上 下
1 / 8

01

しおりを挟む
「なあ、まだ終わらねーの?」

 クーラーの効いた部屋で、俺は缶ビールを手に持ちながら、同じダイニングテーブルを囲う、目の前で黙々とノートパソコンのキーボードを叩く同居人の男に声を掛けた。

「…ま…まだ…ここの…描写がイマイチ納得いかなくて…だ、だから今…その…」

 ぼそぼそと液晶から目を離さずに話すのは、俺の幼馴染み兼恋人の仙谷せんたに染五郎そめごろうだ。こいつは小説を書くのが好きで、WEBサイトに投稿をしている。ついでに、夏と冬にはデカいイベントにも参加している。
 十年前、まだ高校生だった頃、何か悩んでいたから『俺で良けりゃ話を聞くけど?』って言ったのが、切っ掛けだ。それからずっと俺と二人で参加している。
 人見知りのこいつは今もガッチガチで、スペースに来てくれた人と碌に会話も出来やしない。から、売り子の俺が対応をしている。だって、仕方がねーだろ? 初参加の時、このキャラが好きでとか言われても『…は…はあ…』と返すだけだったんだから。で、見かねた俺がこいつの代わりに話していたら、俺が作者認定された。まあ、こいつの話は全部読んでるし? キャラの設定とか諸々聞いてるし? 全然問題は無いんだけどな? いいのか、これで? 

「何に躓いてんだよ…」

 ぐびりと一口呑んで、テーブルにあるつまみの一つのちくわキュウリを手に取って聞けば。

「う、うん。この廃屋のね淀んだ空気とかカビた様な匂いとか纏わり付く蜘蛛の巣とか壁に飛び散って染みついた血の色とかギシギシ鳴る床とかもっとリアルに書けないかなって聞いてる?」

「一気に話すな一気に。息継ぎをしろ」

 こう言う時ばかり饒舌になる染五郎に、俺は掛けていた眼鏡を外してこめかみをやわやわと揉んだ。
 こいつの得意ジャンルはホラーだ。
 はっきり言って万人向けでは無い。
 WEBではそこそこ読まれてはいるが、イベント毎に刷る本は毎回売れ残っている。

『…ブクマの数だけ刷ったのに…』

『無料と一緒にすんな』

『…書き下ろしもあるのに…』

『待てば無料で読めるんだろ? お前、何時もアップしてるじゃん。なら、待つよな』

健太郎けんたろう酷いっ!!』

 そんな遣り取りの後、わっと泣き出すこいつを慰めるのも、何時もの事だ。

「それで今そんな心霊スポットがないか調べていたんだけど。廃屋なんてそうそうないし鬼瓦川温泉は潰れた旅館とかゴロゴロあるけどそんな方まで行けないし大体許可を貰わなきゃならないし。勝手に入っても怒られ無さそうな処を探していたらあったんだよ。ほら、鬼瓦川大橋の処に潰れたドライブインがあるでしょ? あそこなら近いし車止められるしチェーンだけが入口に掛けてあるだけだし跨いで行けるし取材にもって来いだと思うんだけどどうかな?」

「だから、息継ぎをしろよ。鬼瓦川大橋のって…あの草ボーボーの蔦やら蔓やらからまくりのあそこか? …確かにお前の希望通りの場所かも知れないけどさ…」

 言いながら、あの鬱蒼とした植物に覆われた建物を頭に思い浮かべる。
 国道沿いにあるから、殆どの人がその建物を見ているだろう。
 たまにパトカーが止まっていて、スピードだかシートベルトとかやってんだよな。

「てか、あそこって、そんな曰く付きの場所だっけ?」

 焼き餃子を箸で取り、かぷりと噛み付けば、むにぃ~としたもちっとした皮の食感の次に、肉汁が口の中に溢れて来た。うん、餃子はやっぱ焼きに限るよな。この赤いラー油が良く合うぜ。酢に胡椒? 俺は断然ラー油派だ。餃子が真っ赤に染まるぐらい、びたびたに付けて食うぞ。

「うん。三十年ぐらい前に潰れたんだけど原因が大型トレーラーが突っ込んだ事で店内には三十人ぐらいいたんだけど皆下敷きになったり挟まれたりガラスの破片が目とか喉とかに刺さったりとにかく悲惨だったみたい中身飛び出た人も居たって。それでも修繕改装して営業してたんだけどあそこ長距離ドライバーの溜まり場でお風呂もあって仮眠も出来てその仮眠中に呻き声とか聞こえて来て段々人の足が遠のいて修繕費用とか完済してなくて給料未払いとかあってオーナーがノイローゼになって店の前の駐車場でガソリン被って焼身自殺して取り壊そうにもお金もないしそれでずっと放置で…って、聞いてる? 口押さえてどうしたの?」

「…いや……」

 俺はラー油で赤くなった餃子を皿へと戻してそう言った。半分だけ齧った餃子からは、ほろりと中身が零れ落ちた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

人生は晴れ時々雨、愛は突然の雨のように。

ハリネズミ
BL
『人生は晴れときどき雨、』 突然「俺結婚するから別れて」と5年付き合った恋人から言われてしまう。 始まりもいきなりなら終わるのもいきなりだな、とその時の俺はそう思うだけだった。 ********** 『愛は突然の雨のように。』 「私、再婚することにしたの。あなたはここで1人で暮らしなさい」 久しぶりに会った俺を産んだ母親の言葉だった。

夢の話

奏 -sou-
BL
ボロボロになりながらもなんとか鉄骨塔へ舞い降りた俺に降りかかる災難ー。 美形兄x平凡弟/SFチック/BL/異世界/夢の中の話/完結しています。

処女姫Ωと帝の初夜

切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。  七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。  幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・  『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。  歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。  フツーの日本語で書いています。

フクロムシ~俺がメス化した理由~

三冬月マヨ
BL
遥か昔、悪魔を喚んだ者がいた。 己の私利私欲の為に。 その者のせいで、人々はゆっくりと破滅へと向かっていた。 魔獣と呼ばれる生き物が闊歩する、何処か荒廃した世界。 そんな世界が舞台の、悪魔に故郷を滅ぼされた青年の話。 ・ヒイラギ(受け・女装男子)が、アグナ(攻め・どっかイってる研究者)以外を誘う場面がありますが、致すのはアグナとだけです。

初めての鬼畜緊縛・第一章

拷鬼ヨシオ
BL
※実話です。 バイでドMの私は、平凡で在り来たりなSM生活を送ってました。 平凡すぎる縛りや責めに正直いつも満足してませんでした。 動けば縄が緩む・痛がれば相手は止めてしまう、、、 いつか麻縄で息をすることさえ出来ない、関節が悲鳴を上げるくらいの鬼畜かつ 拷問的な緊縛をされたい、私の人格・人権など無視して拷問されたい、と思ってました。 意を決してとある掲示板に私の思いを書き込みました。 「鬼畜な緊縛を施して私の人権を無視して拷問にかけてください」と。 すると、ある男性から返事がありました。 「私はドS拷問マニアです。縛りも縄師の方に数年ついていたので大丈夫です。 逆海老吊り縛り等で緊縛して、貴方を徹底的に拷問にかけたい。耐えれますか?」 私はすごく悩みましたが、下半身の答えは1つでした(笑) 日時やNGプレイ等のやり取りをしばらく行った上でいよいよお相手の方とプレイする事に。 それは私の想像をはるかに超えた鬼畜緊縛拷問プレイでした。 私は今後、どうなってしまうんだろうか・・・

逢瀬はシャワールームで

イセヤ レキ
BL
高飛び込み選手の湊(みなと)がシャワーを浴びていると、見たことのない男(駿琉・かける)がその個室に押し入ってくる。 シャワールームでエロい事をされ、主人公がその男にあっさり快楽堕ちさせられるお話。 高校生のBLです。 イケメン競泳選手×女顔高飛込選手(ノンケ) 攻めによるフェラ描写あり、注意。

台風の目はどこだ

あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。 政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。 そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。 ✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台 ✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました) ✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様 ✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様 ✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様 ✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様 ✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。 ✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

処理中です...