31 / 31
後日譚
卓袱台の幸せ
しおりを挟む
『冷やし中華始めました』
ちりんちりんと、軒先に吊るされた風鈴の涼し気な音と共に、そう書かれたのぼりが揺れています。
「…冷やし中華…」
そのお店の前で足を止めた僕は、買い物籠を手に、ぽつりと呟いていました。
◇
「ユキオ、ユキオ、コレ何ダ!? 黄色イ! 白クナイシ、黒クモナイ!」
卓袱台に乗りました結樣が、目の前にある物にとても興奮しているのが解ります。
「はい。こちらは冷やし中華と呼ばれる物ですよ。何時も食べます、素麺やお蕎麦、うどんとは違いまして麺に卵を練り込んであるのです」
「タマゴ…、コノ細イノハ伊達巻キカ!?」
結樣の言葉に僕はくすりと笑います。結樣は伊達巻きがお好きですからね。
「いいえ。こちらは、錦糸卵と言いまして、薄く焼いた玉子焼きを糸の様に切った物です」
そう言えば、食材の説明をした事がありませんでしたね。せっかくですからと、ハム、トマト、きゅうり、紅生姜と、それぞれの具材の名前をあげていきました。
僕は、冷やし中華があまり得意では無いのですが、ですからと云って結樣もそうだとは限りませんものね。
結樣には、沢山の美味しい物を召し上がって欲しいですし、色々な食べ物があるのだと知って欲しいのです。
僕がそうだった様に。
知らなかった物を知って、驚いたり喜んだりして欲しいです。
「ああ、いけません。麺がのびては美味しさが半減してしまいますね。さあ、どうぞ」
「イタダキマス」
僕が勧めれば、結樣は背中から腕を出して小さな手で麺を掴みます。
背中から腕が出るなんて、最初は驚いた物でしたが、今はもう慣れました。
きらきらと紅い瞳を輝かせて、つるつると麺を啜る結樣のお姿は、とてもお可愛らしくて愛らしいのです。
「ユキオ、少ナイ」
「え?」
結樣のお姿を微笑ましく見ながら冷やし中華を食べていました僕を、その結樣が食べる手を止めて見ていました。
「少ない、とは?」
結樣のお皿には、まだまだ冷やし中華が残っています。小さなお身体ですが、そのお身体よりも沢山の量を食べますので、僕よりも多くの量を盛っているのです。まさか、それが足りないとは…結様恐るべしです。
「ソレ。オレト同ジ、一本」
と、思ったのですが、結様はじっと僕の手元を見詰めていました。
「…ああ」
結樣に用意した冷やし中華が足りないと云う訳では無かった様です。早合点はいけませんね。
「実は、お恥ずかしながら…僕は冷やし中華が得意では無いのです」
「…トクイ?」
首を傾げます結様に、僕はお箸で麺を持ち上げて見せます。
「はい。素麺やお蕎麦、うどんはおつゆを付けて食べますよね? こちらも、麺つゆはありますが…混ぜて…ううん、絡めて、の方が良いでしょうか? こうして食べる物ですので…その、上手く啜れないのです」
そうなのです。
これは、昔からです。
こちらの麺もつるつるとしていまして喉越しが良いと思うのですが、何故か喉に支えてしまうのです。
「…吸い込む力が弱いのでしょうね。ですので、こうして一本ずつ食べる事にしているのです」
ですから僕は、つゆと共に流し込める素麺やお蕎麦の方が食べ易くて好きなのですよね。
「オレト同ジ! 嬉シイ!」
情けないと思われたでしょうか? と思いましたら、結様はそれは嬉しそうに目を細めたのです。
「ユキオト同ジ! ポカポカ! コレ、嬉シイデイイ?」
麺を持った両手を頭の上へと持ち上げた結様は、今にも飛び上がりそうで、僕は思わず笑ってしまいました。
「ええ、嬉しいで合っていますよ。僕も結様と同じで、胸がぽかぽかとしていまして…はい、とても嬉しいです」
右手を軽く胸にあてまして、僕は目を閉じます。
結様に語りました言葉に嘘は無く、胸の奥がぽかぽかとしています。
「結様がこちらに来て下さって…本当に感謝しています」
こうして食卓を囲める事が本当に嬉しいのです。
僕が作った物に様々な反応を見せて下さる誰かが…結様が居て下さる事が本当に嬉しいのです。
瑞樹様や優士様には申し訳なく思いますが…お二人と過ごす時は違う、この団欒。
それが、とても幸せだと思うのです。
我儘ですかね?
贅沢者だと言われてしまうでしょうか?
ですが、結様に出逢えて、こうして過ごす事が出来て、本当に良かったと思うのです。
「カンシャ? チガウ。アリガトウハ、オレ! コレモアレモ全部美味シイ! ユキオト食ベル、美味シイ!」
そう笑って手に持っていた麺を口に運びます結様に、僕は小さく『ありがとうございます』と言いました。
ありがとうございます、結様。
義務でも惰性でも無く、こうして食卓を囲む時間が楽しく、幸せである事を思い出させて下さって。
本当にありがとうございます。
「そうです。明日は、焼きそばにしてみましょうか? こちらと同じ麺を蒸して、ソースで焼いた物なのですけど…」
僕の提案に結様は、それはそれは嬉しそうに頷いたのでした。
ちりんちりんと、軒先に吊るされた風鈴の涼し気な音と共に、そう書かれたのぼりが揺れています。
「…冷やし中華…」
そのお店の前で足を止めた僕は、買い物籠を手に、ぽつりと呟いていました。
◇
「ユキオ、ユキオ、コレ何ダ!? 黄色イ! 白クナイシ、黒クモナイ!」
卓袱台に乗りました結樣が、目の前にある物にとても興奮しているのが解ります。
「はい。こちらは冷やし中華と呼ばれる物ですよ。何時も食べます、素麺やお蕎麦、うどんとは違いまして麺に卵を練り込んであるのです」
「タマゴ…、コノ細イノハ伊達巻キカ!?」
結樣の言葉に僕はくすりと笑います。結樣は伊達巻きがお好きですからね。
「いいえ。こちらは、錦糸卵と言いまして、薄く焼いた玉子焼きを糸の様に切った物です」
そう言えば、食材の説明をした事がありませんでしたね。せっかくですからと、ハム、トマト、きゅうり、紅生姜と、それぞれの具材の名前をあげていきました。
僕は、冷やし中華があまり得意では無いのですが、ですからと云って結樣もそうだとは限りませんものね。
結樣には、沢山の美味しい物を召し上がって欲しいですし、色々な食べ物があるのだと知って欲しいのです。
僕がそうだった様に。
知らなかった物を知って、驚いたり喜んだりして欲しいです。
「ああ、いけません。麺がのびては美味しさが半減してしまいますね。さあ、どうぞ」
「イタダキマス」
僕が勧めれば、結樣は背中から腕を出して小さな手で麺を掴みます。
背中から腕が出るなんて、最初は驚いた物でしたが、今はもう慣れました。
きらきらと紅い瞳を輝かせて、つるつると麺を啜る結樣のお姿は、とてもお可愛らしくて愛らしいのです。
「ユキオ、少ナイ」
「え?」
結樣のお姿を微笑ましく見ながら冷やし中華を食べていました僕を、その結樣が食べる手を止めて見ていました。
「少ない、とは?」
結樣のお皿には、まだまだ冷やし中華が残っています。小さなお身体ですが、そのお身体よりも沢山の量を食べますので、僕よりも多くの量を盛っているのです。まさか、それが足りないとは…結様恐るべしです。
「ソレ。オレト同ジ、一本」
と、思ったのですが、結様はじっと僕の手元を見詰めていました。
「…ああ」
結樣に用意した冷やし中華が足りないと云う訳では無かった様です。早合点はいけませんね。
「実は、お恥ずかしながら…僕は冷やし中華が得意では無いのです」
「…トクイ?」
首を傾げます結様に、僕はお箸で麺を持ち上げて見せます。
「はい。素麺やお蕎麦、うどんはおつゆを付けて食べますよね? こちらも、麺つゆはありますが…混ぜて…ううん、絡めて、の方が良いでしょうか? こうして食べる物ですので…その、上手く啜れないのです」
そうなのです。
これは、昔からです。
こちらの麺もつるつるとしていまして喉越しが良いと思うのですが、何故か喉に支えてしまうのです。
「…吸い込む力が弱いのでしょうね。ですので、こうして一本ずつ食べる事にしているのです」
ですから僕は、つゆと共に流し込める素麺やお蕎麦の方が食べ易くて好きなのですよね。
「オレト同ジ! 嬉シイ!」
情けないと思われたでしょうか? と思いましたら、結様はそれは嬉しそうに目を細めたのです。
「ユキオト同ジ! ポカポカ! コレ、嬉シイデイイ?」
麺を持った両手を頭の上へと持ち上げた結様は、今にも飛び上がりそうで、僕は思わず笑ってしまいました。
「ええ、嬉しいで合っていますよ。僕も結様と同じで、胸がぽかぽかとしていまして…はい、とても嬉しいです」
右手を軽く胸にあてまして、僕は目を閉じます。
結様に語りました言葉に嘘は無く、胸の奥がぽかぽかとしています。
「結様がこちらに来て下さって…本当に感謝しています」
こうして食卓を囲める事が本当に嬉しいのです。
僕が作った物に様々な反応を見せて下さる誰かが…結様が居て下さる事が本当に嬉しいのです。
瑞樹様や優士様には申し訳なく思いますが…お二人と過ごす時は違う、この団欒。
それが、とても幸せだと思うのです。
我儘ですかね?
贅沢者だと言われてしまうでしょうか?
ですが、結様に出逢えて、こうして過ごす事が出来て、本当に良かったと思うのです。
「カンシャ? チガウ。アリガトウハ、オレ! コレモアレモ全部美味シイ! ユキオト食ベル、美味シイ!」
そう笑って手に持っていた麺を口に運びます結様に、僕は小さく『ありがとうございます』と言いました。
ありがとうございます、結様。
義務でも惰性でも無く、こうして食卓を囲む時間が楽しく、幸せである事を思い出させて下さって。
本当にありがとうございます。
「そうです。明日は、焼きそばにしてみましょうか? こちらと同じ麺を蒸して、ソースで焼いた物なのですけど…」
僕の提案に結様は、それはそれは嬉しそうに頷いたのでした。
10
お気に入りに追加
18
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。
【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど?
お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる