旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ

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はろうぃんの悪戯

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 夕暮れ時の茶の間は何処か混沌としていました。

「ふわ…」

 僕の頭の上で、ちょこんと一房だけ結ばれた髪が揺れています。

「うぅんッ、雪緒ゆきお君可愛いッ!」

 手鏡を手にしたみくちゃん様が嬉しそうに笑っています。

「うんうん、可愛いねえ~。こっちもこれで出来上がりだよ~」

 筆を手にした相楽様が僕達を振り返って来て、にこやかに笑います。

「俺も模造刀出来たぞー」

 天野様も白い歯を見せながら、厚紙で作られた模造刀を振り回しています。

「……顔が…突っ張る…」

 旦那様がむすりと呟きました。

 今日ははろうぃんです。
 去年は奥様のお身体の調子が芳しくなかったので、無しとなりました。奥様は『私の事は気にしなくて良いのよ』と、言って下さいましたが、そう云う訳にはいきません。
 はろうぃんとは異国のお祭りです。とある言葉を言うと、お菓子を戴ける日、それがはろうぃんです。
 今年はその言葉だけではなくて、趣向を凝らした物となっています。
 相楽様が『常連から教えて貰ったんだけどね~』と、異国では物の怪へと扮するのだと云う事を教えて下さいました。因みに"常連"とは診察に訪れる患者さんの事です。『お身体の具合が宜しく無くて来ているのに、常連は酷いです』と言いましたら『来ない時の方が調子が悪いから~、来てくれないと困るんだよね~』と、笑いながら言われてしまいました。うぅん、良く解りません。
 それにしても、脚がすうすうします。みくちゃん様に、普段よりは裾の短い着物を着せられまして、膝小僧が見えているのです。僕が扮した物の怪は、座敷童子です。僕は物の怪には詳しく無いので良くは解りませんが『雪緒君は、これッ! 鞠子まりこちゃんもそう言ってるからッ!!』と、みくちゃん様が両手で作った拳を強く握り締めて言って来ましたので、そうですかと僕は頷いたのでした。
 そんなみくちゃん様は、九尾の狐さん。天野様は熊さん。相楽様は狸さんへと扮していまして、赤い絵の具で血が流れるさまを顔に描かれた旦那様は、昔、合戦場に立ったお侍さんだそうです。
 僕達の準備は整いましたので、後はせい様とえみちゃん様が来るのを待つだけですね。星様は『昔のおいらになるからな!』と言っていましたが、昔とは、あやかしの頃の姿の事なのでしょうか? どんな姿でしたのでしょうか? えみちゃん様は『ぬりかべ』だそうです。

 星様達が来る前に、奥様にこの姿をお見せして『雪緒君、こう言ってッ!』と、みくちゃん様から座敷童子の物真似を教わったりして居ましたらお二人が来ましたので、僕達は外へと出ました。

「ほらほら~行くよ~! 先ずは家からだよ~! 皆、待っているからね~!」

 との相楽様の声で診療所へと向かいます。
 僕一人では、恥ずかしくて外を歩けそうにありませんが、心強い皆様が…旦那様が居るので安心です。

「…え…?」

「…向日葵…?」

 診療所へと向かう道すがら、すれ違った朱雀のお二方の声が聞こえました。

 …向日葵? もう冬の足音も聞こえそうなこの時期に向日葵…ですか?
 何処に咲いているのでしょうか?

「ぶはッ!?」

 朱雀の方々の後ろ姿を見ていましたら、僕の前を歩いていたみくちゃん様が噴き出す声が聞こえました。

「みくちゃん、どーしたー?」

「みく君、どうしたのかね?」

「拾い食いでもしたのか?」

「あはは~。それは星君でしょ~?」

「余り人目を惹く事をしてくれるな」

「みくちゃん様?」

 振り返りましたら、みくちゃん様が両手で口を押さえて肩を震わせながら、僕の後ろ…朱雀の方々が去った方を見ていました。目に涙が浮かんでいる様に見えますが、一体どうされたのでしょうか?

「…ッ、ま、り…ッ…! ひ、ひま…ッ…とんがり…ぼ…ッ…!!」

「みくちゃん様? 大丈夫ですか? 早く診療所へ行きましょう、ね?」

「…ひぃッ…!!」

 腰を曲げて肩を震わせるみくちゃん様のお傍へと寄りまして、その腰に手をあてましたら、みくちゃん様がいきなり飛び上がりまして、お尻の箒を揺らしてそのまま駆け出してしまいました。

「えっ、みくちゃん!?」

 天野様が慌ててその後を追います。

「えぇと…どうされたのでしょうか…?」

「みくの奇行は今に始まった事ではない。どうせ診療所で会うだろう。行くぞ」

「そうそう、早く行くよ~」

「みく君は相変わらず元気で気持ちが良いな」

「そうかあ? やかましいぞ?」

「…ふえ…」

 どうやら心配しているのは僕だけの様です。うぅん、酷いです。

 ◇

 診療所へと行きまして、相楽様曰く常連の方々からお菓子を戴きましてから、大きな通りへと出まして沢山の物の怪に扮した方々に紛れて屋台を巡ったりしまして、僕達のお屋敷へと帰って来ました。

「ふわああ、こんなに沢山戴いてしまいました。風呂敷がぱんぱんです。お返しはどう致しましょうか?」

「返しなぞ気にするな。この祭りはそう云う物だ。それより、お前は俺に何か言う事は無いのか?」

 茶の間にて卓袱台の上に置きました風呂敷包みを開いていましたら、何故か不機嫌な声で、向かいで胡坐を掻きます旦那様がそう言って来ました。

「ふえ?」

 旦那様のお顔に施されたおしろいや、絵の具はそのままですので、何と言いますか得も言われぬ迫力がありますね。

「………以前の祭りの時…俺がお前に言わせようとした言葉だ」

「ふえっ!?」

 ええと…そう言えば…その様な事がありましたね…。
 初めてのはろうぃんで、奥様に言われて混乱している内に、みくちゃん様に畳み掛けられまして、更にはお妙さんにも上乗せさせられてしまいまして…旦那様に言われた時は、これ以上僕なんかが戴いてはいけないと、無言を貫いていたのですよね…頑なまでに…。
 ちらりと旦那様の顔色を伺えば、拗ねている様にも見えまして…何だか可愛らし…ふわわっ!!

「え、えぇと…と、とりっくおあとりぃと…です…」

「ん」

 何故だか恥ずかしくなって、俯いてもごもごと口にすれば、旦那様はむすりとしたままですが、着物の袖から一枚のちょこれいとを僕に差し出して来ました。

「…あ、ありがとうございます…ふが…?」

 頬を緩ませてそれを受け取りましたら、旦那様が口の端だけで笑いながら、僕の鼻を摘まんで来ました。

「…いずれ、な」

「ふえっ!?」

 悪戯とはなんですかと、驚く僕の鼻から手を離して旦那様はすくっと立ち上がり。

「顔を洗って来る」

 と、茶の間から出て行きました。

「ふえええええええっ!?」

 後に残された僕は、ただただ情けない声を出す事しか出来ませんでした。
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