28 / 31
後日譚
色褪せない幸福を
しおりを挟む
ぱしゃりぱしゃりと柄杓から撒かれた水が、高くなった陽光に照らされながら、乾いた大地に沁みて行く。
「う~ん。今日も暑くなりそうだねえ~」
柄杓を手にした桶に戻した壮年の男が、軽く肩を竦めて青い空を見上げた。
そこに浮かぶ白い雲は、正に入道雲と云う言葉が相応しかった。
「雷雨様が来たら嬉しいけど、誰かさんは泣き叫びそうだね~」
眉を下げて男は笑い、汗で滑って下がって来た丸い眼鏡を掛け直してから、再び柄杓へ手を掛ける。
「あ、の、すみません…」
桶の中の水を掬った処で、横合いから遠慮がちな声が掛けられた。
「うん。何かな~?」
作業の手を止められたが、男は嫌な顔をせず、柔和な笑顔を浮かべ、声を掛けて来た青年へと身体を向けた。声を掛けたのは一人だったが、身体を向けた先には二人の青年が立っていた。どちらも、素直そうな面持ちをしていると、声を掛けられた男は思った。
(まあ、僕と比べたら、だけどね~)
と、男は内心で肩を竦めた。
「た、高梨先生のお家は…ここで間違いないですか?」
問い掛けられた言葉に、男は笑みを深くし、背後にある門を指差した。
「うん、そうだよ~。見学かな? 家の中には入れてあげられないけど~、窓とかは開けてあるから、好きに見て良いよ~」
これで何度目だとか、何人目だとかは、もう数えてはいない。
馬鹿正直に住所を公表した友人を呪うだけだ。
「ありがとうございます」
二人の青年が頭を下げて、門を潜って行く。
歓喜に満ちた笑顔は、心を潤してくれる。
希望に溢れたその姿は、何処か眩しい。
「…はあ~。こんな事を思うなんて、やっぱり僕も歳なのかな~」
男はまた柄杓を桶に戻して、わざとらしく、軽く腰を叩いてみせた。
門を潜った青年二人が、ちらりと門扉前に居た男へと視線を向けて囁く。
「…今のって、相楽さん?」
「ばか。んな訳あるか。身内とか、子供とかだろ?」
「そうだよね。本にあるのと同じ容姿だから、びっくりした」
「同じ黒眼鏡だし、陽に透けると茶色に見える髪とか、どう考えても遺伝だろ? 何年経ってると思ってんだ」
そんな会話に耳を澄ませて聞いていた男…相楽柚子はくすりと笑う。
「…その、本人なんだけどね~」
聞き取れない程の小さな声で呟き、相楽は水撒きを再開させた。
ぱしゃりぱしゃりと、陽光にあてられた水が輝く。茶色い大地に黒い沁みを作り、その地を潤して行く。
高梨先生と、彼等は口にした。
いや、彼等だけでは、無い。
ここを訪れる者は、皆、そう呼ぶ。
彼等が読んだであろう、書物『色褪せない幸福を』の著者、高梨雪緒の事を。
雪緒が生を全うし、生前の約束に従い、里へと持ち帰り、星が管理する物を纏めていた時に、雪緒が書いた自叙伝と日記、出さず仕舞いだった手紙を見付けた。
その場に居たのは、星と月兎、天野にみく、相楽、瑞樹と優士、結だ。
当時を思い出し、相楽は軽い目眩を覚え、額を押さえた。
はっきり言わなくても、酷かった。
相楽と結以外の誰もが、雪緒の書いた自叙伝を読んで泣いたのだ。良い歳をした男達が、声を上げて。あれは地獄絵図だったと、相楽は今でも思う。
『こっ、これっ、このままじゃダメだよ』
と、みくが言えば、天野がうんうんと大きく頷く。星と月兎は、言葉なく、ただ泣きじゃくっていた。泣きながらも、比較的冷静だった優士が『自費出版で本にしましょう』と提案して、あれよあれよと話が決まってしまった。
『…いや~…、そんなのは、雪緒君は望んでいないと思うよ~?』
と、相楽は宥める様に両手を胸の高さまで挙げて口にしたが『雪緒君みたいな子が、他にも居るかも知れないじゃないか! これは、そんな子達の力になるよッ!』と、みくに怒鳴られて、相楽は挙げた手を下ろした。
(まあ、それなら雪緒君は照れながらも、誰かの力になれるのならと、喜ぶだろうけど…紫君は怒り狂うだろうなあ~)
と思ったが、口には出さなかった。
だって、それはそれで面白いから。
既に故人になって久しいが、怒り狂う高梨と、それを宥める雪緒の姿が容易に想像出来たから。
だから、まあ良いかと出版に力を貸した。
特に名がある訳でもない人間の自叙伝なんて、さして需要が望める物ではないだろう。物好きな人間ぐらいしか手に取らないだろうと思った。だから、百部程刷り、書店の片隅に置かせて貰った。
「…まさか、増刷に増刷を重ねるだなんて思わないよね~」
空になった桶を手に門扉を潜れば、先程の青年二人が縁側に腰掛けて、件の自叙伝を広げているのが目に入った。穏やかな笑みを浮かべながら、庭の向日葵を指差したり、縁側にある風鈴を指差したりしている。
それは、ここで何度も目にして来た光景だ。
同性婚が認められているとは云え、やはり、それに抵抗や嫌悪を覚える者達が居る事は事実だ。
雪緒の自叙伝は、そんな者達の力になっているのだと云う。
また、幸福とは云えない者達の、力にも。
こんな物は夢物語だと嗤う者達も居る。
ただ、運が良かっただけだと嗤う者達も居る。
だが、それがどうしたと云うのだ。
相楽は、そこに書かれた事が事実だと知って居る。
嗤いたい者は嗤えば良い。
信じたい者だけが、信じれば良い。
そこから得られる幸福は、望む者だけが手にすれば良い。
ただ、それだけだ。
(…まあ、隠蔽している部分もあるけどね~)
相楽は井戸へ向かいながら、皮肉気に笑う。
妖が人の姿になれる事。
妖と交わった者の寿命が延びる事。
それらに関わる部分は、雪緒には申し訳ないが、消させて貰った。
原本には手を加えてはいないから、何時か、時が来たら、そのままを公開する事は出来る。出来るのだが…杜川が望んだ妖と人との共存は、時が流れた今も、未だ難しいのが現実だ。
(身体の変化については、猛君は絶好調だし、僕も、今の処全然問題は無いんだけどね~…。だけど、もし…この変化に適応出来ない人が居たら…。悪用しようとする人が居たらと思うと、公表は出来ないよね~)
「あの、ありがとうございました!」
そんな事を考えながら、井戸から水を汲もうとしていた相楽の背中に、はっきりとした感謝の言葉が掛けられた。
「うん? 僕は何もしていないよ~?」
振り返れば、そこには何処か満たされた笑顔を浮かべた青年二人が立って居る。
(良い顔しちゃって、まあ)
「ここを管理しているんですよね? だから、ありがとうございます」
「庭も、見えるとこだけですけど、家の中も綺麗で…その、何かぽかぽかしてて良かったです」
「そう。それは良かったね~」
(きっと、雪緒君も喜んでいるよ~?)
「また来ても良いですか?」
「勿論だよ。喜ぶ子が居るからね~」
「え?」
「ううん、こっちの話~。…ねえ、君達は今、幸せ?」
相楽の問いに、青年二人は互いの顔を見た後に、照れた様に笑った。
そして、何度も頭を下げて、高梨邸を後にした。
「…結君、出ておいで~?」
青年二人の背中を見送り、辺りに人の気配を感じなくなった処で、相楽が誰も居ない縁側へと振り返り声を掛けた。
「…ぽかぽかしたかな~?」
縁側へと歩みを進めながら、相楽はおどけた声を出す。
「ン。ポカポカ、幸セダッタ」
その声は、誰も居ない筈の縁側から聞こえて来た。
「そうかあ~。良かったねえ~。彼等も、ぽかぽかだって言ってたよ? 結君が綺麗にお掃除してくれてるお蔭だね~」
「ココ、ポカポカ二シタイダケ。皆ノポカポカ集メテルダケ。ココ、雪緒ノ宝ノ箱」
その言葉と共に、誰も居なかった筈の縁側に黒い影が現れた。
黒い毛に覆われたそれは、妖の結だ。雪緒曰くお手玉程の大きさだった結は、今は座布団を二枚並べた程の大きさに成長していた。巨大な黒いお手玉、いや、毛虫だ。出逢った時の幼体の姿を、雪緒がいたくお気に召したらしく、また、結もそれを理解していたのか、結はそのまま成長した。黒い、巨大な毛虫だ。だが、嫌な感じはしない。黒い艶やかな毛は肌触りが良く、またもふもふとしていて、雪緒は度々結に寄り掛かり、読書をしていたそうだ。
(紫君が知ったらと思うと、不憫で泣けてくるよね~)
と、その話を聞いた時、相楽は今は亡き不憫な友を思い、泣き真似をした。
「…宝の箱かあ~。…そうだねえ~」
縁側に腰を下ろして、相楽は青い空を見上げる。
本物の青い宝の箱は、星が里へと持って行った。
飾り箱の中にあっても、時間が経てば、やはり色は褪せて劣化して行く。
それでも、そこにある想いは変わらない。
ぽかぽかとした想いは、これからも色褪せずにそこにあるだろう。
「…誰かが居て、そこに幸福があれば…それは続いて行くよ。色褪せない幸福は巡り続けるよ、雪緒君」
青い青い空に星は見えない。
だが、相楽は何時か見た天の川を脳裏に描き、その言葉を紡いだ。
「…なあんて、僕の柄じゃあないね~。お昼にしようか~、結君」
縁側から相楽は立ち上がり、そこに寝転がっている様に見える結に声を掛けて、高梨邸の隣の家へ…今は、相楽の家へと向かう。
高梨邸を管理する事になったのは、結がそこから離れたくないと言ったのもあるが、やはり、みくや星達が『ここが無くなるのは嫌だ!』と、五月蠅かったからだ。
もう自分の事を覚えている人も居ないし、街へ戻っても良いかと、相楽は渋々といった体で高梨邸の管理を引き受けた。
「幸いと言ったら棘があるけど…この辺は年配の人が多かったからね~」
だから、空き家となっていた隣家を相楽は迷う事無く買い上げ、新しい自分の家とした。
しかし、それも永遠にとはいかない。
何れは、相楽もここを去る時が来る。
「結君が、人になってくれれば問題は無いんだけどね~」
(それか、いっその事、あの家の守り神になるとか…)
「って、今も似た様な物かあ~」
くすくすと笑いながら相楽は勝手口へと手を掛けた。
ぽかぽかとした想いを胸に感じながら、もう一度青い空を仰ぐ。
幸福は巡る。
誰かの喜ぶ姿を見れば、自分も何故か嬉しくなる様に。
そんな自分の姿を見て、誰かが元気付けられる様に。
そんな、小さな幸せで良い。
それらは、日々、そこかしこにあって巡り巡っている。
それが、雪緒の言う、色褪せない幸福なのだろう。
青い空の向こうにある星を見詰め、相楽は目を細めて口元を緩めた。
「う~ん。今日も暑くなりそうだねえ~」
柄杓を手にした桶に戻した壮年の男が、軽く肩を竦めて青い空を見上げた。
そこに浮かぶ白い雲は、正に入道雲と云う言葉が相応しかった。
「雷雨様が来たら嬉しいけど、誰かさんは泣き叫びそうだね~」
眉を下げて男は笑い、汗で滑って下がって来た丸い眼鏡を掛け直してから、再び柄杓へ手を掛ける。
「あ、の、すみません…」
桶の中の水を掬った処で、横合いから遠慮がちな声が掛けられた。
「うん。何かな~?」
作業の手を止められたが、男は嫌な顔をせず、柔和な笑顔を浮かべ、声を掛けて来た青年へと身体を向けた。声を掛けたのは一人だったが、身体を向けた先には二人の青年が立っていた。どちらも、素直そうな面持ちをしていると、声を掛けられた男は思った。
(まあ、僕と比べたら、だけどね~)
と、男は内心で肩を竦めた。
「た、高梨先生のお家は…ここで間違いないですか?」
問い掛けられた言葉に、男は笑みを深くし、背後にある門を指差した。
「うん、そうだよ~。見学かな? 家の中には入れてあげられないけど~、窓とかは開けてあるから、好きに見て良いよ~」
これで何度目だとか、何人目だとかは、もう数えてはいない。
馬鹿正直に住所を公表した友人を呪うだけだ。
「ありがとうございます」
二人の青年が頭を下げて、門を潜って行く。
歓喜に満ちた笑顔は、心を潤してくれる。
希望に溢れたその姿は、何処か眩しい。
「…はあ~。こんな事を思うなんて、やっぱり僕も歳なのかな~」
男はまた柄杓を桶に戻して、わざとらしく、軽く腰を叩いてみせた。
門を潜った青年二人が、ちらりと門扉前に居た男へと視線を向けて囁く。
「…今のって、相楽さん?」
「ばか。んな訳あるか。身内とか、子供とかだろ?」
「そうだよね。本にあるのと同じ容姿だから、びっくりした」
「同じ黒眼鏡だし、陽に透けると茶色に見える髪とか、どう考えても遺伝だろ? 何年経ってると思ってんだ」
そんな会話に耳を澄ませて聞いていた男…相楽柚子はくすりと笑う。
「…その、本人なんだけどね~」
聞き取れない程の小さな声で呟き、相楽は水撒きを再開させた。
ぱしゃりぱしゃりと、陽光にあてられた水が輝く。茶色い大地に黒い沁みを作り、その地を潤して行く。
高梨先生と、彼等は口にした。
いや、彼等だけでは、無い。
ここを訪れる者は、皆、そう呼ぶ。
彼等が読んだであろう、書物『色褪せない幸福を』の著者、高梨雪緒の事を。
雪緒が生を全うし、生前の約束に従い、里へと持ち帰り、星が管理する物を纏めていた時に、雪緒が書いた自叙伝と日記、出さず仕舞いだった手紙を見付けた。
その場に居たのは、星と月兎、天野にみく、相楽、瑞樹と優士、結だ。
当時を思い出し、相楽は軽い目眩を覚え、額を押さえた。
はっきり言わなくても、酷かった。
相楽と結以外の誰もが、雪緒の書いた自叙伝を読んで泣いたのだ。良い歳をした男達が、声を上げて。あれは地獄絵図だったと、相楽は今でも思う。
『こっ、これっ、このままじゃダメだよ』
と、みくが言えば、天野がうんうんと大きく頷く。星と月兎は、言葉なく、ただ泣きじゃくっていた。泣きながらも、比較的冷静だった優士が『自費出版で本にしましょう』と提案して、あれよあれよと話が決まってしまった。
『…いや~…、そんなのは、雪緒君は望んでいないと思うよ~?』
と、相楽は宥める様に両手を胸の高さまで挙げて口にしたが『雪緒君みたいな子が、他にも居るかも知れないじゃないか! これは、そんな子達の力になるよッ!』と、みくに怒鳴られて、相楽は挙げた手を下ろした。
(まあ、それなら雪緒君は照れながらも、誰かの力になれるのならと、喜ぶだろうけど…紫君は怒り狂うだろうなあ~)
と思ったが、口には出さなかった。
だって、それはそれで面白いから。
既に故人になって久しいが、怒り狂う高梨と、それを宥める雪緒の姿が容易に想像出来たから。
だから、まあ良いかと出版に力を貸した。
特に名がある訳でもない人間の自叙伝なんて、さして需要が望める物ではないだろう。物好きな人間ぐらいしか手に取らないだろうと思った。だから、百部程刷り、書店の片隅に置かせて貰った。
「…まさか、増刷に増刷を重ねるだなんて思わないよね~」
空になった桶を手に門扉を潜れば、先程の青年二人が縁側に腰掛けて、件の自叙伝を広げているのが目に入った。穏やかな笑みを浮かべながら、庭の向日葵を指差したり、縁側にある風鈴を指差したりしている。
それは、ここで何度も目にして来た光景だ。
同性婚が認められているとは云え、やはり、それに抵抗や嫌悪を覚える者達が居る事は事実だ。
雪緒の自叙伝は、そんな者達の力になっているのだと云う。
また、幸福とは云えない者達の、力にも。
こんな物は夢物語だと嗤う者達も居る。
ただ、運が良かっただけだと嗤う者達も居る。
だが、それがどうしたと云うのだ。
相楽は、そこに書かれた事が事実だと知って居る。
嗤いたい者は嗤えば良い。
信じたい者だけが、信じれば良い。
そこから得られる幸福は、望む者だけが手にすれば良い。
ただ、それだけだ。
(…まあ、隠蔽している部分もあるけどね~)
相楽は井戸へ向かいながら、皮肉気に笑う。
妖が人の姿になれる事。
妖と交わった者の寿命が延びる事。
それらに関わる部分は、雪緒には申し訳ないが、消させて貰った。
原本には手を加えてはいないから、何時か、時が来たら、そのままを公開する事は出来る。出来るのだが…杜川が望んだ妖と人との共存は、時が流れた今も、未だ難しいのが現実だ。
(身体の変化については、猛君は絶好調だし、僕も、今の処全然問題は無いんだけどね~…。だけど、もし…この変化に適応出来ない人が居たら…。悪用しようとする人が居たらと思うと、公表は出来ないよね~)
「あの、ありがとうございました!」
そんな事を考えながら、井戸から水を汲もうとしていた相楽の背中に、はっきりとした感謝の言葉が掛けられた。
「うん? 僕は何もしていないよ~?」
振り返れば、そこには何処か満たされた笑顔を浮かべた青年二人が立って居る。
(良い顔しちゃって、まあ)
「ここを管理しているんですよね? だから、ありがとうございます」
「庭も、見えるとこだけですけど、家の中も綺麗で…その、何かぽかぽかしてて良かったです」
「そう。それは良かったね~」
(きっと、雪緒君も喜んでいるよ~?)
「また来ても良いですか?」
「勿論だよ。喜ぶ子が居るからね~」
「え?」
「ううん、こっちの話~。…ねえ、君達は今、幸せ?」
相楽の問いに、青年二人は互いの顔を見た後に、照れた様に笑った。
そして、何度も頭を下げて、高梨邸を後にした。
「…結君、出ておいで~?」
青年二人の背中を見送り、辺りに人の気配を感じなくなった処で、相楽が誰も居ない縁側へと振り返り声を掛けた。
「…ぽかぽかしたかな~?」
縁側へと歩みを進めながら、相楽はおどけた声を出す。
「ン。ポカポカ、幸セダッタ」
その声は、誰も居ない筈の縁側から聞こえて来た。
「そうかあ~。良かったねえ~。彼等も、ぽかぽかだって言ってたよ? 結君が綺麗にお掃除してくれてるお蔭だね~」
「ココ、ポカポカ二シタイダケ。皆ノポカポカ集メテルダケ。ココ、雪緒ノ宝ノ箱」
その言葉と共に、誰も居なかった筈の縁側に黒い影が現れた。
黒い毛に覆われたそれは、妖の結だ。雪緒曰くお手玉程の大きさだった結は、今は座布団を二枚並べた程の大きさに成長していた。巨大な黒いお手玉、いや、毛虫だ。出逢った時の幼体の姿を、雪緒がいたくお気に召したらしく、また、結もそれを理解していたのか、結はそのまま成長した。黒い、巨大な毛虫だ。だが、嫌な感じはしない。黒い艶やかな毛は肌触りが良く、またもふもふとしていて、雪緒は度々結に寄り掛かり、読書をしていたそうだ。
(紫君が知ったらと思うと、不憫で泣けてくるよね~)
と、その話を聞いた時、相楽は今は亡き不憫な友を思い、泣き真似をした。
「…宝の箱かあ~。…そうだねえ~」
縁側に腰を下ろして、相楽は青い空を見上げる。
本物の青い宝の箱は、星が里へと持って行った。
飾り箱の中にあっても、時間が経てば、やはり色は褪せて劣化して行く。
それでも、そこにある想いは変わらない。
ぽかぽかとした想いは、これからも色褪せずにそこにあるだろう。
「…誰かが居て、そこに幸福があれば…それは続いて行くよ。色褪せない幸福は巡り続けるよ、雪緒君」
青い青い空に星は見えない。
だが、相楽は何時か見た天の川を脳裏に描き、その言葉を紡いだ。
「…なあんて、僕の柄じゃあないね~。お昼にしようか~、結君」
縁側から相楽は立ち上がり、そこに寝転がっている様に見える結に声を掛けて、高梨邸の隣の家へ…今は、相楽の家へと向かう。
高梨邸を管理する事になったのは、結がそこから離れたくないと言ったのもあるが、やはり、みくや星達が『ここが無くなるのは嫌だ!』と、五月蠅かったからだ。
もう自分の事を覚えている人も居ないし、街へ戻っても良いかと、相楽は渋々といった体で高梨邸の管理を引き受けた。
「幸いと言ったら棘があるけど…この辺は年配の人が多かったからね~」
だから、空き家となっていた隣家を相楽は迷う事無く買い上げ、新しい自分の家とした。
しかし、それも永遠にとはいかない。
何れは、相楽もここを去る時が来る。
「結君が、人になってくれれば問題は無いんだけどね~」
(それか、いっその事、あの家の守り神になるとか…)
「って、今も似た様な物かあ~」
くすくすと笑いながら相楽は勝手口へと手を掛けた。
ぽかぽかとした想いを胸に感じながら、もう一度青い空を仰ぐ。
幸福は巡る。
誰かの喜ぶ姿を見れば、自分も何故か嬉しくなる様に。
そんな自分の姿を見て、誰かが元気付けられる様に。
そんな、小さな幸せで良い。
それらは、日々、そこかしこにあって巡り巡っている。
それが、雪緒の言う、色褪せない幸福なのだろう。
青い空の向こうにある星を見詰め、相楽は目を細めて口元を緩めた。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど?
お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)
黒崎由希
BL
目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。
しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ?
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
…ええっと…
もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m
.
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる