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29.あけおめメール
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「あけましておめでとうございます
昨年は色々とありがとう
ドラマの撮影は終わったけど
今年もよろしくお願いします
ツアーがんばってね」
入力しては消してを繰り返し、1時間が経とうとしていた。今、時刻は23時59分だ。あと1分でこれを送るべきか、それとも日付が変わってすぐは避けるべきか。ヒナキは悩みに悩んで、年の瀬に中身のない疲労を覚えていた。
「どうしよう……」
つけっぱなしにしていたテレビの中で、除夜の鐘が鳴っている。考えてみれば、年が変わる瞬間に何も仕事がないのはありがたいことなのかもしれない。今だって、一部の芸能関係者たちはカウントダウンだの正月番組だのに駆り出されている。ヒナキも、去年は何かの仕事で走り回っていた記憶がある。そして音楽関係者は、それこそカウントダウンライブの真っ只中だ。URANOSのそういった類のイベントについてはヒナキの耳に入ってきていないが、潤ももしかしたらどこかで仕事をしているかもしれない。
なんて、そんなことを考え始めてはまた送信に気後れしてしまう。そうこうしているうちに、スマホ画面の左上が0時00分に変わった。
「あけまして、おめでとうございま~す!」
テレビからそんな声が聞こえてきた。思わず目を向ける。新年最初の挨拶は、どこかの知らないアナウンサーのものになってしまった。
「どうしよう」
1分前と同じことを呟いて、ヒナキは床の上に寝転んだ。この部屋にはテレビ以外何もない。申し訳程度に、以前妹からもらったクッションだけがポツンと置いてある。特殊な存在であるヒナキにとって、生活に必要なものとは即ち仕事に必要なものだけなのだ。本来睡眠さえ必要としない体では、寝具も、食卓も、何もいらない。数日前に訪れた入間洋介の部屋とは、あまりにも違う。
「ほんとに、どうしよ……てか、送らないうちにもし潤から送られてきたら……いや、それはないか」
仕事中だとしたらそれはあり得ないし、そうでなくても、今の彼が年越し真っ先にヒナキにメッセージを送ってくるとは思えない。
ため息をつく。クリスマスのこと以来、連絡を取ることさえ気まずい。ヒナキはもう一度入力した文字を消そうと、画面に指を置いた。その瞬間。
軽やかな電子音が鳴り、画面上部に誰かからのメッセージが表示された。それに驚いたヒナキは、思わず手を滑らせる。
「あっ」
そして次の瞬間には、シュポッという間抜けな音と共に、ヒナキの打ったメッセージは潤に送信されてしまっていた。1週間も連絡をしていなかったところに、突然の新年の挨拶。引かれてしまわないだろうか?
彼の反応が恐ろしくなり、ヒナキはすぐにメッセージアプリを閉じた。気を紛らわせようと、部屋の中を歩き回る。ここ数日は、事務所の人々への年賀状を(今の時代にまだ年賀状を書いているのだ)無心で書くことで、嫌なことを考えまいとしていたのだが、すでに送り終えてしまったのでそれもできない。
深呼吸をして、もう一度メッセージアプリを開いた。先ほど誰かから届いたメッセージを確認しなければならない。
「い、入間くんだ」
つい一昨日のことだが、街中で偶然酔い潰れた彼を助けたことで、友人関係と認定されたようだ。ヒナキとしても、彼は気が合うように思うし、そもそもURANOSのファンである以上、できることならば仲良くしていきたい。
——でもまさか、真っ先にあけおめメールくれるとは思ってなかったよ。
トーク画面を開くと、可愛らしい猫のモーション付きスタンプが目に飛び込んできた。
「あけましておめでとうございますー!
この間はありがとうございました
お陰様でギリ回復して新年迎えられました、、、神様ヒナキ様
今年も高永ヒナキ様が大活躍できるよう祈っております」
思わず笑みを溢す。猫の絵文字や涙を流す顔文字がついているその文面が、いかにも入間らしいと思った。
ステージ上の彼は本当にクールで、ギターのMEGと向かい合って演奏する姿や、観客を盛り上げようと積極的に煽っている様子は、いつもヒナキの胸を躍らせてくれる。
「あけましておめでとうございます
体調回復したならよかった!
お正月はゆっくりできそうなのかな?
僕もURANOSの活躍を応援しています
よろしくお願いします」
それだけを送信して、またアプリを閉じた。入間とは、今度ゆっくり話をしてみたい。
テレビから、なぜか聞き覚えのある音楽が聞こえてきた。ヘッドホンのCMらしい。BGMだけではない。URANOSのメンバー4人が画面に映っている。そういえば、随分前にそんなオファーがあったと、潤が話していた。
こうして、テレビをぼんやり見ているだけでも彼が視界に入ってきて、何もかもを思い出してしまう。早いところきちんと話をして、和解したいところではあるが、ヒナキとしては折れるわけにもいかないので、今の所打開策が見つからない。
「潤……なにしてんだろ」
スマホに通知はない。手持ち無沙汰になり、ツイーターを開く。潤の公式アカウントは、数日前のカウントダウンフェスの写真までしか投稿が無い。歌唱中の潤が1人で映っている分と、URANOS4人のステージ状の写真だ。
「……ん?」
1枚目の潤の写真をタップして、ヒナキは目を凝らした。何か、首元に傷があるように見える。拡大すると、かなりはっきりと写っていた。
何か紐状のもので締め付けられた痕のような、火傷痕のような。タートルネックで大体は隠れているものの、注意して見れば明らかに傷だとわかるくらいだ。
——もしかして、例の呪いのせいか?
不安を覚え、その前日の大阪での写真も確かめることにした。こちらは、髪とチョーカーで綺麗に隠している。
「クリスマスよりも後にできた傷ってことだよな」
あの時も、潤の首元はコートや髪で隠れていたけれど、ヒナキが触った時には何もなかったはずだ。
——暗くて見えなかっただけ……なんてことはないか。
もし本当に呪いが効力を発揮しているのだとしたら、潤はあんな悠長に構えていられなかっただろう。
——まあ、マリンさんの前で倒れたこともあるらしいから、気づいてても僕には言わなかったのかもしれないけど。
部屋の中を歩き回っているうちに、ダイニングテーブルに置いたままにしている赤い袋が目に止まった。一昨日、入間経由で受け取った、潤からのクリスマスプレゼントだ。
中に入っていたのは、URANOSのファーストEPだった。正確にいうと、第0版だ。彼らがURANOSを名乗る前、つまり高校生の頃(たしかバンド名は『天空四頭』だった)に一度だけ作っていた自主盤である。そんな希少なものを、彼はヒナキに渡そうとしていたのだ。きっと彼自身の手元には、もうこのEPはない。入間に聞いたところ、当時作ったものはあまりにも枚数が少なかったので、目黒と潤、そしてその当時世話になったレコード会社の人くらいしか所持していなかったらしい(当時購入した人は別だが)。
——といっても、まだ聴けてないんだよな。勇気が出なくて。
ため息をつく。すると、ちょうど重なるようにスマホの通知音が鳴った。慌ててメッセージアプリを開く。
「なんだ、マリンさんか」
名前を見て、ヒナキはガックリと肩を落とした。潤がそんなにすぐ返事をくれるとも思っていなかったが、やはり期待はずれだ。
「ヒナキ君、あけましておめでとうー!
今度ラヴァチェンの俳優メンバーで
新年会やろうと思ってるんだけどどう?
JUN君も誘っといてほしい!
※1月6日の予定です!」
その絵文字だらけのメッセージを読んで、ヒナキはまたため息をついた。なぜ自分がそんなことを……。
とはいえ、マリンが直接JUNに連絡をとっていたら、それはそれで不愉快だっただろう。仕方がないので、マリンに了解の返事をしたのち、再び潤とのトーク画面を開いた。やはり、既読はついていない。
「バカ」
既読がついたらついたで腹が立ちそうだが、ヒナキは先ほど送ったメッセージの送信を取り消して、次のメッセージを打ち直した。
「あけましておめでとうございます。
マリンさんが1月6日にラヴァチェンのメンバーで
新年会やろうって言ってるけど潤も来る?」
迷うことはない。特に推敲もせず、そのまま送信した。と、今度はほとんど同時に既読がついた。
「は? なんなんだよ」
——スマホ見てたんじゃないか!
苛立ちに任せて、スマホを投げたくなるのを堪える。せめてクッションの上に叩きつけてから、盛大にため息をついた。
「なんでさっきのメッセージ消しちゃったの」
通知が来たので、チラリと目を向けると、そんな文言が並んでいた。開く気にもなれず、そのまま通知のポップを眺め続ける。
「あけましておめでとうございます。この間のことは本当にごめんなさい。返信を…」
通知のポップでは、途中で文章が途切れてしまう。開かなければ、内容はわからない。しかし、ヒナキはぼうっと画面を眺めるだけだった。しばらく放置してやらなければ、気が済まない。
「新年会の件だけど、ヒナキさんが行くなら行きます」
最後に届いたのはそれだった。バカじゃないの、とヒナキは思わず口元を緩める。なんだか、文章を打っている時の潤の顔が思い浮かぶようだ。どうせ、いつもみたいに澄ました顔をして、内心は困り果てていたのだろう。
——潤なんて、もっと困ればいいんだ。
もっとヒナキに困らされて、ヒナキのことで頭がいっぱいになって、そのまま殺してしまえばいい。深く考えることはない。その手でヒナキを殺せば、彼自身が死ぬまで絶対に忘れられなくなるだろう。それでこそ、ヒナキも生涯を終わらせる価値があるというものだ。
ライブのたびにURANOSのファンだったヒナキを思い出し、「Never let me go」を歌うたびにあのドラマを思い出せばいい。あの大きなバイクに乗るたびに、地元に帰るたびに。たった3ヶ月ではあったが、ヒナキの存在はそれなりに彼の生活に侵食していたはずだ。
——そして同時に、僕は。
URANOSの存在だけで潤の全てが忘れられず、「イルミネーション」を見るたびに、あの歌を聞くたびに、クリスマスを思い出す。反吐が出るほど長かった人生の中で唯一色づいていたこの数ヶ月を、死んでも、ずっと大切に抱き続けていくのだ。
「潤の誕生日まで、あと3ヶ月」
声に出すと、急激に現実感が沸いてきた。年が明けてしまったということは、もう残された時間は本当に僅かなのだ。
ヒナキは、ほとんど衝動的に潤とのトーク画面を開き、そのまま通話ボタンをタップした。外にいたんだとしても、何かしている最中だったとしても、構うものか。
しかし、ヒナキの予想に反して潤は数コールもしないうちに電話に出た。
「びっくりした」
開口一番に息を切らせた様子でそう言ったので、ヒナキは少しだけ、いや充分に心が満たされた。
昨年は色々とありがとう
ドラマの撮影は終わったけど
今年もよろしくお願いします
ツアーがんばってね」
入力しては消してを繰り返し、1時間が経とうとしていた。今、時刻は23時59分だ。あと1分でこれを送るべきか、それとも日付が変わってすぐは避けるべきか。ヒナキは悩みに悩んで、年の瀬に中身のない疲労を覚えていた。
「どうしよう……」
つけっぱなしにしていたテレビの中で、除夜の鐘が鳴っている。考えてみれば、年が変わる瞬間に何も仕事がないのはありがたいことなのかもしれない。今だって、一部の芸能関係者たちはカウントダウンだの正月番組だのに駆り出されている。ヒナキも、去年は何かの仕事で走り回っていた記憶がある。そして音楽関係者は、それこそカウントダウンライブの真っ只中だ。URANOSのそういった類のイベントについてはヒナキの耳に入ってきていないが、潤ももしかしたらどこかで仕事をしているかもしれない。
なんて、そんなことを考え始めてはまた送信に気後れしてしまう。そうこうしているうちに、スマホ画面の左上が0時00分に変わった。
「あけまして、おめでとうございま~す!」
テレビからそんな声が聞こえてきた。思わず目を向ける。新年最初の挨拶は、どこかの知らないアナウンサーのものになってしまった。
「どうしよう」
1分前と同じことを呟いて、ヒナキは床の上に寝転んだ。この部屋にはテレビ以外何もない。申し訳程度に、以前妹からもらったクッションだけがポツンと置いてある。特殊な存在であるヒナキにとって、生活に必要なものとは即ち仕事に必要なものだけなのだ。本来睡眠さえ必要としない体では、寝具も、食卓も、何もいらない。数日前に訪れた入間洋介の部屋とは、あまりにも違う。
「ほんとに、どうしよ……てか、送らないうちにもし潤から送られてきたら……いや、それはないか」
仕事中だとしたらそれはあり得ないし、そうでなくても、今の彼が年越し真っ先にヒナキにメッセージを送ってくるとは思えない。
ため息をつく。クリスマスのこと以来、連絡を取ることさえ気まずい。ヒナキはもう一度入力した文字を消そうと、画面に指を置いた。その瞬間。
軽やかな電子音が鳴り、画面上部に誰かからのメッセージが表示された。それに驚いたヒナキは、思わず手を滑らせる。
「あっ」
そして次の瞬間には、シュポッという間抜けな音と共に、ヒナキの打ったメッセージは潤に送信されてしまっていた。1週間も連絡をしていなかったところに、突然の新年の挨拶。引かれてしまわないだろうか?
彼の反応が恐ろしくなり、ヒナキはすぐにメッセージアプリを閉じた。気を紛らわせようと、部屋の中を歩き回る。ここ数日は、事務所の人々への年賀状を(今の時代にまだ年賀状を書いているのだ)無心で書くことで、嫌なことを考えまいとしていたのだが、すでに送り終えてしまったのでそれもできない。
深呼吸をして、もう一度メッセージアプリを開いた。先ほど誰かから届いたメッセージを確認しなければならない。
「い、入間くんだ」
つい一昨日のことだが、街中で偶然酔い潰れた彼を助けたことで、友人関係と認定されたようだ。ヒナキとしても、彼は気が合うように思うし、そもそもURANOSのファンである以上、できることならば仲良くしていきたい。
——でもまさか、真っ先にあけおめメールくれるとは思ってなかったよ。
トーク画面を開くと、可愛らしい猫のモーション付きスタンプが目に飛び込んできた。
「あけましておめでとうございますー!
この間はありがとうございました
お陰様でギリ回復して新年迎えられました、、、神様ヒナキ様
今年も高永ヒナキ様が大活躍できるよう祈っております」
思わず笑みを溢す。猫の絵文字や涙を流す顔文字がついているその文面が、いかにも入間らしいと思った。
ステージ上の彼は本当にクールで、ギターのMEGと向かい合って演奏する姿や、観客を盛り上げようと積極的に煽っている様子は、いつもヒナキの胸を躍らせてくれる。
「あけましておめでとうございます
体調回復したならよかった!
お正月はゆっくりできそうなのかな?
僕もURANOSの活躍を応援しています
よろしくお願いします」
それだけを送信して、またアプリを閉じた。入間とは、今度ゆっくり話をしてみたい。
テレビから、なぜか聞き覚えのある音楽が聞こえてきた。ヘッドホンのCMらしい。BGMだけではない。URANOSのメンバー4人が画面に映っている。そういえば、随分前にそんなオファーがあったと、潤が話していた。
こうして、テレビをぼんやり見ているだけでも彼が視界に入ってきて、何もかもを思い出してしまう。早いところきちんと話をして、和解したいところではあるが、ヒナキとしては折れるわけにもいかないので、今の所打開策が見つからない。
「潤……なにしてんだろ」
スマホに通知はない。手持ち無沙汰になり、ツイーターを開く。潤の公式アカウントは、数日前のカウントダウンフェスの写真までしか投稿が無い。歌唱中の潤が1人で映っている分と、URANOS4人のステージ状の写真だ。
「……ん?」
1枚目の潤の写真をタップして、ヒナキは目を凝らした。何か、首元に傷があるように見える。拡大すると、かなりはっきりと写っていた。
何か紐状のもので締め付けられた痕のような、火傷痕のような。タートルネックで大体は隠れているものの、注意して見れば明らかに傷だとわかるくらいだ。
——もしかして、例の呪いのせいか?
不安を覚え、その前日の大阪での写真も確かめることにした。こちらは、髪とチョーカーで綺麗に隠している。
「クリスマスよりも後にできた傷ってことだよな」
あの時も、潤の首元はコートや髪で隠れていたけれど、ヒナキが触った時には何もなかったはずだ。
——暗くて見えなかっただけ……なんてことはないか。
もし本当に呪いが効力を発揮しているのだとしたら、潤はあんな悠長に構えていられなかっただろう。
——まあ、マリンさんの前で倒れたこともあるらしいから、気づいてても僕には言わなかったのかもしれないけど。
部屋の中を歩き回っているうちに、ダイニングテーブルに置いたままにしている赤い袋が目に止まった。一昨日、入間経由で受け取った、潤からのクリスマスプレゼントだ。
中に入っていたのは、URANOSのファーストEPだった。正確にいうと、第0版だ。彼らがURANOSを名乗る前、つまり高校生の頃(たしかバンド名は『天空四頭』だった)に一度だけ作っていた自主盤である。そんな希少なものを、彼はヒナキに渡そうとしていたのだ。きっと彼自身の手元には、もうこのEPはない。入間に聞いたところ、当時作ったものはあまりにも枚数が少なかったので、目黒と潤、そしてその当時世話になったレコード会社の人くらいしか所持していなかったらしい(当時購入した人は別だが)。
——といっても、まだ聴けてないんだよな。勇気が出なくて。
ため息をつく。すると、ちょうど重なるようにスマホの通知音が鳴った。慌ててメッセージアプリを開く。
「なんだ、マリンさんか」
名前を見て、ヒナキはガックリと肩を落とした。潤がそんなにすぐ返事をくれるとも思っていなかったが、やはり期待はずれだ。
「ヒナキ君、あけましておめでとうー!
今度ラヴァチェンの俳優メンバーで
新年会やろうと思ってるんだけどどう?
JUN君も誘っといてほしい!
※1月6日の予定です!」
その絵文字だらけのメッセージを読んで、ヒナキはまたため息をついた。なぜ自分がそんなことを……。
とはいえ、マリンが直接JUNに連絡をとっていたら、それはそれで不愉快だっただろう。仕方がないので、マリンに了解の返事をしたのち、再び潤とのトーク画面を開いた。やはり、既読はついていない。
「バカ」
既読がついたらついたで腹が立ちそうだが、ヒナキは先ほど送ったメッセージの送信を取り消して、次のメッセージを打ち直した。
「あけましておめでとうございます。
マリンさんが1月6日にラヴァチェンのメンバーで
新年会やろうって言ってるけど潤も来る?」
迷うことはない。特に推敲もせず、そのまま送信した。と、今度はほとんど同時に既読がついた。
「は? なんなんだよ」
——スマホ見てたんじゃないか!
苛立ちに任せて、スマホを投げたくなるのを堪える。せめてクッションの上に叩きつけてから、盛大にため息をついた。
「なんでさっきのメッセージ消しちゃったの」
通知が来たので、チラリと目を向けると、そんな文言が並んでいた。開く気にもなれず、そのまま通知のポップを眺め続ける。
「あけましておめでとうございます。この間のことは本当にごめんなさい。返信を…」
通知のポップでは、途中で文章が途切れてしまう。開かなければ、内容はわからない。しかし、ヒナキはぼうっと画面を眺めるだけだった。しばらく放置してやらなければ、気が済まない。
「新年会の件だけど、ヒナキさんが行くなら行きます」
最後に届いたのはそれだった。バカじゃないの、とヒナキは思わず口元を緩める。なんだか、文章を打っている時の潤の顔が思い浮かぶようだ。どうせ、いつもみたいに澄ました顔をして、内心は困り果てていたのだろう。
——潤なんて、もっと困ればいいんだ。
もっとヒナキに困らされて、ヒナキのことで頭がいっぱいになって、そのまま殺してしまえばいい。深く考えることはない。その手でヒナキを殺せば、彼自身が死ぬまで絶対に忘れられなくなるだろう。それでこそ、ヒナキも生涯を終わらせる価値があるというものだ。
ライブのたびにURANOSのファンだったヒナキを思い出し、「Never let me go」を歌うたびにあのドラマを思い出せばいい。あの大きなバイクに乗るたびに、地元に帰るたびに。たった3ヶ月ではあったが、ヒナキの存在はそれなりに彼の生活に侵食していたはずだ。
——そして同時に、僕は。
URANOSの存在だけで潤の全てが忘れられず、「イルミネーション」を見るたびに、あの歌を聞くたびに、クリスマスを思い出す。反吐が出るほど長かった人生の中で唯一色づいていたこの数ヶ月を、死んでも、ずっと大切に抱き続けていくのだ。
「潤の誕生日まで、あと3ヶ月」
声に出すと、急激に現実感が沸いてきた。年が明けてしまったということは、もう残された時間は本当に僅かなのだ。
ヒナキは、ほとんど衝動的に潤とのトーク画面を開き、そのまま通話ボタンをタップした。外にいたんだとしても、何かしている最中だったとしても、構うものか。
しかし、ヒナキの予想に反して潤は数コールもしないうちに電話に出た。
「びっくりした」
開口一番に息を切らせた様子でそう言ったので、ヒナキは少しだけ、いや充分に心が満たされた。
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