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32.少し前の話①
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2023年12月28日(木) 夜
大阪市内 某所
「あぁ~終わっちまった~」
「お疲れ様っす」
「お疲れ様でーす!」
URANOSの4人は、自分たちのステージを終えるとすぐに帰り支度を始めた。すれ違う顔見知りのバンドに挨拶をしつつ、スタッフたちにも挨拶をしつつ、控え室へと向かう。
フェス自体は何度か出演経験があるが、やはりどこか物足りなさを覚えてしまうのは否めない。とはいえ、他のバンドと交流しながらステージを作れるのは、他では経験できないことだ。また、自分たちのステージがない時間には、観客としてステージを鑑賞することができたのは非常にありがたいことだった。
「初めてのレディクレどうだった? まあ、俺らは余韻に浸る間も無く千葉に向かうわけですが」
控室につくなり、目黒が他のメンバーに問いかけた。3人はそれぞれ汗を拭いたり水を飲んだりしながら、考え込む素振りをする。
「やっぱさ、30分って短いよね。あっという間だった」
「そーだね。他のバンドのステージ見てても思ったけどさ、多少巻いても5曲くらいしかできないってなると、コントロールが難しい」
「普段と違う観客層で面白かったけど、今日なんか妙に緊張したわ」
「うん、わかる。緊張した」
目黒は3人の話に相槌を打ち、それから「なるほどなぁ」と言った。今回のフェス出演は、目黒が知り合いのイベンターから誘われて持ってきた話だ。一応は日本各地でのライブを経験しているといっても、関東を中心に活動しているURANOSとしては、関西のフェス自体アウェーである。日頃のファンだけではない幅広い音楽ファンに、それもおそらくURANOSのライブに足を運んだことがないであろう層に受け入れてもらえるかどうか、賭けだった部分は大きい。
「でもその点で言ったら成功だったよね。ちゃんと盛り上がってたよ」
「関西はノリいいって言うもんな」
「ありがたい話だよ」
特に、今回はハードロック続きのステージに呼んでもらえたのが大きいだろう。NICKYが愛してやまない大先輩のバンドをはじめ、関西のフェスにしか出ないメロコア系のバンドが複数名を連ねている中に入れてもらえたのだ。ジャンルそのものを愛しているコアなファンが終始客席前方で盛り上げてくれたので、かなり助けられた。
「明日はどうかねー」
IRUMAがそんなことを呟く。関東であればURANOSのことを知っている観客が多いかもしれないが、それでもフェスの客層は読めない。毎度ステージごとのスケジュールは変わるのだ。もしかしたら、直前のバンド次第で会場の雰囲気がガラリと変わってしまうかもしれない。
「俺らみたいな新米はさ、どんどん場数踏んでかなきゃね」
「そうだね。まだそんな不測の事態とか経験してないし」
「みんな『大人』に守ってもらってっからね」
話しながら、どんどん荷物を片付けていく。潤も、ある程度汗が引いたところで衣装を着替え、帽子を被った。
「そういや潤さぁ、その傷どうしたん?」
そう言ったのはNICKYことニコラスだった。隣で聞いていた入間が、潤の方を一瞥する。ニコラスが
大した理由もなく、単なる世間話で訪ねたことは分かっていたが、それでも潤は表情を強張らせてしまった。
「コテで火傷したんだ」
苦し紛れにそう言った。実際に火傷の傷ではあるので、完全な嘘ではない。
「マジかよ、痛そー」
「うん、痛かった。ニックもヤケドには気をつけな」
「んー。痕残んないといいなぁ」
ニコラスは特に潤の様子を気にした風もなく、さらりと流してしまった。それに安堵して、傷に手を伸ばす。クリスマスにできたこの傷は、今は瘡蓋のように引き攣った痣になっている。これが少なくともすぐには治らない類のものであると、直感でわかっていた。単に怪我をするよりも余程タチが悪い。
「さて、早く撤収しましょうか」
ある程度みんなの身支度が済んだところで、目黒がそう言った。ちょうどいいタイミングでマネージャーがやってきて、移動についての説明を始める。潤は話を聞きながら、もう一度傷に触れた。
——この傷、ヒナキさんには知られたくないな。
今日のライブでは、アクセサリーで隠した。完全に隠れきってはいなかっただろうが、フェスではそんなに目立たないはずだ。
——ていっても、当分会うことはないんだろうけど。
そう思うと、腹にずっしりと何かが落ち込んでくるような気がした。
移動車へ向かう途中、入間が潤の隣に近づいてきた。周りの様子をしきりに気にしている。
「どしたの?」
一応声を潜めて問いかけると、彼は眉根を寄せてため息をついた。
「どしたの? じゃないよ、ツイーター見た?」
「見てない。なんで?」
「俺の口からは言えん。あとで見てみろよ。あっ、後ろに気をつけてな」
「おう……わかった」
よく分からないが、入間の表情から、あまり喜ばしくない話題であろうことは察せられた。その後、慌ただしく移動車に乗り込むと、URANOSの4人は新大阪駅へと向かった。
新幹線に乗り込んでからも、潤は入間の言ったことがずっと気にかかっていた。けれど、ここでツイーターを開く気にはなれない。隣の席にニコラスが座っているからだ。
「それでなあ、兄貴がやっぱりお前もZ2への憧れ強かったんだろうなって、ハハ。あ、俺の親父はゼファーだけどさぁ。気が合うんじゃねぇの?」
「ああ……うん。エディ君のおかげでZ900RS手に入ってよかったよ」
「シシッ、だろぉ。俺もさぁ、次はカワサキにしよっかな」
ニコラスは、バイクの話をできるのが家族以外には潤しかいないせいか、一緒になるとよくこの話題を振ってくる。しかし、今の潤は上の空で、ほとんど彼の言ったことを理解できていない。それでも構わないようだった。ライブの後だというのに元気なことだ。
とはいえ、そんな彼の元気が続いたのも名古屋辺りまでだった。車外の景色が山間になり、停車駅の間隔が広くなると、ついぞニコラスは居眠りを始めてしまった。
「はぁ……」
潤はようやく、と言った気持ちでスマホを取り出した。メッセージアプリを立ち上げる。当然だが、ヒナキからのメッセージは届いていない。
入間の言っていた、ツイーターを開いた。公式アカウントは最近投稿していない。閲覧用のアカウントにログインして、タイムラインとトレンドをざっと眺める。
「ああ……これか」
数万件のいいねとリポスト、いわゆる「バズり」状態の投稿が目に留まる。
「N子 @Hinaki_love2
URANOSのJUNにリアコ状態のヒナキくん
尊すぎん?」
その投稿には、横浜で撮られた写真らしきものとクリスマスイブにしたライブ配信のスクリーンショットが添えられていた。しかも、ちょうどヒナキがコメントをした瞬間のものだ。
——ヒナキさん。
思わず画面に触れる。その写真に写った彼ですら、今は恋しくてたまらなかった。
ドラマ「ラヴァーズ・イン・チェインズ」の撮影は昨日までで無事に終了した。最後の撮影時、本来であればヒナキにしっかり挨拶をして、感謝を伝えたかった。それも叶わなかったどころか、一言も会話らしい会話すらしなかったのだ。
——まあ、ヒナキさんの方は俺を気にかけてくれていたみたいだけど。
話なんてできるわけない。クリスマスにあんな事があったばかりだ。合わせる顔がない。プレゼントも渡せていないし、次に会う約束もない。
——終わりだ。
そう思うと、ぐったりと憂鬱な気分になった。急激に新幹線の騒音が耳につき始める。潤はすぐにイヤホンを装着すると、クラシック音楽を流し始めた。目を閉じる。そのまま、しばらくの間1人きりになることにした。
大阪市内 某所
「あぁ~終わっちまった~」
「お疲れ様っす」
「お疲れ様でーす!」
URANOSの4人は、自分たちのステージを終えるとすぐに帰り支度を始めた。すれ違う顔見知りのバンドに挨拶をしつつ、スタッフたちにも挨拶をしつつ、控え室へと向かう。
フェス自体は何度か出演経験があるが、やはりどこか物足りなさを覚えてしまうのは否めない。とはいえ、他のバンドと交流しながらステージを作れるのは、他では経験できないことだ。また、自分たちのステージがない時間には、観客としてステージを鑑賞することができたのは非常にありがたいことだった。
「初めてのレディクレどうだった? まあ、俺らは余韻に浸る間も無く千葉に向かうわけですが」
控室につくなり、目黒が他のメンバーに問いかけた。3人はそれぞれ汗を拭いたり水を飲んだりしながら、考え込む素振りをする。
「やっぱさ、30分って短いよね。あっという間だった」
「そーだね。他のバンドのステージ見てても思ったけどさ、多少巻いても5曲くらいしかできないってなると、コントロールが難しい」
「普段と違う観客層で面白かったけど、今日なんか妙に緊張したわ」
「うん、わかる。緊張した」
目黒は3人の話に相槌を打ち、それから「なるほどなぁ」と言った。今回のフェス出演は、目黒が知り合いのイベンターから誘われて持ってきた話だ。一応は日本各地でのライブを経験しているといっても、関東を中心に活動しているURANOSとしては、関西のフェス自体アウェーである。日頃のファンだけではない幅広い音楽ファンに、それもおそらくURANOSのライブに足を運んだことがないであろう層に受け入れてもらえるかどうか、賭けだった部分は大きい。
「でもその点で言ったら成功だったよね。ちゃんと盛り上がってたよ」
「関西はノリいいって言うもんな」
「ありがたい話だよ」
特に、今回はハードロック続きのステージに呼んでもらえたのが大きいだろう。NICKYが愛してやまない大先輩のバンドをはじめ、関西のフェスにしか出ないメロコア系のバンドが複数名を連ねている中に入れてもらえたのだ。ジャンルそのものを愛しているコアなファンが終始客席前方で盛り上げてくれたので、かなり助けられた。
「明日はどうかねー」
IRUMAがそんなことを呟く。関東であればURANOSのことを知っている観客が多いかもしれないが、それでもフェスの客層は読めない。毎度ステージごとのスケジュールは変わるのだ。もしかしたら、直前のバンド次第で会場の雰囲気がガラリと変わってしまうかもしれない。
「俺らみたいな新米はさ、どんどん場数踏んでかなきゃね」
「そうだね。まだそんな不測の事態とか経験してないし」
「みんな『大人』に守ってもらってっからね」
話しながら、どんどん荷物を片付けていく。潤も、ある程度汗が引いたところで衣装を着替え、帽子を被った。
「そういや潤さぁ、その傷どうしたん?」
そう言ったのはNICKYことニコラスだった。隣で聞いていた入間が、潤の方を一瞥する。ニコラスが
大した理由もなく、単なる世間話で訪ねたことは分かっていたが、それでも潤は表情を強張らせてしまった。
「コテで火傷したんだ」
苦し紛れにそう言った。実際に火傷の傷ではあるので、完全な嘘ではない。
「マジかよ、痛そー」
「うん、痛かった。ニックもヤケドには気をつけな」
「んー。痕残んないといいなぁ」
ニコラスは特に潤の様子を気にした風もなく、さらりと流してしまった。それに安堵して、傷に手を伸ばす。クリスマスにできたこの傷は、今は瘡蓋のように引き攣った痣になっている。これが少なくともすぐには治らない類のものであると、直感でわかっていた。単に怪我をするよりも余程タチが悪い。
「さて、早く撤収しましょうか」
ある程度みんなの身支度が済んだところで、目黒がそう言った。ちょうどいいタイミングでマネージャーがやってきて、移動についての説明を始める。潤は話を聞きながら、もう一度傷に触れた。
——この傷、ヒナキさんには知られたくないな。
今日のライブでは、アクセサリーで隠した。完全に隠れきってはいなかっただろうが、フェスではそんなに目立たないはずだ。
——ていっても、当分会うことはないんだろうけど。
そう思うと、腹にずっしりと何かが落ち込んでくるような気がした。
移動車へ向かう途中、入間が潤の隣に近づいてきた。周りの様子をしきりに気にしている。
「どしたの?」
一応声を潜めて問いかけると、彼は眉根を寄せてため息をついた。
「どしたの? じゃないよ、ツイーター見た?」
「見てない。なんで?」
「俺の口からは言えん。あとで見てみろよ。あっ、後ろに気をつけてな」
「おう……わかった」
よく分からないが、入間の表情から、あまり喜ばしくない話題であろうことは察せられた。その後、慌ただしく移動車に乗り込むと、URANOSの4人は新大阪駅へと向かった。
新幹線に乗り込んでからも、潤は入間の言ったことがずっと気にかかっていた。けれど、ここでツイーターを開く気にはなれない。隣の席にニコラスが座っているからだ。
「それでなあ、兄貴がやっぱりお前もZ2への憧れ強かったんだろうなって、ハハ。あ、俺の親父はゼファーだけどさぁ。気が合うんじゃねぇの?」
「ああ……うん。エディ君のおかげでZ900RS手に入ってよかったよ」
「シシッ、だろぉ。俺もさぁ、次はカワサキにしよっかな」
ニコラスは、バイクの話をできるのが家族以外には潤しかいないせいか、一緒になるとよくこの話題を振ってくる。しかし、今の潤は上の空で、ほとんど彼の言ったことを理解できていない。それでも構わないようだった。ライブの後だというのに元気なことだ。
とはいえ、そんな彼の元気が続いたのも名古屋辺りまでだった。車外の景色が山間になり、停車駅の間隔が広くなると、ついぞニコラスは居眠りを始めてしまった。
「はぁ……」
潤はようやく、と言った気持ちでスマホを取り出した。メッセージアプリを立ち上げる。当然だが、ヒナキからのメッセージは届いていない。
入間の言っていた、ツイーターを開いた。公式アカウントは最近投稿していない。閲覧用のアカウントにログインして、タイムラインとトレンドをざっと眺める。
「ああ……これか」
数万件のいいねとリポスト、いわゆる「バズり」状態の投稿が目に留まる。
「N子 @Hinaki_love2
URANOSのJUNにリアコ状態のヒナキくん
尊すぎん?」
その投稿には、横浜で撮られた写真らしきものとクリスマスイブにしたライブ配信のスクリーンショットが添えられていた。しかも、ちょうどヒナキがコメントをした瞬間のものだ。
——ヒナキさん。
思わず画面に触れる。その写真に写った彼ですら、今は恋しくてたまらなかった。
ドラマ「ラヴァーズ・イン・チェインズ」の撮影は昨日までで無事に終了した。最後の撮影時、本来であればヒナキにしっかり挨拶をして、感謝を伝えたかった。それも叶わなかったどころか、一言も会話らしい会話すらしなかったのだ。
——まあ、ヒナキさんの方は俺を気にかけてくれていたみたいだけど。
話なんてできるわけない。クリスマスにあんな事があったばかりだ。合わせる顔がない。プレゼントも渡せていないし、次に会う約束もない。
——終わりだ。
そう思うと、ぐったりと憂鬱な気分になった。急激に新幹線の騒音が耳につき始める。潤はすぐにイヤホンを装着すると、クラシック音楽を流し始めた。目を閉じる。そのまま、しばらくの間1人きりになることにした。
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