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序
【八】
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僕は、両手でそっと宝の箱を持ち上げました。
目の前に広がる、青空とお星様の優しい色に、ふっと目を細めます。
それまでの僕には、特別な物等、何一つ有りませんでしたし、それを欲しいとも思いませんでした。
ですが、奥様がこちらを手渡して下さった、あの日、あの時から、それは変わったのです。
「お気持ちは有り難いのですが…この宝の箱は…旦那様が手を掛けて下さってから、更に特別な物になりました。ですから…剥がれました部分の糊付けだけで…後は…このままで…旦那様の想いが在るままで…我が儘で申し訳ございません」
一度は壊れてしまいました箱です。
あの時は悲しくて悲しくて、泣いて泣いて、泣き疲れて眠ってしまいました。
そうして、目が覚めましたら…旦那様が必死に、直して下さっていたのですよね。器用とは言い難い旦那様ですが、僕の為に四苦八苦して下さったのです。
その面影が無くなってしまうのは嫌です。
…この形が崩れてしまったとしても、そこにある想いまでもが、崩れる訳ではありませんものね。
僕は、それを知っていましたのに、何故、忘れて…忘れ様としていたのでしょう?
今も、この宝の箱は、こんなにも心を温かくして下さいますのに。
「うん。俺達が手を出したら、司令に怒られそうだしな!」
じっと宝の箱を見詰めていましたら、嬉しそうなお声が聞こえました。視線を移せば、曇りの無い笑顔で笑う瑞樹様のお顔があります。
果たして、それは、その様な笑顔で仰る事でしょうか? 内容と表情が合っていない気が致しますし、旦那様がお怒りになる様な事は無いと思います。…ああ、いえ、どうでしょうか…? うぅん…少し…自信がありませんね。
「だな。…雪緒さん」
軽く首を傾げましたら、優士様が静かに僕を呼びました。
「はい?」
「先程、想いが消えるとか言ってましたが…」
「…ああ…はい…。ですが、もう」
大丈夫ですよと言う前に、優士様が口を開きます。
「俺は、今もぽかぽかしますよ」
「え…」
そうして、優しく目を細めます優士様に、僕はぱちぱちと瞬きを繰り返します。
「初めてそれを見た時から、何も変わっていないです。まあ、見た目は変わりましたが…その箱を見て、胸が温かくなるのは、変わらない。お前も同じだろう、瑞樹?」
「へ? 俺が居ない間に、何の話をしてたんだ…後でじっくり聞かせろよな。うん。俺も、その箱を見ると、胸があったかくなるよ。今も、昔も」
眉を下げて笑います瑞樹様の表情に、嘘偽り等なくて、僕の胸に温かい物がじわりじわりと広がって行きます。じわりじわりと、ぽかりぽかりと、ゆっくりと。
「…司令が居ないから、ぽかぽかに…幸せになってはいけない…そんな事は無い。そんなのは驕りだ。司令も誰も喜ばない」
「…あ…」
その想いに浸っていました僕の耳に、優士様の刺す様なお声が届きました。
「優士、言い方っ! 話が良く見えないんだけど…けど、それは…駄目だよ、雪緒さん。俺も優士と同じです。そんな事を思ってるなんて、司令が知ったら悲しむ。雪緒さんの中で、司令は笑ってる?」
「…はい…」
続きます瑞樹様のお言葉に、僕は苦笑を零します。
本当に、耳が痛いです。
ですが、それをこうしてお言葉にして戴けるのは、嬉しい物ですね。
もう、大丈夫ですよ。
僕は気が付きましたから。
しっかりと、宝の箱に在ります、ぽかぽかの想いを受け取りましたから。
「…旦那様がいらっしゃらないのは、本当の本当に悲しく、寂しい物です。ですからと言って、これまでの時間や想いまでも、悲しい物にしてしまってはいけませんよね…」
僕は右手を動かして、また自分の鼻を摘みます。旦那様の手とは違い、弱々しい指先ですが。
「…何度でも…思い出しましょう…旦那様が居らした時間を…」
笑顔を忘れない為に。
不格好でも、自然と心から笑えます様に。
ありのままに笑えます様に、鼻を摘みましょう。
それが出来ない時は、泣けば良いのです。
無様を晒したとしましても、それを嘲笑う様な方は居ないのですから。
いつか、胸を張って旦那様に逢えます様に、鼻を摘みましょう。
「あ、そうだ。雪緒さん、日記を書いてみませんか?」
「は、い?」
ぽんと手を打った瑞樹様の言葉に、僕は鼻を摘んでいた指を離してしまいました。
「日記?」
首を傾げます僕に、瑞樹様が笑顔で話します。
「消えるとか、優士が言ってて思い出した。瑠璃子先輩が言っていたんです。どうしても寂しい時や辛い時、楽しかった事を忘れてしまいそうな時は、過去の日記を読み返すって。そうしたら、当時の事を思い出して、辛くないからって」
「え…あの、僕は日記は書いた事が…」
と、言いますか、今から日記と言われましても…。
「馬鹿か、お前は」
「痛いっ!」
困惑していましたら、優士様が立ち上がり、瑞樹様の頭に拳骨を落とされました。
ごちんと言う音が聞こえましたが、瑞樹様の頭は大丈夫なのでしょうか? 涙が浮かんでいますが、本当に大丈夫なのでしょうか?
目の前に広がる、青空とお星様の優しい色に、ふっと目を細めます。
それまでの僕には、特別な物等、何一つ有りませんでしたし、それを欲しいとも思いませんでした。
ですが、奥様がこちらを手渡して下さった、あの日、あの時から、それは変わったのです。
「お気持ちは有り難いのですが…この宝の箱は…旦那様が手を掛けて下さってから、更に特別な物になりました。ですから…剥がれました部分の糊付けだけで…後は…このままで…旦那様の想いが在るままで…我が儘で申し訳ございません」
一度は壊れてしまいました箱です。
あの時は悲しくて悲しくて、泣いて泣いて、泣き疲れて眠ってしまいました。
そうして、目が覚めましたら…旦那様が必死に、直して下さっていたのですよね。器用とは言い難い旦那様ですが、僕の為に四苦八苦して下さったのです。
その面影が無くなってしまうのは嫌です。
…この形が崩れてしまったとしても、そこにある想いまでもが、崩れる訳ではありませんものね。
僕は、それを知っていましたのに、何故、忘れて…忘れ様としていたのでしょう?
今も、この宝の箱は、こんなにも心を温かくして下さいますのに。
「うん。俺達が手を出したら、司令に怒られそうだしな!」
じっと宝の箱を見詰めていましたら、嬉しそうなお声が聞こえました。視線を移せば、曇りの無い笑顔で笑う瑞樹様のお顔があります。
果たして、それは、その様な笑顔で仰る事でしょうか? 内容と表情が合っていない気が致しますし、旦那様がお怒りになる様な事は無いと思います。…ああ、いえ、どうでしょうか…? うぅん…少し…自信がありませんね。
「だな。…雪緒さん」
軽く首を傾げましたら、優士様が静かに僕を呼びました。
「はい?」
「先程、想いが消えるとか言ってましたが…」
「…ああ…はい…。ですが、もう」
大丈夫ですよと言う前に、優士様が口を開きます。
「俺は、今もぽかぽかしますよ」
「え…」
そうして、優しく目を細めます優士様に、僕はぱちぱちと瞬きを繰り返します。
「初めてそれを見た時から、何も変わっていないです。まあ、見た目は変わりましたが…その箱を見て、胸が温かくなるのは、変わらない。お前も同じだろう、瑞樹?」
「へ? 俺が居ない間に、何の話をしてたんだ…後でじっくり聞かせろよな。うん。俺も、その箱を見ると、胸があったかくなるよ。今も、昔も」
眉を下げて笑います瑞樹様の表情に、嘘偽り等なくて、僕の胸に温かい物がじわりじわりと広がって行きます。じわりじわりと、ぽかりぽかりと、ゆっくりと。
「…司令が居ないから、ぽかぽかに…幸せになってはいけない…そんな事は無い。そんなのは驕りだ。司令も誰も喜ばない」
「…あ…」
その想いに浸っていました僕の耳に、優士様の刺す様なお声が届きました。
「優士、言い方っ! 話が良く見えないんだけど…けど、それは…駄目だよ、雪緒さん。俺も優士と同じです。そんな事を思ってるなんて、司令が知ったら悲しむ。雪緒さんの中で、司令は笑ってる?」
「…はい…」
続きます瑞樹様のお言葉に、僕は苦笑を零します。
本当に、耳が痛いです。
ですが、それをこうしてお言葉にして戴けるのは、嬉しい物ですね。
もう、大丈夫ですよ。
僕は気が付きましたから。
しっかりと、宝の箱に在ります、ぽかぽかの想いを受け取りましたから。
「…旦那様がいらっしゃらないのは、本当の本当に悲しく、寂しい物です。ですからと言って、これまでの時間や想いまでも、悲しい物にしてしまってはいけませんよね…」
僕は右手を動かして、また自分の鼻を摘みます。旦那様の手とは違い、弱々しい指先ですが。
「…何度でも…思い出しましょう…旦那様が居らした時間を…」
笑顔を忘れない為に。
不格好でも、自然と心から笑えます様に。
ありのままに笑えます様に、鼻を摘みましょう。
それが出来ない時は、泣けば良いのです。
無様を晒したとしましても、それを嘲笑う様な方は居ないのですから。
いつか、胸を張って旦那様に逢えます様に、鼻を摘みましょう。
「あ、そうだ。雪緒さん、日記を書いてみませんか?」
「は、い?」
ぽんと手を打った瑞樹様の言葉に、僕は鼻を摘んでいた指を離してしまいました。
「日記?」
首を傾げます僕に、瑞樹様が笑顔で話します。
「消えるとか、優士が言ってて思い出した。瑠璃子先輩が言っていたんです。どうしても寂しい時や辛い時、楽しかった事を忘れてしまいそうな時は、過去の日記を読み返すって。そうしたら、当時の事を思い出して、辛くないからって」
「え…あの、僕は日記は書いた事が…」
と、言いますか、今から日記と言われましても…。
「馬鹿か、お前は」
「痛いっ!」
困惑していましたら、優士様が立ち上がり、瑞樹様の頭に拳骨を落とされました。
ごちんと言う音が聞こえましたが、瑞樹様の頭は大丈夫なのでしょうか? 涙が浮かんでいますが、本当に大丈夫なのでしょうか?
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