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68.喪失と、それから
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時間が流れていく。ただ息をしているだけで、外の世界がじわじわと変わっていく。待ってくれない日常。際限なく訪れる「明日」。軸を失った駒が、宙ぶらりんで空回りし続けているような、不思議な日々だった。
「今年も記録的な猛暑が……——熱中症には充分ご注意ください!」
季節が変わる。人々の格好も、変わっていく。知らない間に、月日が流れていく。
「厳しい暑さがようやく落ち着いてきましたね! 秋の長い夜にはこんなジャジーなメドレーも……——」
髪が伸びた。仕事が増えた。いつのまにか、自分を取り囲む人々も、少しずつ変わっていった。世界はすでに失われた存在を忘れて、平穏を続けている。そうあるべきなのだ。悲しみに囚われず、前を向いて生き続けるために。
「前を向いて生きろ」
心にもないその言葉を、潤は歌にして叫ぶ。
潤自身は、いつまでもあの春に取り残されたままなのに。
2024年12月
「いよいよクリスマスですねぇ。URANOSの皆さんは、クリスマスといえば何をイメージされますか?」
「僕はそうですねー。やっぱりクリスマスソングかな! 一年の中でも限られた時期にしか街中で聴けないっていうのもあって。なんとなく、ワクワクした気分になりますよね」
「そうですね! ちなみにMEGさんは、どのクリスマスソングが特にお好きなんですか?」
「んー! 悩むなぁ。まあでも、毎年一回は歌いたくなるのは、Mariah Careyの『All I Want For Christmas Is You』ですかね」
「なるほど! 確かに楽しい気持ちになりますよね。恋人と過ごされる方は、やはりこの時期になると聴きたくなる一曲ではないでしょうか」
「今日僕らが披露させてもらう曲も、クリスマスといえば! ということで、一年前にリリースした楽曲を持ってきました。ベースのIRUMAが詞を書いたレア曲です」
「はい! 当時すごく話題になって、CMソングにも抜擢されましたよね! 私も早速、切なくも恋しい気分になってきました……。それでは、URANOSの皆さんで『イルミネーション』と、テレビ初披露の新曲『Maybe』です! 2曲続けてどうぞ!」
「……ごめん」
潤は演奏が終わった直後、生放送にも関わらずそう呟いた。観客の前で、涙を流してしまったのだ。
幸いにも、その声がマイクに拾われることはなかった。けれど、潤の様子が明らかにおかしいのは、メンバーに伝わったようだ。
「ジュン?」
カメラがスタジオに切り替わった後、入間が真っ先に駆け寄ってきた。ステージ観覧席にいるファンたちに、動揺が走る。4人は、慌ただしく控え室へと向かった。
「すみません、ごめんなさい……っ。生放送、なのに……っ」
涙が止まらない。入間に支えられながら、潤は何度も方々に謝った。本来フロントマンで、トークもするはずだった潤が使いものにならない。それは、番組側にとっては痛手だ。しかし、今の潤をこのままカメラの前に戻すわけにもいかない。どうしようもないという、最悪の状況だ。
「申し訳ありません……」
謝って済む問題ではないと分かっていても、潤にはそれしかできなかった。結局、以降のスタジオでの撮影には、目黒とニックが2人で参加することとなった。
「大丈夫? ……じゃ、ないよね」
一緒に抜けてきてくれた入間は、潤を少しも責めることなく、ずっとそばについていた。すでに番組は終了時間に近づいている。移動用の車に戻っても、まだ潤は泣き止むことができないでいた。目は腫れているし、化粧も台無しだ。こんなに泣くこと自体、久しぶりだった。あの春の日以来、涙なんて枯れてしまったと思っていたのに、まだこんなに残っていたらしい。
「何があったの?」
「……っ、なにも……ない」
「何もないことないでしょ」
入間は潤の背中を優しく摩り、ティッシュを差し出した。この生放送番組に出演すると、恒例として配布される箱ティッシュだ。まさかこんなにすぐ使用することになるとは、誰も思わなかっただろう。
「……ヒナキくんのこと?」
言及すべきか、入間は酷く悩んだ様子だった。彼がその話題を躊躇いがちに口にした途端、また潤は激しい胸の痛みに襲われた。
——ヒナキさん。
やがて、走馬灯のように様々な記憶が溢れ出す。それは、勢いよく栓を抜いた炭酸のように、とめどなく流れ始めた。
今日番組で披露した、「イルミネーション」という楽曲。あの曲は——。
「去年、のっ……クリスマスに」
そう、一年前のクリスマス。ヒナキに、初めて「好きだ」と伝えられた日。そして、ヒナキを酷く傷付けてしまった日。
「あの、人が……っ、『イルミネーション』を、聴いてた。好きな曲だって、言ってて……っ」
「……うん」
しゃくり上げて泣いているせいで、上手く話すこともできない。入間と出会ってからもう随分になるが、彼の前で——いや、そもそも他人の前でこんなに取り乱したことなど、これまで一度もなかった。きっと、入間も困惑していることだろう。
「苦しいね」
入間はただそう言って、それ以上潤に無理をさせないよう遮った。その優しさに、また涙が溢れ出す。入間に抱き締められながら、子供のように嗚咽を上げる。
もう頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えられなかった。そのはずなのに、一度蓋を開けてしまったヒナキとの思い出は、狂ったフィルムのように延々と回り続ける。
突然ヒナキを連れ出して、2人で眺めたあのイルミネーション。彼を背に乗せて走らせたバイク。ヒナキの嬉しそうな顔。そして、傷付けてしまった時の、とても悲しそうな顔。
その数日後、独りで眺めた同じ景色。年が明けて、最初に仲直りの電話をしたこと。互いの秘密を打ち明けて、正式な交際をするようになったこと。仙台のライブに、ヒナキが突然現れたこと。そして、初めてヒナキの肌に触れた時の感情。抱き締めた体温。愛おしい声。綺麗な、他の何にも喩え難い、美しい瞳——。心から愛した彼を、壊してしまった瞬間の記憶。
ヒナキさん。ヒナキさん。心の中で何度も名を呼ぶが、彼はもうこの世界にいない。潤がこの手で、彼の生を奪ったのだ。
どれだけ謝っても、悔やんでも、もうどうにもならない。たとえヒナキが許してくれたとしても、自分自身が許せない。どれだけの季節を越えれば、この痛みに耐えられるようになるのだろう。——どれだけ時間が経てば、また彼に会えるのだろう。
彼と共に過ごした日々は、あまりにも短かった。彼と一緒に居た時間よりも、彼を失ってからの時間の方が長い事実もまた、残酷だ。
やがて、泣き過ぎて頭が痛くなった頃、収録を終えた目黒とニックが車に戻ってきた。彼らも、仕事を駄目にした潤を責め立てようとはしなかった。ただ黙って潤のそばで寄り添い、痛みの一端を背負おうと手を差し伸べてくれた。
翌日
潤はメンバー3人を前に、深々と頭を下げた。静かな、張り詰めた空気が漂う。それでも、ここで逃げるわけにはいかなかった。
「ごめん。もう歌えない」
それ以外、何も言葉が出なかった。何一つ、上手に説明できない。3人にはただ申し訳がない。謝ることしかできないのだ。
「ごめん……本当にごめんなさい」
また、涙が出そうになった。けれど、きっと泣きたいのは3人の方だ。潤が今、ここで被害者面をするわけにはいかない。唇を噛んで、今一度頭を下げる。
「俺ら、誰もジュンを責められないよ」
しばらくの沈黙の後、ニックが口を開いた。ニックのその優しい声に、ふと気が緩みそうになってしまう。昔からそうだった。どんな時も、潤が先輩たちの中でも話しやすいように、真っ先に気を遣ってくれる人だった。
「あの……3月の、日から。ジュンが辛そうにしてたの知ってたのに、ずっと無理させてたよね」
そんなことない、とは咄嗟に言い返せなかった。潤が駄目になっていたことなど、彼らはとっくに気がついていたのだ。
「お前の好きな音楽で……せめて、ちょっとでも気が晴れるならって思ってたけど。むしろ追い詰めちゃったみたいだな。あのジュンが、音楽できなくなるなんてさ。そこまで苦しませて……ごめんな」
そう言った目黒の声は、掠れていた。らしくない話し方だ。ふと顔を上げると、彼の目にも涙が浮かんでいた。
——そりゃ辛いよな。めぐちんは特に。
誰よりもURANOSの音楽を愛していた。誰よりも、潤の音楽を理解してくれていた。彼の作った曲を歌うのは潤しかいないのだと、何度も言葉にして伝えてくれた。
——ごめん。ごめんは、俺の言葉だよ。メグ。
「ジュンはいつか限界が来るだろうなって分かってた。だから、俺らもこっそり話してたんだ。……それでこう伝えるって決めてた。『脱退はしないでほしい』」
入間の声は力強かった。彼が、こうした時に気丈に振る舞える人間だということはよく知っている。
彼の言葉に、2人もしっかりと頷いた。
「休んでいいよ」
入間は潤の肩に手を置いて、顔を上げさせた。とても悲しげなのに、優しさに溢れた目をしている。
「まずは、ゆっくり休んで。俺ら、何年でも……何十年でも、ジュンを待つって決めたから。君がいつでも帰ってこられるように」
「俺らのボーカルは、お前しかいねぇんだよ」
「URANOSの音楽はさ、俺ら4人のためにあるんだって。だから、ジュンのためにURANOSは存在し続けるんだよ」
3人が口々にそう言うのを、潤は呼吸も忘れて聞いていた。もう、涙を堪えることはできなかった。
「ごめん……っ」
何度目かわからない謝罪が、喉の奥から絞り出される。それは、心からの叫び声だった。
「もう謝らなくていいって」
目黒が、いつになく優しい声でそう言った。彼がこんな風に涙を流すのは、初めてだった。
「お前がまた歌いたくなるまで、ずっと待ってるからさ」
彼らの言葉は、少なくとも潤を死から遠ざけた。生きる気力を失って、唯一残されていた音楽さえ手離そうとした潤の心を、この世に繋ぎ止めるたった一つの縁となったのだ。
「今年も記録的な猛暑が……——熱中症には充分ご注意ください!」
季節が変わる。人々の格好も、変わっていく。知らない間に、月日が流れていく。
「厳しい暑さがようやく落ち着いてきましたね! 秋の長い夜にはこんなジャジーなメドレーも……——」
髪が伸びた。仕事が増えた。いつのまにか、自分を取り囲む人々も、少しずつ変わっていった。世界はすでに失われた存在を忘れて、平穏を続けている。そうあるべきなのだ。悲しみに囚われず、前を向いて生き続けるために。
「前を向いて生きろ」
心にもないその言葉を、潤は歌にして叫ぶ。
潤自身は、いつまでもあの春に取り残されたままなのに。
2024年12月
「いよいよクリスマスですねぇ。URANOSの皆さんは、クリスマスといえば何をイメージされますか?」
「僕はそうですねー。やっぱりクリスマスソングかな! 一年の中でも限られた時期にしか街中で聴けないっていうのもあって。なんとなく、ワクワクした気分になりますよね」
「そうですね! ちなみにMEGさんは、どのクリスマスソングが特にお好きなんですか?」
「んー! 悩むなぁ。まあでも、毎年一回は歌いたくなるのは、Mariah Careyの『All I Want For Christmas Is You』ですかね」
「なるほど! 確かに楽しい気持ちになりますよね。恋人と過ごされる方は、やはりこの時期になると聴きたくなる一曲ではないでしょうか」
「今日僕らが披露させてもらう曲も、クリスマスといえば! ということで、一年前にリリースした楽曲を持ってきました。ベースのIRUMAが詞を書いたレア曲です」
「はい! 当時すごく話題になって、CMソングにも抜擢されましたよね! 私も早速、切なくも恋しい気分になってきました……。それでは、URANOSの皆さんで『イルミネーション』と、テレビ初披露の新曲『Maybe』です! 2曲続けてどうぞ!」
「……ごめん」
潤は演奏が終わった直後、生放送にも関わらずそう呟いた。観客の前で、涙を流してしまったのだ。
幸いにも、その声がマイクに拾われることはなかった。けれど、潤の様子が明らかにおかしいのは、メンバーに伝わったようだ。
「ジュン?」
カメラがスタジオに切り替わった後、入間が真っ先に駆け寄ってきた。ステージ観覧席にいるファンたちに、動揺が走る。4人は、慌ただしく控え室へと向かった。
「すみません、ごめんなさい……っ。生放送、なのに……っ」
涙が止まらない。入間に支えられながら、潤は何度も方々に謝った。本来フロントマンで、トークもするはずだった潤が使いものにならない。それは、番組側にとっては痛手だ。しかし、今の潤をこのままカメラの前に戻すわけにもいかない。どうしようもないという、最悪の状況だ。
「申し訳ありません……」
謝って済む問題ではないと分かっていても、潤にはそれしかできなかった。結局、以降のスタジオでの撮影には、目黒とニックが2人で参加することとなった。
「大丈夫? ……じゃ、ないよね」
一緒に抜けてきてくれた入間は、潤を少しも責めることなく、ずっとそばについていた。すでに番組は終了時間に近づいている。移動用の車に戻っても、まだ潤は泣き止むことができないでいた。目は腫れているし、化粧も台無しだ。こんなに泣くこと自体、久しぶりだった。あの春の日以来、涙なんて枯れてしまったと思っていたのに、まだこんなに残っていたらしい。
「何があったの?」
「……っ、なにも……ない」
「何もないことないでしょ」
入間は潤の背中を優しく摩り、ティッシュを差し出した。この生放送番組に出演すると、恒例として配布される箱ティッシュだ。まさかこんなにすぐ使用することになるとは、誰も思わなかっただろう。
「……ヒナキくんのこと?」
言及すべきか、入間は酷く悩んだ様子だった。彼がその話題を躊躇いがちに口にした途端、また潤は激しい胸の痛みに襲われた。
——ヒナキさん。
やがて、走馬灯のように様々な記憶が溢れ出す。それは、勢いよく栓を抜いた炭酸のように、とめどなく流れ始めた。
今日番組で披露した、「イルミネーション」という楽曲。あの曲は——。
「去年、のっ……クリスマスに」
そう、一年前のクリスマス。ヒナキに、初めて「好きだ」と伝えられた日。そして、ヒナキを酷く傷付けてしまった日。
「あの、人が……っ、『イルミネーション』を、聴いてた。好きな曲だって、言ってて……っ」
「……うん」
しゃくり上げて泣いているせいで、上手く話すこともできない。入間と出会ってからもう随分になるが、彼の前で——いや、そもそも他人の前でこんなに取り乱したことなど、これまで一度もなかった。きっと、入間も困惑していることだろう。
「苦しいね」
入間はただそう言って、それ以上潤に無理をさせないよう遮った。その優しさに、また涙が溢れ出す。入間に抱き締められながら、子供のように嗚咽を上げる。
もう頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えられなかった。そのはずなのに、一度蓋を開けてしまったヒナキとの思い出は、狂ったフィルムのように延々と回り続ける。
突然ヒナキを連れ出して、2人で眺めたあのイルミネーション。彼を背に乗せて走らせたバイク。ヒナキの嬉しそうな顔。そして、傷付けてしまった時の、とても悲しそうな顔。
その数日後、独りで眺めた同じ景色。年が明けて、最初に仲直りの電話をしたこと。互いの秘密を打ち明けて、正式な交際をするようになったこと。仙台のライブに、ヒナキが突然現れたこと。そして、初めてヒナキの肌に触れた時の感情。抱き締めた体温。愛おしい声。綺麗な、他の何にも喩え難い、美しい瞳——。心から愛した彼を、壊してしまった瞬間の記憶。
ヒナキさん。ヒナキさん。心の中で何度も名を呼ぶが、彼はもうこの世界にいない。潤がこの手で、彼の生を奪ったのだ。
どれだけ謝っても、悔やんでも、もうどうにもならない。たとえヒナキが許してくれたとしても、自分自身が許せない。どれだけの季節を越えれば、この痛みに耐えられるようになるのだろう。——どれだけ時間が経てば、また彼に会えるのだろう。
彼と共に過ごした日々は、あまりにも短かった。彼と一緒に居た時間よりも、彼を失ってからの時間の方が長い事実もまた、残酷だ。
やがて、泣き過ぎて頭が痛くなった頃、収録を終えた目黒とニックが車に戻ってきた。彼らも、仕事を駄目にした潤を責め立てようとはしなかった。ただ黙って潤のそばで寄り添い、痛みの一端を背負おうと手を差し伸べてくれた。
翌日
潤はメンバー3人を前に、深々と頭を下げた。静かな、張り詰めた空気が漂う。それでも、ここで逃げるわけにはいかなかった。
「ごめん。もう歌えない」
それ以外、何も言葉が出なかった。何一つ、上手に説明できない。3人にはただ申し訳がない。謝ることしかできないのだ。
「ごめん……本当にごめんなさい」
また、涙が出そうになった。けれど、きっと泣きたいのは3人の方だ。潤が今、ここで被害者面をするわけにはいかない。唇を噛んで、今一度頭を下げる。
「俺ら、誰もジュンを責められないよ」
しばらくの沈黙の後、ニックが口を開いた。ニックのその優しい声に、ふと気が緩みそうになってしまう。昔からそうだった。どんな時も、潤が先輩たちの中でも話しやすいように、真っ先に気を遣ってくれる人だった。
「あの……3月の、日から。ジュンが辛そうにしてたの知ってたのに、ずっと無理させてたよね」
そんなことない、とは咄嗟に言い返せなかった。潤が駄目になっていたことなど、彼らはとっくに気がついていたのだ。
「お前の好きな音楽で……せめて、ちょっとでも気が晴れるならって思ってたけど。むしろ追い詰めちゃったみたいだな。あのジュンが、音楽できなくなるなんてさ。そこまで苦しませて……ごめんな」
そう言った目黒の声は、掠れていた。らしくない話し方だ。ふと顔を上げると、彼の目にも涙が浮かんでいた。
——そりゃ辛いよな。めぐちんは特に。
誰よりもURANOSの音楽を愛していた。誰よりも、潤の音楽を理解してくれていた。彼の作った曲を歌うのは潤しかいないのだと、何度も言葉にして伝えてくれた。
——ごめん。ごめんは、俺の言葉だよ。メグ。
「ジュンはいつか限界が来るだろうなって分かってた。だから、俺らもこっそり話してたんだ。……それでこう伝えるって決めてた。『脱退はしないでほしい』」
入間の声は力強かった。彼が、こうした時に気丈に振る舞える人間だということはよく知っている。
彼の言葉に、2人もしっかりと頷いた。
「休んでいいよ」
入間は潤の肩に手を置いて、顔を上げさせた。とても悲しげなのに、優しさに溢れた目をしている。
「まずは、ゆっくり休んで。俺ら、何年でも……何十年でも、ジュンを待つって決めたから。君がいつでも帰ってこられるように」
「俺らのボーカルは、お前しかいねぇんだよ」
「URANOSの音楽はさ、俺ら4人のためにあるんだって。だから、ジュンのためにURANOSは存在し続けるんだよ」
3人が口々にそう言うのを、潤は呼吸も忘れて聞いていた。もう、涙を堪えることはできなかった。
「ごめん……っ」
何度目かわからない謝罪が、喉の奥から絞り出される。それは、心からの叫び声だった。
「もう謝らなくていいって」
目黒が、いつになく優しい声でそう言った。彼がこんな風に涙を流すのは、初めてだった。
「お前がまた歌いたくなるまで、ずっと待ってるからさ」
彼らの言葉は、少なくとも潤を死から遠ざけた。生きる気力を失って、唯一残されていた音楽さえ手離そうとした潤の心を、この世に繋ぎ止めるたった一つの縁となったのだ。
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