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向日葵―奇跡の時間―
向日葵の想い【二十一】
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キラキラとぽかぽかとした光に包まれて、心も身体も軽くなって行くのを感じていました。
閉じた瞼越しに柔らかく暖かな光が降り注いでいるのが解ります。
優しく瞼を、頬を、身体を、心を撫でて行きます。
ぽかぽかとしたそれは、ゆき君の笑顔…いいえ、ゆき君の心なのかも知れませんね…。
どれぐらいその光に包まれていたのでしょうか?
一瞬だった様な、もっと長かった様な…――――――――。
――――――――リィンとした澄んだ音が聞こえました。
「奥様、今日はぱへの形にしてみました」
(…あら…?)
「ぱへはとても美味しかったです。あいすくりんとちょこれいとの組み合わせは素晴らしいです。ご飯にちょこれいとは合いませんので、代わりに海苔を乗せてみました」
(…あらあら…?)
目の前でゆき君が拝む様に両手を合わせて、静かに微笑んでいます。
「旦那様はこおひいを飲んでいました。ですが、お砂糖も牛乳も入れてなかったのです。僕には無理です」
(…あらあら。コーヒーは苦いものね。ゆき君には未だ早いわよね)
それにしても…と、私は視線を巡らせます。
ここは…仏間…ですわね…?
私はどうなってしまったのかしら?
身体が重く冷えていって、瞼も重く開けていられなくなって…ああ、でも途中からは…光に包まれてからは軽くなって…?
「それでは、ゆっくりとお食べになって下さいね。僕達も夕餉を戴きます」
(…夕餉? あら? じゃあ、目の前にあるこの海苔の乗った、妙に尖ったご飯は…私の…? あら…?)
綺麗なお辞儀をしてから仏間を出て行くゆき君の後ろを私は付いて行きます。
あらあら、物凄く身体が軽いわ。空も飛べそうね?
さわりと風が吹いた気がして、縁側を見れば戸が開けられて、そこから風が入って来た様でした。
(あらあら、未だ寒い…あら? 葉桜…? あらあら?)
「鞠子との話はもう良いのか?」
「はい。ただいま御用意致しますね」
ゆき君の後に着いて来たそこは茶の間で、卓袱台を前に紫様が胡坐を掻いてお茶を飲んでいました。
紫様に返事をしてからゆき君は台所へと行って、既に作り終えていたのでしょう、里芋の煮っ転がし、お味噌汁、ほうれん草のお浸し等をお盆に乗せて運んで行きます。
(…あら…? あらあら…?)
「戴きます」
「ん」
二人の声が茶の間に響きます。
ゆき君と紫様が卓袱台を挟んで向かい合って、箸を動かしています。
(…あらあらあらあら? 何時の間に…? あらあら?)
それはとても静かな時間でしたけれど、穏やかで居心地の良い物でした。
――――――――リィンとした音が響きました。
(…あら、何時の間に仏間に…?)
「今日は相楽に勧められた店へ行って来た。雪緒はパフェを目を丸くして食ってたぞ。この仏飯はそれを真似た様だな」
(…ぶっぱん…? …あらあら…)
…まあ…私がこうしているのに、ゆき君も紫様も私を見てくれないから、どうしたのかと思っていましたけど…そうでしたのね…。
「…一生懸命食ってはいたが、結局はアイスクリームが溶けてしまって、情けなく眉を下げてな…」
(あらあら、それは是非とも見たかったですわ)
そんな風に私に語り掛ける紫様の表情はとても優しくて、何故だか胸がくすぐったくなって来ました。
…寂しいだなんて、どうしてそんな事を思ってしまったのかしら?
(…こんなにも、心が温かいのに…?)
良くは解りませんけれど、私は二人の傍に居ても良いと云う事なのね?
これからも、ゆき君の成長を見て行けるのね?
ああ、本当に何て贅沢なのかしら?
神様もたまには粋な事をなさるのね?
(…ふふ…本当に、何て幸せなのかしら)
優しく暖かな微睡みの中に居る様な日々が過ぎて行きます。
私の姿も見えないし、私の声も聞こえないのに、二人は変わらずに私に毎日話し掛けてくれます。
紫様は相変わらずゆき君の鼻を摘まみますし、痛いとゆき君は言いますが、私にはやはり嬉しそうに見えます。
「雪緒君! 伊達巻きを作ったの。食べてね!」
(あらあら。みくちゃんは相変わらずゆき君の前では猫を被っているのね? 素のままでも、ゆき君が嫌うだなんて事は無いと思うのだけれど…あら…?)
玄関先で、お礼を言って伊達巻きを受け取るゆき君を見たみくちゃんの視線が…あら…?
「…ま…りこちゃ…?」
ゆき君の斜め後ろに立って首を傾げたら、みくちゃんが私の目を見て指を差して来ました。
(…あら? みくちゃんには私が見えて…いるのかしら?)
『お久しぶりね。相変わらずお猫さんなのね?』
疑問に思いながら、そう声を掛けてみましたら。
「ひいッ!? アンタああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「ふえっ!? みくちゃん様!?」
にっこりと笑って声を掛けたのに、何故かみくちゃんは両手を上げて玄関から走り去って行きました。
ゆき君が呆然とその走り去る後ろ姿を見送ります。
(…あらあら…でも、姿だけでなく、声も届いたみたい…?)
「…ふえ…みくちゃん様…どうされたのでしょう…?」
ゆき君が首を傾げながら心配そうな声を出します。
(あらあら、心配しなくても大丈夫よ? きっと猛様が元気にして下さるでしょうから)
「あ、いけません。せっかく戴いたのです。奥様と一緒に戴きましょう」
(あらあら、ありがとう)
そうして日々は過ぎて、向日葵が咲く時期になりました。
ゆき君が縁側で髪を切ろうとしていたら、血相を変えた紫様が来て、ゆき君を止めました。
(紫様って、本当に心配性ですわ)
私は今、向日葵になっています。向日葵になって、お庭から縁側を見ています。
向日葵が咲き始めてから、ゆき君が向日葵に触れるものだから、羨ましくて向日葵になりたいと思ったら、向日葵になっていました。…これは、取り憑いたと云うのかしら? まあ、良いでしょう。毎朝、ゆき君がお水をくれて、真面目な顔で背比べをしてくれるのが嬉しいです。
(…って…あら…?)
ぽんっ、と何気無く、紫様がゆき君の頭に手を置いたのですけど…あら? あらあら? どうしたのかしら? ゆき君の頭から白い湯気が出ている様に見えますわ? あら? 首も赤い様な? あらあら? え、日射病? え? あら?
(…あら…? もしかして…もしかしたら…?)
…夢が…夢ではなくなる…かも知れない…?
あらあら?
ああ、どうして文が書けないのかしら?
今、無性に叔父様に文を書きたいわ。
「あああああッ! 鞠子ちゃん、落ち着いてッ!」
もどかしくてもどかしくて、身体を揺らしていたら、みくちゃんが私を見て両手を忙しなく上下へと動かしました。
あら。私に背中を向けていたのに、どうして解ったのかしら?
「けほっ、みくちゃん様、どうかされたのですか?」
開け放たれた障子の向こう、風邪を引いて熱を出して布団で横になっていたゆき君が、身体を起こすのが見えます。
「あ、ううん! まりッ、向日葵が元気に揺れていて、何だか鞠子ちゃんみたいだなってッ!! ああ、ほら、雪緒君は寝て!」
「はい。ああ、本当です。向日葵は奥様です。奥様が笑っている様ですね」
みくちゃんの言葉に、ゆき君が私を見て目を細めて笑います。熱があって辛いでしょうに、笑ってくれるだなんて、本当にゆき君は優しい子ね。
「あ、ああああ、う、うん、そうねッ!」
みくちゃんは、少しゆき君を見倣った方が良いかも知れませんわね。
そんな事を思いながら二人を見ていたら、ゆき君のお部屋からぽかぽかとした光が流れて来ました。その流れを追えば、そこにあるのは箪笥の上に置かれた、両の掌より少し大きな青い箱。
(…ふふ…)
少し、歪になってしまったけれど、それでも、綺麗でぽかぽかな箱です。
大切な大切なゆき君の宝の箱です。
ありがとう、大切にしてくれて。
これからも沢山の素敵な想い出を詰めて行ってね?
私は、それをずっと見ているから。
ここから、ずっと、ゆき君を貴方達を見守っているから。
そよそよと吹く風に身を任せながら、私はそっと微笑みました。
閉じた瞼越しに柔らかく暖かな光が降り注いでいるのが解ります。
優しく瞼を、頬を、身体を、心を撫でて行きます。
ぽかぽかとしたそれは、ゆき君の笑顔…いいえ、ゆき君の心なのかも知れませんね…。
どれぐらいその光に包まれていたのでしょうか?
一瞬だった様な、もっと長かった様な…――――――――。
――――――――リィンとした澄んだ音が聞こえました。
「奥様、今日はぱへの形にしてみました」
(…あら…?)
「ぱへはとても美味しかったです。あいすくりんとちょこれいとの組み合わせは素晴らしいです。ご飯にちょこれいとは合いませんので、代わりに海苔を乗せてみました」
(…あらあら…?)
目の前でゆき君が拝む様に両手を合わせて、静かに微笑んでいます。
「旦那様はこおひいを飲んでいました。ですが、お砂糖も牛乳も入れてなかったのです。僕には無理です」
(…あらあら。コーヒーは苦いものね。ゆき君には未だ早いわよね)
それにしても…と、私は視線を巡らせます。
ここは…仏間…ですわね…?
私はどうなってしまったのかしら?
身体が重く冷えていって、瞼も重く開けていられなくなって…ああ、でも途中からは…光に包まれてからは軽くなって…?
「それでは、ゆっくりとお食べになって下さいね。僕達も夕餉を戴きます」
(…夕餉? あら? じゃあ、目の前にあるこの海苔の乗った、妙に尖ったご飯は…私の…? あら…?)
綺麗なお辞儀をしてから仏間を出て行くゆき君の後ろを私は付いて行きます。
あらあら、物凄く身体が軽いわ。空も飛べそうね?
さわりと風が吹いた気がして、縁側を見れば戸が開けられて、そこから風が入って来た様でした。
(あらあら、未だ寒い…あら? 葉桜…? あらあら?)
「鞠子との話はもう良いのか?」
「はい。ただいま御用意致しますね」
ゆき君の後に着いて来たそこは茶の間で、卓袱台を前に紫様が胡坐を掻いてお茶を飲んでいました。
紫様に返事をしてからゆき君は台所へと行って、既に作り終えていたのでしょう、里芋の煮っ転がし、お味噌汁、ほうれん草のお浸し等をお盆に乗せて運んで行きます。
(…あら…? あらあら…?)
「戴きます」
「ん」
二人の声が茶の間に響きます。
ゆき君と紫様が卓袱台を挟んで向かい合って、箸を動かしています。
(…あらあらあらあら? 何時の間に…? あらあら?)
それはとても静かな時間でしたけれど、穏やかで居心地の良い物でした。
――――――――リィンとした音が響きました。
(…あら、何時の間に仏間に…?)
「今日は相楽に勧められた店へ行って来た。雪緒はパフェを目を丸くして食ってたぞ。この仏飯はそれを真似た様だな」
(…ぶっぱん…? …あらあら…)
…まあ…私がこうしているのに、ゆき君も紫様も私を見てくれないから、どうしたのかと思っていましたけど…そうでしたのね…。
「…一生懸命食ってはいたが、結局はアイスクリームが溶けてしまって、情けなく眉を下げてな…」
(あらあら、それは是非とも見たかったですわ)
そんな風に私に語り掛ける紫様の表情はとても優しくて、何故だか胸がくすぐったくなって来ました。
…寂しいだなんて、どうしてそんな事を思ってしまったのかしら?
(…こんなにも、心が温かいのに…?)
良くは解りませんけれど、私は二人の傍に居ても良いと云う事なのね?
これからも、ゆき君の成長を見て行けるのね?
ああ、本当に何て贅沢なのかしら?
神様もたまには粋な事をなさるのね?
(…ふふ…本当に、何て幸せなのかしら)
優しく暖かな微睡みの中に居る様な日々が過ぎて行きます。
私の姿も見えないし、私の声も聞こえないのに、二人は変わらずに私に毎日話し掛けてくれます。
紫様は相変わらずゆき君の鼻を摘まみますし、痛いとゆき君は言いますが、私にはやはり嬉しそうに見えます。
「雪緒君! 伊達巻きを作ったの。食べてね!」
(あらあら。みくちゃんは相変わらずゆき君の前では猫を被っているのね? 素のままでも、ゆき君が嫌うだなんて事は無いと思うのだけれど…あら…?)
玄関先で、お礼を言って伊達巻きを受け取るゆき君を見たみくちゃんの視線が…あら…?
「…ま…りこちゃ…?」
ゆき君の斜め後ろに立って首を傾げたら、みくちゃんが私の目を見て指を差して来ました。
(…あら? みくちゃんには私が見えて…いるのかしら?)
『お久しぶりね。相変わらずお猫さんなのね?』
疑問に思いながら、そう声を掛けてみましたら。
「ひいッ!? アンタああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「ふえっ!? みくちゃん様!?」
にっこりと笑って声を掛けたのに、何故かみくちゃんは両手を上げて玄関から走り去って行きました。
ゆき君が呆然とその走り去る後ろ姿を見送ります。
(…あらあら…でも、姿だけでなく、声も届いたみたい…?)
「…ふえ…みくちゃん様…どうされたのでしょう…?」
ゆき君が首を傾げながら心配そうな声を出します。
(あらあら、心配しなくても大丈夫よ? きっと猛様が元気にして下さるでしょうから)
「あ、いけません。せっかく戴いたのです。奥様と一緒に戴きましょう」
(あらあら、ありがとう)
そうして日々は過ぎて、向日葵が咲く時期になりました。
ゆき君が縁側で髪を切ろうとしていたら、血相を変えた紫様が来て、ゆき君を止めました。
(紫様って、本当に心配性ですわ)
私は今、向日葵になっています。向日葵になって、お庭から縁側を見ています。
向日葵が咲き始めてから、ゆき君が向日葵に触れるものだから、羨ましくて向日葵になりたいと思ったら、向日葵になっていました。…これは、取り憑いたと云うのかしら? まあ、良いでしょう。毎朝、ゆき君がお水をくれて、真面目な顔で背比べをしてくれるのが嬉しいです。
(…って…あら…?)
ぽんっ、と何気無く、紫様がゆき君の頭に手を置いたのですけど…あら? あらあら? どうしたのかしら? ゆき君の頭から白い湯気が出ている様に見えますわ? あら? 首も赤い様な? あらあら? え、日射病? え? あら?
(…あら…? もしかして…もしかしたら…?)
…夢が…夢ではなくなる…かも知れない…?
あらあら?
ああ、どうして文が書けないのかしら?
今、無性に叔父様に文を書きたいわ。
「あああああッ! 鞠子ちゃん、落ち着いてッ!」
もどかしくてもどかしくて、身体を揺らしていたら、みくちゃんが私を見て両手を忙しなく上下へと動かしました。
あら。私に背中を向けていたのに、どうして解ったのかしら?
「けほっ、みくちゃん様、どうかされたのですか?」
開け放たれた障子の向こう、風邪を引いて熱を出して布団で横になっていたゆき君が、身体を起こすのが見えます。
「あ、ううん! まりッ、向日葵が元気に揺れていて、何だか鞠子ちゃんみたいだなってッ!! ああ、ほら、雪緒君は寝て!」
「はい。ああ、本当です。向日葵は奥様です。奥様が笑っている様ですね」
みくちゃんの言葉に、ゆき君が私を見て目を細めて笑います。熱があって辛いでしょうに、笑ってくれるだなんて、本当にゆき君は優しい子ね。
「あ、ああああ、う、うん、そうねッ!」
みくちゃんは、少しゆき君を見倣った方が良いかも知れませんわね。
そんな事を思いながら二人を見ていたら、ゆき君のお部屋からぽかぽかとした光が流れて来ました。その流れを追えば、そこにあるのは箪笥の上に置かれた、両の掌より少し大きな青い箱。
(…ふふ…)
少し、歪になってしまったけれど、それでも、綺麗でぽかぽかな箱です。
大切な大切なゆき君の宝の箱です。
ありがとう、大切にしてくれて。
これからも沢山の素敵な想い出を詰めて行ってね?
私は、それをずっと見ているから。
ここから、ずっと、ゆき君を貴方達を見守っているから。
そよそよと吹く風に身を任せながら、私はそっと微笑みました。
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