色褪せない幸福を

三冬月マヨ

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後日譚

卓袱台の幸せ

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『冷やし中華始めました』

 ちりんちりんと、軒先に吊るされた風鈴の涼し気な音と共に、そう書かれたのぼりが揺れています。

「…冷やし中華…」

 そのお店の前で足を止めた僕は、買い物籠を手に、ぽつりと呟いていました。

 ◇

「ユキオ、ユキオ、コレ何ダ!? 黄色イ! 白クナイシ、黒クモナイ!」

 卓袱台に乗りましたゆい樣が、目の前にある物にとても興奮しているのが解ります。

「はい。こちらは冷やし中華と呼ばれる物ですよ。何時も食べます、素麺やお蕎麦、うどんとは違いまして麺に卵を練り込んであるのです」

「タマゴ…、コノ細イノハ伊達巻キカ!?」

 結樣の言葉に僕はくすりと笑います。結樣は伊達巻きがお好きですからね。

「いいえ。こちらは、錦糸卵と言いまして、薄く焼いた玉子焼きを糸の様に切った物です」

 そう言えば、食材の説明をした事がありませんでしたね。せっかくですからと、ハム、トマト、きゅうり、紅生姜と、それぞれの具材の名前をあげていきました。
 僕は、冷やし中華があまり得意では無いのですが、ですからと云って結樣もそうだとは限りませんものね。
 結樣には、沢山の美味しい物を召し上がって欲しいですし、色々な食べ物があるのだと知って欲しいのです。
 僕がそうだった様に。
 知らなかった物を知って、驚いたり喜んだりして欲しいです。

「ああ、いけません。麺がのびては美味しさが半減してしまいますね。さあ、どうぞ」

「イタダキマス」

 僕が勧めれば、結樣は背中から腕を出して小さな手で麺を掴みます。
 背中から腕が出るなんて、最初は驚いた物でしたが、今はもう慣れました。
 きらきらと紅い瞳を輝かせて、つるつると麺を啜る結樣のお姿は、とてもお可愛らしくて愛らしいのです。
 
「ユキオ、少ナイ」

「え?」

 結樣のお姿を微笑ましく見ながら冷やし中華を食べていました僕を、その結樣が食べる手を止めて見ていました。

「少ない、とは?」

 結樣のお皿には、まだまだ冷やし中華が残っています。小さなお身体ですが、そのお身体よりも沢山の量を食べますので、僕よりも多くの量を盛っているのです。まさか、それが足りないとは…結様恐るべしです。

「ソレ。オレト同ジ、一本」

 と、思ったのですが、結様はじっと僕の手元を見詰めていました。

「…ああ」

 結樣に用意した冷やし中華が足りないと云う訳では無かった様です。早合点はいけませんね。

「実は、お恥ずかしながら…僕は冷やし中華が得意では無いのです」

「…トクイ?」

 首を傾げます結様に、僕はお箸で麺を持ち上げて見せます。

「はい。素麺やお蕎麦、うどんはおつゆを付けて食べますよね? こちらも、麺つゆはありますが…混ぜて…ううん、絡めて、の方が良いでしょうか? こうして食べる物ですので…その、上手く啜れないのです」

 そうなのです。
 これは、昔からです。
 こちらの麺もつるつるとしていまして喉越しが良いと思うのですが、何故か喉に支えてしまうのです。
 
「…吸い込む力が弱いのでしょうね。ですので、こうして一本ずつ食べる事にしているのです」

 ですから僕は、つゆと共に流し込める素麺やお蕎麦の方が食べ易くて好きなのですよね。

「オレト同ジ! 嬉シイ!」

 情けないと思われたでしょうか? と思いましたら、結様はそれは嬉しそうに目を細めたのです。

「ユキオト同ジ! ポカポカ! コレ、嬉シイデイイ?」

 麺を持った両手を頭の上へと持ち上げた結様は、今にも飛び上がりそうで、僕は思わず笑ってしまいました。

「ええ、嬉しいで合っていますよ。僕も結様と同じで、胸がぽかぽかとしていまして…はい、とても嬉しいです」

 右手を軽く胸にあてまして、僕は目を閉じます。
 結様に語りました言葉に嘘は無く、胸の奥がぽかぽかとしています。
 
「結様がこちらに来て下さって…本当に感謝しています」

 こうして食卓を囲める事が本当に嬉しいのです。
 僕が作った物に様々な反応を見せて下さる誰かが…結様が居て下さる事が本当に嬉しいのです。
 瑞樹みずき様や優士ゆうじ様には申し訳なく思いますが…お二人と過ごす時は違う、この団欒。
 それが、とても幸せだと思うのです。
 我儘ですかね?
 贅沢者だと言われてしまうでしょうか?
 ですが、結様に出逢えて、こうして過ごす事が出来て、本当に良かったと思うのです。

「カンシャ? チガウ。アリガトウハ、オレ! コレモアレモ全部美味シイ! ユキオト食ベル、美味シイ!」

 そう笑って手に持っていた麺を口に運びます結様に、僕は小さく『ありがとうございます』と言いました。
 ありがとうございます、結様。
 義務でも惰性でも無く、こうして食卓を囲む時間が楽しく、幸せである事を思い出させて下さって。
 本当にありがとうございます。
 
「そうです。明日は、焼きそばにしてみましょうか? こちらと同じ麺を蒸して、ソースで焼いた物なのですけど…」

 僕の提案に結様は、それはそれは嬉しそうに頷いたのでした。
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