29 / 86
ころがって
【十一】旦那様とかくれんぼ
しおりを挟む
『おひさまのかくれんぼ』と、学友がラジオで聞いた話だと、星が語ったのは先月の事だった。
その話を俺は今、思い出していた。
その『かくれんぼ』の中で。
暗闇の中で、赤い光が散って行く。
「くそっ…!!」
もう、何体目になるか解らない。
それを斬り付けて、舌打ちをした後で天野の叫ぶ様な声が聞こえて来た。
「…高梨っ! ここは俺に任せて先へ行け! 早く雪坊と星坊の処へっ!!」
「すまん!!」
妖二体と対峙する天野に短く礼を返し、俺は刀を手に走り出した。
それは、突然だった。
昼を過ぎた頃から、空が徐々に暗くなって行った。
八月になり、盆の頃になった。
日々の暑さも、これが過ぎれば和らいで行くのだろうと云う、そんな頃だ。
一般的な職場や、学び舎も夏季休暇と呼ばれる、長い休みに入った。
だが、休みとは云え、学び舎の門戸は開かれている。
学びたければ、来れば良い。
雪緒は講師からそう言われて、土日の休みの日以外は、ほぼ毎日通っていた。驚いた事に星も一緒だと云う。
雪緒も星も、学ぶ事が楽しくて嬉しいのだそうだ。
知らない事を知って行くのが、楽しく面白いのだと嬉しそうに口にしていた。
そして、そんな二人は、今日、今も学び舎に居る。
この、真昼なのに、夜の様な闇の中で。
『おひさまのかくれんぼ』
と、星は言った。
『おひさまが隠れてしまったら、夜になりますよね?』
と、雪緒が言った。
俺は、その会話を聞いていたのに。
時期が悪いとしか、言い様が無い。
夏の、この暑い盛りは電力の供給が不安定になる。
その中で、太陽が翳り辺りが薄暗くなって行く。
各家庭が明かりを点けて行く。
普段は、こんな真昼に明かりを灯す事は無い。
だが、普段ならば、仕事に行っている者達が家に居る。
それらが、一斉に明かりを灯した結果が、これだ。
大規模な停電。
今、この街は闇の中に在る。
ただ、それだけならば、何の問題も無い。
それだけならば、大人しく復旧を待てば良いだけの話だ。
だが。
陽が翳るに連れて、妖が街へと入り込んで来た。
何処にこんなに居たのだと、言いたくなる程の。
混乱する人々を、篝火が焚かれた避難場所へと仲間達が誘導しているのが見える。
警察も動き出している。
この混乱に紛れて犯罪に走る者も居るからだ。
明かりを求めて点けた蝋燭が原因で、火災も発生している様だ。
こんな状況の中では、電力の復旧作業もままならない。
はっきり言って最悪だった。
俺は暗い空を見上げた。
黒い影が太陽を徐々に隠して行き、今もそれは続いている。
――――――――日蝕――――――――。
その存在を知らなかった訳では無い。
無いが、こんな物は知らない。
俺が知っている日蝕とは、太陽の一部が隠れる物だ。
それが、今は太陽の殆どを隠そうとしている。
時間が経てば日蝕は終わるが、それまでどれぐらい掛かるのか。
それまでに、どれ程の妖が入り込んで来るのか。
それまでに、どれ程の犠牲が出るのか。
「…無事で居てくれ…っ…!!」
額から流れる汗を拭いながら、時には妖を斬りながら、俺は雪緒と星の居る学び舎へと急いだ。
◇
学び舎の門を抜け、建物へと近付けば、幾つかの割られた窓があり、硝子が散乱していた。窓枠は無残にも変形していて妖の仕業だと見てとれた。
そこから、建物の内部へと足を踏み入れると、真っ二つに折れたモップ、形の変わった机や椅子が転がっていた。
「…っ…あ、す、ざく隊の方…です、か…?」
その中で蹲っていた一人の男が声を掛けて来た。
その人物を俺は知っていた。
「…高梨です、菅原先生」
「…あ、あ。雪緒君の…ご職業は…お伺いして…いましたが…その姿ですと、変わり、ますね…」
今の俺は、黒の隊服に鍔の付いた帽子を被っているから、直ぐには俺だとは解らなかったのだろう。
名乗れば、合点が行ったのか頷いて見せた。
「菅原先生だけですか? 子供達は…その足は、妖が?」
傍へ寄り、目を凝らしてその身体を見れば、菅原先生の片足は膝から下が無かった。
その部分には、自分で処置をしたのだろう、破られたシャツが巻かれて縛られてあった。
この壊れたモップに机や椅子で妖と応戦したのだろうか?
確か俺よりは年上だった筈だが…大した人だ。
「は、い。突然でした…暗くなって来て…明かりを付けたら…停電して…子供達は…教員室へと…マッチがあるから…それで、何でも…良いから、火を点けろと…」
獣と同じく、殆どの妖も火を恐れる。
それは、的確な指示と言えよう。
問題は、それをどう扱うかだ。
「…解りました。今、仲間に連絡して治療にあたる者を呼びます。それまでどうかご辛抱を」
「…あり、がとうございます…子供達を…ど、うか…」
その言葉に俺は頷いて、届く距離に仲間が居る事を願いながら、肩にある無線の釦を押した。
治療隊と応援を要請しながら、暗い学び舎の中を駆ける。
雪緒が通う前に、手続きに一度。その後、雪緒が通い始める日に一度。計二回しか来ていないが、教員室の場所は覚えていた。
駐屯地にある庁舎と比べたら狭い建物だ。
そこを目指して駆ければ、廊下に響く鉄板の仕込まれた長靴の音に導かれる様に妖が我先にと、俺に近付いて来る。
それを斬りながら、目的の場所へと近付けば。
「もおお、キリがないーっ!!」
星の苛立った声が聞こえて来た。
「頑張りましょう! きっと、お役人様が来て下さいます!」
それを励ます様な雪緒の声も聞こえて来て、俺は安堵の息を吐いた。
二人共、無事だった。
だが、まだ声だけだ。
もしかしたら、怪我を負っているのかも知れん。
壊された教員室の戸を跨ぎ、中へと入れば妖が三体見えた。
その先、窓からは離れた部屋の角にあるロッカーを背にして立つ小さな二人が見える。
一人は松明らしき物を手にしている。
一人は、モップを手にしていた。
雪緒と星だ。
「雪緒! 星! 無事かっ!!」
「旦那様!?」
「おじさん!?」
二人の驚く声と同時に、その二人を囲っていた妖達が俺の方へと襲い掛かって来た。
「…みくびってくれるなよ…」
これまでに、どれだけの妖を斬って来たと思っているのか。
「旦那様っ!!」
「おじさんっ!!」
二人の叫ぶ声が聞こえるが、心配は不要だ。
俺は腰を軽く落とし、姿勢を低くして、飛び掛かって来た妖の腹を斬り裂き、返す刀で次に来た一体を払い、左手で腰に残っていた脇差しを抜き、残る一体の眉間に突き刺した。
「…旦那様…」
「…早…」
軽く息を吐いて、ロッカーの前で佇む二人を見る。外傷は何処にも無い様だ。
二人の無事を確認した後、倒れた妖達の目に刀を突き付けた。
「二人とも、無事だな。その松明は雪緒が作ったのか?」
「あ、はい。椅子を星様が壊しまして、まっちを探してましたら、まっちの他に何かの油を見つけましたので、このろっかあの中にありました雑巾に染み込ませて…」
雪緒が持つ松明を見ながら言えば、雪緒は頷き、どう作ったのか説明をして来た。
「そうか、上出来だ」
そう口元を緩めて、雪緒の頭を撫でてやろうと、脇差しを収めて左手を伸ばした時だ。
『アアアアアアァッ!!』
「……ぐ……っ……!!」
「旦那様っ!!」
「おじさんっ!!」
焼ける様な痛みが背中に走ったが、それを無視して振り返りざまに右手に持っていた刀を振る。
「…っち…!」
だが、痛みで鈍った動きではそいつの腹を掠めただけで、妖は俺から距離を置いて、爪に付着した俺の血と僅かな肉を舐めていた。
まだ居たのか…!!
いや、新たに入り込んで来たのか!?
脂汗の滲む顔で出入口を見れば、そこには幾つもの赤い光が見えた。
それらが、ゆらりゆらりと室内へと入って来る。闇の中でも光る赤い眼を輝かせて。
「…雪緒、松明を寄越せ。そして、そのロッカーの中に星と二人で入れ。お前達二人なら余裕だろう」
二人に背中を向けたまま、妖から目を逸らさぬまま、俺は言った。松明はあるが、中には火を恐れぬ個体も居る。それが、この中に居ないとは限らない。それに飛び掛かられた時に、二人が別々の方向へと逃げでもしたら、目も当てられない。なら、二人には悪いがロッカーの中に入っていて貰った方が良い。裸同然で居るよりは、まだマシだろう。
「旦那様!?」
「おじさん!?」
「お前達に下手に動かれたら、邪魔でしかならない。その中で大人しくしてろ。俺が良いと言うまで出て来るな、いいな?」
慌てた様子の二人に目を向けぬまま、浅く早くなりそうな呼吸を押さえ付けながら、俺は言った。
「嫌です! 旦那様、お手当てを!!」
「おいらだって、やっつける!!」
「この状況で、そんな余裕があるか。雪緒、松明を。星、モップを、捨てろ」
しかし、二人は退かない。
額から流れる汗が頬を伝い、顎から滴り落ちて行くのが、気持ち悪い。
「嫌です!!」
「いやだ!!」
「男にもならないガキはすっこんでろっ!! お前達は、必ず俺が守るっ!!」
聞き分けない二人に、腹の底から声を出して恫喝すれば、二人が息を飲み、周りを囲む妖達が僅かに後退した。
「………解りました………」
「……………わかんないけど…」
それぞれ返事をしながら、雪緒は後ろ手に回した俺の手に松明を握らせ、星はモップを床に置いたのだろう、小さくコトリとした音が聞こえた。
その後に、ロッカーの扉を開ける音と同時に。
「…ご無事で…」
雪緒の震える小さな声が聞こえて来て、ロッカーの扉の閉まる音だけが響いた。
…正念場、だな。
日蝕が終わるよりは、呼んだ応援が到着する方が早いだろう。
いや、その前に天野が来るか?
どちらにせよ、それらが来るまでだ。
それまで、ここを死守すれば良い。
背中は変わらず熱く、じくじくとした痛みがあるが、そんな物に構って等居られない。
今は、ただ、ここを守る事に意識を向ける。
二人を…雪緒を守る為に。
守りたい者の為に…。
『高梨っ! 間もなくそちらに到着する! 状況はっ!?』
…間の悪い奴めっ!!
しかし、天野からの通信に僅かでも意識を奪われた俺の隙を、妖は見逃さなかった。
その話を俺は今、思い出していた。
その『かくれんぼ』の中で。
暗闇の中で、赤い光が散って行く。
「くそっ…!!」
もう、何体目になるか解らない。
それを斬り付けて、舌打ちをした後で天野の叫ぶ様な声が聞こえて来た。
「…高梨っ! ここは俺に任せて先へ行け! 早く雪坊と星坊の処へっ!!」
「すまん!!」
妖二体と対峙する天野に短く礼を返し、俺は刀を手に走り出した。
それは、突然だった。
昼を過ぎた頃から、空が徐々に暗くなって行った。
八月になり、盆の頃になった。
日々の暑さも、これが過ぎれば和らいで行くのだろうと云う、そんな頃だ。
一般的な職場や、学び舎も夏季休暇と呼ばれる、長い休みに入った。
だが、休みとは云え、学び舎の門戸は開かれている。
学びたければ、来れば良い。
雪緒は講師からそう言われて、土日の休みの日以外は、ほぼ毎日通っていた。驚いた事に星も一緒だと云う。
雪緒も星も、学ぶ事が楽しくて嬉しいのだそうだ。
知らない事を知って行くのが、楽しく面白いのだと嬉しそうに口にしていた。
そして、そんな二人は、今日、今も学び舎に居る。
この、真昼なのに、夜の様な闇の中で。
『おひさまのかくれんぼ』
と、星は言った。
『おひさまが隠れてしまったら、夜になりますよね?』
と、雪緒が言った。
俺は、その会話を聞いていたのに。
時期が悪いとしか、言い様が無い。
夏の、この暑い盛りは電力の供給が不安定になる。
その中で、太陽が翳り辺りが薄暗くなって行く。
各家庭が明かりを点けて行く。
普段は、こんな真昼に明かりを灯す事は無い。
だが、普段ならば、仕事に行っている者達が家に居る。
それらが、一斉に明かりを灯した結果が、これだ。
大規模な停電。
今、この街は闇の中に在る。
ただ、それだけならば、何の問題も無い。
それだけならば、大人しく復旧を待てば良いだけの話だ。
だが。
陽が翳るに連れて、妖が街へと入り込んで来た。
何処にこんなに居たのだと、言いたくなる程の。
混乱する人々を、篝火が焚かれた避難場所へと仲間達が誘導しているのが見える。
警察も動き出している。
この混乱に紛れて犯罪に走る者も居るからだ。
明かりを求めて点けた蝋燭が原因で、火災も発生している様だ。
こんな状況の中では、電力の復旧作業もままならない。
はっきり言って最悪だった。
俺は暗い空を見上げた。
黒い影が太陽を徐々に隠して行き、今もそれは続いている。
――――――――日蝕――――――――。
その存在を知らなかった訳では無い。
無いが、こんな物は知らない。
俺が知っている日蝕とは、太陽の一部が隠れる物だ。
それが、今は太陽の殆どを隠そうとしている。
時間が経てば日蝕は終わるが、それまでどれぐらい掛かるのか。
それまでに、どれ程の妖が入り込んで来るのか。
それまでに、どれ程の犠牲が出るのか。
「…無事で居てくれ…っ…!!」
額から流れる汗を拭いながら、時には妖を斬りながら、俺は雪緒と星の居る学び舎へと急いだ。
◇
学び舎の門を抜け、建物へと近付けば、幾つかの割られた窓があり、硝子が散乱していた。窓枠は無残にも変形していて妖の仕業だと見てとれた。
そこから、建物の内部へと足を踏み入れると、真っ二つに折れたモップ、形の変わった机や椅子が転がっていた。
「…っ…あ、す、ざく隊の方…です、か…?」
その中で蹲っていた一人の男が声を掛けて来た。
その人物を俺は知っていた。
「…高梨です、菅原先生」
「…あ、あ。雪緒君の…ご職業は…お伺いして…いましたが…その姿ですと、変わり、ますね…」
今の俺は、黒の隊服に鍔の付いた帽子を被っているから、直ぐには俺だとは解らなかったのだろう。
名乗れば、合点が行ったのか頷いて見せた。
「菅原先生だけですか? 子供達は…その足は、妖が?」
傍へ寄り、目を凝らしてその身体を見れば、菅原先生の片足は膝から下が無かった。
その部分には、自分で処置をしたのだろう、破られたシャツが巻かれて縛られてあった。
この壊れたモップに机や椅子で妖と応戦したのだろうか?
確か俺よりは年上だった筈だが…大した人だ。
「は、い。突然でした…暗くなって来て…明かりを付けたら…停電して…子供達は…教員室へと…マッチがあるから…それで、何でも…良いから、火を点けろと…」
獣と同じく、殆どの妖も火を恐れる。
それは、的確な指示と言えよう。
問題は、それをどう扱うかだ。
「…解りました。今、仲間に連絡して治療にあたる者を呼びます。それまでどうかご辛抱を」
「…あり、がとうございます…子供達を…ど、うか…」
その言葉に俺は頷いて、届く距離に仲間が居る事を願いながら、肩にある無線の釦を押した。
治療隊と応援を要請しながら、暗い学び舎の中を駆ける。
雪緒が通う前に、手続きに一度。その後、雪緒が通い始める日に一度。計二回しか来ていないが、教員室の場所は覚えていた。
駐屯地にある庁舎と比べたら狭い建物だ。
そこを目指して駆ければ、廊下に響く鉄板の仕込まれた長靴の音に導かれる様に妖が我先にと、俺に近付いて来る。
それを斬りながら、目的の場所へと近付けば。
「もおお、キリがないーっ!!」
星の苛立った声が聞こえて来た。
「頑張りましょう! きっと、お役人様が来て下さいます!」
それを励ます様な雪緒の声も聞こえて来て、俺は安堵の息を吐いた。
二人共、無事だった。
だが、まだ声だけだ。
もしかしたら、怪我を負っているのかも知れん。
壊された教員室の戸を跨ぎ、中へと入れば妖が三体見えた。
その先、窓からは離れた部屋の角にあるロッカーを背にして立つ小さな二人が見える。
一人は松明らしき物を手にしている。
一人は、モップを手にしていた。
雪緒と星だ。
「雪緒! 星! 無事かっ!!」
「旦那様!?」
「おじさん!?」
二人の驚く声と同時に、その二人を囲っていた妖達が俺の方へと襲い掛かって来た。
「…みくびってくれるなよ…」
これまでに、どれだけの妖を斬って来たと思っているのか。
「旦那様っ!!」
「おじさんっ!!」
二人の叫ぶ声が聞こえるが、心配は不要だ。
俺は腰を軽く落とし、姿勢を低くして、飛び掛かって来た妖の腹を斬り裂き、返す刀で次に来た一体を払い、左手で腰に残っていた脇差しを抜き、残る一体の眉間に突き刺した。
「…旦那様…」
「…早…」
軽く息を吐いて、ロッカーの前で佇む二人を見る。外傷は何処にも無い様だ。
二人の無事を確認した後、倒れた妖達の目に刀を突き付けた。
「二人とも、無事だな。その松明は雪緒が作ったのか?」
「あ、はい。椅子を星様が壊しまして、まっちを探してましたら、まっちの他に何かの油を見つけましたので、このろっかあの中にありました雑巾に染み込ませて…」
雪緒が持つ松明を見ながら言えば、雪緒は頷き、どう作ったのか説明をして来た。
「そうか、上出来だ」
そう口元を緩めて、雪緒の頭を撫でてやろうと、脇差しを収めて左手を伸ばした時だ。
『アアアアアアァッ!!』
「……ぐ……っ……!!」
「旦那様っ!!」
「おじさんっ!!」
焼ける様な痛みが背中に走ったが、それを無視して振り返りざまに右手に持っていた刀を振る。
「…っち…!」
だが、痛みで鈍った動きではそいつの腹を掠めただけで、妖は俺から距離を置いて、爪に付着した俺の血と僅かな肉を舐めていた。
まだ居たのか…!!
いや、新たに入り込んで来たのか!?
脂汗の滲む顔で出入口を見れば、そこには幾つもの赤い光が見えた。
それらが、ゆらりゆらりと室内へと入って来る。闇の中でも光る赤い眼を輝かせて。
「…雪緒、松明を寄越せ。そして、そのロッカーの中に星と二人で入れ。お前達二人なら余裕だろう」
二人に背中を向けたまま、妖から目を逸らさぬまま、俺は言った。松明はあるが、中には火を恐れぬ個体も居る。それが、この中に居ないとは限らない。それに飛び掛かられた時に、二人が別々の方向へと逃げでもしたら、目も当てられない。なら、二人には悪いがロッカーの中に入っていて貰った方が良い。裸同然で居るよりは、まだマシだろう。
「旦那様!?」
「おじさん!?」
「お前達に下手に動かれたら、邪魔でしかならない。その中で大人しくしてろ。俺が良いと言うまで出て来るな、いいな?」
慌てた様子の二人に目を向けぬまま、浅く早くなりそうな呼吸を押さえ付けながら、俺は言った。
「嫌です! 旦那様、お手当てを!!」
「おいらだって、やっつける!!」
「この状況で、そんな余裕があるか。雪緒、松明を。星、モップを、捨てろ」
しかし、二人は退かない。
額から流れる汗が頬を伝い、顎から滴り落ちて行くのが、気持ち悪い。
「嫌です!!」
「いやだ!!」
「男にもならないガキはすっこんでろっ!! お前達は、必ず俺が守るっ!!」
聞き分けない二人に、腹の底から声を出して恫喝すれば、二人が息を飲み、周りを囲む妖達が僅かに後退した。
「………解りました………」
「……………わかんないけど…」
それぞれ返事をしながら、雪緒は後ろ手に回した俺の手に松明を握らせ、星はモップを床に置いたのだろう、小さくコトリとした音が聞こえた。
その後に、ロッカーの扉を開ける音と同時に。
「…ご無事で…」
雪緒の震える小さな声が聞こえて来て、ロッカーの扉の閉まる音だけが響いた。
…正念場、だな。
日蝕が終わるよりは、呼んだ応援が到着する方が早いだろう。
いや、その前に天野が来るか?
どちらにせよ、それらが来るまでだ。
それまで、ここを死守すれば良い。
背中は変わらず熱く、じくじくとした痛みがあるが、そんな物に構って等居られない。
今は、ただ、ここを守る事に意識を向ける。
二人を…雪緒を守る為に。
守りたい者の為に…。
『高梨っ! 間もなくそちらに到着する! 状況はっ!?』
…間の悪い奴めっ!!
しかし、天野からの通信に僅かでも意識を奪われた俺の隙を、妖は見逃さなかった。
55
あなたにおすすめの小説
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
もう一度言って欲しいオレと思わず言ってしまったあいつの話する?
藍音
BL
ある日、親友の壮介はおれたちの友情をぶち壊すようなことを言い出したんだ。
なんで?どうして?
そんな二人の出会いから、二人の想いを綴るラブストーリーです。
片想い進行中の方、失恋経験のある方に是非読んでもらいたい、切ないお話です。
勇太と壮介の視点が交互に入れ替わりながら進みます。
お話の重複は可能な限り避けながら、ストーリーは進行していきます。
少しでもお楽しみいただけたら、嬉しいです。
(R4.11.3 全体に手を入れました)
【ちょこっとネタバレ】
番外編にて二人の想いが通じた後日譚を進行中。
BL大賞期間内に番外編も完結予定です。
【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話
須宮りんこ
BL
【あらすじ】
高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。
二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。
そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。
青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。
けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――?
※本編完結済み。後日談連載中。
前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
表紙:meadow様(X:@into_ml79)
挿絵:Garp様(X:garp_cts)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。
【完結】余四郎さまの言うことにゃ
かずえ
BL
太平の世。国を治める将軍家の、初代様の孫にあたる香山藩の藩主には四人の息子がいた。ある日、藩主の座を狙う弟とのやり取りに疲れた藩主、玉乃川時成は宣言する。「これ以上の種はいらぬ。梅千代と余四郎は男を娶れ」と。
これは、そんなこんなで藩主の四男、余四郎の許婚となった伊之助の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる