旦那様と僕

三冬月マヨ

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ころがって

【十三】旦那様は否定される

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 嫌な予感程良く当たる物だと、新たに沸いた右腕の痛みを感じながら、そう思った。
 ロッカーに身体を打ち付けたせいで、抉られた背中の痛みが加速する。痺れ始めた左手に持つ松明を、俺の右腕に喰らい付くあやかしの顔へと近付けて見るが。

「…ぐ…っ…!」

 それは逆効果だったらしく、腕に喰い込む妖の牙の勢いが強くなっただけだった。

 くそ、骨まで行ったか?
 流れる血のぬめりと、指先まで走る痛みのせいで、握っていた柄が滑り、手にしていた刀は床へと落ちて行った。

 物音に驚いた雪緒ゆきおが出て来ようとしていたが、俺の言葉と、恐らくはせいが止めたのだろう、  今はぼそぼそと話す声が聞こえている。
 額からは、拭われる事の無い脂汗が流れ続けている。
 早く荒くなる呼吸を抑え付けながら、室内に目を配らせる。
 俺の腕に喰らい付いている物の他に、五体の妖が室内には居た。
 全く、本当に何処から沸いて来たんだか。ご苦労な事だ。

 …天野は未だ、か?
 無線に応えなかった事で、それ処では無い状況だと察してくれれば良いが、果たして。

「…っ…!」

 松明を持つ左手になけなしの力を籠める。

「…何時までも、喰らい付いているな、よ…っ…!!」

『ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ"!!』

 右腕に喰らい付いている妖の右目に松明を押し付けてやる。
 妖が俺の腕から口を離す時に、破られた袖と共に僅かに肉を持って行かれた。
 火に怯えないのなら、それを利用してそのまなこを焼いてやるだけだ。
 眼を焼いた妖の叫びに驚いたのか、他の妖が僅かに退いた。
 僅かではあるが、眼を焼かれた妖も俺から距離を取り、火に怯える事を覚えたのか、低く唸っている。
 この睨み合いが何時まで続くのか。

 ――――――――…早く…。
 早く日蝕が終われば良い…。
 或いは、それよりも早く電力が復旧するのか…。
 血を流し過ぎたのか、眩暈がして来る…。
 …それとも…俺が倒れるのが先か…。
 そんな考えが脳裏を過った時、凭れ掛かっていたロッカーから、雪緒の小さな声が聞こえて来た。

『…守られなくて…良いです…』

 その言葉を聞いた瞬間、背中の痛みも、腕の痛みも、流れる脂汗の気持ち悪さも、眩暈も、何処かへと飛んで行ってしまった様だった。

 …は…?
 何だ? 今、何と言った?

 "守られたくない"

 そう言ったのか? 誰が? 誰に?
 雪緒が、俺に?

 ぎりっと唇を噛んで、目の前に居る妖を睨み付ける。
 身体の痛みなぞ知った事かと、松明を握り締める手に力が入る。
 右手で拳を作り、更に走る痛みに更に目付きが険しくなったのだろう、じりっと、妖達がまた僅かに退いた。

 "父とは呼びたくない"

 忘れようとしていた、あの日の言葉も蘇る。
 あの時の胃痛も、やっと治まったと云うのに。
 また、しくしくと痛み出して来た。

 俺は、それ程、頼りにならないのか?
 俺は、お前の信頼を得るに足りない男なのか?
 俺は、お前を甘えさせてやる事が出来ないのか?
 俺は、お前を守りたいのに、それは俺の押し付けでしかないのか?
 どうすれば、お前は無条件で俺に甘えてくれる様になる?

 ぐるぐるとした思考の中で、俄かに窓の外が騒がしくなった事に気付く。

 …天野が来たのか?

 そう思いながら、妖を睨む目はそのままに、外から聞こえる音に耳をそばだてた時。

「せええええええええいっ!!」

 耳が痛くなる程の掛け声と共に、周りに居た妖の一体が倒れて行くのが見えた。

「高梨! 無事か!?」

 …天野? 外の騒ぎは未だ続いて居るが…ああ、治療隊を連れた応援が来たのか…。
 天野が来た事に安堵の息を漏らして、窓の外へと視線をやれば、僅かだが闇が薄れた様に見えた。

「…っ…天野様ですか!? 旦那様がお怪我を…っ…!! 早く、お手当てを…っ…!!」

「雪坊かっ!? 任せろっ!!」

 俺が答えるよりも早く、ロッカーの中から雪緒が叫んで来た。
 そして。

「むうんっ!!」

 …何故、ここに居るのだと、叫びたくなる様な声も聞こえて来た。
 …何をしているんだ…あの親父は…っ…!!

 血でべっとりとした手で思わず額を押さえて、走った痛みに眉を顰めた。

「無事かね、ゆかり君! 君から連絡を受けた御仁は無事に搬送したとの事だ!」

 窓の方から聞こえる声に、顔だけを向ければ、今、この場に居てはいけない人物が、そこから室内へと踊り込み、刀を揮い、妖を斬り付けていた。

「…司令!? 何故、ここにっ!?」

 残る一体を倒した天野が、目を見開きながら叫んだ。

「うむ。可愛い甥や息子のピンチに駆け付ける私、最高の登場の仕方だと思わないかね? 天野副隊長よ」

 …誰が…可愛い…と…?
 三十路を超えた男に何を言う。
 だが、思う様に言葉が出ない。

「いやいや! 何を…っ…!! って、高梨、雪坊と星坊はっ!?」

「…こ、の…中だ…」

 俺の状態を見た天野が顔を歪めたが、雪緒達の姿が見えない事に疑問を持ったのだろう。
 俺はロッカーに預けていた身体を離そうとして足を踏み出したが、安堵したせいか力が入らず、手にしていた松明は床へと落ち、俺自身もその場に倒れ込みそうになってしまう。

「おっと! って、右腕だけじゃなく背中もかっ!?」

 そんな俺の身体を天野が片手で受け止めて叫んだ。

 …お前の声は…頭に響くんだ…もう…少し静かに、してくれ…。

「うむ。雪緒君も星も、この中か。良くぞ守ってくれたな」

 天野の腕に身体を預ける俺の肩を軽く叩いてから、司令がロッカーへと歩みより、扉を開ける音が聞こえた。

「親父殿!!」

「旦那様!!」

 直ぐに、賑やかな星の声と、不安そうな雪緒の声が聞こえて来た。

「旦那様…っ…!! 腕も…っ…!? 天野様、早く旦那様を…っ…!!」

 傍に寄って来た雪緒が俺を見て声を上げた。
 俺の顔を覗き込む雪緒の目が赤い。

 …泣いたのか…。
 …これだけの妖の数だ…怖くない筈が無い…。

「…すまん…。…もう少し…早く…」

 血に塗れた重い右腕を、雪緒の方へと伸ばせば、それを雪緒は払う事無く、両手で包んでくれた。
 血で汚れるだろうに…伸ばしたのは俺の方なのに…何を考えているんだか…。
 そんな事を考えながらも、包まれた手は温かく、しかし、それが震えている事に気付いた。
 …どれ程の恐怖を覚えたのだろうか…。

「…妖なんて…怖くありませ…」

 …それなら…何故…? 何故…また泣く…?

「…僕…なんか…守って…旦那様が…傷付いて行くのが…怖かっ…。…旦那様が…居なくなって…しまったら…っ…。…そう…思い、ましたら…どうしようも、なく…怖くて…っ…! お願いです…僕を…守ったり…しないで…下さ…」

 …俺が…傷付くのが…怖い…?
 …俺が…居なくなるのが…怖い…?
 …だから…守るな…と…?

「…馬鹿…か…。親が…子を、守る…のは…当…然の事、だ…」

 …ああ…拙いな…目を開けて居られなくなって来た…。
 …頭も…重い…。

「…嫌です…っ…!! …親だなんて…っ…!! …子供だなんて、嫌ですっ!!」

 …おい…こんな時に…全否定してくれるなよ…お前は…――――――――。

 続けて雪緒が何かを口にしていたが、どうしようもなく頭も瞼も重く、その言葉を聞き取れないまま、俺は意識を手放した。
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