神様お願い

三冬月マヨ

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番外編

神様の優しい手

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 ダンプに撥ねられて、痛みも何もかも消えて、どれぐらい経ったのかは、解らない。
 ただ、気が付いたら、何処かの部屋に居て、俺はただ呆然とそれを見ていた。

 月明かりに照らされた部屋の中で。
 グチュグチュとした粘着いた水音が響いている。
 荒い息遣い。
 肌と肌のあたる音。
 その肢体から滑り落ち、時には飛び散る汗。
 何とも言えない、イカ臭い匂い。

「はっ…ん! きっ、さ、ま、いい加減に…果てろ…っ…!」

『…ふぇええ…らめえぇ…』

 …何だ、この二重音声は…?

「…ふ…。そう言われてもな…まだ、奥へ奥へと…導いているのは…そなた、であろう?」

 座り込む俺の目の前にはベッドがあって、そこで二人の男が交わっていた。
 一人は獣の様に這いつくばり、一人はその身体に覆い被さり、金色の瞳を妖しく光らせ、愉悦に口元を歪めて、激しくその腰をしなやかな肢体に打ち付けていた。

 …いや…待ってくれ。
 俺、死んだんだよな?
 これ、何て地獄だ?
 何だ? 童貞のまま死ぬと、色欲地獄に落ちるのか?
 いや、嘘だろう?
 神様、これ、夢だよな?
 いや、死んでも夢見るのかは知らないけど。
 死ぬの初めてだし。
 てか、俺の存在に気付いていないのか?

 短い髪の男は、ただ、シーツを握り締めて嬌声を上げ続けている。
 肩までの髪の男は、ただ、その肢体を貪り尽くしている。

「…っ…! …未熟っ…!!」

 …何が?

『…も…むうりぃ…も…し…ぬ…』

 それを最後に、短い髪の男は意識を失った様だった。

「…ふ…」

 ぐったりとした男の背中に、金色の瞳の男はゆっくりと掌を乗せて、撫でて行く。
 ゆるゆると腰を動かしながら、金色の瞳の男が、逸物を抜いて行く。
 それと共に、ぽたりぽたりと白濁とした物が、シーツへと落ちて行く。
 完全に抜かれた時、ゴポッて音が聞こえた様な気がした。
 その穴から、白濁とした物が出て来て、白い内腿を辿って行く。

 …いや…。
 何、俺、実況中継してるんだ?
 あまりにも非現実過ぎるから?
 てか、こんなのが現実な訳無いが。
 いや、死んで早々ハードモード過ぎるだろ!?
 本当に、何て地獄だよ、これぇ!?

「…ふ…。…まさか…そなたに逢えるとはな…」

 は?

 思わず頭を抱えて膝に顔を押し付けた俺の耳に、そんな声が届いて顔を上げれば、金色の瞳とばっちりと目があった。
 その瞬間、男の唇は弧を描き、その双眸は優しく細められた。

 へ…?
 え、何、その反応…。
 …新鮮過ぎる反応…。
 …初めての反応だ…。
 だって、誰でも俺と目が合えば、直ぐに顔を逸らすか、睨み返して来たのに…。
 こんな風に、優しく微笑まれた事なんて、唯の一度も無かったのに…。
 何だ…この都合の良い夢は…。
 夢…?
 あ、ああ…もう、夢でいいや…。
 地獄でも何でも、こんな夢が見られるなら、もう、どうでもいい…。

「…そうだな。そなたは夢であると忘れてしまうのであろうな…」

 何処か切なさの滲む声で呟きながら、男はベッドから下りて歩いて来る。

 …全裸のままで…。
 美形だからか? やたらと絵になるな、おい。
 萎えてる筈なのにデカイし…。
 これが、あの中に入ってたのか?
 大丈夫なのか、あいつ?

 何て思ってたら、男が俺の前に胡座を掻いて座り、ポンと右手を俺の頭の上に乗せた。

「…は…?」

 間の抜けた声を出す俺の頭を、男はただ撫でる。

「…良くぞ頑張って生きてくれたな…」

 静かで優しく、慈しむ様な声だった。

「…え…?」

 頑張る…?
 生きた…?
 …何だろう…。
 …何か…胸の奥が熱い…。
 …何か…喉が痛い…。
 …この人…俺が知ってるのと違うけど…。
 もしかして、閻魔様?
 閻魔様は、怖い顔をしてるけど、本当は優しくて慈悲深い神様だって、何かで見たか聞いたかした気がする…。
 この人、怖くは無いけど…。

「ゆっくりと、傷を癒やすが良い。…そなたが私を癒やしてくれた様にな」

「…は…?」

 何だ?
 何を言ってるんだ?
 癒やす?
 俺が?
 閻魔様を?
 え?
 誰かと間違え…。

「…そなたは知らぬ事よ。それで良いのだ」

 閻魔様は、ただただ、優しく微笑みながら、同じく優しい手で俺の頭を撫で続けた。

「…案ずる事は無い。この先のそなたの未来は光に溢れておる」

「…え?」

 みらい…?
 来世って事か?
 光…?

「…ん…おに…」

 訳が解らなくて、混乱している俺の耳にそんな掠れた声が届いた。
 声の主、ベッドの上で果てている男を見れば、意識があるのか無いのか、怠そうに手を動かしていた。
 それは何かを探す様に。
 何度もシーツの上を探っていた。

「…呼ばれては仕方があるまい。…そなたの未来に幸あらん事を…」

 そう言って閻魔様は、また俺の頭を撫でてから立ち上がった。
 ベッドの方へと振り返り、足を動かそうとした様だったが、ふとその足を止めて俺の方へと向き直り、身を屈めて俺の頬をそっと撫でた。

 …え…?
 …何?

 瞬きする俺に閻魔様は柔らかく微笑んでから、今度は振り返る事無くベッドへと歩いて行った。

「は? え? 待っ…!?」

 視界が、白く白く染められて行く。
 真っ白に。
 真っ白に。
 伸ばした手の先も見えないぐらいに。
 何もかも白く。
 頭の中も、白く白く染め上げられて行く。
 ただ、真っ白に塗り潰されて…―――――――――。

 ◇

「…んあ…?」

 目を開けたら、見知らぬ天井があった。
 見慣れた宿屋の木目の天井じゃない、大理石みたいななんかの。

 …えぇと…。

 目を擦ろうとして、手の甲を瞼にあてたら、濡れた何かに触れた。

 うおっ!?
 は!?
 え!?
 涙!?
 え、俺、何で泣いてんの!?

 慌てて起き上がり、隣のベッドを見る。
 剣士のレンは、まだ眠っていた。

 そっと息を吐いて俺は涙を拭いた。

 危ねえ危ねえ。
 夢見て泣くなんて情けない。

「…ん?」

 夢?
 どんな夢だったっけ?
 あ、れ?
 起きた時は覚えていた様な…?
 あれぇ?

「んー…、うん!」

 パチンと、俺は両手で頬を叩いた。
 うん、目が覚めた。
 覚えていない事を考えても意味が無い。
 それよりも、今日は聖女様とご対面の日だ。
 昨夜遅かったから、この大神殿に泊めて貰って、会うのは今日って事になったんだ。
 聖女様が居れば、戦いもだいぶ楽になる筈だし。
 それに、それにだ。
 もしかしたら、聖女様と…その、あれだ。
 お、お、お付き合いとか出来るかも知れないしな!
 そうしたら、あんな事やこんな事…っ…!!
 うう、燃えるっ!!

 なんて、頭の中で妄想を繰り広げる俺は知らない。
 実際に、あんな事やそんな事をする相手はまさかの魔王で。
 更には、嫁認定されるとか。
 更の更には、寝ていると思っていた剣士のレンが、実は起きていて泣いていた俺を見て、ベッドの中で悶えていたとか、そんなの俺は知らなかったんだ。
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