旦那様と僕

三冬月マヨ

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ころがって

【一】旦那様と親馬鹿

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「それでだ。空腹だからと言うからだな。親子丼を出したら、食うわ食うわ」

「…はあ…」

 …一体俺は何を聞かされているのだろうか…。

「未だ足りないと言うのでな、オムライスとカツカレー、鉄火丼…」

「…はあ…」

 俺はこの部屋に入った時に渡された写真を手に、ただ曖昧に頷いていた。
 その写真には、一人の少年が映っていた。
 年の頃は、雪緒ゆきおと同じぐらいか。
 高い位置で一本に結い上げられた黒い髪は、背中より下にある様に見える。
 身体付きは華奢だが、雪緒と比べたら全然だ。普通に少年らしい体躯だ。
 丸めの瞳は、やや吊り上がり気味か。福耳っぽいのが、また愛嬌がある様に思う。

「…で、だ。本日から、学び舎に通う」

「…はあ…は…? 誰がですか?」

「話を聞いておらんかったのか? 私の息子だ」

「………は………?」

 司令に子供なぞ居なかった筈だが?

「…んもう! 写真見て? 可愛い息子がそれに映ってるよね? 名前は、せい! きらきらでぽかぽかな名前! 私、頑張って考えた!」

「…何時…再婚なされたのですか…? それとも、隠し子…」

 司令は確か、三十年前に奥方に先立たれて、それからずっと独り身の筈だが。
 俺が知らないだけで、再婚していて、子を設けていたのだろうか。
 それよりも、五十過ぎの厳つい親父がそんな喋り方をしても気持ち悪いだけだが。
 短く刈り上げた髪に、四角いエラばった輪郭、毛虫の様に太い眉、細い瞳は眼光鋭く、きつく結ばれた唇は薄く細い。
 そんな親父が、子供の様に机をバンバン叩くのは如何な物だろうか。

「失礼だな、君は! 遠慮と云う物を知らないのかね? 星は、先月だったか、もう先々月になるか? 君と天野君が連れてきたあやかしだ」

「…はあ……………は?」

 俺と天野が…?

「は!? いや、待って下さい! 私達が捕らえた妖は二十代半ばの男だった筈ですが!? それに、一度人型になったら…っ…!!」

 みくから聞いた話と違う!
 みくは人型になれるのは一度だけだと、その姿から違う姿には変化出来ないと口にしていた。
 あの男が、この写真の少年になった、だと?

「ああ。だが、星は、青年からこの少年の姿になった。会話をしていて、どうにも言動や仕草が気になってな。試しに、少年の姿になれるのかと聞いたら、な。まあ、まだ、幼体だったから、己に相応しい肉体になったのかも知れんがな」

「いや、ちょ、待って下さい。司令自らが、聴き取りを?」

「だって、暇だったんだもん」

 親父が『もん』なぞ言うなっ!

「まあ、かつてない貴重な個体なのでな。幼体が人型になれるのを初めて知れたからな。私の養子にして観察する事にしたのだよ。それで、だ。雪緒君、星と仲良くしてくれるかな? 星、ぽかぽかに謝りたいって、言ってたんだけど、君、雪緒君にみくちゃんの事、妖だなんて言ってないよね? うん、そうなると、少年の星が雪緒君に謝るのはおかしいよね? だって、君の家に入った泥棒は大人だし。ああ、星が泣いちゃうかも~。泣きながら、ぽかぽかに謝って友達になりたいって、言ってたんだよ。でも、妖に襲われた経験のある雪緒君に、実はみくちゃんは元妖だなんて言えないよね? 話してくれていたのなら、星が元妖だって話をしても大丈夫かな、と思ったんだけど…今からでも、話す気、ない? ね? あ、そうそう星は物覚えが早くてね。まあ、知らなかったって事もあるんだろうけど、いやいや、凄いよ。渇いていた大地が水を吸う様に…」

 俺は片手で額を押さえた。
 何だ、この親馬鹿は。
 観察って、息子観察か?
 それよりも、ぽかぽかとは何だ、ぽかぽかとは。
 雪緒が能天気だと言いたいのか?
 ぽかぽかなのは、お前の頭だ。

「…いえ…。箱の件ならば、謝罪は不要です。雪緒も直ぐに立ち直りましたし…って、あの、何やら不穏な単語が聞こえたのですが…もう一度、お聞きしても宜しいでしょうか?」

 学び舎とか、口にしてなかったか? この親父。

「ん? 何だね?」

 話を遮ったせいか、心持ち眉を上げて大仰に胸を逸らして聞き返して来た。
 息子自慢は、他所でやってくれ。

「…その、御子息が、今日は、どちらへ?」

「ああ、それね!」

 おい。
 何を可愛らしく人差し指を立てているんだ?

「今日からね、雪緒君と同じ学び舎に通う事になったから、宜しくね。いやあ、可愛らしい二人が並ぶと、更に可愛らしくなるよね。写真撮りたいな。講師に頼もうかな。幾らかでも握らせれば撮ってくれるかな。君は撮って貰ったのかい? 君が親馬鹿になるのも、星を迎えて、ようく解ったよ。食堂の栄養士に色々と聞いたりしていたそうだよね。同じ年頃の子を持つ隊員にも話を聞いたりしてて。果ては自分はあの頃はどうだったのかとか。何時も仏頂面の君がね。うんうん、本当にね。いやあ、幾ら鼻の下を伸ばしても伸ばしたりないよね。むさい男ばかりに囲まれてると、神経もささくれだってくるし、現場には出させて貰えないし、せっかく鍛えた筋肉美が崩れて行きそうで怖いよ。まあ、もう、見せる機会もないのだけど、それでも見せたい気持ちはあるから、日々の鍛錬は欠かしたくな」

「失礼します」

 段々と愚痴になって行く司令の言葉を遮って、俺は司令室を後にした。
 後ろ手に扉を閉めて、頭を押さえて長い息を吐く。
 朝っぱらから呼び出されたと思えば、これだ。
 何の因果で朝っぱらから、むさい親父の子供自慢やら愚痴やらを聞かねばならんのだ。
 大体、あんな姿を見せられた日には、隊員の士気が下がるだろうが。親馬鹿も大概にして貰いたい。
 と云うか、誰が親馬鹿だ、誰が。親馬鹿なのはお前の方だ。だらしなく眉を下げて、目を細めて垂れ下げて、鼻の下を伸ばして、口元は緩みまくって、とても見ていられた物では無い。
 それに、さりげなく仏頂面とか言って無かったか?
 悪かったな。俺は誰かさんと違って、愛想笑いなぞ浮かべられないからな。そもそも意味も無いのに笑顔になんぞなれるか。楽しい事、嬉しい事があった時で良いだろう、そんな物は。
 それよりも、今日から学び舎に通う? 元妖が? 雪緒と同じ処に? 大丈夫なのか?
 司令が問題無いと判断したのなら、間違いは無いと思うが。
 思うが…不安だ。
 雪緒に何事も無ければ良いのだが。

 痛む頭を押さえて、窓の外を見る。
 もうすっかり夏の陽射しのそれは、容赦無く、俺の身体を突き刺していた。
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