旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ

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みくとの出逢い

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「え? 出逢い?」

 雪緒ゆきお君の家に西瓜スイカを片手に遊びに来たら、いきなりそんな事を聞かれた。

「はい。もっと、もっと…沢山旦那様の事を知りたくて…駄目ですか?」

 縁側に座るアタイに、麦茶を差し出して来て隣に並んで正座して、少し頬を赤くして上目遣いで見て来るとか、もう、このまま連れ帰りたい。
 何だい? 好きな人の過去を知りたいってアレかい?
 あの雪緒君が?

「おいらも気になるな、それ!」

 井戸の水を汲む桶の中に西瓜を入れて、それを下ろしながらせいも興味津々と云う様に、アタイを見て来た。

「う~ん…あまり…出逢いは気持ちの良い話ではないのだけれど…」

 渋るアタイに、雪緒君は軽く目を伏せて、胸元を押さえた。

「…僕の知らない旦那様を…知りたいのです…。我儘だと思うので…みくちゃん様? 鼻を押さえてどうされたのですか?」

「な、何でもないのよ。ちょ、ちょ~っと、熱いかなあって…」

 …いや、良く我慢出来るわね、あのダンナ。仙人なの? 霞でも食べて生きてるんじゃないの?

「大丈夫ですか!? 今、たらいを用意しますね! その中にお水と氷を入れて足を冷やしましょう!」

「あ、雪緒君、大丈夫よ!? 暑いじゃなくて、熱いだから…ッ…!」

 止める間も無く、雪緒君は風呂場の方へ走って行った。

「みく。ゆきお来たら話せよ!」

「…アタイ、ダンナに殺されない? 二人が聞きたがったって話してよ?」

「ん! 任せろ!」

 西瓜を井戸の中に下ろした星が頭の後ろで手を組んでアタイに言って来た。
 あんな風に可愛くおねだりされたら、話さない訳には行かない。
 雪緒君のおねだりなんて、珍しい処か初めてかも知れない。
 幸い雪緒君のダンナは診療所に行ってて留守だし。

 ◇

「あいったあ~。アタイとした事がしくじったわあ~」

 薄暗い森の中で、一人の女が地面に座り込んでいた。
 腰まである長い髪を一つに束ねている。
 その唇は紅を塗った訳でも無いのに、妙に赤く艶がある様に見える。
 女にしては細めの瞳には、僅かに涙が滲んでいる様に見えた。

「ん~…いッ…!! 無理無理無理ッ!!」

 立ち上がろうとしたその女は顔を歪めて、地面に尻を付けて両足を投げ出して喚いた。
 良く見れば、右足首の辺りが微妙に腫れている様に見える。
 恐らくは木の根にでも足を取られて捻ったのだろう。
 背中に籠を背負っている事から、山菜でも採りに来たのだろう。

『…ア…』

「…え…?」

 そんな時、女の後ろにある茂みが揺れて、それが姿を現した。
 全身を真っ黒な、何処か艶のある体毛に覆われた、猿にしては大きな生き物。
 しかし、猿よりは背筋は伸びて、そして猿には無い赤いまなこを持っていた。

「…ッ…!! あやかしッ!?」

 ガサリとした音に振り返り、それを見た女は慌てて四つん這いになって逃げようとした。
 したが、そんな状態で逃げ切れる訳も無く。

「ひいッ!?」

 背中の籠を掴まれて、女は動けなくなってしまった。

「ああああああああ、アタイを食べても美味しくないよッ!!」

 背後で籠を掴む妖を見るのが怖いのか、女は振り返らずに、目を閉じて叫ぶ。

『…ア…食ベナ、イ…。コレ、使ウ…』

「…へ…?」

 何処か申し訳無さそうな、くぐもった声に女は目を瞬かせて、間の抜けた声を出した。

『…コレ、潰シテ、足、塗ル…』

「…食べない…の、かい…?」

 女の身体から力が抜けて行くのを感じた妖は籠から手を離して、振り返って見て来た女の前に手にしていた草を差し出して見せた。

『…オレ、人間、食ベタ事ナイ…』

 そう言って赤い眼を細めて、口を開けて妖は多分笑ったのだろうが、真っ黒な体毛に覆われたそこから覗く口は赤く赤く、鋭い二つの牙が見えて、はっきり言えば怖かったが。
 だが、女はその言葉を信じた。
 妖に出会えば、即食われると女は聞いていた。
 それが、まだ食われる事は無く、妖の手には薬草がある。
 更にはその薬草を揉んで潰して、患部に塗れと云うのだ。

「あ、りがと…。アンタ、変わってるね」

『…ア…。…皆カラ言ワレル…。…オレ…嫌ワレテル…人間食ベナイ、カラ…』

 しょんぼりと肩を落とす妖に、女は何処かおかしくなって、思わず笑みを零した。

「んーん。アタイにとっては神様みたいなもんさね! ねえ、足が痛くてさ、あまり力が入らないんだ。アンタが、手当てしてくれないかい?」

『…触ッテ…イイ、ノカ? 嫌ジャ…ナイカ? 怖ク、ナイ…カ?』

「怖かったけど、今は怖くないよ!」

 女は目を細めて、口を大きく開けて笑った。
 その笑顔に誘われて、妖は両手で草を汁が出るまで揉みしだき、恐る恐ると云った感じで女の足首に塗り付けた。

「あ、これで草ごと足首を縛ってくれる? 草が落ちない様にさ、あまりきつく締めないでおくれよ」

 まるで壊れ物の様に扱われて、くすぐったさを覚えながら、女は着物の袖の中から白い手拭いを取り出して妖に手渡した。

『ワカッタ。痛カッタラ、言ウ』

 手拭いを受け取って、妖はそっと女の足首へと巻き付けて行く。
 その指先も、黒い毛に覆われているが、女の指よりも太いぐらいか。
 体格も、女よりも凡そ一回り大きいぐらいだろうか。

「うん、ありがと。ねえ、アンタ名前は? アタイはみくってんだ!」

『名前? オレ達ニ、ソンナノ…無イ。ソレゾレ気配デワカル…カラ、必要無イ』

 みくの言葉に妖は軽く首を傾げてから、そう答えた。

「そんなのアタイには解らないよ! じゃあ、アタイが名前を付けてもいいかい?」

 しかし、みくは納得が行かなかったらしく、唇を尖らせた。

『名前? オレニ?』

「うん。妖だから、あーちゃんね! あ、歳は幾つなのさ? アタイは二十歳だよ!」

 己を指差す妖に、みくは頷き満面の笑顔でそう言った。

『イクツ?』

「歳だよ。生まれてからどれぐらいだい?」

『…シラナイ…。ソンナノ気ニ、シタ事無イ』

「ふうん。そんなもんなのかい? じゃあ、アタイと同じ二十歳、二十年生きてるって事でいいね!」

『…ハタチ…オレ、アーチャン…』

「うん! アタイ、良くここに山菜採りに来るからさ、見掛けたら声を掛けておくれよ。…ッて、流石にまだ痛いか…」

『ミク、森出ル? オレ、出口マデ連レテ、イク』

 その言葉と同時にみくは腰を掴まれ、持ち上げられて上擦った声を上げてしまう。

「へ? うわッ!?」

『大丈夫、落トサナイ』

「あー…うん…まあ…いっか…」

 あーちゃんの肩に米俵の様に担がれながら、みくは森の出口まで連れて行かれた。

 ◇

「それが、私とみくの出逢いだったのよ」

 先ずは、アタイと"みく"の出逢いから話した。
 三人で縁側に並んで座り、水と氷を入れたたらいに足を付けながら。
 因みにアタイの隣に雪緒君、その隣に星だ。

「…え…? あれ? でも、みくちゃん様は、みくちゃん様で…? え? あーちゃん様は?」

 けど、見事に雪緒君は混乱していた。
 ひたすらに首を傾げる姿も可愛い。
 出逢った時から可愛かったけど、感情が豊かになった雪緒君は更に可愛い。

「あーちゃんが、みくって事か? なんで、みく?」

 その問いに、意外と星は冷静なんだなって、思った。

「え? でも、あーちゃん様はご自身の事を"オレ"って…」

 まあ、そうなるよね。

「…んー…ごめんね。雪緒君に、まだ話していない事があって…私、実は男なのよね。雪緒君と同じ様に、おちんちんがあるのよ」

「ふええええええ!?」

「おいらは知ってたけどな! それより、その話し方もやめろよ。気持ち悪いぞ!」

 驚く雪緒君とは対照的に、星が失礼な事を言って来た。絞めてやろうか。

「雪緒君の前では、おしとやかな女で居たいのッ! 女心の解らない子だねッ!」

「男だろ!」

 心は女なんだよッ!!

「ふえええ? みくちゃん様が実は男性で、おちんちんが…ふえええ?」

 雪緒君はまだ混乱していた。

「ゆきお? だいじょぶか?」

「んー…落ち着くまで続きはお預けかしらね?」

 雪緒君の目の前で星がひらひらと手を振るけど、雪緒君の目には映っては居ないみたい。

「ふえええ…おちんちん…こんなお綺麗なみくちゃん様におちんちん…」

「あー、もう、雪緒君可愛いッ!! アタイも、雪緒君におちんちんが付いてるだなんて信じられないわッ!! ダンナとそうなる時は、アタイに相談してねッ! 色々と教えてあげるわッ!」

 ひたすら譫言の様に繰り返す雪緒君が可愛くて、アタイは思わず両手で雪緒君の頭を抱えて胸に引き寄せた。

「ふえっ!?」

「あ、ウチの人の方が良いかしら? アタイは挿れる方だから、受け入れる方の気持ちはウチの人の方が…」

 ぎゅうぎゅうと抱き締めて居たら、何か雪緒君がぐったりとして来た。

「…みく…ゆきお、頭から湯気でてるぞ…なんも頭入ってないと思うぞ…」

 おや? と思った時、星の呆れた様な声が聞こえて来た。

「へ? あわわ、雪緒君しっかりしてーッ!!」

 ――――――――…どうせアタイは死ぬから…食べておくれよ…そうしたら、アンタは仲間から虐められなくなるんだろ…?

 綺麗で優しくて強かった"みく"…。
 "みく"に出逢わなければ、今、アタイはここには居ない。
 あの時、ウチの人とダンナに出逢ってなければ、ここには居ない。
 まあ、殺されそうになったけどさ。
 だけど"みく"が生きてって言ったから。
 だから"みく"の姿と名前を貰った。
 "みく"の分も生きたいと思ったんだ。
 アタイは元から人間を食べたいとは思わなかったから『人間の姿になれば、人を食べる事はなくなる』って、咄嗟に言ったけど。それを、ウチの人が信じてくれて良かった。
 …ダンナは信じなくて怖い顔で斬り掛かって来たけどさ。
 あれは今思い出しても身震いがするよ。

 …うーん…。
 この下りをどうやって話そうかね?
 なるべく酷くない様に話したいけど…難しいかね?
 でも、雪緒君の知らないダンナの話を、って希望だしねえ?
 うん、まあ、良いよね?
 そのまま、話した方が良いよね?
 うん、良い事にしよう。
 駄目だったら、ダンナが何とかしてくれるだろうしね。
 良し良し、雪緒君が復活するまでに、気合いを入れとこうかね。
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