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序
【完】
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「今から過去の事を書くのなら、日記ではないだろう。手記、いや、回顧録…いや、自叙伝か?」
涙を浮かべます瑞樹様の前に、腰を下ろした優士様が顎に手をあてて述べます。
「…じじょでん…」
自らの生い立ちや、それまでの生き様を綴った物…ですよね? それを、書く…? 僕が、ですか?
「殴る事はないだろ…」
「馬鹿なお前が悪い。が、確かに"書く"事は悪くはない。瑠璃子先輩に感謝を。人の記憶は、移ろい行く物だ。だから、忘れない為に記録を取る。雪緒さん、頭の体操に如何で…痛っ…!」
僕が考え込んでいましたら、今度は優士様の頭に平手打ちが落ちていました。
「ふえっ!?」
僕は、あわあわとしてしまいますが、お二人の言葉は止まりません。
「馬鹿はお前だっ! 頭の体操って何だっ、体操ってっ!!」
「過去の記憶を掘り起こすのだから、間違いないだろう? 脳を活性化させて…」
「そうかも知れないけど、言い方っ!」
「お前に言われたくない」
「なんでっ!!」
「ふっ、ふふ…っ…!」
お二人の遣り取りに、僕は堪え切れずに、また笑ってしまいました。
「本当に、お二人がお友達で良かったです…そうですね…良いですね、自叙伝…」
忘れたくないから、書く。
覚えて置きたいから、書く。
それは、幾度も繰り返して同じ事を話すのと同じなのでしょう。
忘れたくないから。
覚えて置きたいから。
伝えたいからと…そう仰っていましたのは、倫太郎様でしたね。
「…ですが…時間系列通りに書けますか、一抹の不安が…」
「そんなの、思い出した順、書きたい順で良いんじゃないんですか?」
不安を示します僕を、瑞樹様が軽く一蹴します。
そんな瑞樹様に、優士様が軽く肩を竦めてから頷きました。
「だな。後で並べ替えれば良いだけです。後…書く事は、辛い過去の供養にも繋がると思います。…雪緒さんの辛い夢…話すのが辛い事も、文字になら起こせるのでは?」
「…ああ…」
軽く目を閉じて、僕は頷きます。
そうですね…。
夢に見るのは、きっと朧気だったそれを思い出せ…と、云う事なのでしょうか?
そして、受け入れて昇華しろと…そう云う事なのでしょう。
「…はい」
そうして、もう一度頷いて目を開けます。
そこには、力強い笑みを湛えました瑞樹様と、目だけで静かに笑みを表す優士様が居ました。
「…書いてみますね、僕なりに、僕の自叙伝を」
ですので、僕もお二人に笑顔を返しました。
◇
「…ふわ…」
とさりと、卓袱台の上に購入して来ました物を置きます。
「学びの場から去りまして、早数年…文明の進化とは目まぐるしい物なのですね…」
紐で閉じて、差し替え等を行いましょうと思っていましたのに…。
「ば、ばいんだーに、る、るーずりーふなる物が登場していましたとは…っ…!」
自分の無知が恥ずかしいです。
「いえ! この歳になりましても、まだまだ学べる事があります事に感謝致しましょう!」
ぐっと、右手で拳を作りまして、僕はお茶の間を後にします。向かう先は、旦那様のお部屋です。
旦那様が使用していました物は、何一つとして欠けていません。何一つとして、手放したくは無かったのです。
かたりと音を立てまして、旦那様が使用してました書斎机の引き出しを開けます。
「…お借りしますね」
その中に仕舞ってありました、黒い万年筆を僕はそっと両手で包みます。
勇気を下さい。
幼い頃の僕と向き合えます勇気を。
旦那様と出逢う前の僕に、力を下さい。
先ず、最初に書きますのは、幾度も夢に見ます、幼い頃の記憶です。
高梨雪緒ではなくて、里山雪緒だった頃の、僕です。
「…旦那様にも…届きます様に…」
そっと目を閉じて、万年筆を包んだ両手を額にあてます。
聞いて下さい、旦那様。
僕のお話を。
旦那様にお逢いする前の、僕のお話を。
そして…それからの…今も続きます、幸福のお話を。
それを書きますのは、このお茶の間で、です。
旦那様と僕が、最も長い時間を過ごしたこの場所で、です。
閉じていた目を開いて顔を横へと向ければ、旦那様が使用していました盃等を収めた、背の低い食器棚があります。その上に、硝子の容器に守られました宝の箱を置きました。
「…見守って居て下さいね…」
あの頃の青さとは違いますが、未だ青い宝の箱を見て、僕は目を細めます。
この様に、人の想いも、記憶も、何時かは褪せてゆくのでしょう。
それでも、こうして書いて残して置きます事で、褪せてしまった物の輝きを思い出す事が出来るのだと思います。
ですから、書いてゆきましょう。
旦那様と僕のお話を。
想いを色褪せさせない為に。
涙を浮かべます瑞樹様の前に、腰を下ろした優士様が顎に手をあてて述べます。
「…じじょでん…」
自らの生い立ちや、それまでの生き様を綴った物…ですよね? それを、書く…? 僕が、ですか?
「殴る事はないだろ…」
「馬鹿なお前が悪い。が、確かに"書く"事は悪くはない。瑠璃子先輩に感謝を。人の記憶は、移ろい行く物だ。だから、忘れない為に記録を取る。雪緒さん、頭の体操に如何で…痛っ…!」
僕が考え込んでいましたら、今度は優士様の頭に平手打ちが落ちていました。
「ふえっ!?」
僕は、あわあわとしてしまいますが、お二人の言葉は止まりません。
「馬鹿はお前だっ! 頭の体操って何だっ、体操ってっ!!」
「過去の記憶を掘り起こすのだから、間違いないだろう? 脳を活性化させて…」
「そうかも知れないけど、言い方っ!」
「お前に言われたくない」
「なんでっ!!」
「ふっ、ふふ…っ…!」
お二人の遣り取りに、僕は堪え切れずに、また笑ってしまいました。
「本当に、お二人がお友達で良かったです…そうですね…良いですね、自叙伝…」
忘れたくないから、書く。
覚えて置きたいから、書く。
それは、幾度も繰り返して同じ事を話すのと同じなのでしょう。
忘れたくないから。
覚えて置きたいから。
伝えたいからと…そう仰っていましたのは、倫太郎様でしたね。
「…ですが…時間系列通りに書けますか、一抹の不安が…」
「そんなの、思い出した順、書きたい順で良いんじゃないんですか?」
不安を示します僕を、瑞樹様が軽く一蹴します。
そんな瑞樹様に、優士様が軽く肩を竦めてから頷きました。
「だな。後で並べ替えれば良いだけです。後…書く事は、辛い過去の供養にも繋がると思います。…雪緒さんの辛い夢…話すのが辛い事も、文字になら起こせるのでは?」
「…ああ…」
軽く目を閉じて、僕は頷きます。
そうですね…。
夢に見るのは、きっと朧気だったそれを思い出せ…と、云う事なのでしょうか?
そして、受け入れて昇華しろと…そう云う事なのでしょう。
「…はい」
そうして、もう一度頷いて目を開けます。
そこには、力強い笑みを湛えました瑞樹様と、目だけで静かに笑みを表す優士様が居ました。
「…書いてみますね、僕なりに、僕の自叙伝を」
ですので、僕もお二人に笑顔を返しました。
◇
「…ふわ…」
とさりと、卓袱台の上に購入して来ました物を置きます。
「学びの場から去りまして、早数年…文明の進化とは目まぐるしい物なのですね…」
紐で閉じて、差し替え等を行いましょうと思っていましたのに…。
「ば、ばいんだーに、る、るーずりーふなる物が登場していましたとは…っ…!」
自分の無知が恥ずかしいです。
「いえ! この歳になりましても、まだまだ学べる事があります事に感謝致しましょう!」
ぐっと、右手で拳を作りまして、僕はお茶の間を後にします。向かう先は、旦那様のお部屋です。
旦那様が使用していました物は、何一つとして欠けていません。何一つとして、手放したくは無かったのです。
かたりと音を立てまして、旦那様が使用してました書斎机の引き出しを開けます。
「…お借りしますね」
その中に仕舞ってありました、黒い万年筆を僕はそっと両手で包みます。
勇気を下さい。
幼い頃の僕と向き合えます勇気を。
旦那様と出逢う前の僕に、力を下さい。
先ず、最初に書きますのは、幾度も夢に見ます、幼い頃の記憶です。
高梨雪緒ではなくて、里山雪緒だった頃の、僕です。
「…旦那様にも…届きます様に…」
そっと目を閉じて、万年筆を包んだ両手を額にあてます。
聞いて下さい、旦那様。
僕のお話を。
旦那様にお逢いする前の、僕のお話を。
そして…それからの…今も続きます、幸福のお話を。
それを書きますのは、このお茶の間で、です。
旦那様と僕が、最も長い時間を過ごしたこの場所で、です。
閉じていた目を開いて顔を横へと向ければ、旦那様が使用していました盃等を収めた、背の低い食器棚があります。その上に、硝子の容器に守られました宝の箱を置きました。
「…見守って居て下さいね…」
あの頃の青さとは違いますが、未だ青い宝の箱を見て、僕は目を細めます。
この様に、人の想いも、記憶も、何時かは褪せてゆくのでしょう。
それでも、こうして書いて残して置きます事で、褪せてしまった物の輝きを思い出す事が出来るのだと思います。
ですから、書いてゆきましょう。
旦那様と僕のお話を。
想いを色褪せさせない為に。
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