旦那様と僕

三冬月マヨ

文字の大きさ
24 / 86
ころがって

【六】旦那様と桃缶

しおりを挟む
「…ええと…」

「ん?」

 布団の上で身体を起こして、僕はその傍に座ります旦那様を見詰めていました。
 今は、僕が熱を出してから、二日目の午後を過ぎた頃です。
 熱はまだあるのですが、昨日と比べると大分楽になった気がします。
 起き上がろうと思えば、起き上がれます。
 身体は怠いのですが、自力で歩いて厠へ行けます。
 それなのに。
 旦那様が常にお傍に居て下さって、離れてくれません。
 そして、今も。
 何かを口にしたいからと、台所へ行こうとする僕を止めて、代わりに台所へ行きましたと思いましたら、透明な硝子の器に桃を入れてお戻りになりました。その桃をすぷぅんに乗せて、僕の口元へと持って来ています。

「ああ、大きかったか? どれ…」

 食べるのを躊躇っていましたら、旦那様がすぷぅんに乗せた桃を器の中へと戻して、すぷぅんを刺して更に小さく切って行きます。
 いえ、そうでは無くてですね。
 本日は元からお休みですから良いのですが、昨日は僕のせいで仕事を放り出して来たとの事です。
 本当に、申し訳ないです。
 僕が勝手に勘違いをして、朝から水浴びをしてしまったせいで、学び舎の皆様にも、旦那様にも、天野様、その職場の皆様にも、相楽様にも、多大な御迷惑をお掛けしてしまいました。
 何と申し開きをすれば良いのか、皆目見当もつきませんし、これ以上旦那様のお手を煩わす訳にも行きません。

「ほら、口を開けろ。冷やして置いたから、美味いぞ」

 そう思っていますのに、旦那様は柔らかいと思われる微笑みを浮かべて、僕の口元にすぷぅんに乗せた桃を差し出して来ます。

「あ、の。お気遣いは嬉しいのですが、僕一人で食べられますので、旦那様は少しお休みになられた方が良いかと…」

 せっかくのお休みなのです。
 僕が熱を出したのは、自業自得なのです。
 髪を切って下さるとのお言葉に浮かれてしまって、その他を疎かにしてしまった僕への罰なのです。
 ですから、旦那様がこんな僕を気に掛ける必要は無いのです。

「病人が気にするな。俺が構いたいから、こうしているだけだ。俺が、こんなに気を遣う事なぞ滅多にないぞ? 遠慮するな」

 遠慮します。
 遠慮させて下さい。
 お願いします。
 僕はどれ程、周りに迷惑を掛けたら気が済むのでしょうか?
 もう情けないやら、恥ずかしいやらで、顔が熱いです。
 きっと、赤くなっている筈です。
 ですが、それは熱のせいです。
 その筈です。
 そう思って欲しいです。

 そう思っていましたら、旦那様が何かを考え込む様な仕草を見せまして、とんでもない事を口にして来ました。

「…そうだな。では、お前がこれを食ってくれたら休むとしよう」

 ふえ?

「俺を休ませたいのなら、遠慮せず食う事だな」

 ふえええっ?

「ほら、口を開けろ」

 ふわあああああっ!?

「…そ、それは、ず、ずるいです…っ…」

 何故だか、悪い笑顔を浮かべている様にも見えます旦那様のお顔を、上目遣いになりながら睨む様にしますと。

「何処がだ? お前は俺を休ませたくないのか?」

 僅かに肩を落として、寂しそうなお顔をされてしまいました。

 うう…。

「それにだ。髪を切ってやると言っただろう? 今日は無理だが、熱が下がったら切ってやる。楽しみにしてたんだがな」

「ふえ…? 切って下さるのですか?」

 その優し気なお声に顔を上げましたら、旦那様はその細い瞳を更に細めて頷いて下さいました。

「約束しただろう? その為にも、少しでも食って、良く寝て、早く治さないとな」

「…は、い…」

 罰当たりな事をしてしまいましたのに…。
 お約束だなんて、罰当たりな僕には勿体ないお言葉です。
 それでも、やはり嬉しいと思ってしまう僕は、何処かおかしいのだと思います。

「ほら」

 再び、すぷぅんが僕の口元へと近付いて来ますが、今度は素直に口を開きます。
 旦那様に少しでも早く休んで貰う為です。
 僕が食べれば休むと仰いましたからね。
 早く食べてしまいましょう。
 ああ、桃の冷たさが気持ち良いですね。
 すうっと、喉を通って行きます。
 相楽様のお母様からのお見舞いの品でしたね。
 熱が下がりましたら、お礼に伺わなければなりません。
 お返しには何を御用意したら良いのでしょうか?
 確か、以前お会いした時には"だいえっと"だと、糖分は敵だと口にされていらした様な?
 そうなりますと、甘い物は控えた方が良いですよね?
 となりますと、甘くない物になりますよね?
 何が良いのでしょうか?
 甘くない物…辛い物とかでしょうか?
 塩辛とかはどうでしょうか?
 七味を掛ければ辛くなりますし、ご飯のお供に合いますし。

「良し、食ったな。夜には粥を作ろうと思うがいけるか?」

「は。いえ、夜は僕が…ふが…」

 桃を食べたお蔭でしょうか?
 夕餉の支度ぐらいなら出来ると思いまして、そう口にしようとしましたら、鼻を摘ままれてしまいました。

「だから、そう云うのは熱が下がってから言え。ほら、寝ろ」

 そうして、睨まれてしまいました。
 仕方がありません。
 ここは大人しく退きましょう。
 今の僕が何をどう言おうと、説得力はありませんものね。

「…はい…。あの、旦那様もお休みに…」

「ああ、そうだな」

 旦那様は、そう言いますと、僕の布団の傍でごろりと横になりました。
 身体をこちらへと向けて、頭の下に腕を置いています。

「あ、あの、旦那様? お休みになられるのでしたら、こちらでは無くて…」

 そんな畳の上でだなんて、休める筈がありません。
 昨日の学び舎からの事は、記憶が曖昧で。
 夜も、時々目が覚めた時には、常にお傍に旦那様が居ました。
 ですから、恐らくはずっと付きっ切りだった筈です。
 お眠りになられたのか定かではありませんが、恐らくは、きっと。
 ですから、自室でお休みになられて欲しい処なのですが。

「ここで良い。ほら、お前も横になれ。顔が赤くなって来てる。熱が上がって来ているのかも知れん。夜には薬を飲もう」

「ふえ…」

 いえ…それは…多分…旦那様が、そこにそうして居るからで…。
 ですが、これ以上旦那様のお手を煩わす訳には行きませんし…。
 ああ。僕が横になれば、自室へ向かわれるおつもりなのかも知れませんね。
 恐らくはそうなのでしょう。
 それならば、早々に横になった方が良いですよね。

 もぞもぞと身体を動かして、掛け布団を顔の半分程の位置まで引き上げて、僕は瞳を閉じました。
 本当に顔が熱いので、熱が上がって来ているのかも知れません。
 夜には、しっかりとお粥を戴いて、お薬を飲みましょう。
 そうすれば、この顔の熱さも治まる筈です。
 ………多分。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

もう一度言って欲しいオレと思わず言ってしまったあいつの話する?

藍音
BL
ある日、親友の壮介はおれたちの友情をぶち壊すようなことを言い出したんだ。 なんで?どうして? そんな二人の出会いから、二人の想いを綴るラブストーリーです。 片想い進行中の方、失恋経験のある方に是非読んでもらいたい、切ないお話です。 勇太と壮介の視点が交互に入れ替わりながら進みます。 お話の重複は可能な限り避けながら、ストーリーは進行していきます。 少しでもお楽しみいただけたら、嬉しいです。 (R4.11.3 全体に手を入れました) 【ちょこっとネタバレ】 番外編にて二人の想いが通じた後日譚を進行中。 BL大賞期間内に番外編も完結予定です。

【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話

須宮りんこ
BL
【あらすじ】 高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。 二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。 そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。 青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。 けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――? ※本編完結済み。後日談連載中。

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks 表紙:meadow様(X:@into_ml79) 挿絵:Garp様(X:garp_cts) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

【完結】余四郎さまの言うことにゃ

かずえ
BL
 太平の世。国を治める将軍家の、初代様の孫にあたる香山藩の藩主には四人の息子がいた。ある日、藩主の座を狙う弟とのやり取りに疲れた藩主、玉乃川時成は宣言する。「これ以上の種はいらぬ。梅千代と余四郎は男を娶れ」と。  これは、そんなこんなで藩主の四男、余四郎の許婚となった伊之助の物語。

処理中です...