9 / 31
序
【完】
しおりを挟む
「今から過去の事を書くのなら、日記ではないだろう。手記、いや、回顧録…いや、自叙伝か?」
涙を浮かべます瑞樹様の前に、腰を下ろした優士様が顎に手をあてて述べます。
「…じじょでん…」
自らの生い立ちや、それまでの生き様を綴った物…ですよね? それを、書く…? 僕が、ですか?
「殴る事はないだろ…」
「馬鹿なお前が悪い。が、確かに"書く"事は悪くはない。瑠璃子先輩に感謝を。人の記憶は、移ろい行く物だ。だから、忘れない為に記録を取る。雪緒さん、頭の体操に如何で…痛っ…!」
僕が考え込んでいましたら、今度は優士様の頭に平手打ちが落ちていました。
「ふえっ!?」
僕は、あわあわとしてしまいますが、お二人の言葉は止まりません。
「馬鹿はお前だっ! 頭の体操って何だっ、体操ってっ!!」
「過去の記憶を掘り起こすのだから、間違いないだろう? 脳を活性化させて…」
「そうかも知れないけど、言い方っ!」
「お前に言われたくない」
「なんでっ!!」
「ふっ、ふふ…っ…!」
お二人の遣り取りに、僕は堪え切れずに、また笑ってしまいました。
「本当に、お二人がお友達で良かったです…そうですね…良いですね、自叙伝…」
忘れたくないから、書く。
覚えて置きたいから、書く。
それは、幾度も繰り返して同じ事を話すのと同じなのでしょう。
忘れたくないから。
覚えて置きたいから。
伝えたいからと…そう仰っていましたのは、倫太郎様でしたね。
「…ですが…時間系列通りに書けますか、一抹の不安が…」
「そんなの、思い出した順、書きたい順で良いんじゃないんですか?」
不安を示します僕を、瑞樹様が軽く一蹴します。
そんな瑞樹様に、優士様が軽く肩を竦めてから頷きました。
「だな。後で並べ替えれば良いだけです。後…書く事は、辛い過去の供養にも繋がると思います。…雪緒さんの辛い夢…話すのが辛い事も、文字になら起こせるのでは?」
「…ああ…」
軽く目を閉じて、僕は頷きます。
そうですね…。
夢に見るのは、きっと朧気だったそれを思い出せ…と、云う事なのでしょうか?
そして、受け入れて昇華しろと…そう云う事なのでしょう。
「…はい」
そうして、もう一度頷いて目を開けます。
そこには、力強い笑みを湛えました瑞樹様と、目だけで静かに笑みを表す優士様が居ました。
「…書いてみますね、僕なりに、僕の自叙伝を」
ですので、僕もお二人に笑顔を返しました。
◇
「…ふわ…」
とさりと、卓袱台の上に購入して来ました物を置きます。
「学びの場から去りまして、早数年…文明の進化とは目まぐるしい物なのですね…」
紐で閉じて、差し替え等を行いましょうと思っていましたのに…。
「ば、ばいんだーに、る、るーずりーふなる物が登場していましたとは…っ…!」
自分の無知が恥ずかしいです。
「いえ! この歳になりましても、まだまだ学べる事があります事に感謝致しましょう!」
ぐっと、右手で拳を作りまして、僕はお茶の間を後にします。向かう先は、旦那様のお部屋です。
旦那様が使用していました物は、何一つとして欠けていません。何一つとして、手放したくは無かったのです。
かたりと音を立てまして、旦那様が使用してました書斎机の引き出しを開けます。
「…お借りしますね」
その中に仕舞ってありました、黒い万年筆を僕はそっと両手で包みます。
勇気を下さい。
幼い頃の僕と向き合えます勇気を。
旦那様と出逢う前の僕に、力を下さい。
先ず、最初に書きますのは、幾度も夢に見ます、幼い頃の記憶です。
高梨雪緒ではなくて、里山雪緒だった頃の、僕です。
「…旦那様にも…届きます様に…」
そっと目を閉じて、万年筆を包んだ両手を額にあてます。
聞いて下さい、旦那様。
僕のお話を。
旦那様にお逢いする前の、僕のお話を。
そして…それからの…今も続きます、幸福のお話を。
それを書きますのは、このお茶の間で、です。
旦那様と僕が、最も長い時間を過ごしたこの場所で、です。
閉じていた目を開いて顔を横へと向ければ、旦那様が使用していました盃等を収めた、背の低い食器棚があります。その上に、硝子の容器に守られました宝の箱を置きました。
「…見守って居て下さいね…」
あの頃の青さとは違いますが、未だ青い宝の箱を見て、僕は目を細めます。
この様に、人の想いも、記憶も、何時かは褪せてゆくのでしょう。
それでも、こうして書いて残して置きます事で、褪せてしまった物の輝きを思い出す事が出来るのだと思います。
ですから、書いてゆきましょう。
旦那様と僕のお話を。
想いを色褪せさせない為に。
涙を浮かべます瑞樹様の前に、腰を下ろした優士様が顎に手をあてて述べます。
「…じじょでん…」
自らの生い立ちや、それまでの生き様を綴った物…ですよね? それを、書く…? 僕が、ですか?
「殴る事はないだろ…」
「馬鹿なお前が悪い。が、確かに"書く"事は悪くはない。瑠璃子先輩に感謝を。人の記憶は、移ろい行く物だ。だから、忘れない為に記録を取る。雪緒さん、頭の体操に如何で…痛っ…!」
僕が考え込んでいましたら、今度は優士様の頭に平手打ちが落ちていました。
「ふえっ!?」
僕は、あわあわとしてしまいますが、お二人の言葉は止まりません。
「馬鹿はお前だっ! 頭の体操って何だっ、体操ってっ!!」
「過去の記憶を掘り起こすのだから、間違いないだろう? 脳を活性化させて…」
「そうかも知れないけど、言い方っ!」
「お前に言われたくない」
「なんでっ!!」
「ふっ、ふふ…っ…!」
お二人の遣り取りに、僕は堪え切れずに、また笑ってしまいました。
「本当に、お二人がお友達で良かったです…そうですね…良いですね、自叙伝…」
忘れたくないから、書く。
覚えて置きたいから、書く。
それは、幾度も繰り返して同じ事を話すのと同じなのでしょう。
忘れたくないから。
覚えて置きたいから。
伝えたいからと…そう仰っていましたのは、倫太郎様でしたね。
「…ですが…時間系列通りに書けますか、一抹の不安が…」
「そんなの、思い出した順、書きたい順で良いんじゃないんですか?」
不安を示します僕を、瑞樹様が軽く一蹴します。
そんな瑞樹様に、優士様が軽く肩を竦めてから頷きました。
「だな。後で並べ替えれば良いだけです。後…書く事は、辛い過去の供養にも繋がると思います。…雪緒さんの辛い夢…話すのが辛い事も、文字になら起こせるのでは?」
「…ああ…」
軽く目を閉じて、僕は頷きます。
そうですね…。
夢に見るのは、きっと朧気だったそれを思い出せ…と、云う事なのでしょうか?
そして、受け入れて昇華しろと…そう云う事なのでしょう。
「…はい」
そうして、もう一度頷いて目を開けます。
そこには、力強い笑みを湛えました瑞樹様と、目だけで静かに笑みを表す優士様が居ました。
「…書いてみますね、僕なりに、僕の自叙伝を」
ですので、僕もお二人に笑顔を返しました。
◇
「…ふわ…」
とさりと、卓袱台の上に購入して来ました物を置きます。
「学びの場から去りまして、早数年…文明の進化とは目まぐるしい物なのですね…」
紐で閉じて、差し替え等を行いましょうと思っていましたのに…。
「ば、ばいんだーに、る、るーずりーふなる物が登場していましたとは…っ…!」
自分の無知が恥ずかしいです。
「いえ! この歳になりましても、まだまだ学べる事があります事に感謝致しましょう!」
ぐっと、右手で拳を作りまして、僕はお茶の間を後にします。向かう先は、旦那様のお部屋です。
旦那様が使用していました物は、何一つとして欠けていません。何一つとして、手放したくは無かったのです。
かたりと音を立てまして、旦那様が使用してました書斎机の引き出しを開けます。
「…お借りしますね」
その中に仕舞ってありました、黒い万年筆を僕はそっと両手で包みます。
勇気を下さい。
幼い頃の僕と向き合えます勇気を。
旦那様と出逢う前の僕に、力を下さい。
先ず、最初に書きますのは、幾度も夢に見ます、幼い頃の記憶です。
高梨雪緒ではなくて、里山雪緒だった頃の、僕です。
「…旦那様にも…届きます様に…」
そっと目を閉じて、万年筆を包んだ両手を額にあてます。
聞いて下さい、旦那様。
僕のお話を。
旦那様にお逢いする前の、僕のお話を。
そして…それからの…今も続きます、幸福のお話を。
それを書きますのは、このお茶の間で、です。
旦那様と僕が、最も長い時間を過ごしたこの場所で、です。
閉じていた目を開いて顔を横へと向ければ、旦那様が使用していました盃等を収めた、背の低い食器棚があります。その上に、硝子の容器に守られました宝の箱を置きました。
「…見守って居て下さいね…」
あの頃の青さとは違いますが、未だ青い宝の箱を見て、僕は目を細めます。
この様に、人の想いも、記憶も、何時かは褪せてゆくのでしょう。
それでも、こうして書いて残して置きます事で、褪せてしまった物の輝きを思い出す事が出来るのだと思います。
ですから、書いてゆきましょう。
旦那様と僕のお話を。
想いを色褪せさせない為に。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる