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47.【番外編】バレンタイン-過去

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 バレンタインには、あまりいい思い出がない。
 小学生の頃から毎年、その日に登校すると知らない女子から大量に華やかなプレゼントを押し付けられた。中身はほとんどチョコレート。そうでないものもあったけれど、どちらにしても、知らない人間が作ったお菓子なんて食べられるはずがない。中には、見知らぬ字で書かれた手紙まで入っているものもあった。
 誰なんだよ、なんで知らない奴に告白されなきゃいけないんだよ。用事があるなら話しかけてこいよ。こんなに荷物を増やされたら、放課後のレッスンに行けないじゃないか。
 そんなことを思いながら、憂鬱な日を過ごすものだから、俺にとってバレンタインは、1年で1番嫌いなイベントだった。
 それを繰り返すこと9年、高校生になって初めての2月14日。俺にとってトラウマとも呼べる最悪の日であり、同時に最も思い出深い1日だった。その日も例に漏れず、俺はバカみたいな量のチョコレートをいろんな人から受け取った。
「倉科くん、ちょっといい?」
 ほら、また来た。3限が終わった後の休み時間、イヤホンを挿そうとした手を止めさせたのも、知らない女だった。俺にはまともな休み時間も無いのか。こんな事なら、今日は学校を休めば良かった。仕方がないので席を立つと、案の定彼女は俺を人気のない所に連れ出した。くだらない話の後に、例の文言が飛び出す。
「ずっと好きでした。受け取ってください!」
——だから誰なんだよ、お前は。
 口先では「ありがとう」と言うけれど、その実少しも嬉しくなんかない。ただただ、この憂鬱な時間が早く終わってくれないものかと願うばかりだ。そうしているうちに、授業開始の鐘が鳴る。

 しかし、そんな俺にも、楽しみはあった。放課後の部活動の時間だ。
 大量のチョコレートと共に苛立ちを引きずっていた俺は、軽音部の部室に近づくごとに少しずつ気分が明るくなっていた。もうすぐ今日が終わる。部活さえ始まってしまえば、自由だ。
 ところが、そう簡単にはいかないのが現実だった。俺は、廊下の先で明らかにこちらを待ち構えている人影を見て、再び鬱屈とした気持ちになった。
「おはよー、ジュンちゃん」
 にこやかに声をかけてきたのは、2年の洋介先輩だった。隣には見知らぬ女が立っている。恋人だろうか。しかし、よりにもよってこの状況に陥るのは、嫌な予感だ。彼らは一体何を企んでいるのか、と思わず唇を噛む。
「おはようございます」
「おっ、偉いねぇ! ちゃんと挨拶できるようになったんだねぇ。ほんの半年前まではあんなに生意気だったのに……丸くなっちゃってぇ」
「うるさいっすよ。それ、誰ですか?」
 見知らぬ女に一瞥をやると、彼女は少し身を固くした。何をそんなに緊張しているのだろう。と眺めていると、先輩がすかさず彼女と俺の間に割って入るものだから、思わず顔を顰めた。
「ちょっとちょっと、そんな怖い顔したらダメだって。怖がらせちゃうだろ。つーか、女の子に向かって『それ』なんて言うなぁ」
 舌を打ちそうになったが、なんとか理性で堪えた。しかし、先輩は目ざとく俺の表情の変化を読み取って、「コラ」なんて言ってくる。本当に鬱陶しい。
「この子はねぇ、ジュンのこと探してたの♡ だから軽音部まで案内しちゃった」
「は……」
 はあ? と言いかけて、また理性で押し込める。いい加減、言葉遣いを口うるさく指摘されるのにはうんざりだった。代わりに咳払いをして、「なんでっすか」と口を動かした。先輩がニタリと笑う。
「君にバレンタインチョコ渡したかったんだって。貰ってやりな」
 先輩の視線が俺の顔と、それから手元の大量のチョコレートに向く。多分、俺が苛立っている理由を、彼は分かっている。分かっていて、要らないお節介をしたのだ。
「……はぁ、ありがとうございます」
 目を合わせずに、とりあえず女に差し出されたものを受け取ろうとした。しかし、俺が確実に掴んだにも関わらず、彼女はなかなか指を離そうとしなかった。
「……あの!」
「ハイ?」
 めんどくさいな。さっさと立ち去ってくれないかな。俺は早く部室に入りたいのに。
 考えただけなのに、まるでそれを読み取ったかのように洋介先輩が首を振った。のが、視界の端で分かった。話を聞いてやれ、と言うのだろう。全く、うんざりだ。
「潤君は覚えてないかもしれないけど、あのっ、私……中学一緒で」
——知らねぇよ。
 彼女がお察しの通り、覚えてなんかいない。
 そもそも中学時代の記憶なんてろくに無い。勉強は嫌いだったし、部活ではほとんど幽霊部員だった。仲のいい数名と高校受験直前に短期間限定のバンドを結成したことくらいしか、思い出なんてない。ヴァイオリンの練習に明け暮れて、修学旅行にも行かなかった。同級生なんて、何人居たかさえ記憶していない。
「潤君のこと、好きなんです! だから……」
——だから?
 俺はうっかり聞き返しそうになったが、ちらりと先輩の方を見た。驚いたことに、彼の方が俺よりもずっと渋い顔をしていた。まあ、それも仕方ないだろう。目の前で他人同士が告白劇なんてやり始めたのだから、面白いはずがない。
 どうしたものか。俺は困り果て、少ない語彙から最適な言葉を選び取ろうとしたが、残念なことにため息しか出なかった。すると、何を思ったか、「だから」と言ったはずの彼女はそれきり口をつぐんでしまった。
 そうして、あっという間に、目一杯に涙を溜め始める。ああ、やめてくれ。彼女がここで、わっと泣き出しでもしたら、余計に面倒になるのは火を見るよりも明らかだ。
「ごめん、泣かせるつもりはなかった……です」
 とりあえず、俺は思うままに口に出した。なんと言えばいいかわからないが、とにかく早くこの場から去って欲しい。それでも、こっちの都合がわからない彼女は、ぐすぐすと鼻を啜り始めた。
 返答に困ったからといって、ため息をつくのは悪手だったのだと、俺は今更に気がついた。俺は彼女が握ったままのプレゼントから手を離し、そのまま空っぽの手をポケットにしまった。今日一度も使うことができなかったイヤホンを指先で弄びながら、言い訳を考える。が、やはり俺の脳みそでは適切な答えは見つけられなかった。
「……あなた、音楽好き?」
 困り果てた末に、口から出たのはそんな言葉だった。彼女は本当に驚いたようで、涙を流したまま、バカみたいに口をぽかんと開いて、俺を見上げた。
「俺は音楽が好きなんだ。何よりも。……知ってた?」
「え……」
 洋介先輩が後ろで変な顔をしている。何を言い出すんだお前、と目で語っているのが分かった。
 しばらくの沈黙の後、女が口を開く。
「知ってるよ。でも、合唱部の練習はほとんどいなかったじゃない」
 ああ、この人合唱部だったんだ。気がつかなかったな。ならば、この際だから、正直に話すべきだろう。
「だって音楽が好きなだけで、部活が好きなわけじゃないから。何かしら部活に入らなきゃいけない学校だったから入ってただけだよ」
 そう言うと、彼女は眉間に皺を寄せ、不快感を露わにした。無責任に好きとか言っておいて、勝手に幻滅するなよ。バカじゃないの。
「分かったでしょ。あなたは俺の事何も知らないんだ」
 洋介先輩は、いよいよ居心地が悪そうにし始めた。しかし、俺は言い出したら止まらない。言いたいことを全部言ってやらなければという、ある種使命感のようなものに駆られて、深く考える前に言葉を発していた。
「あまり簡単に人を好きとか言わない方がいいよ」
 それが決定打だった。名前も知らない女の子は、手に持っていた箱を俺に投げつけて、全速力で去って行った。
「行っちゃったねぇ」
 長い沈黙の後、洋介先輩は微妙な表情でそう言った。それから、俺の肩に肘を置いて、反対の手を顔の前に立てる。
「ごーめん、余計なお節介しちゃって。めんどくさい事になっちゃったね」
 意外だった。女好きと聞いていた洋介先輩が、俺に向かってそんな事を言うなんて。俺は返事に困って、とりあえず頷くことしかできなかった。
 それから洋介先輩は、俺の手から大量のチョコが入った紙袋を奪い取って、部室とは反対方向に向かって歩き出した。
「ちょっと……どこ行くんすか」
「いいから着いておいで。今日の練習は別のところでしよう」
「え? 先輩、楽器は?」
「いーのいーの、そんなん後でメグに言ったら持ってきてくれるもん」
 先輩は俺の背中を押して、ぐんぐん進んでいく。その時になって、ようやく俺は自分が好奇の目に晒されていた事に気がついた。もしかしたら、先輩は俺が周りの人間の目から逃れられるようにと気を遣ってくれたのかもしれない。
「ほいほい、歩いた歩いた」
 階段を降りさせられ、靴を履き替えてこいと言われ、そうこうしているうちに俺たちは東門の外に出た。ここから一体どこへ向かうのか分からない。
「あの、洋介先ぱ……」
 俺が口を開いたのとほとんど同時に、先輩のスマホが着信に震えた。彼はすぐに通話に応じると、俺に目配せをして、ごめんと口パクをした。
「あ、メグ? ゴメンゴメン。今日部室行けなくなっちゃった。……んー、そうそう。だからさぁ、いつもんとこ集合でいい? あっ、俺のベース持ってきて欲しい~ゴメン、ふふふっ。……ん、じゃあヨロシク」
 そう言って、通話を切った。洋介先輩はご機嫌なようだ。俺は振り回されている気しかしなかったが、彼が悪意を持ってそうしているわけではないと分かっていたのでとりあえず黙って従うことにした。
「ジュンさぁ、映画とか見る?」
「映画? ……いや、あんまり」
「好きじゃない?」
「いや……嫌いではないです。見る機会がないだけで」
「そっか……そうだよねぇ。うーん……あのさぁ、ジュン…………ありがとね」
「え?」
 洋介先輩は、少し言いにくそうに視線を泳がせていた。だが、表情は至って真剣だ。彼がこんな落ち着いた話し方をするのは、初めて聞いた。
「ジュンはさ、音楽が大好きなのは分かるけど、部活っていうか、団体行動自体好きじゃないでしょ。それでも、俺らとバンドやろうって思ってくれてさ。ちゃんと続けてくれて……すげえ事だなって思ったよ。ありがとう」
 つん、と胸の奥が何かに引っ張られるような感覚がした。何か、俺の中に普段存在していない感情が、この瞬間に生まれたようだった。だってまさか、先輩に突然そんな事を言われるなんて思わなかったのだ。
「君みたいな才能ある人がさ、……それも、努力までできるような人が、俺らとバンド組んでるのは奇跡だよ」
「そう、ですか」
「うん。知ってると思うけど……俺ら1年の時に組んでた奴に抜けられちゃってさ、そこから部活の雰囲気も悪くて、割と絶望的だったんだよね。そこを救ってくれた君は、いわば救世主だよ」
 そんな大袈裟な。とは思ったけれど、3人が過去にそれなりに大変な目に遭ったことは噂に聞いている。なんでも、ボーカル担当だった男がメグ先輩と険悪なあまり、練習に来なくなり、かと思えば隠れて兼部をしていたことまで明らかになり、部活ぐるみの問題に発展したらしいのだ。
 メグ先輩が前のボーカルの人とも仲が悪かったのは、簡単に想像がつく。俺だって、半年前は毎日喧嘩していたのだ。
 一度大きな喧嘩をしてから吹っ切れて、今はようやく適切な関係を築けるようになった。と、思っている。メグ先輩は、俺とは別の種類の音楽バカだから。
「さーて、着いたよ」
 しばらく歩いていると、洋介先輩があくび混じりにそう言った。ふと顔を上げると、どう見ても飲食店という雰囲気の建物がそこにあった。「Cafe トワイライト」という看板が立っている。
「カ……カフェ……?」
「うん」
 洋介先輩はさらりと頷く。そして、当たり前のように扉を開いた。
「お疲れ様でーす」
 入るなり、落ち着いた声で挨拶をする。明らかに普通の客という雰囲気ではない。
 俺はというと、状況が飲み込めておらず、黙って彼の後ろに従うしかなかった。すると、ほどなくして、エプロンをつけた女性スタッフがにこやかに顔を出した。
「あー、入間くんじゃん! いらっしゃい」
「あかりさん! お疲れ様です。また友達連れてきちゃいましたぁ。あ、彼はバンド仲間のジュンです」
「へえ! よろしくお願いします。私、入間くんとのあかりです!」
「あ……どうも」
「ふふふっ、ねぇねぇ、彼カッコいいですねえ……アイドルみたい……ねぇ入間くん」
「そうでしょお。……あかりさん、あと2人来るんで、悪いんすけど4人分お願いしていいですか?」
「はぁい、了解。それじゃ、お席こちらにどうぞ!」
 あかりというスタッフは、俺たちを奥のテーブル席に案内した。それから、厨房の方へと引っ込んでいく。
「店長~、入間くん来ましたよぉ」
 そんな声がこちらまで響いてきた。どうやら、洋介先輩がバイトではない日にこの店に来るのは珍しいことではないらしい。
「ていうか、先輩バイトしてたんですね。知らなかったっす」
「そりゃ言ってないもーん。でもさ、これから練習の都合とか決めることを思えば、知ってくれてた方がいいでしょ?」
「はい、まあ……。それで、今日はここで何するんですか」
「何って? お茶会だよ」
「お茶……え?」
 先輩の言ったことが信じられず、俺は思わず聞き返した。単にカフェに来たのなら、それは疑うことでもなんでもないのだが、今日俺たちは部活動をするはずだったのだ。学校を抜け出して来た末に、お茶会?
 俺が首を捻っていると、不意に入り口の扉が開く音がした。カランカラン、と軽やかなベル音が鳴る。そうして、人影がふたつ。
「洋介! てめえ勝手なマネしやがって」
 店内に入ってくるなり声を荒げたのは、どこからどう見てもメグ先輩だった。苛立っているらしい。突然練習がバラしになったようなものなのだから、怒っても仕方がないけれど。俺だって、さっきまでは歌う気満々だったから、お茶会なんて言われて、正直落胆している。
「タツノリ、大きい声出したらメーワクだよ」
 ニック先輩も一緒のようだった。メグ先輩を嗜めようとしているらしい。普段と違って、洋介先輩のベースを担いでいる。
「ありがと、ニック! 助かったよ」
「はいよ。で、今日は何するの?」
 ニック先輩はベースを洋介先輩に渡すと、俺たちの向かい側に腰を下ろした。邪気の無い爽やかな笑顔で、俺と洋介先輩とを交互に眺めている。
「これからのこと打ち合わせでもしようと思って。多分ねぇ、今日ガッコで練習するのは得策じゃない」
「どーして?」
「ジュンはね、大変だったんだよ。今日」
 ニック先輩は、洋介先輩の話にくるりと目を回した。それから、何か思いついたようにハッと丸く瞠く。
「あっ! バレンタイン」
「そうそう」
「さっき女子達が大騒ぎしてたね。ジュンがこっぴどくフッたのどうの」
「でしょ?」
「んーだよ、そのせいかよ。ったくアイツら、部室ん中までうるせーの」
 メグ先輩が忌々しそうに吐き捨てる。
「なぁジュン、あんなんなあ。気にすんなよ? アイツらお前のこと何も分かってねぇんだからよ」
「ああ……ハイ。あざす」
「お前のその天才的な音楽で黙らしてやりゃいーんだよ」
「ハイ」
 メグ先輩にそう言われると、なんだか嬉しくなってしまう。俺がつい笑ってしまったからか、メグ先輩は満足そうに頷くと、テーブルに肘をついた。
「あのさぁ、メグ。俺一個考えがあって」
 洋介先輩が口を開く。
「なんだよ」
「今日思ったんだけど、そろそろジュンも俺らにタメ口でいいんじゃないかなーって」
「え?」
 俺? 突然名前を出され、困惑した。
「もうすぐバンド組んで一年じゃん? そりゃ、最初は色々あったから、キッチリ先輩後輩の距離感でやってたけど。これから長ーいこと一緒にバンドやってくって考えたら、もう歳とかどうでもいいんじゃないかなって思うの。
 俺らあれだろ? お遊びでやってるわけじゃなくてさ。本気で音楽業界に飛び込もうとしてるんでしょ。今は部活って括りで集まってっけどさ」
「ハハ、まあ今だって自主盤作ろうとしてるんだもんね。CD出しちゃったらもう……」
 ニック先輩がにっこり笑う。
「あー……そういう話ね」
 メグ先輩は少し目を泳がせ、頭をかいた。それがどういった感情の表れなのか、俺にはわからない。だが、少なくとも気を悪くしたわけではないというのは、その後の言葉を聞いて分かった。
「いいよ。確かに、洋介の言う通りだ」
「へへっ、だよねー」
「別に俺はジュンのこと歳下だからって下に見てるつもりねぇし。お前を特別視してるとしたら、才能に嫉妬してるっていうところだけだ」
「……本気で言ってます?」
「うん。別にさ、俺は卒業したらこのバンド解消しようとか思ってねえんだ。今のところ。……ああ、お前はどうか知らねえけど」
「卒業後のことなんて、まだ何も決めてないです」
「だろうな。でも、音楽はやるんだろ? バイオリニストになるにせよ、ボーカリストになるにせよ」
「それは、そのつもりです」
「だったら俺はお前を手離す気ねぇし、お前いねぇと俺のやりたい音楽できないのは分かってるし」
「……ハイ」
 そう言われてしまえば、ノーとは言えない。第一、メグ先輩がそこまで俺のことを評価しているとは正直思っていなかった。なんだか、心がくすぐったい。そのせいだろう、俺はまた深く考えずに、思った事を口に出してしまった。
「俺だって……先輩たちいないと一生バンドは出来ないんだろうなって思ってますよ。最近になってやっと、なんていうか……楽しくなって来たし」
 何言ってるんだ。と、言い終えてから思ったが、遅かった。先輩3人が急に目を輝かせ、一斉に俺の方を見て来たのだ。
「本当!? バンド楽しいの!?」
「マージー!?」
「そ、そりゃまあ……俺、誰かと一緒に音楽やること自体初めてですし」
 親以外は。
 それは流石に恥ずかしくて、言えなかった。
 そしてそれ以上に、先輩たちが本当に嬉しそうで、俺はもっと心がくすぐったくなってしまった。
「はーい、盛り上がってるところ悪いけど、失礼しまぁす。お待たせしましたぁ」
 突然、あかりさんが割り込んできた。4人分のジュースをトレーに乗せている。
「ワーオ、ありがとうアカリ」
「どういたしまして。溢さないでね」
 運ばれて来たジュースは、手作り感の溢れるレモネードだった。ニック先輩が嬉しそうに受け取って、それぞれの前に置いてくれる。

 そこからの「お茶会」は、和やかなものだった。
「そういうわけでね、ジュンが下手に女の子に捕まらないよう俺らが見張ってなきゃいけないからね。練習できなくなっちゃうから」
「ハハハ! そいつらみんなバンドのファンだったらいいのにねぇ」
 いつのまにか、そんな普通の雑談になっていて。
「それじゃ、ジュンは今日から、俺らのこと先輩呼びするのナシなー」
 メグ先輩がそう言ったのをきっかけに。
「じゃあ、改めてよろしくお願いします……メグさん。洋介さん。ニックさん」
 俺はようやく彼らの隣に立てたような気分になった。
 そして、俺がそんな彼らのことを、敬意を込めて「めぐちん」「よーちん」「ニック」と呼び始めるのは、あと数ヶ月先の話だ。






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