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第三章 『新』展開! 『新』関係! 『新』天地!

第56話 狂気に『溺』れる少女。そんな彼女に僕の心は……

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『痛ぇだろ? 多分象気による経絡損傷だな。しばらく動かない方がいい。幸い刺傷は致命傷を避けているみてぇだが……一先ず呼吸法で回復を図れ』

 師匠が言っていた。

 象気の使いすぎや、一度に大量の象気を練ると、象気の通り道である経絡けいらくを痛めることがあるって。

 まずは怪我をなんとかしないと。

 僅かだけ残った象気で、基本象術【治象功】で肉体の活性化させて治癒を試みる。

「……ハウアさん。この姿は一体」

『あんまりしゃべるな。傷に響くぞ。まぁこいつは俺様達の血に刻まれた祖先の記憶って奴を引っ張り出す術だ。で、この姿ってわけよ。あまり長いこと変わっていられねぇけどな』

 よく分からない。けど何かしらの技術だと思う。

 ふと雲行きが怪しくなってきているのに気付く。いや、それどころの騒ぎじゃない。

 遥か前方で幾重の稲妻が天に昇っていた。あの中で再びアルナが戦っている。

 さっき僕が危機に瀕した時、彼女はいつか見た氷のような冷たい目をしていて。

 あれではまるで本当に暗殺者だった。あんなアルナを放っておくなんて出来ない。

 突然僕等の前に空を穿つ赤く輝く巨大な光の柱が上がった。

『うおっ! すげぇなぁっ! ありゃあまさか紅色精靈レッドスプライトかっ!?』

 紅色精靈レッドスプライト

 それは雷雲上の中間圏で起こる超高層雷放霊現象の一種だとハウアさんは説明してくれた。

 霊圧にして200万から10億ヴォルタに達するとか。

 赤いのは空気中の窒素が反応しているからだという。

 でもどうしてハウアさんがそんなことに詳しいのかは実に不思議。

 そんな雷を喰らったら最後。人間、いや生物なんて一瞬で消滅してしまう。

 案の定公園の木々に火の手が上がっているのが見える。

『完全にキレてやがるな。ここいら一体を蒸発させる気か』

 ハウアさんは急ぐぞといって更に加速する。

 ほどなくして到着するや、視界に飛び込んできたのは、武人達の戦場と化した紅蓮の園。

 そこにいた植物は焼け焦げていたり、なぎ倒されていたりと惨烈な光景。

 そんな中を稲妻と血の槍が降り注ぎ、お互いがギリギリのところで躱す。

 一体アルナに何が起きたんだ? 怒っていたのは間違いないけど。

 でもそれだけで命も無視した殺し合いを始めるなんて――いや、僕も人のこと言えないか。

『ヤベェな嬢ちゃん。力に溺れかかっている』

「え……溺れるって」

『今まで本気で戦ったことが無かったことだよ。加勢するぞ。しっかり掴まっていろよっ!』

 毛を逆立たせ、ハウアさんも戦場へと足を踏み入れる。

 戦闘中、ハウアさんは語った。

 暗殺者という職業柄、最悪の事態を想定して動き、情報を集め、運以外の要素を全て塗りつぶす。

 敵と己の力量を正確に推し量り、現状での最高の状態で仕事を遂行するものだって。

『そんなことを続けているとな、無意識に自分の実力を抑えちまうんだ』

 それはいつも全力というわけにもいかないから、それ自体悪いことじゃない。むしろ正道。

『何がなんでも勝たなきゃなんねぇ相手が現れたとき、本来そいつは命取りになる。けど嬢ちゃんの場合、それが裏目に出て、制御できなくなっちまった』

 真価――一族に期待されているってそういうことだったんだ。

 絶対に負けられない状況。今のアルナにはそれがある――つまり僕のせい。

 アルナが追い詰めた先で、ハウアさんはマグホーニーの背後を取った。

『捕まえたぜっ! お前はもう終わりだ』

 爪を振り下ろし地面へと押さえつける。

『それはどうだかな』

 地に伸びていた黒血から無数の剣が草木の如く生え、ハウアさんの身体を貫く。

『ぐっ! クソ! ウゼェッ!!』

 牙で噛み千切り、巨体を振り回し、ハウアさんは剣の林を粉砕する。

 所々に血が滲んで痛々しいが本人は気にも留めていない。

『言ったであろう? 図体がデカくなったごときで、いい気になるなと』

 いつの間にかマグホーニーは鼻先に立ち、ハウアさんの眼前へ槍先が向けられている。

 マズイ! くそ! まだ体がっ!

 僕は起き上がろうとした途端、傷口から血が吹きだして、逆に力が抜けた。

『いい気になっているのはそっちだ』

 稲妻が横切った。

 アルナの蹴りがマグホーニーの横面に突き刺さり、盛大に地面へと叩きつけられる。

 突然降り立ったアルナは何故か笑っていた。それも妖艶で歪んだ微笑み。

 色欲に溺れているみたいに荒い息遣いで、魅惑的に、淫らに身を捩って――。

 ただアルナは這いつくばるマグホーニーを蔑んだ瞳で見下ろす。

 だがそれは突如崩れた。

「んんっ……ふふっ……あははっ! はははっ! はははっ!!!」

 あんな楽しそうに恐ろしく笑うアルナを初めて見た。

 なんて艶やかで、傲慢で、残酷。呆れるほど無邪気な笑い方。

 これじゃまるで本当の――悪魔じゃないか。

 駄目だ! これ以上アルナを戦わせちゃいけないっ!

 直観的に、本能的に、いやそれよりももっと確信に満ちた予感が自分を突き動かす。

「駄目だアルナ! もう君は誰も殺しちゃいけないっ!」

 コンマ数秒の世界。アルナの肩が跳ね上がり、視線がぶつかる――もう彼女の目は正気に戻っていた。

『甘いぞっ! 鬼の姫っ!』
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