方向へと傾いている。マッチングサービスなどの需要が出るのは当然だ。現状子供を持つことが富の証みたいになってしまっている」

 意外に現実的な話であったが、それが自分の才能を子供に残したいとか、外見はこういう風にしたいとかと言った虚栄心の享受は、最早俗物的な所業であるとセオリーは思えてならない。

(人の脳に先見の明があるというのなら、私であれば将来に起きうる危険性について乗り越えられるような因子を残したいですわ)

 相手の収入がどうとか、学歴がどうとかで相手を選んでいた時代の方が余程先見の明があったと言える。

(でも、ああ……そうか……そういうことなのね)

「……もしかして、ナオユキ。マナミにも同じことを言ってないかしら?」

 深原真波ふかはらまなみ。現在次世代遺伝子研究所に勤める優秀な研究者。金曜の夜の茶会フライデイナイトティーパーティーのメンバーであり、一時期、修彰と付き合っていた時期がある。

 金曜の夜の茶会とはセオリー達が作ったイギリスのとある大学の、日本でいうサークルのような物である。

 議題はいつもまちまちであったが、あらゆる学部の優秀な生徒が金曜の夜に集まって討論会を行っていた。

「バレてしまったか」

「……やはりそうですのね。それで手厚くフラれたと?」

「ああ、まあね」

 いくら政界が老人ホームと化しソロハラが横行しているとはいえ、さっきのプロポーズは無い・・

 露骨に肩を竦めて見せる修彰より、セオリーは友人の真波へ激しく同情した。

「さてと……私も明日は早いですの。申し訳ないのですが、ここでお暇させていただきますわ」

「そうかい、今日は君と久しぶりに議論が出来て楽しかったよ」

「そうですわね、それだけは私も同感ですわ。だけど安心なさって、この期に及んで協力を断る真似は致しませんわ」

 そう言い残して、セオリーは足早に料亭を後にした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

待ちに待ったVRMMO!でもコミュ障な僕はぼっちでプレイしています…

はにゃ
SF
20XX年。 夢にまでみたVRMMOゲーム機『ダイブオン』と剣と魔法を駆使してダンジョンを踏破していくVRMMORPG『アトランティス』が発売された。 五感全てで没入できるタイプのゲームに、心奪われ、血湧き肉躍る僕の名は、佐藤健一(高校2年生)。 学校でぼっちでいじめられっ子な僕は、学校を休んでバイトに明け暮れ、バカ高いゲーム(本体二十九万八千円+ソフト九万八千円也)と面倒くさい手続きと倍率の高い購入予約券を運良く手に入れることができた。 普通のオンラインRPGでギルドのタンク(壁役)を務めていた僕は、同じく購入できたギルメンのフレとまた一緒にプレイするこのを約束した。 そして『アトランティス』発売初日、学校を休んだ僕は、開始時間と同時にダイブした。 …はいいんだけど、キャラがリアル過ぎてテンパってしまう! みんなキャラメイキングでイケメンや美少女、美女ばかりだし(僕もイケメンキャラだけど)、コミュ障な僕はテンパりすぎてまともに会話ができない! 目を合わせられないし、身体も壊れたロボットのようにギクシャクしてしまう。 こんなはずじゃなかったのに!と嘆く僕を陰で嘲笑うプレイヤーとフレ達…。 ブルータスよ、お前もか………。 ゲームの中でもイジメられ、ある出来事をキッカケにソロでやっていくことを決意する。 これは、NPCを仲間にギルドを立ち上げ、プレイヤーと対峙し、ダンジョンに挑む僕の独りよがりだけどそうでもないぼっちな話。  ただいま不定期更新中m(_ _)m  モチベーションが上がらないので半ば打ち切り状態です。

涙はソラを映す鏡

青空顎門
SF
 プログラム次第で誰もが物質の生成、分解、改変を行える装置ティアによって引き起こされた未曾有の災害、落涙の日から九年。誰もがその惨状を胸に刻みながら、それでも人々は文明を保つため、未だにティアに依存するように生活していた。  そんな中、ウーシアという名の、しかし、記憶にないはずの少女の夢から目覚めた穹路は見知らぬ場所で、ティアの発明者の孫、望月螺希とその妹、真弥に出会う。彼女達に空から落ちてきたと言われた穹路は混乱しつつも、二人との会話からそこが自分の知る西暦二〇二〇年の世界から約二三〇年後の未来であることを知る。かつての時代で不治の病に侵されていた穹路は、治療を未来の技術に託した両親の手配で人体冷凍保存を受けていたのだった。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

Intrusion Countermeasure:protective wall

kawa.kei
SF
最新のVRゲームを手に入れた彼は早速プレイを開始した。

深刻なエラーが発生しました

ちや
SF
あれ? チュートリアルの敵、でかくない? こんなのと初回から戦わないといけないの? VRゲームって、現役高校生には高価な品なんだ。 ものすっごくバイトをがんばって、ようやく買えたんだ! なのに何故かエラーとバグに巻き込まれて、こわいものが苦手なのにオカルトホラーじみたどっきりを仕かけられて、何度も心臓を止めかけた。 レベルカンストの物理で解決する美人剣士さんや、廃課金バリトンボイス幼女、心を抉る名推理をきらめかせる美少年など、個性豊かなゲーム仲間に支えられながら、平和にゲームできる日を夢見て、今日も脱初心者を目指してがんばる! だからオカルトこっちこないで……。 ※他投稿サイト様にも掲載しています。 ボーイズラブに見えそうな表現があるかと思われます。ご注意ください。なお、ここのボーイズが本当にボーイズかは保証しません。

動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!

海夏世もみじ
ファンタジー
 旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました  動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。  そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。  しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!  戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!

創世樹

mk-2
SF
 それは、生命の在り方。創世の大樹の物語。  はるか遠く、遠くの宇宙にある星。その星に生命をもたらした一本の大樹があった。  冒険者エリーたちが道中で出逢う神秘に満ちた少年、世界制覇を目論む軍事国家、そして世界の何処かにある『大樹』をめぐる壮大な闘争と錯綜する思惑。  この星の生命は何処から来たのか? 星に住む種の存続は?  『鬼』の力を宿す女・エリー一行が果てなき闘いへ身を投じていく冒険活劇!

―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

Night Sky

九十九光
SF
20XX年、世界人口の96%が超能力ユニゾンを持っている世界。この物語は、一人の少年が、笑顔、幸せを追求する物語。すべてのボカロPに感謝。モバスペBOOKとの二重投稿。

処理中です...