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「なあ、まだ終わらねーの?」

 クーラーの効いた部屋で、俺は缶ビールを手に持ちながら、同じダイニングテーブルを囲う、目の前で黙々とノートパソコンのキーボードを叩く同居人の男に声を掛けた。

「…ま…まだ…ここの…描写がイマイチ納得いかなくて…だ、だから今…その…」

 ぼそぼそと液晶から目を離さずに話すのは、俺の幼馴染み兼恋人の仙谷せんたに染五郎そめごろうだ。こいつは小説を書くのが好きで、WEBサイトに投稿をしている。ついでに、夏と冬にはデカいイベントにも参加している。
 十年前、まだ高校生だった頃、何か悩んでいたから『俺で良けりゃ話を聞くけど?』って言ったのが、切っ掛けだ。それからずっと俺と二人で参加している。
 人見知りのこいつは今もガッチガチで、スペースに来てくれた人と碌に会話も出来やしない。から、売り子の俺が対応をしている。だって、仕方がねーだろ? 初参加の時、このキャラが好きでとか言われても『…は…はあ…』と返すだけだったんだから。で、見かねた俺がこいつの代わりに話していたら、俺が作者認定された。まあ、こいつの話は全部読んでるし? キャラの設定とか諸々聞いてるし? 全然問題は無いんだけどな? いいのか、これで? 

「何に躓いてんだよ…」

 ぐびりと一口呑んで、テーブルにあるつまみの一つのちくわキュウリを手に取って聞けば。

「う、うん。この廃屋のね淀んだ空気とかカビた様な匂いとか纏わり付く蜘蛛の巣とか壁に飛び散って染みついた血の色とかギシギシ鳴る床とかもっとリアルに書けないかなって聞いてる?」

「一気に話すな一気に。息継ぎをしろ」

 こう言う時ばかり饒舌になる染五郎に、俺は掛けていた眼鏡を外してこめかみをやわやわと揉んだ。
 こいつの得意ジャンルはホラーだ。
 はっきり言って万人向けでは無い。
 WEBではそこそこ読まれてはいるが、イベント毎に刷る本は毎回売れ残っている。

『…ブクマの数だけ刷ったのに…』

『無料と一緒にすんな』

『…書き下ろしもあるのに…』

『待てば無料で読めるんだろ? お前、何時もアップしてるじゃん。なら、待つよな』

健太郎けんたろう酷いっ!!』

 そんな遣り取りの後、わっと泣き出すこいつを慰めるのも、何時もの事だ。

「それで今そんな心霊スポットがないか調べていたんだけど。廃屋なんてそうそうないし鬼瓦川温泉は潰れた旅館とかゴロゴロあるけどそんな方まで行けないし大体許可を貰わなきゃならないし。勝手に入っても怒られ無さそうな処を探していたらあったんだよ。ほら、鬼瓦川大橋の処に潰れたドライブインがあるでしょ? あそこなら近いし車止められるしチェーンだけが入口に掛けてあるだけだし跨いで行けるし取材にもって来いだと思うんだけどどうかな?」

「だから、息継ぎをしろよ。鬼瓦川大橋のって…あの草ボーボーの蔦やら蔓やらからまくりのあそこか? …確かにお前の希望通りの場所かも知れないけどさ…」

 言いながら、あの鬱蒼とした植物に覆われた建物を頭に思い浮かべる。
 国道沿いにあるから、殆どの人がその建物を見ているだろう。
 たまにパトカーが止まっていて、スピードだかシートベルトとかやってんだよな。

「てか、あそこって、そんな曰く付きの場所だっけ?」

 焼き餃子を箸で取り、かぷりと噛み付けば、むにぃ~としたもちっとした皮の食感の次に、肉汁が口の中に溢れて来た。うん、餃子はやっぱ焼きに限るよな。この赤いラー油が良く合うぜ。酢に胡椒? 俺は断然ラー油派だ。餃子が真っ赤に染まるぐらい、びたびたに付けて食うぞ。

「うん。三十年ぐらい前に潰れたんだけど原因が大型トレーラーが突っ込んだ事で店内には三十人ぐらいいたんだけど皆下敷きになったり挟まれたりガラスの破片が目とか喉とかに刺さったりとにかく悲惨だったみたい中身飛び出た人も居たって。それでも修繕改装して営業してたんだけどあそこ長距離ドライバーの溜まり場でお風呂もあって仮眠も出来てその仮眠中に呻き声とか聞こえて来て段々人の足が遠のいて修繕費用とか完済してなくて給料未払いとかあってオーナーがノイローゼになって店の前の駐車場でガソリン被って焼身自殺して取り壊そうにもお金もないしそれでずっと放置で…って、聞いてる? 口押さえてどうしたの?」

「…いや……」

 俺はラー油で赤くなった餃子を皿へと戻してそう言った。半分だけ齧った餃子からは、ほろりと中身が零れ落ちた。
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