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Season1 セオリー・S・マクダウェルの理不尽な理論
#004 育みは道楽と化す Survival Strategy
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話が終わった頃にはすっかり日が暮れ、セオリーは修彰からディナーに誘われる。
一食分浮くからという事もあったが、暁が護衛に着いた事と、彼の捜査に協力して欲しいと言われた事が大きいのかもしれない。
(暁が料亭の前まで送ってくれると言ったから付いてきたものの……)
修彰に連れてこられたのは政界の中でも人気の高級料亭だという。
床にはLEDパネルが敷かれて、日本家屋を思わせる漆喰をイメージした壁面に、金碧障壁画の襖や屏風。
黒塗りされた堀座卓の上に、芸者のような恰好をさせた接客用ロボットが料理を運んでくるという近未来空間の料亭。
(変な方向にデジタルが発酵していますわね)
不釣り合いな伝統とテクノロジーの融合は、ガラパゴス諸島で近未来の雰囲気とは無縁の生活を送っていたセオリーからして見れば、カオス以外の何物でもなかった。
出される料理もグローバリゼーションなのかフランス料理風の盛り付けの和食。
装飾のせいもあって味は今一つ分からない。しかもアルコールも日本酒ではなくて白ワイン。
(これなら昔ながらの居酒屋の方が大分マシですわ)
「どうだろう。この店は、味もさることながら、良い感じの店だろう?」
「ええ、そうですわね」
(本当にこの人、頭大丈夫かしら?)
セオリーは愛想笑いを浮かべるほか無かった。
そして修彰の感性を疑うのを通り越して病気ではないかと本気で心配した。
「それで最近はどうだい? 仕事の方は?」
「そうですわね。日本のお隣の国がちょっかいを出さなければ、少しは落ち着けるのですけれど」
「やっぱりそうかい。日本の小笠原の珊瑚や日本海の烏賊も軒並みやられているよ。南アフリカではアワビやイセエビなんかもね、後は象牙、虎の毛皮、サイの角……」
「メキシコではトトアバ、アルゼンチンではメロ。日本の場合、捕鯨の件もあるようですからそれを出されると強気に言えないのでしょうけど……」
セオリーはフランス料理風に盛り付けられた鮪の刺身を口に運ぶ。やはり味は分からない。
「まあ、その件に関しては国際捕鯨委員会もどうしようもないキリスト教原理主義者ばかりですから議論の余地も無いのも事実ですわね。でも私としては日本には諦めず科学的な見地に基づく議論を交わしたて欲しかったですわね」
日本がIWCを離脱したのは2018年の事である。当時はセオリーもまだ幼く記憶にもなかったが、生物学を学んでいくうちに知った。
IWCもまたキリスト教が多く、専らの『中絶反対論者』で、クジラも人間も生命は計り知れないほど大切だと疑いもせず主張しつつ、産まれたばかり子牛を殺害しフィレ肉のステーキを陽気にかぶりつく、その行為に少なくともセオリーには矛盾を感じざるを得ない。
彼らが大事にする命というものがどの命なのかセオリーには永遠の謎だった。
(斯く言う私も菜食主義者でもなければヴィーガニズムでもないのですけれど……)
生きるために必要な分だけの栄養素だけしかとらないことを心掛けている。
そして人間は自然淘汰の中にいることを自覚し、命を頂くという事を決して忘れない主義である。
「痛いところ付くね。無論、それは進化学者であれば誰もが思う事だろう。僕ももう一度訴えかけるべきだと考えている。だがやはり政界の中て占めているのは議論する必要はない意見だ」
「賢明ですわね」
「……そう言ってくれるのはありがたいのか、どうなんだろうね。君は捕鯨に反対しているのではないのかい?」
「まさか? 自分達が動物を支配する者だと錯覚している、自分達人間と動物を等しい存在として考えたくない方々と一緒にしないで下さる?」
セオリーが腹を立てているは狩猟がどうとかではなく、全く議論に値しないという傲慢な態度の方だ。
「それに私は敬虔な無神論者ですのよ。生態系に影響を及ぼしていないというデータのお持ちであるのでしたら、議論は大歓迎です」
「君のような人が大勢いてくれたら良いのだけれどね。そうだ、そんな君に見てもらいたいものがあるんだ」
そういってセオリーの携帯端末に修彰からデータが送られてくる。
データの中は修彰のDNAデータだった。どんなところが得意なのかが一目瞭然にまとめられていて、その次には塩基データも添付されている。
「何ですの? これは?」
修彰が何故こんなデータを渡す彼の意図がセオリーには今一つピンとこない。
「最近、独身である僕は他の先生方からの風当たりが強くてね。君さえよければ……どうだろう?」
セオリーは耳を疑った。そして修彰が向けてくる真剣な眼差しに酷い悪寒が走って、身震いを起こす。
修彰が結婚しないかと言っているのは明白だった。だがどうだろう、DNAデータという、かつてこれほどまで魅力的とは思えない婚約指輪を渡された女性はいるだろうか?
進化学者でもあるセオリーは修彰の顔や体格、そしてDNAデータを見ればどんな子供が生まれてくるのか想像に難くない。
(これならガラパゴス諸島のアオアシカツオドリの青い脚の鮮やかさを見ている方が何倍も増しですわね……)
アオアシカツオドリの足が何故青いのかと言えば餌の魚に存在するカロテノイド色素によるもの、足が鮮やかであればあるほど狩りが上手いことを意味している。
(そう考えると、このDNAデータは、自分がどれほど優秀かを見せかける孔雀の羽に近いかもしれせんわね……)
これは最早道楽と化している生存戦略にセオリーは――
「虫唾が走りますわ」
満面の笑みで修彰へセオリーは本音をぶちまけやった。
セオリーはワインを煽るように飲み干し、さらに修彰へと畳みかける。
「確かにこういう生存戦略も一理あるかもしれません――が、これは強制的優生学に近い行為ですわね。このような優性政策は政治的にも倫理的にも間違っていると、私が説くまでもありませんわ」
「君ならそういうと思ったよ。だが現在、子供をつくること自体、金持ちの道楽に成り下がっている面がある事は否めない」
そういって修彰も煽るようにワインを飲み干す。
「言葉は悪いが子供をつくことが家より次に高い買い物になってしまっている。子供一人大学卒業まで凡そ二千万掛かり、折角GADSというシステムがあるのだから、もっと合理的にと思ってしまうのだろう」
嘆かわしいと言わんばかりに修彰は肩を竦める。
「更に倫理観や世論はそういった方向へと傾いている。マッチングサービスなどの需要が出るのは当然だ。現状子供を持つことが富の証みたいになってしまっている」
意外に現実的な話であったが、それが自分の才能を子供に残したいとか、外見はこういう風にしたいとかと言った虚栄心の享受は、最早俗物的な所業であるとセオリーは思えてならない。
(人の脳に先見の明があるというのなら、私であれば将来に起きうる危険性について乗り越えられるような因子を残したいですわ)
相手の収入がどうとか、学歴がどうとかで相手を選んでいた時代の方が余程先見の明があったと言える。
(でも、ああ……そうか……そういうことなのね)
「……もしかして、ナオユキ。マナミにも同じことを言ってないかしら?」
深原真波。現在次世代遺伝子研究所に勤める優秀な研究者。金曜の夜の茶会のメンバーであり、一時期、修彰と付き合っていた時期がある。
金曜の夜の茶会とはセオリー達が作ったイギリスのとある大学の、日本でいうサークルのような物である。
議題はいつもまちまちであったが、あらゆる学部の優秀な生徒が金曜の夜に集まって討論会を行っていた。
「バレてしまったか」
「……やはりそうですのね。それで手厚くフラれたと?」
「ああ、まあね」
いくら政界が老人ホームと化しソロハラが横行しているとはいえ、さっきのプロポーズは無い。
露骨に肩を竦めて見せる修彰より、セオリーは友人の真波へ激しく同情した。
「さてと……私も明日は早いですの。申し訳ないのですが、ここでお暇させていただきますわ」
「そうかい、今日は君と久しぶりに議論が出来て楽しかったよ」
「そうですわね、それだけは私も同感ですわ。だけど安心なさって、この期に及んで協力を断る真似は致しませんわ」
そう言い残して、セオリーは足早に料亭を後にした。
一食分浮くからという事もあったが、暁が護衛に着いた事と、彼の捜査に協力して欲しいと言われた事が大きいのかもしれない。
(暁が料亭の前まで送ってくれると言ったから付いてきたものの……)
修彰に連れてこられたのは政界の中でも人気の高級料亭だという。
床にはLEDパネルが敷かれて、日本家屋を思わせる漆喰をイメージした壁面に、金碧障壁画の襖や屏風。
黒塗りされた堀座卓の上に、芸者のような恰好をさせた接客用ロボットが料理を運んでくるという近未来空間の料亭。
(変な方向にデジタルが発酵していますわね)
不釣り合いな伝統とテクノロジーの融合は、ガラパゴス諸島で近未来の雰囲気とは無縁の生活を送っていたセオリーからして見れば、カオス以外の何物でもなかった。
出される料理もグローバリゼーションなのかフランス料理風の盛り付けの和食。
装飾のせいもあって味は今一つ分からない。しかもアルコールも日本酒ではなくて白ワイン。
(これなら昔ながらの居酒屋の方が大分マシですわ)
「どうだろう。この店は、味もさることながら、良い感じの店だろう?」
「ええ、そうですわね」
(本当にこの人、頭大丈夫かしら?)
セオリーは愛想笑いを浮かべるほか無かった。
そして修彰の感性を疑うのを通り越して病気ではないかと本気で心配した。
「それで最近はどうだい? 仕事の方は?」
「そうですわね。日本のお隣の国がちょっかいを出さなければ、少しは落ち着けるのですけれど」
「やっぱりそうかい。日本の小笠原の珊瑚や日本海の烏賊も軒並みやられているよ。南アフリカではアワビやイセエビなんかもね、後は象牙、虎の毛皮、サイの角……」
「メキシコではトトアバ、アルゼンチンではメロ。日本の場合、捕鯨の件もあるようですからそれを出されると強気に言えないのでしょうけど……」
セオリーはフランス料理風に盛り付けられた鮪の刺身を口に運ぶ。やはり味は分からない。
「まあ、その件に関しては国際捕鯨委員会もどうしようもないキリスト教原理主義者ばかりですから議論の余地も無いのも事実ですわね。でも私としては日本には諦めず科学的な見地に基づく議論を交わしたて欲しかったですわね」
日本がIWCを離脱したのは2018年の事である。当時はセオリーもまだ幼く記憶にもなかったが、生物学を学んでいくうちに知った。
IWCもまたキリスト教が多く、専らの『中絶反対論者』で、クジラも人間も生命は計り知れないほど大切だと疑いもせず主張しつつ、産まれたばかり子牛を殺害しフィレ肉のステーキを陽気にかぶりつく、その行為に少なくともセオリーには矛盾を感じざるを得ない。
彼らが大事にする命というものがどの命なのかセオリーには永遠の謎だった。
(斯く言う私も菜食主義者でもなければヴィーガニズムでもないのですけれど……)
生きるために必要な分だけの栄養素だけしかとらないことを心掛けている。
そして人間は自然淘汰の中にいることを自覚し、命を頂くという事を決して忘れない主義である。
「痛いところ付くね。無論、それは進化学者であれば誰もが思う事だろう。僕ももう一度訴えかけるべきだと考えている。だがやはり政界の中て占めているのは議論する必要はない意見だ」
「賢明ですわね」
「……そう言ってくれるのはありがたいのか、どうなんだろうね。君は捕鯨に反対しているのではないのかい?」
「まさか? 自分達が動物を支配する者だと錯覚している、自分達人間と動物を等しい存在として考えたくない方々と一緒にしないで下さる?」
セオリーが腹を立てているは狩猟がどうとかではなく、全く議論に値しないという傲慢な態度の方だ。
「それに私は敬虔な無神論者ですのよ。生態系に影響を及ぼしていないというデータのお持ちであるのでしたら、議論は大歓迎です」
「君のような人が大勢いてくれたら良いのだけれどね。そうだ、そんな君に見てもらいたいものがあるんだ」
そういってセオリーの携帯端末に修彰からデータが送られてくる。
データの中は修彰のDNAデータだった。どんなところが得意なのかが一目瞭然にまとめられていて、その次には塩基データも添付されている。
「何ですの? これは?」
修彰が何故こんなデータを渡す彼の意図がセオリーには今一つピンとこない。
「最近、独身である僕は他の先生方からの風当たりが強くてね。君さえよければ……どうだろう?」
セオリーは耳を疑った。そして修彰が向けてくる真剣な眼差しに酷い悪寒が走って、身震いを起こす。
修彰が結婚しないかと言っているのは明白だった。だがどうだろう、DNAデータという、かつてこれほどまで魅力的とは思えない婚約指輪を渡された女性はいるだろうか?
進化学者でもあるセオリーは修彰の顔や体格、そしてDNAデータを見ればどんな子供が生まれてくるのか想像に難くない。
(これならガラパゴス諸島のアオアシカツオドリの青い脚の鮮やかさを見ている方が何倍も増しですわね……)
アオアシカツオドリの足が何故青いのかと言えば餌の魚に存在するカロテノイド色素によるもの、足が鮮やかであればあるほど狩りが上手いことを意味している。
(そう考えると、このDNAデータは、自分がどれほど優秀かを見せかける孔雀の羽に近いかもしれせんわね……)
これは最早道楽と化している生存戦略にセオリーは――
「虫唾が走りますわ」
満面の笑みで修彰へセオリーは本音をぶちまけやった。
セオリーはワインを煽るように飲み干し、さらに修彰へと畳みかける。
「確かにこういう生存戦略も一理あるかもしれません――が、これは強制的優生学に近い行為ですわね。このような優性政策は政治的にも倫理的にも間違っていると、私が説くまでもありませんわ」
「君ならそういうと思ったよ。だが現在、子供をつくること自体、金持ちの道楽に成り下がっている面がある事は否めない」
そういって修彰も煽るようにワインを飲み干す。
「言葉は悪いが子供をつくことが家より次に高い買い物になってしまっている。子供一人大学卒業まで凡そ二千万掛かり、折角GADSというシステムがあるのだから、もっと合理的にと思ってしまうのだろう」
嘆かわしいと言わんばかりに修彰は肩を竦める。
「更に倫理観や世論はそういった方向へと傾いている。マッチングサービスなどの需要が出るのは当然だ。現状子供を持つことが富の証みたいになってしまっている」
意外に現実的な話であったが、それが自分の才能を子供に残したいとか、外見はこういう風にしたいとかと言った虚栄心の享受は、最早俗物的な所業であるとセオリーは思えてならない。
(人の脳に先見の明があるというのなら、私であれば将来に起きうる危険性について乗り越えられるような因子を残したいですわ)
相手の収入がどうとか、学歴がどうとかで相手を選んでいた時代の方が余程先見の明があったと言える。
(でも、ああ……そうか……そういうことなのね)
「……もしかして、ナオユキ。マナミにも同じことを言ってないかしら?」
深原真波。現在次世代遺伝子研究所に勤める優秀な研究者。金曜の夜の茶会のメンバーであり、一時期、修彰と付き合っていた時期がある。
金曜の夜の茶会とはセオリー達が作ったイギリスのとある大学の、日本でいうサークルのような物である。
議題はいつもまちまちであったが、あらゆる学部の優秀な生徒が金曜の夜に集まって討論会を行っていた。
「バレてしまったか」
「……やはりそうですのね。それで手厚くフラれたと?」
「ああ、まあね」
いくら政界が老人ホームと化しソロハラが横行しているとはいえ、さっきのプロポーズは無い。
露骨に肩を竦めて見せる修彰より、セオリーは友人の真波へ激しく同情した。
「さてと……私も明日は早いですの。申し訳ないのですが、ここでお暇させていただきますわ」
「そうかい、今日は君と久しぶりに議論が出来て楽しかったよ」
「そうですわね、それだけは私も同感ですわ。だけど安心なさって、この期に及んで協力を断る真似は致しませんわ」
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