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本編
神様助けて
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とある晴れた日。
とある山の中。
とある山小屋の裏手で。
とある爽やかな風の吹く中。
そんな初夏の昼下がり。
「ライザー、だよな?」
神様助けて下さい。
何故に俺は今、壁ドンされているのでせうか?
それも、男に。
赤茶色の短く刈り上げられた髪、細く鋭い瞳は濃い茶色、すっと通った鼻筋に、薄い唇。
俺よりも少し背が高く、俺よりも筋肉質な身体を持つ、この男は。
かつての仲間の剣士のレンだ。
てか、何か目をギラつかせているんですが。
何か、ちょっと、いや、かなり怖いんですが。
いや、落ち着け、俺。
ここは上手く切り抜けるんだ。
その為の武器が俺にはある。
ある意味最強の武器が。
「…イイエ、人違イデス。俺ハノボルイイマス」
そう、この云う事をきかない口が。
待てーっ!!
何、このカタカナ祭り!?
こんなの俺、怪しいって言っているもんだろー!?
最凶も最凶だよ、こんの馬鹿口がああああっ!!
「…相変わらず、嘘を吐くのが下手だな?」
お、おおう?
何で、そんな嬉しそうに目を細めて言ってんだ?
てか、相変わらず?
嘘が下手?
俺、嘘を吐いた事なんかないぞ?
いや、あるかも知れないけど。
この馬鹿な口が。
「イイエ。嘘トハ心外デス。俺ハ、勇者デハアリマセン。髪ノ色モ目ノ色モ違イマスヨ。聖剣ダッテモッテマセン」
ああ、そうだ。
オニキスの魔法で俺の髪の色も目の色も、黒くなってるし。
なのに、何でこいつは俺がライザーだって解ったんだ?
元仲間だからか?
いや…何か…ちょっと…かなり…嬉しいかも…。
けど…俺は今、元魔王のオニキスと行動を共にしている。
嬉しがっている場合では無い。
こいつに…こいつらにオニキスが元魔王だってばれたら、オニキスに斬り掛かるかも知れない。
角を斬り落として、幾らか弱体化したとは云え、あいつは魔王だ。
今だって、信じられないぐらいの力を持っているんだ。
オニキスに、こいつらを殺させる訳には行かない。
「…お前が怒るのも…お前が姿を消した理由も…俺達は知っている…」
苦しそうに顔を歪める剣士に俺は首を傾げる。
ん?
怒る?
誰が?
俺が?
何で?
「…俺達を助ける為に…お前は、その身体を魔王に差し出した…すまない…俺達に力が無かったばかりに…。…お前が闇に染まり、勇者で居られなくなったのは、俺達のせいだ…。どうやっても、償い切れない…」
ぐぉふぅっ!?
んな、んな、んあんてっ!?
か、からだ…っ…!
さ、差し出すって…っ…!?
え、こいつら…眠らされていた…筈…っ…!!
口を酸欠の金魚の様にパクパク動かす俺を見て、剣士は寂しそうに笑って言葉を続ける。
「…すまない…。…お前の処女は俺が貰う筈だったのにな…あんな魔王なんかに…」
…なんて…?
え?
待って?
今、こいつ、何て言った?
何か、気のせいかも知れないが、しょ…処女とか…聞こえた様な、聞こえなかった様な…。
き…気のせい…。
気のせいの筈なんだが…何か、こいつの顔近付いて来てないか?
てか、何か、こいつの脚が…俺の脚の間に入り込んで来て、その膝が俺の股間に押しあてられている気がするのは、気のせい…だよ、な?
「…お、おい…剣士レン…?」
名前を呼べば剣士は、眉を下げて軽く唇を上げた。
「やっと、名前を呼んでくれたな? ライザー?」
うっ!
しまった!!
仕事しろよ、馬鹿口ぃっ!!
…って、膝…っ!!
あたってる、あたってるって!!
膝、動かすな!!
グリグリすんな!!
何だよ、何だよこれぇ!?
「…あんな魔王より、俺の方がお前の事を…」
顔近いって!!
それ以上近付いたら、唇と唇がががががが!!
「…貴様は、聖女マリエル様をと思ったが…まさか、この俺に懸想していたのか? 物好きだな。貴様も、勇者と云う幻に魅せられた一人だったのか。その光に目が眩んだ一人だったのか」
そうだ。
こいつは、何時も聖女を見ていた筈だ。
ずっと、聖女を目で追っていたんだ。
「俺が? あのあばずれを?」
その筈なのに、剣士は思い切り眉間に皺を寄せた。
ん?
あれ?
何か、聖女相手に云うには、とんでもな言葉が出た様な?
あれぇ?
「あの女が、お前に手を出さない様に見張っていただけだ。あの夜は人に睡眠の魔法を掛けやがって…お前が紳士で良かったよ…」
いや?
待って?
手を出す?
どっちかってと、手を出すのは男の俺の方だよな?
あんな、大神殿の奥で大切に、それはもう、宝物の様に育てられた聖女様が手を出すなんて…。
あの夜だって、その、まあ…最後の安息かも知れないって事で、つい、あんな事をしたと思うし…。
次の日の朝早くに、謝りに来たし…。
だから、俺…。
『…戦いが終わった後で、貴女に…貴女の心が少しでも俺にあるのなら、その時は改めて考えたいと思います』
…なんて、この口がベッドインの約束を…。
まあ…実際にベッドインならぬ、床インしたのは魔王だったけどさ…。
…あの…見てたの…?
見てたのに、助けてくれなかったの?
「…動ける様になったのは、お前達が去った後だ…」
あれ?
俺、顔に出てた?
「…俺だって…ずっと見てたのに…お前の涙も、辛さも…知っているのに…俺の方が、あいつより…」
え?
何?
こいつも、ストーカー?
隠れて泣いてるの、見られてた?
え?
あれ?
待て?
何で、剣士の手が俺の顎に?
あれ?
いや、ちょ、持ち上げないで?
「…こんな堕ちた勇者の事等、忘れてしまえば良い物を…」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
こんな時ばかり仕事しないで!?
俺、了承してないから!!
嫌だから!!
てか、本当に、マジで、これエロゲーの流れぇええっ!!
唇に熱い息が掛かる。
嫌だ嫌だ嫌だ。
逃げたいのに身体が動かない。
嫌だ嫌だ嫌だ。
オニキス以外のヤツとキスとか、オニキス以外のヤツに突っ込まれるとか、嫌だっ!!
クッソ、何処行ってんだよ!?
馬鹿オニキスはあああああっ!!
唇と唇が微かに触れた瞬間。
「うっ!?」
ドスッて音が聞こえて、剣士がその場に倒れた。
レンが倒れた傍らには、ボロボロになった聖女が倒れている。
「…な…何だ…?」
まさかと思うけど、聖女がダイブして来たのか?
どうやって?
「…ライザー…」
名前を呼ばれて、地面に倒れた二人に向けてた視線を上げる。
上げた先には、何やらドス黒いオーラを漂わせたオニキスが立っていた。
◆
「…っあ…っ…!! こ、の…っ…!!」
「久方振りに血を屠ったのでな…昂ぶりが収まらぬのだ。許せ…」
ごめんで済めば警察は要らないんだよおおおおおっ!!
何で、こんな山小屋でヤられてんだよおおおお!?
誰か来たらどうするんだよおお!?
いや、こんな夜には来ないと思うけどな!?
ほんの少し前まで、魔物と戦っていたのに!
俺の身体、血と汗と土で汚れてんのにいいいい!!
「…血に塗れたそなたは美しい…」
うっとりとした声でオニキスは囁きながら、俺の背中に舌を這わせた。
「ぅあ…っ!」
たったそれだけなのに、俺は背中を仰け反らせた。
先刻、イかされたばかりなのに、また俺のちんこが勃って来る。
嫌だ嫌だ嫌だ。
何で、本当にこんなに感じてんだよおお?
オニキスも、いい加減抜けよおおお!!
抜かずに何発ヤってんだよお!?
こんな固いベッドの上で。
誰が使ったか解らないベッドの上で。
血を屠ったって、お前が人の獲物横取りするからだろ!?
剣士と聖女の話が聞こえない土地まで来て、ようやっと魔物退治だと意気揚々としていたのに!
山に魔物が巣くってるって話を聞いて、乗り込んで来てさ。
んで、魔物達と遭遇して腕が鳴るぜ! って、斬り掛かろうとしたら、いきなり目の前で魔物が弾けた。
内臓やら何やら撒き散らして。
『…貴様…余計な事を…』
その返り血やら、返り内臓を浴びてオニキスを睨み付けてやれば、ヤツは涼しい顔で。
『…ふ…。やはり、その方が良いな』
何が?
頭から、腸をぶら下げているのが?
ねえ?
こんなホラーの俺に萌えたりとかしないでね?
腸に頬ずりして、あったかいとか言う趣味ないよね?
嫌だからね?
怖いからね?
俺、ホラー嫌いだからね?
『貴様は本当に悪趣味だな。俺が死んだら、その屍を抱くとか言い出しかねんな』
俺は頭の上に乗っかってる腸をオニキスに投げ付けてやった。
『まさか。その様な事はせぬし、そなたを死なせるつもりもない』
が、オニキスはそれをひょいっと、目を伏せて薄く笑いながら躱してくれやがった。
ああ、ムカつく!
お前も血塗れになりやがれ!
そう思いながら、オニキスに背後から今まさに飛び掛かろうとした魔物を斬り付けようと、足を踏み出せば。
また、魔物がパチュンと弾けた。
俺は、また、血と内臓塗れになった。
…こいつ…後ろに目ぇついてんじゃねえの…。
いや、そんな訳ない。
魔力の流れだろうな。
それからも、それからも、魔物が俺の目の前でパチュンパチュン弾けて行った。
その度に、俺は血と内臓塗れになった。
…ねえ…神様…この血祭りから助けてくれませんかねえ?
祭りは好きだけどさ、こんなスプラッタ祭りは好きじゃないからっ!!
『ああ、貴様のせいで散々な目に遭った。貴様、次からは俺の半径100M離れて戦え!!』
木こりが使っていると云う、山小屋を教えて貰って置いて良かった。
陽が暮れて来たから、俺とオニキスはそこで休む事にした。
血でガビガビになった服を俺は脱ぐ。
クッソ、近くに川は見当たらないし。
このガビガビの髪も、どうしてくれんだよ。
オニキスに、魔法で何とかして貰おうとしたら。
『今日はもう、揮える力は無いのでな』
やたらと爽やかな笑顔を浮かべて言ってくれた。
嘘つきっ!!
そう簡単にお前の魔力が尽きるかっ!!
俺が水魔法使えたなら!!
それか、聖女が居たなら、浄化の魔法を掛けてもらうのにいいいっ!
戦いに、攻撃に特化した俺の馬鹿あああっ!!
『タオルと着替えを寄越せ』
そう言ってオニキスに血塗れの服を投げ付けて言えば。
『…そんな処にも血が』
んあ?
上半身を露わにした俺を見て、オニキスがそう呟いた。
その視線に促される様に、俺は自分の身体を見下ろす。
今日は襟の無いシャツ、まあ、長袖のTシャツだな。それを着ていた。
襟首の広いヤツ。そこから、血が入り込んだんだろう。
因みに鎧は着ていない。
オニキスに奪われたままだし、それにこいつが魔法で俺の身体を強化してくれたから、必要は無かった。
まあ、そんな俺の胸のあちこちに血が付いていた。
乳首が赤黒くなっている。
『…最悪だな…』
腹まで垂れてるし。隠れて見えないけど、臍の中に血ぃ溜まってないよな?
ああ、早く風呂に入りてえ。
だけど、近場の村まで半日掛かるし。
クソ、水を溜めた樽とかないのかよ?
そう思って改めて小屋の中や、外を見ようと歩き出そうとしたら、オニキスに手を取られた。
『何だ? 貴様も突っ立ってないで、周りの確認をしろ。いや、水場を探して水を汲んで…っ!?』
水を汲んで来て欲しいです、と言おうとしたのに、オニキスの行動に驚いて続きは言えなかった。
だって。
だってだよ!?
何で、身を屈めて俺の乳首舐めてんだよっ!?
いや、血だ!
俺の乳首に付いた血を舐めていらっしゃいますよおおおおおっ!!
『き、さまっ! そんな事より、水をっ!!』
汚いからっ!
ばい菌とかなんかあるよねえ!?
『私の責だ。私が綺麗にしてやろう』
止めてーっ!!
そんな血舐めて腹とか壊したらどうするんだよ!?
『…ここも…血が流れているやも知れん…』
血で真っ赤になった舌を見せながら、オニキスがその双眸を細めた。
俺の手を掴む手とは違う手が、ズボンの上から俺の股間を撫でていた。
エエエエェェエェエエエエ…。
あの…まさか…まさかとは思いますけど、ね?
こんな…こんな状況でおヤりになるとか…そんな馬鹿な事、言いません、よ、ね…?
恐る恐るオニキスの股間に目を向ければ、そこは少しばかり膨らんでいた。
『…っ!! それが狙いかっ!!』
うっそおおん!?
何で勃起しかけてんの!?
本当に血で興奮してんの!?
俺、ドン引きだよ!
気付いて!?
オニキスのオニキスさんも、ドン引こうよ!?
『案ずる事は無い。隅々まで綺麗にしてやろう』
『ふっ、面白い。ならば、せいぜい誠意をもって期待に応えて見せろ』
いいいいいやあああああああっ!!
神様助けてええええぇえええっ!!
「…っあ…」
そして、今、ここ。
何回気を失ったのか解らない。
ひたすらに乳首を舐められ、時には齧られたりした。
臍も。舌を突っ込まれたりして、血を啜られた。
ちんこだって、尿道になんか血はないだろうってのに、とことん啜られた。
当然の如く、ケツの穴もなっ!!
ちんこでガツガツお掃除されましたよっ!!
髪だって、こいつの唾液塗れだ、この変態がっ!
うう…身体が重い…怠い…後ろからは、ムカつく事に、健やかな寝息が聞こえてくるし。
「…クソ…」
呟きながら腹に回されたオニキスの手に、そっと自分の手を重ねる。
…こいつ、何時もこうやって後ろから抱き締めて寝るよな…。
ヤる時も、ヤらない時も…。
…何で…俺、安心してんだろな?
…何で、俺、これが気持ち良いって…思ってんだろな…。
「…何で…」
ぼそっと呟いた時、オニキスが俺を抱き締める手に力が籠った。
俺は慌てて手を離した。
「…無粋者が…」
「へ?」
オニキスが忌々しそうに、そう呟いたのと、山小屋のドアが開いたのはほぼ同時だった。
「今日は、ここで休むか…」
「ああん、もお、何で悉く獲物がいないのよお? そんなに凄い冒険者がいるなんて話…」
俺、固まった。
いや、だって嘘だろ?
ドアを開けたまま俺と同じ様に固まって居るのは、かつての仲間の剣士と、聖女だったんだから。
ベッドの上で、裸で寝ている俺とオニキス。
ついでに言えば、換気もしていないから、それはもう、アレな匂いが充満している訳で。
何があったかなんて、もう、一目瞭然な訳で。
だんらだらと、冷や汗が流れて来る。
あ、いや。
俺は今、髪と瞳の色は違うし、オニキスだって、クソ長い髪は切ったし、角無いし、瞳の色も違うし…俺達が勇者と魔王だなんて解る筈が無い。
こいつらには、ただのバカップルに見えている筈だ。
いや、それはそれで嫌だけども。
勇者と魔王だとバレるよりはマシだっ!!
「…何時まで見ている気だ。夜を明かしに来たのか。服を着るから、表で待て」
「あ、ああ、悪いっ!!」
「し、失礼致しましたわっ!!」
身体を起こしてそう言えば、剣士と聖女は慌ててドアを閉めた。
心臓がバクバク言っている。
何で、あいつらがここに居んの!?
どんだけの勢いで駆逐して来てんの!?
あいつら、決戦前より強くなってたりしない!?
と、とにかく、服をっ!!
換気もっ!!
あわあわしていたら、身体をふわりと暖かい物が包んだ。
それは頭から、全身を隈なく這い、足の爪先まで流れて消えた。
「…貴様…」
今のは、聖女の浄化の魔法に似たヤツだ。
こんにゃろ、やっぱり嘘つきやがってた。
じとんと睨めば、オニキスはふっ、と息を零して口元を緩めて、俺に服を渡して来た。
だから、その宇〇刑事みたく、どっかの空間から取り出すの止めて。
思わず『〇着』とか、言いたくなるから。
「…待たせたな…」
服を着て、外に居る二人に声を掛けた。
二人は気まずそうに、目を泳がせながら『あ、いや…』『その…あの…』と言いながら、山小屋の中に入って来た。
オニキスも服を着たが、ベッドの上で片脚を立てて、そこに腕を置いてじっと二人を見ていた。
いや、そんなじっくりと不機嫌露わにして見ないであげて。
二人、縮こまっているから。
「…噂の剣士と聖女か」
おおおおおおおおおおおおおおおおおうううううううう!?
ちょ、ちょっと何言ってんの!?
知らんぷりしてっ!!
「あ、ああ…俺はレ…」
「一晩夜を明かすだけだ。名乗りなど不要だろう。生憎とベッドはこれしかないのでな。二人には悪いが…」
剣士の言葉を、俺は遮った。
下手に会話をしてバレたら困る!
さっさと寝るに限るっ!!
「あ、いいえ! 後から来たのは私達ですし、こう云うのは、その、先着順ですから、お気になさらずに!」
「あ、ああ! ほら、クローゼットに、予備の寝具が入ってたぜ!」
わたわたしながら二人が小屋を漁り、何とか寝られそうな体裁を整えた事に、俺は内心でほっと息を吐いた。
悪いな。本当なら聖女をベッドで休ませてやりたい処なんだけどさ…うん、まあ、勘弁して欲しい。
そうして、何とも言えない夜を過ごして目を覚ましたら、誰の姿も無かった。
「あ、れ?」
皆、何処へ行ったんだ?
寝ぼけ頭でベッドから下りて、外へ出る。
「う…」
お日様が眩しい。
てか、随分と高いな?
俺、そんなに寝ていたのか…。
…まあ…そりゃ、あんだけヤられたらな…。
「…はあ…」
軽く頭を振って、眠気覚ましも兼ねて小屋の周りを見てみる。
水樽とかないのかな?
顔洗いたいよなあ。
「おい」
「へ?」
そんな事を考えていたせいか、腕を掴まれるまで俺はその存在に気付かなかった。
俺の腕を掴んだのは剣士だった。
物凄く怖い顔をして、俺を睨んでいる。
「…何だ。まだ居たのか。この山に、魔物はもう居ない。早々に次の獲物を探す事だな」
怖い怖い怖い。
何て顔で見てんだよ?
足が震えるだろ。
だけど、俺の声は震える事無く、立派に仕事をしてくれた。
「ああ。昨夜の内は、血の匂いだけで気付かなかったが…明るくなってから様子を見に行ったら…どいつもこいつも、まあ、見事に肉片だけになっていたよ。腐っても魔王と言った処か」
…は…?
剣士が俺の腕を掴んだまま距離を縮めて来ようとするから、思わず一歩引いた。
そしたら、また、剣士は前へ出て来るから、俺はまた下がる。
気が付けば、俺は背中を小屋の壁にあてていた。
あ、あれ?
何で?
何で…魔王って?
いや、カマを掛けられただけだ。
落ち着け、俺。
俺には最強の武器があるんだ。
そうだろう? 口。
「は。何を言っているんだか。あれくらい、上級の魔ほ…」
「…ライザー…」
だが、俺の口が仕事をするよりも早く、剣士が俺の名前を呼んだ。
それと同時に、俺の顔を挟む様に剣士の手が壁に置かれた。
うえええっぇえええええっ!?
◆
「…全く、小賢しい事よ…」
オニキスが忌々しそうに呟きながら、俺の方へと歩いて来る。
不機嫌全開ですと云わんばかりに、ドス黒いオーラを放ちながら。
「…貴様、何をした? 聖女のこの姿は? 貴様が?」
小賢しいって、何?
何で、聖女、こんなボロボロに?
真っ白なローブが、黒焦げになってるし、自慢の亜麻色のふわふわした長い髪もチリチリだし。
生きてるみたいだけどさ…目が白目剥いていて、ちょっと怖い。
いや、剣士も白目剥いているけどさ…。
俺の言葉に、オニキスは立ち止まり、前髪に片手を差し込んで口を開いた。
「…明け方くらいか。聖女がそなたと私に深い眠りの魔法を掛けたのだ」
ほ?
「大人しく様子を見て居ようとしたのだがな。その聖女、そなたに手を出そうとしたから、軽く仕置きをしただけだ」
は?
「そなたと交わって良いのは、そなたから求婚された私だけだ」
へ?
何か、オニキスの顔が赤い?
「き…球根…?」
あ、口が馬鹿になった。
いや、俺の素だ。
いや…求婚って…ぷろぽーず?
は? 俺、そんなのしてませんよ?
「私の命を貰うと。一生、傍に居ると誓ってくれたろう?」
首を傾げる俺に、オニキスが眩しそうに目を細めてそう言って来た。
…言ったな…この口が勝手に言ってくれたわ…。
「名も授けてくれた。新たな名を授けるのは、求愛のそれなのだよ。…嬉しかったのだ…」
胸に片手をあてて、頬を赤く染めて更にオニキスは言ってくれた。
「んなあああああっ!?」
何、その新事実!?
あ、だから、こいつ名前を付けた時、嬉しそうにしてたのか!?
マジかっ!!
「怖がらずとも、怯えなくとも良い。私はそなたから離れたりはせぬよ。私を頼って欲しい。私に甘えて欲しい。私に寄り掛かって欲しい。そなたの流す涙を私に拭わせて欲しい。私達は夫婦なのだから」
オニキスは片手は胸にあてたままで、もう片方の手を俺の方へと伸ばして来た。
「あ、あう、あう…」
な、何で…それが解るんだよ…。
「そなたの心の声は、何時も聞こえている。口では何を言おうとも、聞こえている。私を想う事を怖がらなくて良い」
更に歌う様にオニキスは言った。
さ、流石ストーカーだな…。
「あが…あが…」
「私に抱き締められるのが好きなのだろう? 愛しく感じてくれているのだろう?」
オニキスの目が、蕩けそうな程に熱を帯びている。
「おご…おご…」
「…そら…遠慮せずに、私の胸に飛び込んで来るが良い。何時でも私はそなたの望むままに抱き…」
「うがあああああああああああああああああっ!!」
俺は叫びながら、両腕を広げるオニキスに向かって走り出した。
んな、んな、何を真顔でこっぱずかしい事を言ってんだよおおお!? この人外はあああああっ!!
死ぬ、死ぬ、恥ずか死ぬっ!!
「ぐほっ!?」
勢いのまま、だらしなく口元を緩め、目もだらんと垂らしたオニキスの腹に、飛び膝蹴りをかましてやった。
そして、そのまま山の中を走る。
嘘だ嘘だ嘘だ!!
俺が、オニキスに惚れてる!?
い、愛しいって、何だよ、それぇ!?
知らねえよ、そんなの!!
だって、俺、誰かを好きになった事なんて無いから解らねえ!
前世では嫌われまくりだったし!
今世では勇者で忙しかったし!
解らない、解らないっ!!
何かもう、胸が痛くて死ぬ!
助けて、神様――――――っ!!
とある山の中。
とある山小屋の裏手で。
とある爽やかな風の吹く中。
そんな初夏の昼下がり。
「ライザー、だよな?」
神様助けて下さい。
何故に俺は今、壁ドンされているのでせうか?
それも、男に。
赤茶色の短く刈り上げられた髪、細く鋭い瞳は濃い茶色、すっと通った鼻筋に、薄い唇。
俺よりも少し背が高く、俺よりも筋肉質な身体を持つ、この男は。
かつての仲間の剣士のレンだ。
てか、何か目をギラつかせているんですが。
何か、ちょっと、いや、かなり怖いんですが。
いや、落ち着け、俺。
ここは上手く切り抜けるんだ。
その為の武器が俺にはある。
ある意味最強の武器が。
「…イイエ、人違イデス。俺ハノボルイイマス」
そう、この云う事をきかない口が。
待てーっ!!
何、このカタカナ祭り!?
こんなの俺、怪しいって言っているもんだろー!?
最凶も最凶だよ、こんの馬鹿口がああああっ!!
「…相変わらず、嘘を吐くのが下手だな?」
お、おおう?
何で、そんな嬉しそうに目を細めて言ってんだ?
てか、相変わらず?
嘘が下手?
俺、嘘を吐いた事なんかないぞ?
いや、あるかも知れないけど。
この馬鹿な口が。
「イイエ。嘘トハ心外デス。俺ハ、勇者デハアリマセン。髪ノ色モ目ノ色モ違イマスヨ。聖剣ダッテモッテマセン」
ああ、そうだ。
オニキスの魔法で俺の髪の色も目の色も、黒くなってるし。
なのに、何でこいつは俺がライザーだって解ったんだ?
元仲間だからか?
いや…何か…ちょっと…かなり…嬉しいかも…。
けど…俺は今、元魔王のオニキスと行動を共にしている。
嬉しがっている場合では無い。
こいつに…こいつらにオニキスが元魔王だってばれたら、オニキスに斬り掛かるかも知れない。
角を斬り落として、幾らか弱体化したとは云え、あいつは魔王だ。
今だって、信じられないぐらいの力を持っているんだ。
オニキスに、こいつらを殺させる訳には行かない。
「…お前が怒るのも…お前が姿を消した理由も…俺達は知っている…」
苦しそうに顔を歪める剣士に俺は首を傾げる。
ん?
怒る?
誰が?
俺が?
何で?
「…俺達を助ける為に…お前は、その身体を魔王に差し出した…すまない…俺達に力が無かったばかりに…。…お前が闇に染まり、勇者で居られなくなったのは、俺達のせいだ…。どうやっても、償い切れない…」
ぐぉふぅっ!?
んな、んな、んあんてっ!?
か、からだ…っ…!
さ、差し出すって…っ…!?
え、こいつら…眠らされていた…筈…っ…!!
口を酸欠の金魚の様にパクパク動かす俺を見て、剣士は寂しそうに笑って言葉を続ける。
「…すまない…。…お前の処女は俺が貰う筈だったのにな…あんな魔王なんかに…」
…なんて…?
え?
待って?
今、こいつ、何て言った?
何か、気のせいかも知れないが、しょ…処女とか…聞こえた様な、聞こえなかった様な…。
き…気のせい…。
気のせいの筈なんだが…何か、こいつの顔近付いて来てないか?
てか、何か、こいつの脚が…俺の脚の間に入り込んで来て、その膝が俺の股間に押しあてられている気がするのは、気のせい…だよ、な?
「…お、おい…剣士レン…?」
名前を呼べば剣士は、眉を下げて軽く唇を上げた。
「やっと、名前を呼んでくれたな? ライザー?」
うっ!
しまった!!
仕事しろよ、馬鹿口ぃっ!!
…って、膝…っ!!
あたってる、あたってるって!!
膝、動かすな!!
グリグリすんな!!
何だよ、何だよこれぇ!?
「…あんな魔王より、俺の方がお前の事を…」
顔近いって!!
それ以上近付いたら、唇と唇がががががが!!
「…貴様は、聖女マリエル様をと思ったが…まさか、この俺に懸想していたのか? 物好きだな。貴様も、勇者と云う幻に魅せられた一人だったのか。その光に目が眩んだ一人だったのか」
そうだ。
こいつは、何時も聖女を見ていた筈だ。
ずっと、聖女を目で追っていたんだ。
「俺が? あのあばずれを?」
その筈なのに、剣士は思い切り眉間に皺を寄せた。
ん?
あれ?
何か、聖女相手に云うには、とんでもな言葉が出た様な?
あれぇ?
「あの女が、お前に手を出さない様に見張っていただけだ。あの夜は人に睡眠の魔法を掛けやがって…お前が紳士で良かったよ…」
いや?
待って?
手を出す?
どっちかってと、手を出すのは男の俺の方だよな?
あんな、大神殿の奥で大切に、それはもう、宝物の様に育てられた聖女様が手を出すなんて…。
あの夜だって、その、まあ…最後の安息かも知れないって事で、つい、あんな事をしたと思うし…。
次の日の朝早くに、謝りに来たし…。
だから、俺…。
『…戦いが終わった後で、貴女に…貴女の心が少しでも俺にあるのなら、その時は改めて考えたいと思います』
…なんて、この口がベッドインの約束を…。
まあ…実際にベッドインならぬ、床インしたのは魔王だったけどさ…。
…あの…見てたの…?
見てたのに、助けてくれなかったの?
「…動ける様になったのは、お前達が去った後だ…」
あれ?
俺、顔に出てた?
「…俺だって…ずっと見てたのに…お前の涙も、辛さも…知っているのに…俺の方が、あいつより…」
え?
何?
こいつも、ストーカー?
隠れて泣いてるの、見られてた?
え?
あれ?
待て?
何で、剣士の手が俺の顎に?
あれ?
いや、ちょ、持ち上げないで?
「…こんな堕ちた勇者の事等、忘れてしまえば良い物を…」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?
こんな時ばかり仕事しないで!?
俺、了承してないから!!
嫌だから!!
てか、本当に、マジで、これエロゲーの流れぇええっ!!
唇に熱い息が掛かる。
嫌だ嫌だ嫌だ。
逃げたいのに身体が動かない。
嫌だ嫌だ嫌だ。
オニキス以外のヤツとキスとか、オニキス以外のヤツに突っ込まれるとか、嫌だっ!!
クッソ、何処行ってんだよ!?
馬鹿オニキスはあああああっ!!
唇と唇が微かに触れた瞬間。
「うっ!?」
ドスッて音が聞こえて、剣士がその場に倒れた。
レンが倒れた傍らには、ボロボロになった聖女が倒れている。
「…な…何だ…?」
まさかと思うけど、聖女がダイブして来たのか?
どうやって?
「…ライザー…」
名前を呼ばれて、地面に倒れた二人に向けてた視線を上げる。
上げた先には、何やらドス黒いオーラを漂わせたオニキスが立っていた。
◆
「…っあ…っ…!! こ、の…っ…!!」
「久方振りに血を屠ったのでな…昂ぶりが収まらぬのだ。許せ…」
ごめんで済めば警察は要らないんだよおおおおおっ!!
何で、こんな山小屋でヤられてんだよおおおお!?
誰か来たらどうするんだよおお!?
いや、こんな夜には来ないと思うけどな!?
ほんの少し前まで、魔物と戦っていたのに!
俺の身体、血と汗と土で汚れてんのにいいいい!!
「…血に塗れたそなたは美しい…」
うっとりとした声でオニキスは囁きながら、俺の背中に舌を這わせた。
「ぅあ…っ!」
たったそれだけなのに、俺は背中を仰け反らせた。
先刻、イかされたばかりなのに、また俺のちんこが勃って来る。
嫌だ嫌だ嫌だ。
何で、本当にこんなに感じてんだよおお?
オニキスも、いい加減抜けよおおお!!
抜かずに何発ヤってんだよお!?
こんな固いベッドの上で。
誰が使ったか解らないベッドの上で。
血を屠ったって、お前が人の獲物横取りするからだろ!?
剣士と聖女の話が聞こえない土地まで来て、ようやっと魔物退治だと意気揚々としていたのに!
山に魔物が巣くってるって話を聞いて、乗り込んで来てさ。
んで、魔物達と遭遇して腕が鳴るぜ! って、斬り掛かろうとしたら、いきなり目の前で魔物が弾けた。
内臓やら何やら撒き散らして。
『…貴様…余計な事を…』
その返り血やら、返り内臓を浴びてオニキスを睨み付けてやれば、ヤツは涼しい顔で。
『…ふ…。やはり、その方が良いな』
何が?
頭から、腸をぶら下げているのが?
ねえ?
こんなホラーの俺に萌えたりとかしないでね?
腸に頬ずりして、あったかいとか言う趣味ないよね?
嫌だからね?
怖いからね?
俺、ホラー嫌いだからね?
『貴様は本当に悪趣味だな。俺が死んだら、その屍を抱くとか言い出しかねんな』
俺は頭の上に乗っかってる腸をオニキスに投げ付けてやった。
『まさか。その様な事はせぬし、そなたを死なせるつもりもない』
が、オニキスはそれをひょいっと、目を伏せて薄く笑いながら躱してくれやがった。
ああ、ムカつく!
お前も血塗れになりやがれ!
そう思いながら、オニキスに背後から今まさに飛び掛かろうとした魔物を斬り付けようと、足を踏み出せば。
また、魔物がパチュンと弾けた。
俺は、また、血と内臓塗れになった。
…こいつ…後ろに目ぇついてんじゃねえの…。
いや、そんな訳ない。
魔力の流れだろうな。
それからも、それからも、魔物が俺の目の前でパチュンパチュン弾けて行った。
その度に、俺は血と内臓塗れになった。
…ねえ…神様…この血祭りから助けてくれませんかねえ?
祭りは好きだけどさ、こんなスプラッタ祭りは好きじゃないからっ!!
『ああ、貴様のせいで散々な目に遭った。貴様、次からは俺の半径100M離れて戦え!!』
木こりが使っていると云う、山小屋を教えて貰って置いて良かった。
陽が暮れて来たから、俺とオニキスはそこで休む事にした。
血でガビガビになった服を俺は脱ぐ。
クッソ、近くに川は見当たらないし。
このガビガビの髪も、どうしてくれんだよ。
オニキスに、魔法で何とかして貰おうとしたら。
『今日はもう、揮える力は無いのでな』
やたらと爽やかな笑顔を浮かべて言ってくれた。
嘘つきっ!!
そう簡単にお前の魔力が尽きるかっ!!
俺が水魔法使えたなら!!
それか、聖女が居たなら、浄化の魔法を掛けてもらうのにいいいっ!
戦いに、攻撃に特化した俺の馬鹿あああっ!!
『タオルと着替えを寄越せ』
そう言ってオニキスに血塗れの服を投げ付けて言えば。
『…そんな処にも血が』
んあ?
上半身を露わにした俺を見て、オニキスがそう呟いた。
その視線に促される様に、俺は自分の身体を見下ろす。
今日は襟の無いシャツ、まあ、長袖のTシャツだな。それを着ていた。
襟首の広いヤツ。そこから、血が入り込んだんだろう。
因みに鎧は着ていない。
オニキスに奪われたままだし、それにこいつが魔法で俺の身体を強化してくれたから、必要は無かった。
まあ、そんな俺の胸のあちこちに血が付いていた。
乳首が赤黒くなっている。
『…最悪だな…』
腹まで垂れてるし。隠れて見えないけど、臍の中に血ぃ溜まってないよな?
ああ、早く風呂に入りてえ。
だけど、近場の村まで半日掛かるし。
クソ、水を溜めた樽とかないのかよ?
そう思って改めて小屋の中や、外を見ようと歩き出そうとしたら、オニキスに手を取られた。
『何だ? 貴様も突っ立ってないで、周りの確認をしろ。いや、水場を探して水を汲んで…っ!?』
水を汲んで来て欲しいです、と言おうとしたのに、オニキスの行動に驚いて続きは言えなかった。
だって。
だってだよ!?
何で、身を屈めて俺の乳首舐めてんだよっ!?
いや、血だ!
俺の乳首に付いた血を舐めていらっしゃいますよおおおおおっ!!
『き、さまっ! そんな事より、水をっ!!』
汚いからっ!
ばい菌とかなんかあるよねえ!?
『私の責だ。私が綺麗にしてやろう』
止めてーっ!!
そんな血舐めて腹とか壊したらどうするんだよ!?
『…ここも…血が流れているやも知れん…』
血で真っ赤になった舌を見せながら、オニキスがその双眸を細めた。
俺の手を掴む手とは違う手が、ズボンの上から俺の股間を撫でていた。
エエエエェェエェエエエエ…。
あの…まさか…まさかとは思いますけど、ね?
こんな…こんな状況でおヤりになるとか…そんな馬鹿な事、言いません、よ、ね…?
恐る恐るオニキスの股間に目を向ければ、そこは少しばかり膨らんでいた。
『…っ!! それが狙いかっ!!』
うっそおおん!?
何で勃起しかけてんの!?
本当に血で興奮してんの!?
俺、ドン引きだよ!
気付いて!?
オニキスのオニキスさんも、ドン引こうよ!?
『案ずる事は無い。隅々まで綺麗にしてやろう』
『ふっ、面白い。ならば、せいぜい誠意をもって期待に応えて見せろ』
いいいいいやあああああああっ!!
神様助けてええええぇえええっ!!
「…っあ…」
そして、今、ここ。
何回気を失ったのか解らない。
ひたすらに乳首を舐められ、時には齧られたりした。
臍も。舌を突っ込まれたりして、血を啜られた。
ちんこだって、尿道になんか血はないだろうってのに、とことん啜られた。
当然の如く、ケツの穴もなっ!!
ちんこでガツガツお掃除されましたよっ!!
髪だって、こいつの唾液塗れだ、この変態がっ!
うう…身体が重い…怠い…後ろからは、ムカつく事に、健やかな寝息が聞こえてくるし。
「…クソ…」
呟きながら腹に回されたオニキスの手に、そっと自分の手を重ねる。
…こいつ、何時もこうやって後ろから抱き締めて寝るよな…。
ヤる時も、ヤらない時も…。
…何で…俺、安心してんだろな?
…何で、俺、これが気持ち良いって…思ってんだろな…。
「…何で…」
ぼそっと呟いた時、オニキスが俺を抱き締める手に力が籠った。
俺は慌てて手を離した。
「…無粋者が…」
「へ?」
オニキスが忌々しそうに、そう呟いたのと、山小屋のドアが開いたのはほぼ同時だった。
「今日は、ここで休むか…」
「ああん、もお、何で悉く獲物がいないのよお? そんなに凄い冒険者がいるなんて話…」
俺、固まった。
いや、だって嘘だろ?
ドアを開けたまま俺と同じ様に固まって居るのは、かつての仲間の剣士と、聖女だったんだから。
ベッドの上で、裸で寝ている俺とオニキス。
ついでに言えば、換気もしていないから、それはもう、アレな匂いが充満している訳で。
何があったかなんて、もう、一目瞭然な訳で。
だんらだらと、冷や汗が流れて来る。
あ、いや。
俺は今、髪と瞳の色は違うし、オニキスだって、クソ長い髪は切ったし、角無いし、瞳の色も違うし…俺達が勇者と魔王だなんて解る筈が無い。
こいつらには、ただのバカップルに見えている筈だ。
いや、それはそれで嫌だけども。
勇者と魔王だとバレるよりはマシだっ!!
「…何時まで見ている気だ。夜を明かしに来たのか。服を着るから、表で待て」
「あ、ああ、悪いっ!!」
「し、失礼致しましたわっ!!」
身体を起こしてそう言えば、剣士と聖女は慌ててドアを閉めた。
心臓がバクバク言っている。
何で、あいつらがここに居んの!?
どんだけの勢いで駆逐して来てんの!?
あいつら、決戦前より強くなってたりしない!?
と、とにかく、服をっ!!
換気もっ!!
あわあわしていたら、身体をふわりと暖かい物が包んだ。
それは頭から、全身を隈なく這い、足の爪先まで流れて消えた。
「…貴様…」
今のは、聖女の浄化の魔法に似たヤツだ。
こんにゃろ、やっぱり嘘つきやがってた。
じとんと睨めば、オニキスはふっ、と息を零して口元を緩めて、俺に服を渡して来た。
だから、その宇〇刑事みたく、どっかの空間から取り出すの止めて。
思わず『〇着』とか、言いたくなるから。
「…待たせたな…」
服を着て、外に居る二人に声を掛けた。
二人は気まずそうに、目を泳がせながら『あ、いや…』『その…あの…』と言いながら、山小屋の中に入って来た。
オニキスも服を着たが、ベッドの上で片脚を立てて、そこに腕を置いてじっと二人を見ていた。
いや、そんなじっくりと不機嫌露わにして見ないであげて。
二人、縮こまっているから。
「…噂の剣士と聖女か」
おおおおおおおおおおおおおおおおおうううううううう!?
ちょ、ちょっと何言ってんの!?
知らんぷりしてっ!!
「あ、ああ…俺はレ…」
「一晩夜を明かすだけだ。名乗りなど不要だろう。生憎とベッドはこれしかないのでな。二人には悪いが…」
剣士の言葉を、俺は遮った。
下手に会話をしてバレたら困る!
さっさと寝るに限るっ!!
「あ、いいえ! 後から来たのは私達ですし、こう云うのは、その、先着順ですから、お気になさらずに!」
「あ、ああ! ほら、クローゼットに、予備の寝具が入ってたぜ!」
わたわたしながら二人が小屋を漁り、何とか寝られそうな体裁を整えた事に、俺は内心でほっと息を吐いた。
悪いな。本当なら聖女をベッドで休ませてやりたい処なんだけどさ…うん、まあ、勘弁して欲しい。
そうして、何とも言えない夜を過ごして目を覚ましたら、誰の姿も無かった。
「あ、れ?」
皆、何処へ行ったんだ?
寝ぼけ頭でベッドから下りて、外へ出る。
「う…」
お日様が眩しい。
てか、随分と高いな?
俺、そんなに寝ていたのか…。
…まあ…そりゃ、あんだけヤられたらな…。
「…はあ…」
軽く頭を振って、眠気覚ましも兼ねて小屋の周りを見てみる。
水樽とかないのかな?
顔洗いたいよなあ。
「おい」
「へ?」
そんな事を考えていたせいか、腕を掴まれるまで俺はその存在に気付かなかった。
俺の腕を掴んだのは剣士だった。
物凄く怖い顔をして、俺を睨んでいる。
「…何だ。まだ居たのか。この山に、魔物はもう居ない。早々に次の獲物を探す事だな」
怖い怖い怖い。
何て顔で見てんだよ?
足が震えるだろ。
だけど、俺の声は震える事無く、立派に仕事をしてくれた。
「ああ。昨夜の内は、血の匂いだけで気付かなかったが…明るくなってから様子を見に行ったら…どいつもこいつも、まあ、見事に肉片だけになっていたよ。腐っても魔王と言った処か」
…は…?
剣士が俺の腕を掴んだまま距離を縮めて来ようとするから、思わず一歩引いた。
そしたら、また、剣士は前へ出て来るから、俺はまた下がる。
気が付けば、俺は背中を小屋の壁にあてていた。
あ、あれ?
何で?
何で…魔王って?
いや、カマを掛けられただけだ。
落ち着け、俺。
俺には最強の武器があるんだ。
そうだろう? 口。
「は。何を言っているんだか。あれくらい、上級の魔ほ…」
「…ライザー…」
だが、俺の口が仕事をするよりも早く、剣士が俺の名前を呼んだ。
それと同時に、俺の顔を挟む様に剣士の手が壁に置かれた。
うえええっぇえええええっ!?
◆
「…全く、小賢しい事よ…」
オニキスが忌々しそうに呟きながら、俺の方へと歩いて来る。
不機嫌全開ですと云わんばかりに、ドス黒いオーラを放ちながら。
「…貴様、何をした? 聖女のこの姿は? 貴様が?」
小賢しいって、何?
何で、聖女、こんなボロボロに?
真っ白なローブが、黒焦げになってるし、自慢の亜麻色のふわふわした長い髪もチリチリだし。
生きてるみたいだけどさ…目が白目剥いていて、ちょっと怖い。
いや、剣士も白目剥いているけどさ…。
俺の言葉に、オニキスは立ち止まり、前髪に片手を差し込んで口を開いた。
「…明け方くらいか。聖女がそなたと私に深い眠りの魔法を掛けたのだ」
ほ?
「大人しく様子を見て居ようとしたのだがな。その聖女、そなたに手を出そうとしたから、軽く仕置きをしただけだ」
は?
「そなたと交わって良いのは、そなたから求婚された私だけだ」
へ?
何か、オニキスの顔が赤い?
「き…球根…?」
あ、口が馬鹿になった。
いや、俺の素だ。
いや…求婚って…ぷろぽーず?
は? 俺、そんなのしてませんよ?
「私の命を貰うと。一生、傍に居ると誓ってくれたろう?」
首を傾げる俺に、オニキスが眩しそうに目を細めてそう言って来た。
…言ったな…この口が勝手に言ってくれたわ…。
「名も授けてくれた。新たな名を授けるのは、求愛のそれなのだよ。…嬉しかったのだ…」
胸に片手をあてて、頬を赤く染めて更にオニキスは言ってくれた。
「んなあああああっ!?」
何、その新事実!?
あ、だから、こいつ名前を付けた時、嬉しそうにしてたのか!?
マジかっ!!
「怖がらずとも、怯えなくとも良い。私はそなたから離れたりはせぬよ。私を頼って欲しい。私に甘えて欲しい。私に寄り掛かって欲しい。そなたの流す涙を私に拭わせて欲しい。私達は夫婦なのだから」
オニキスは片手は胸にあてたままで、もう片方の手を俺の方へと伸ばして来た。
「あ、あう、あう…」
な、何で…それが解るんだよ…。
「そなたの心の声は、何時も聞こえている。口では何を言おうとも、聞こえている。私を想う事を怖がらなくて良い」
更に歌う様にオニキスは言った。
さ、流石ストーカーだな…。
「あが…あが…」
「私に抱き締められるのが好きなのだろう? 愛しく感じてくれているのだろう?」
オニキスの目が、蕩けそうな程に熱を帯びている。
「おご…おご…」
「…そら…遠慮せずに、私の胸に飛び込んで来るが良い。何時でも私はそなたの望むままに抱き…」
「うがあああああああああああああああああっ!!」
俺は叫びながら、両腕を広げるオニキスに向かって走り出した。
んな、んな、何を真顔でこっぱずかしい事を言ってんだよおおお!? この人外はあああああっ!!
死ぬ、死ぬ、恥ずか死ぬっ!!
「ぐほっ!?」
勢いのまま、だらしなく口元を緩め、目もだらんと垂らしたオニキスの腹に、飛び膝蹴りをかましてやった。
そして、そのまま山の中を走る。
嘘だ嘘だ嘘だ!!
俺が、オニキスに惚れてる!?
い、愛しいって、何だよ、それぇ!?
知らねえよ、そんなの!!
だって、俺、誰かを好きになった事なんて無いから解らねえ!
前世では嫌われまくりだったし!
今世では勇者で忙しかったし!
解らない、解らないっ!!
何かもう、胸が痛くて死ぬ!
助けて、神様――――――っ!!
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