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第一章 どしゃぶりのスコール。君は別れを告げる。だけど俺は……

第22話 レッスン2! 呼び起される『血』の記憶

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「元気有り余っているじゃねぇの?」

「一発ぶち込むぐらいなら」

「これなら次いっても問題ねぇな」

「ダメだよ!! 一旦休憩!! エルやんは病み上がり! ドクターストップ!」

 その目にうっすら涙をたたえながらシャルが静止してきた。そんな彼女をさすがにみたらいたたまれなくなって、しばらく腰を落ちつけることに。

「で、いったい、これなんすか?」

 シャルの診察を受けながら、腕に刻まれた青いアザについてナキアさんに尋ねる。

 一応見せておくか、と包帯を取ると手首から紋章が現れる。

 少し形が俺のとは違う。尾を噛んだ円環を成した赤い竜の模様をしている。

「こいつの名は〈龍紋〉。これを語るにはまず……」神妙な顔で語る。「アンシェル? なぜ【守護契約士】がケガレを負わないかわかるか?」

 数えきれないほど戦っているにも関わらず……と、いや、だってそれは戦い方が。

「でもそれは【霊象獣】の血に触れないように、一撃で心臓を仕留めているからで……」

「無理なんだよ。それでもケガレを完全に防ぐのは……」

 診察が終ったみたいで、シャルが話に乗ってきた。問題ないみたいだ。

「体液が少なからず揮発しているんだ。だからそれを吸い続ければいずれ――」

「それでこの〈龍紋〉の出番ってわけだ。こいつが蓄積したケガレを凝縮してくれる。そうすることで、寿命を永らえさせてくれる」

 そういうことだったんだ――このまま戦い続けていたらいずれ俺は……。

「でも、それじゃあカサンドラさんは?」

「無理だったんだ。年齢的にも体力的にもね」目を伏せがちにシャルが言った。「大量の霊象気で抑え込む必要があるから」

「そしてこの〈龍紋〉を得ることが【蕾】の昇格条件だ」

 なーほーね。いずれこの試練は乗り越えなきゃならなかったわけだ。

「じゃあシャルも?」そう尋ねると「うん」とうなずいてちらっと足首を見せてくれる。黄色い〈龍紋〉がひもで括り付けたみたいに刻まれていた。

「ま、〈龍紋〉の使い道はそれだけじゃねぇんだけどな」意味深なことを口にしてナキアさんは立ち上がる。「むしろこれから教えることの方が本命だ」

 それが休憩終了の合図だった。後を追うように俺もシャルも付いていく。

「んじゃ、そろそろレッスン2――〈龍紋〉の能力、《継約術》について教えるぜ。それが【蒼血人】の《狂咲》に対抗できる唯一の力だ」

 そう声高らかに告げるや、担いでいたフーリガンバーを振り下ろした。

 弾け飛ぶレンガ片、舞い上がる粉塵。間一髪かわした俺はすぐに距離を取る。

「どういうつもりだよ!?」

「まずはオレ様に一発入れろ! 全てはそれからだ!」

 鉄の塊が空気を吹き飛ばす。あんなのに当たれば人なんてバラバラになっちまう!

 今はギリギリでかわせているけど、そこからカウンターを取れなんて! 無茶苦茶だ!

「オレ様はキサマを殺すつもりで行く。死にたくなきゃ、お前の『本能』と『願望』を見せてみろ!」

 本能と願望? 始める前にも同じこと言っていたけど、まったく何のことか分からねぇ! それよりなんなんだよ! いきなり! 冗談にもほどがあるぞ!

 頭上をかすめていくフーリガンバーという名の暴力の塊を見送りながら俺は考えた。

 避けられるっていうことはスピードには付いていけているってことだよな?

 あの【守護契約士】の中でも五指に入る実力者で、兄弟子のナキアさんのだぞ?

 そうか、分かった。俺が避けられるように手を抜いているんだろ? 悪ふざけすぎる!

 だったら――と回避に徹していた俺は反転、攻勢に出た間際。

 真っ向から振り下ろされた凶悪な牙に、俺の身体が引き裂かれる。

「バカが、気を緩めやがって、本当に殺されないと思ったか?」

 肩から勢いよく鮮血が吹き出して膝が折れる。

「これから死地に赴くってのにまだそんな甘さを持っていたとはな」

 フーリガンバーの牙が喉元に突きつけられる。

「いつまでもそんなお気楽な調子で戦いに望むっていうなら――」

 マジかよ――本気で俺を殺そうと……。

「ここで引導を渡してやるのも兄弟子としての務めだな」

 切っ先から野獣を思わせる凶暴殺な気が伝わってくる。

 背筋が凍る。冷や汗が吹き出る。心臓が早鐘を打つ。脚が震える。

 気付けは俺の脚がみっともなく逃げ出していた。

 ――死ぬっ! 食い殺される! マジで!

 逃げても無駄だった。

 圧倒的な実力差を前にたちまち追い付かれる。

 つかみあげられ、地面に叩き付けられ、身体は文字どおりボロぞうきんのようにされていく。

 ほんと笑っちまうぐらい情けなかった。助けるって覚悟を決めたのにこんなザマかよ。

 くそっ! なんでだっ! これじゃ最初の時と一緒じゃねぇかよ! 結局どうしたかったんだよ俺は!

「どうした! 強くなりたかったんじゃねぇのか!」

 アセナを守れるくらい強く、あいつらから救い出せるくらい俺は強くなりたい。
 あのスコールの日のみたいに無様に負けるのはもう嫌だ!

 でも、どうして俺は――あの時、闘えたんだ?

 不意に俺の脚が逃げるのをやめ、踵をかえして立ち向かう。

「うおおおおおおっ!」

 こんなところで俺は死ねない! アセナを救い出してデートの続きをするんだ!

 なんか文句あるか!

 左拳に霊象気を込める。さっきまで青アザだった龍紋が鮮やかな橙に染まる。

 振り抜き様の正拳を叩き込んだ。

 弾ける閃光。〈太陽〉の霊象気がナキアさんの頬をかすめた。くそ――。

「上出来だ!」

 振り下ろされる拳、見事にカウンターを返され、地面へと俺は叩きつけられた。
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