神様お願い

三冬月マヨ

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番外編

とある剣士の苦悩

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「お前が良い。気に入った」

 そう言って、地面に座り込む俺に手を伸ばして、太陽の陽射しを浴びて笑う男は、正に光に選ばれた存在だった。

 ◇

 勇者が、間もなくこの街に到着する。
 強い仲間を求めて、辻斬り、もとい、腕自慢大会を、訪れる街や村で開催していた事は、誰の耳にも入っていた。

「な、仲間になったらさ、モテるのかな!?」

「阿呆か。どう考えても引き立て役だろうが」

 酒場で酒臭い息を吐きながら、俺の対面に座る呑み仲間が寝言をほざくから、俺はバッサリと斬り捨ててやった。

 くだらない。
 くだらなさ過ぎて欠伸が出る。
 どいつもこいつも勇者、勇者、勇者だ。
 そんなのに騒ぐよりもやる事があるだろうが。
 勇者も勇者だ。
 強いんだろ?
 強いんなら、仲間なんか要らないだろ?
 あんたのせいで、街はめちゃくちゃだ。
 どいつもこいつも浮かれて、剣なんか手にした事もない奴が、鍬の代わりに剣を振りかざしてる。
 どの女も、浮かれて育児や家事を放って、めかしこんでいる。
 どうするんだよ、これ?
 畑の手入れも忘れて雑草が伸び放題じゃねえかよ。
 勇者が食わしてくれるとでも思ってるのか?
 そんな訳ないだろうが。
 幻想なんかに振り回されてんじゃねえよ。

「ったく」

 翌朝、朝露の残る草を俺はひたすら毟っていた。

 さっさと勇者の野郎がやって来て、とっとと去ってくれねえかな。
 畑に我が物顔でのさばる雑草を、俺はひたすら無心に排除していく。
 何で俺が他人の畑の世話をしなくちゃならないんだよ?
 誰もやらねえし。作物が採れなくなったら困るのは、勇者じゃなくて、俺達だろ?
 本当に、どいつもこいつも浮かれ過ぎだっての!

「…っ…う、う…」

 …なんだ?

 小さく聞こえて来る泣き声に、草を毟る俺の手が止まった。
 腹でも空かせたガキが泣いてるのか?
 こんな朝の畑の真ん中で?
 いや、作物泥棒?
 期待してた作物が無くて、泣いてる?
 おいおい、どんな泥棒だよ?
 俺はそっと腰を浮かせて辺りを見渡した。
 一面、緑の草だらけだ。
 立てば、俺の太腿までの高さがあるから、屈んでいれば見つかる事は無いだろう。

「…うぅ…っ…」

 …居た。
 金色の髪が、朝日に輝いて草の間から見える。
 少しばかり距離があるから、その頭がぷるぷる震えているのしか解らない。

 …どうしたもんかな…。
 幾ら泥棒でも、ガキを虐める趣味は無いし。
 腹空かせてんなら、飯を食わせてやっても良い。
 何処ぞの家の子が、勇者騒動のせいで親に構って貰えずに泣いている可能性もあるか?
 しかし、何て声を掛ける?
 うんうん唸っていたら。

「勇者様ー! 何処においでですかー!?」

 そんな声が聞こえて来た。

 …勇者?
 そんなもんここには居ない…。

「…何だ。そちらの準備は整ったのか?」

 金色の頭が動いた。
 すっと立ち上がった姿には、ぷるぷる震えていた面影なんか微塵も無い。

 …は…?

「はい。お待たせして済みません。町長様がお待ちです。ささ、こちらへ」

 へこへこと揉み手をする、恐らくは町長からの使いの元に、勇者と呼ばれた金髪の男が歩いて行く。
 その背中まである金色の髪は、朝日を浴びて眩く輝き。
 少しだけ見えた横顔の瞳は、空の青より青く澄んで見えた。
 その腰にあるのは、勇者の証とされる聖剣なのだろう。
 鞘に収められているのに、何故か光が漏れている様に見えた。

「…ガキじゃなかったのか…」

 勇者は確か、今年19歳になると聞く。
 まあ、俺からしたらガキみたいな物だけど。
 俺、レンブラント・リッツには前世の記憶がある。
 前世の俺は、60歳で死んだ。
 今の俺は、25歳。前世と合わせたら85歳だ。
 だから、勇者なんてガキどころか孫みたいな物だ。 

「…てか…勇者って泣くのか…」

 俺の勇者へのイメージが、少しだけ変わった瞬間だった。

 その翌日。
 俺は参加したくも無い腕自慢大会に参加させられていた。
 若者は腕に覚えが無くても参加せよ、との厳命が町長から下ったせいだった。
 自分の街から、どうしても英雄を出したいらしい。
 おーい。
 俺は、鍬しか持った事がないんだけど?
 木剣とは云え、剣なんて初めて持つんだけど?
 そりゃ、それなりに筋肉はあるし、体力もあるけどな?
 俺、唯の農夫だからな?
 土大好き人間だからな?
 土壌を豊かにしてくれるミミズに感謝する人間だからな?

「手加減は必要無い。本気で掛かって来い。一対一とは言わない。纏めて来い」

 青い瞳を細めて、口角を上げて挑発する勇者に、殆どの者が一斉に飛び掛かり、一斉に地面に倒れた。

 馬鹿な奴等だな。
 そんなあからさまな挑発に、あっさり引っ掛かって頭に血ぃ上らせるなんて。
 やる気の無い俺は、何処か冷めた頭でそれを見ていた。
 挑発に乗らなかったのは、俺の他に四人。
 皆、自警団の奴等だ。
 四人はそれぞれ目配せしながら、勇者を囲んで行く。

 …へえ。
 常日頃から訓練してるからか、見事な物だな。
 ただの税金泥棒じゃ無かったんだな。
『行け―!』だの『訓練の成果をー!』だの『腕を見せてやれー!』だの『何やってんだ、レン!!』だのとの言葉が聞こえて来るが。
 いや、俺はただの参加枠だから。
 勇者の仲間になる気は無いからな。
 勇者におべっか使う気もないし。
 勇者の引き立て役になる気もないし。
 勇者に使い捨てられる気もないし。
 魔王だなんて途轍もないモノに、立ち向かう勇気なんてないし。
 土と戯れながら、スローライフを満喫して死ぬのが、今の俺の夢なんだ。
 ノー社畜。ノーブラック企業だ。
 勇者の仲間なんて、どう考えてもブラックだろうが。
 ブラック企業で使い潰されて死ぬなんて、真っ平ごめん…。

「…ん…?」

 何て考えていたら、俺の喉元に木剣の切っ先があてられていた。

「…あらら…」

 目だけで追える範囲を見れば、自警団の四人が倒れていた。
 今、この広場に立っているのは、俺と勇者だけだ。
 えええええ…。
 頑張ってくれよ、自警団さん達…。
 何だよ、この荒野のウェスタンな雰囲気は。
 今にもコイン投げて、互いに背中向けて歩き出しそうな雰囲気は。

「…良い度胸をしているな。俺の分析は終わったか?」

 …いんや?
 俺、そんなのしてないから。

「顔色一つ変えずに、堂々としているな?」

 …いんや?
 単に不愛想ってだけだ。
 良く言われる。
 表情があまり動かないって。

「無駄の無い筋肉だ」

 おや、そう?
 それは嬉しいかも?
 日々、鍬を手に土と遊んでいるだけだけど?

「ああ、そうだな」

 勇者は一人で何やら納得して、目を伏せて頷いた。

 何に納得したんだ?
 と、思った瞬間、俺の身体が傾いた。

「…へ?」

 足を払われたと思った時には、もう遅い。
 俺は見事に背中から地面に倒れた。

「…ってえ…」

 打ち付けた背中から腰に掛けてを撫でながら、俺は上半身を起こした。
 畑作業に支障が出たらどうしてくれるんだ。

「お前が良い。気に入った」

 すっと目の前に手が差し出された。
 その手には、日々鍬を握る俺の手と同じ様に幾つもの豆を作り、潰して、また豆を作り、潰した…そんな痕があった。

 …ああ…。
 そっか。
 勇者っても、いきなり強くなれる訳が無いのか。
 これは、日々努力して来た男の手だ。

 俺は素直に、その手を取って促されるままに立ち上がった。
 その瞬間、周囲がドッと沸いた。
 広場が、俺達の周りが歓声と拍手に包まれる。

「レンが選ばれた!!」

「英雄の誕生だ!!」

「我らが街から英雄が!!」

 …は…?
 何て?

 訳が解らず呆然とする俺の耳に、勇者の言葉が届く。

「これから宜しく頼む。俺はライザーだ。安心しろ。剣の使い方なら俺が教えてやる。今からお前は剣士レンだ」

 …えええええ…何だこれ…。
 俺、ブラック企業に就職決定か?
 だが。
 街の皆が、涙を流して狂喜乱舞してる中、断る勇気なんて元日本人の俺に出来る訳も無く。
 気が付けば、翌日には住み慣れた街を出ていた。
 畑は任せろと云う、呑み仲間のイマイチ頼りない言葉を胸に。

 それから、度々隠れて泣くライザーを見て。
 まあ、良いかと。
 仕方が無い。
 孫の為に、じいちゃん頑張るか。

 …何て、思ってたんだけどなあ…。
 まさか、魔王に気付かされるなんてな…。
 …いや、聖女は前々から気付いていた様だったけど。
 …女の勘って、すげえよな。
 取り敢えず、早く動ける様にならないかな…。
 下着がぐちょぐちょで気持ち悪い…。
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