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喪
【一】
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砕けた感じで書くのが良いと、倫太郎様が教えて下さいましたので、その様に書きますね。失礼がありましたら、申し訳ございません。
僕が生まれたのは、小さな町でした。
四方を山に囲まれた長閑な町でした。
現在では、合併されて名前が変わっていますね。
父は確か工場に勤めていた筈です。どの様な物を作っている工場でしたのかは解りませんが。毎朝、ほぼ決まった時間に、母が作ったお弁当を持って出勤していました。
母はご近所の方々の、田植え等の忙しい時期にお手伝いに行っていました。
そこだけ見れば、何処にでもある普通の家庭だったと思います。
普通ではない処を挙げるのでしたら、二人の結婚を反対されて駆け落ちしたと云う処でしょうか?
父は人が良過ぎて、騙されやすい、そんな人だったそうです。困って居る人が居たら、手を差し伸べずには居られない…そんな人でしたと。
その様な処を、母は放っては置けず、気が付いたら好きになっていたのだと聞きました。ええ、両親が儚くなった後に、僕を引き取って下さった、父方の祖父母から聞かされました。
そんな父でしたので、同僚からお金の無心をされても断れず、また、それが出来ない時には、高利貸しの保証人に…と、なったそうです。お金を借りた当人が返済出来なければ、それは保証人へと回ります。信じたくはありませんが、最初からそれが目的で、父に保証人を頼んだ方々も居たそうです。
それらが繰り返されて、僕の家の家計は火の車だったそうです。ですが、両親はその事を口にも表情にも出しませんでしたし、仲睦まじく、何時も笑顔を浮かべていましたし、僕にも優しかったです。お腹が空く頃には、温かいお食事が用意されていましたし、お手伝いをしよう物なら『危ないから、もう少し大きくなってからね』と、笑いながらぺちりと、額を叩かれた覚えがあります。叩かれたと言っても、本当に軽くです。ゆで卵を額で割るより、痛くありません。それでも、何かをしたいと言えば、お茶碗やお箸の用意をさせてくれました。
本当に、両親は僕を大切にしてくれていたのだと思います。
おかずが少ない時は『自分達はもう満足だから、後は雪緒が食べな』と、優しい笑顔で幾度と言われた事でしょう? まだ幼かった僕は、その言葉通りに受け止めて、自分の空腹を満たしていました。…僕だけが。
そうして、その日が来たのです。
寒い冬の日でした。
けほけほと、こほこほとした咳や、苦しい息遣いが、家の中を満たしていました。
最初は父でした。
軽い咳をしながら、気怠そうにお仕事へと向かいました。が、その日は半日程で『使い物にならない』と言われて帰宅させられました。父も母も軽い風邪だと笑っていました。たまには、ゆっくりと休めと言う事なのだろうと言っていました。そのまま、父は倒れ込む様にして、お布団へと入りました。その次の日の夕方、母が咳をしだして、早くに就寝しました。父はずっとお布団の中で、咳をしたり魘されたりしていました。
その翌朝、僕は少しの頭痛を覚えながら、両親が身体を休めますお布団の横で、お使いを頼まれていました。
『ごめんね、雪緒』
咳をしながら、母が謝ります。
箪笥の一番上の引き出しにお金があるから、診療所へ行って、風邪薬を処方して来て貰ってと。
そして『お米を持ってお隣へ行って、お粥を作ってと奥さんにお願いして』と、僕に頼みました。
とにかく、薬が必要なのだと、それだけは解りました。僕は、引き出しにありました封筒を手に、診療所へと走りました。
しかし、幼い僕は、上手に両親の容態を伝える事が出来ませんでした。それでも、何とか処方して下さったのは、僕が子供なりに、必死にお願いしたからでしょうか? 両親のお薬三日分を手にしましたが、封筒の中身は空になってしまいました。
それが、どう云う事なのか、幼い僕には未だ理解が出来ません。
ただ、お薬を戴きましたので、これで両親が元気になる。それしか、頭に無かったと思います。
朝から痛かった頭痛は、ずきずきと痛みが増していましたが、お薬を両親へ。そして、お粥を。それだけを考えながら、お家へと帰りました。お薬の入った紙袋を両親の枕元へ置けば、お水もと言われましたので、湯呑みにお水を入れて置きました。その後に、僕は隣のお家へと、土鍋にお米を入れて持って行きました。
今でしたら、片手で持てます土鍋ですが、幼い僕には、かなりの重さがあった様に思います。落とさない様に、慎重にお隣へと行けば『顔が赤い』と言われました。ですが、お使いへと行った事を話しましたら『この寒いのに、大変だったね』と、労って下さいました。『重いから、出来たら届けるから、お家で休んでなさい』と言われて、僕はお家へと戻りました。
お薬は飲んだのでしょうかと、寝室を覗きましたら、両親は眠っている様に見えましたので、お薬を飲んで幾らか楽になったのだと思いました。
ほっとしましたら、急に全身が重く怠くなりました。頭痛もまだありますが、お粥が届くまでは、休む訳には行きません。
寝室へと繋がる襖を閉めて、そこに寄りかかって膝を抱えて座り込み、僕はお粥が届くのを待ちました。
僕が生まれたのは、小さな町でした。
四方を山に囲まれた長閑な町でした。
現在では、合併されて名前が変わっていますね。
父は確か工場に勤めていた筈です。どの様な物を作っている工場でしたのかは解りませんが。毎朝、ほぼ決まった時間に、母が作ったお弁当を持って出勤していました。
母はご近所の方々の、田植え等の忙しい時期にお手伝いに行っていました。
そこだけ見れば、何処にでもある普通の家庭だったと思います。
普通ではない処を挙げるのでしたら、二人の結婚を反対されて駆け落ちしたと云う処でしょうか?
父は人が良過ぎて、騙されやすい、そんな人だったそうです。困って居る人が居たら、手を差し伸べずには居られない…そんな人でしたと。
その様な処を、母は放っては置けず、気が付いたら好きになっていたのだと聞きました。ええ、両親が儚くなった後に、僕を引き取って下さった、父方の祖父母から聞かされました。
そんな父でしたので、同僚からお金の無心をされても断れず、また、それが出来ない時には、高利貸しの保証人に…と、なったそうです。お金を借りた当人が返済出来なければ、それは保証人へと回ります。信じたくはありませんが、最初からそれが目的で、父に保証人を頼んだ方々も居たそうです。
それらが繰り返されて、僕の家の家計は火の車だったそうです。ですが、両親はその事を口にも表情にも出しませんでしたし、仲睦まじく、何時も笑顔を浮かべていましたし、僕にも優しかったです。お腹が空く頃には、温かいお食事が用意されていましたし、お手伝いをしよう物なら『危ないから、もう少し大きくなってからね』と、笑いながらぺちりと、額を叩かれた覚えがあります。叩かれたと言っても、本当に軽くです。ゆで卵を額で割るより、痛くありません。それでも、何かをしたいと言えば、お茶碗やお箸の用意をさせてくれました。
本当に、両親は僕を大切にしてくれていたのだと思います。
おかずが少ない時は『自分達はもう満足だから、後は雪緒が食べな』と、優しい笑顔で幾度と言われた事でしょう? まだ幼かった僕は、その言葉通りに受け止めて、自分の空腹を満たしていました。…僕だけが。
そうして、その日が来たのです。
寒い冬の日でした。
けほけほと、こほこほとした咳や、苦しい息遣いが、家の中を満たしていました。
最初は父でした。
軽い咳をしながら、気怠そうにお仕事へと向かいました。が、その日は半日程で『使い物にならない』と言われて帰宅させられました。父も母も軽い風邪だと笑っていました。たまには、ゆっくりと休めと言う事なのだろうと言っていました。そのまま、父は倒れ込む様にして、お布団へと入りました。その次の日の夕方、母が咳をしだして、早くに就寝しました。父はずっとお布団の中で、咳をしたり魘されたりしていました。
その翌朝、僕は少しの頭痛を覚えながら、両親が身体を休めますお布団の横で、お使いを頼まれていました。
『ごめんね、雪緒』
咳をしながら、母が謝ります。
箪笥の一番上の引き出しにお金があるから、診療所へ行って、風邪薬を処方して来て貰ってと。
そして『お米を持ってお隣へ行って、お粥を作ってと奥さんにお願いして』と、僕に頼みました。
とにかく、薬が必要なのだと、それだけは解りました。僕は、引き出しにありました封筒を手に、診療所へと走りました。
しかし、幼い僕は、上手に両親の容態を伝える事が出来ませんでした。それでも、何とか処方して下さったのは、僕が子供なりに、必死にお願いしたからでしょうか? 両親のお薬三日分を手にしましたが、封筒の中身は空になってしまいました。
それが、どう云う事なのか、幼い僕には未だ理解が出来ません。
ただ、お薬を戴きましたので、これで両親が元気になる。それしか、頭に無かったと思います。
朝から痛かった頭痛は、ずきずきと痛みが増していましたが、お薬を両親へ。そして、お粥を。それだけを考えながら、お家へと帰りました。お薬の入った紙袋を両親の枕元へ置けば、お水もと言われましたので、湯呑みにお水を入れて置きました。その後に、僕は隣のお家へと、土鍋にお米を入れて持って行きました。
今でしたら、片手で持てます土鍋ですが、幼い僕には、かなりの重さがあった様に思います。落とさない様に、慎重にお隣へと行けば『顔が赤い』と言われました。ですが、お使いへと行った事を話しましたら『この寒いのに、大変だったね』と、労って下さいました。『重いから、出来たら届けるから、お家で休んでなさい』と言われて、僕はお家へと戻りました。
お薬は飲んだのでしょうかと、寝室を覗きましたら、両親は眠っている様に見えましたので、お薬を飲んで幾らか楽になったのだと思いました。
ほっとしましたら、急に全身が重く怠くなりました。頭痛もまだありますが、お粥が届くまでは、休む訳には行きません。
寝室へと繋がる襖を閉めて、そこに寄りかかって膝を抱えて座り込み、僕はお粥が届くのを待ちました。
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