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第一章 どうして僕が彼女を『放』っておけなかったのか
第30話 かくして僕と彼女は『手』を握りあった
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き、気まずい。心配ないと元気づけるつもりが、逆に嫌なことを思い返させてしまった。
「え、あ……違うの。そういう意味じゃ。私の方こそごめんなさい。気を遣わせてしまって」
結局自分が知っているのはアルナが暗殺者の一族ということだけ。
今まで彼女がどんな人生を歩んできたのか、どんな辛い日々を過ごしてきたのかまでは知らない。
知りたいけど、それを聴いたらきっとまた彼女に悲しい記憶を呼び起こさせてしまう。
「ねぇ、ミナト」
「え、うん、何?」
アルナは怪我の状態を眺めながら、俯いたまま話を続ける。
「……私、あなたを傷つけてしまったことへの償いをしたいの。どうすれば償えるかな?」
「そんなっ! 別にいいんだよ。さっきも言ったじゃないか。これは勲章だって」
「でもっ! ミナトが力になりたいって言ってくれて凄く嬉しかった。だから私も貴方の力になりたいの」
手を握り締めアルナが迫ってくる。
吐息の掛かるほど顔が近づいて、しかも服の隙間から胸の膨らみが仄かに見えてしまった。
そんな状況になれば僕だって男。情欲が襲ってくるのは避けられない――生唾を飲んだ。
「救急箱持ってきたわよ。じゃあアルナ。これでミナトの治療を――あら?」
タイミング悪く戻ってきたグディーラさんに驚いて飛び上がり、僕等は離れる。
もう燃えるような気恥ずかしさに――うぅ……。
「お邪魔だったかしら?」
「いえ、だ、大丈夫です。じゃ、じゃぁアルナ、手当てをっ!」
「う、うん」
グディーラさんから救急箱を受け取り、アルナに渡そうと身体を捩じった瞬間。
ボキ――っ!
突然体中を稲妻が落ちたような痛みが駆け抜け――悶絶した。
そう。自分はすっかり忘れていた。肋骨に罅が入っていたことを……。
翌日、アルナに付き添われて病院へと向かうことに。
着くとたまたま先日治療してくれた小柄な黒眼種のチェーザレット先生がいてくれて助かった。
「うん、6番と7番が完全にいっちゃっているねぇ。全治2週間と言ったところかな」
元々アルナの強烈な蹴りで亀裂が走っていたところに、昨夜重いものを持ったこと。
そして振り返り様、胸を捻ってしまったことで完璧に折れた。
「何をしたらこんなことなるんだい?」
「いや……どう説明したらいいか……」
「ごめんなさい。ごめんなさい。私の所為なんです……」
隣ではアルナは顔を手で覆って、そう連呼しながらさめざめと泣いている。
「じ、実は友達と大喧嘩しまして、あ、でもちゃんと仲直りは出来たんで」
黒眼種は瞳が遮光膜のようになっているので、表情が分かりにくい。
でも口元の雰囲気から至って怪訝そう。
「複雑な事情があるみたいだし、詳しくは聴かないけど、本来なら傷害事件だよ」
アルナの肩が跳ね上がる。
「内臓には損傷ないみたいだし、入院の必要はないかな」
その言葉に内心ほっとした。流石に治療費も馬鹿にならない。
こう何回もお医者さんの世話になっては正直キツイ。
「固定帯と痛み止め。それに湿布を出しておくから、2週間は絶対に安静にしておくこと。いいね」
先生にぴしゃりと窘められ、僕等はヘンリー教授のお見舞いをして病院を後にする。
ヘンリー教授は依然として昏睡状態のままで、眼を醒める気配は無かった。
本当ならアルナを連れていくのは気が進まなかったんだ。
やめといたほうがいいって言ったよ。でも彼女がどうしてもって……。
案の定教授の耳元で謝っていた――助けられなかったことを。
自分のように現場を目撃したから殺されかけたわけじゃなかった。
解せない点はいくつかあったけど、アルナは「戻ってから全部話すから」って。
「治療代20万っ!? そんなにっ!?」
協会までの帰路の途中。
修理中の橋を通りかかったとき、ふとした会話でついアルナに口を滑らせてしまった。
彼女に罪悪感を抱かせないように伏せてはいたのだけれど。
「大丈夫だって。全部払えたから」
ただ辛うじてという枕詞は付くけど。
うん、そうだよ。今までの貯金が天に召されたんだ。
「ごめんなさい。私のせいだよね……」
「ち、違うよ。アルナは悪くない!」
「……ほんとにそう思っている?」
不意にアルナは僕の手を握りしめ、ずいっと迫ってきた。
そこでようやく気付く。いや、むしろ失念していた。
生物には皮膚霊位というものがあって、微弱な霊気が流れている。
発汗による湿気で霊気抵抗が低くなって、興奮か冷静かを判断できるのだけれど。
有角種には元来それを感知できる。
つまり嘘が見破れてしまうんだ。
「ミナト。私の目を見てもう一度言って」
「ちょっとそれはずるいよ。アルナ……」
「……やっぱり」
諦めた。
そりやぁどっちかって言われたらそう考えてしまっている部分はあるよ。
でもそもそも自分が橋へ踏み込んでしまったのが原因。
軒先まで戻っても、僕等は尚も話を続けていた。
むしろ口喧嘩に近い。ただアルナに心配かけまいとしていただけで、本当はもっと仲良くしたいのに。
どうしてこうなるんだ?
「悪く思っていることはいいの。そう思われて当然のことをしたんだから」
「え、あ……違うの。そういう意味じゃ。私の方こそごめんなさい。気を遣わせてしまって」
結局自分が知っているのはアルナが暗殺者の一族ということだけ。
今まで彼女がどんな人生を歩んできたのか、どんな辛い日々を過ごしてきたのかまでは知らない。
知りたいけど、それを聴いたらきっとまた彼女に悲しい記憶を呼び起こさせてしまう。
「ねぇ、ミナト」
「え、うん、何?」
アルナは怪我の状態を眺めながら、俯いたまま話を続ける。
「……私、あなたを傷つけてしまったことへの償いをしたいの。どうすれば償えるかな?」
「そんなっ! 別にいいんだよ。さっきも言ったじゃないか。これは勲章だって」
「でもっ! ミナトが力になりたいって言ってくれて凄く嬉しかった。だから私も貴方の力になりたいの」
手を握り締めアルナが迫ってくる。
吐息の掛かるほど顔が近づいて、しかも服の隙間から胸の膨らみが仄かに見えてしまった。
そんな状況になれば僕だって男。情欲が襲ってくるのは避けられない――生唾を飲んだ。
「救急箱持ってきたわよ。じゃあアルナ。これでミナトの治療を――あら?」
タイミング悪く戻ってきたグディーラさんに驚いて飛び上がり、僕等は離れる。
もう燃えるような気恥ずかしさに――うぅ……。
「お邪魔だったかしら?」
「いえ、だ、大丈夫です。じゃ、じゃぁアルナ、手当てをっ!」
「う、うん」
グディーラさんから救急箱を受け取り、アルナに渡そうと身体を捩じった瞬間。
ボキ――っ!
突然体中を稲妻が落ちたような痛みが駆け抜け――悶絶した。
そう。自分はすっかり忘れていた。肋骨に罅が入っていたことを……。
翌日、アルナに付き添われて病院へと向かうことに。
着くとたまたま先日治療してくれた小柄な黒眼種のチェーザレット先生がいてくれて助かった。
「うん、6番と7番が完全にいっちゃっているねぇ。全治2週間と言ったところかな」
元々アルナの強烈な蹴りで亀裂が走っていたところに、昨夜重いものを持ったこと。
そして振り返り様、胸を捻ってしまったことで完璧に折れた。
「何をしたらこんなことなるんだい?」
「いや……どう説明したらいいか……」
「ごめんなさい。ごめんなさい。私の所為なんです……」
隣ではアルナは顔を手で覆って、そう連呼しながらさめざめと泣いている。
「じ、実は友達と大喧嘩しまして、あ、でもちゃんと仲直りは出来たんで」
黒眼種は瞳が遮光膜のようになっているので、表情が分かりにくい。
でも口元の雰囲気から至って怪訝そう。
「複雑な事情があるみたいだし、詳しくは聴かないけど、本来なら傷害事件だよ」
アルナの肩が跳ね上がる。
「内臓には損傷ないみたいだし、入院の必要はないかな」
その言葉に内心ほっとした。流石に治療費も馬鹿にならない。
こう何回もお医者さんの世話になっては正直キツイ。
「固定帯と痛み止め。それに湿布を出しておくから、2週間は絶対に安静にしておくこと。いいね」
先生にぴしゃりと窘められ、僕等はヘンリー教授のお見舞いをして病院を後にする。
ヘンリー教授は依然として昏睡状態のままで、眼を醒める気配は無かった。
本当ならアルナを連れていくのは気が進まなかったんだ。
やめといたほうがいいって言ったよ。でも彼女がどうしてもって……。
案の定教授の耳元で謝っていた――助けられなかったことを。
自分のように現場を目撃したから殺されかけたわけじゃなかった。
解せない点はいくつかあったけど、アルナは「戻ってから全部話すから」って。
「治療代20万っ!? そんなにっ!?」
協会までの帰路の途中。
修理中の橋を通りかかったとき、ふとした会話でついアルナに口を滑らせてしまった。
彼女に罪悪感を抱かせないように伏せてはいたのだけれど。
「大丈夫だって。全部払えたから」
ただ辛うじてという枕詞は付くけど。
うん、そうだよ。今までの貯金が天に召されたんだ。
「ごめんなさい。私のせいだよね……」
「ち、違うよ。アルナは悪くない!」
「……ほんとにそう思っている?」
不意にアルナは僕の手を握りしめ、ずいっと迫ってきた。
そこでようやく気付く。いや、むしろ失念していた。
生物には皮膚霊位というものがあって、微弱な霊気が流れている。
発汗による湿気で霊気抵抗が低くなって、興奮か冷静かを判断できるのだけれど。
有角種には元来それを感知できる。
つまり嘘が見破れてしまうんだ。
「ミナト。私の目を見てもう一度言って」
「ちょっとそれはずるいよ。アルナ……」
「……やっぱり」
諦めた。
そりやぁどっちかって言われたらそう考えてしまっている部分はあるよ。
でもそもそも自分が橋へ踏み込んでしまったのが原因。
軒先まで戻っても、僕等は尚も話を続けていた。
むしろ口喧嘩に近い。ただアルナに心配かけまいとしていただけで、本当はもっと仲良くしたいのに。
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