適材適所

三冬月マヨ

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ラスとハナ

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 僕はどうにも他人よりものんびりしているらしい。

 幼い頃は良くそれで虐められたし、学園へ通い出してからは勉強の出来ない奴と言われたりしていた。
 まあ、でも。そんな事がある度に。

「お前は、人よりちょっとゆっくりなだけだから気にするな」

 って、隣に住む二つ年上の幼馴染みのハナがそう言ってくれたから、僕はこのままで良いんだなって思ったし、安心した。

 ◇

 ドンッて激しい音を立てて天井が吹き飛んだ。
 パラパラと木屑が頭の上に落ちて来る。

「…あ~…。今日って晴れだったんだあ…」

 そして、ついでに昼間。
 この調合をやり始めた時は夜だった気がするんだけど、何時の間に夜が明けたんだろう?

 穴の開いた天井を見上げれば、そこからは真っ青な空が見えた。

「んー…そう云えば腹が空いたかも…」

 片付けるのは後にして僕は作業小屋を出て、同じ敷地内にある自宅へ向かう。
 うん、久しぶりの外の様な気がする。陽射しが眩しい。
 ぴちゅぴちゅとした可愛らしい鳥の囀りが聞こえる。
 僕の家を囲む様にある木々や草花は、新緑の季節に相応しく瑞々しく覆い茂っていた。
 街から離れた処にある森。そこに在るのが僕とハナの家。今は僕一人だけど。
 ここで暮らす様になって二年が過ぎた。僕は来月で二十歳になる。

 うん、別にね?
 両親や街の皆に『お前の研究は傍迷惑だから、街から出て行ってくれ』と、泣きつかれた訳じゃないからね? 何故だか解らないけど、調合に失敗すると爆発しちゃうんだよね。不思議だね。仕上げの魔力注入が上手く行かないのかな? まあ、静かな場所で誰にも邪魔されたく無かったから、じゃあ、のんびりとスローライフを満喫しようと思っただけ。そうしたら『ラス一人じゃ心配だから』って、ハナも付いて来た。
 在学中に僕が開発に成功した毛生え薬はとても人気で、定期的に街の雑貨屋に卸している。収入はそれで十分。貯金も出来てる。
 家も作業小屋も僕が稼いだお金で余裕で建てられたんだけど、ハナが俺も住むからって、半額を分割で払ってくれてる。要らないって言ったんだけど『男が廃る』って言われたから仕方が無く受け取っている。

 家に入る前に、庭にある畑からキュウリとトマト、レタスを採取する。
 バケットが残っていた筈だから、これらを挟んで食べよう。ハムも残っていた筈だし。

「…あれ…カビてる…」

 テーブルに置いてある籠を見れば、食べ掛けのバケットにはカビが生えていた。保冷庫に入れてなかったハムも同じだ。

「んー…そう云えば、ここ数日雨が降っていた様な気がするなあ…」

 あれ、そうしたら僕はどれぐらい食事を摂ってなかったんだろう?
 まあ、良いか。カビた彼らは畑に埋めて立派な肥やしになって貰おう。
 バケットは諦めて、採取した野菜でサラダを作って食べよう。
 保冷庫の中を見たら何も無かったから、食べ終わったら街へ買い物へ行こう。
 そんな事を思いながらキュウリに塩を振りながら、ポリポリ丸々一本のままを齧って行く。同じくトマトにも塩を振ってもしゃもしゃ食べる。そしてレタスにも塩を…え? それサラダ違う? 野菜なのだから同じ事だよね? え? 作ってない? 塩を振ると云う、ひと手間を掛けているよ? なんて何処からか聞こえる声にツッコミを入れて僕は朝食兼昼食を食べ終えた。

「あ…」

 そこで僕は気付く。食事が久しぶりだと云う事は、自宅へ来るのも久しぶりだと云う事だ。

「んと…」

 木屑の付いた頭に触れば、肩に届く赤みが掛かった茶色い髪はぺったんとしている。
 右腕を鼻先まで持って来て、すんすんと匂いを嗅いでみれば汗臭い様な気がした。

「んん~…」

 街へ行くなら、風呂に入った方が良いかあ。
 面倒だなあ。
 なんて思いながら窓の外を見れば、小鳥が畑で土を被って遊んでいるのが見えた。
 あれは、確かあれだ。浴びてるのは土だけど。鳥は砂で身体を洗うって聞いた事がある気がする。
 面倒だけど仕方が無い。人として鳥に負ける訳には行かない。
 そうして渋々と風呂を沸かして入り、髪の毛も身体も洗って、さっぱりとしてリビングのソファーへと凭れ掛かれば、心地良い眠りが襲って来た。

「…ああ…もう何もしたくない…」

 そう言えば、食事も風呂も数日ぶりなら、眠るのも数日ぶりかも…。
 腹が膨れて、風呂に入り身体が温まってぽかぽかとしてくれば、睡眠不足のこの身体が眠りを必要とするのは必然だ。
 重力に抗う力を失くした瞼は、そのままとろとろと落ちて行った。

 ◇

「…んあ…?」

 目が覚めたらベッドの上だった。ソファーで寝た筈なのに…?
 それも、かなりの暗さだ。寝ている間に夜になってしまったのか。
 買い物は明日にしよう。

「んー…?」

 もぞもぞと身じろぎして起き上がると、身体は風呂上がりに着ていたバスローブでは無くて、肌触りの良い寝間着を着ていた。

「あー…」

 胸の奥がこそばゆくなって、ぽりぽりと人差し指で頬を掻いて、ベッドから下りる。
 スリッパをパタパタと鳴らしながら歩き、寝室の扉を開ければそこは直ぐリビングだ。
 真っ暗だった寝室とは違い、明かりが灯されたリビングの眩しさに目を細めながら、僕は鼻をすんすんさせて、リビングに漂うその匂いを嗅ぐ。
 うん、僕の好きな柔らかなホワイトシチューの匂いだ。

「お。起きたのか、ラス。シチュー出来てるぞ食うか?」

 すんすん鼻を鳴らしていたら、リビングとキッチンを分ける仕切りの向こうからハナが顔を覗かせて笑った。

「うん、食べる。帰って来てたんだね、ハナ。お帰り」

 僕も、その笑顔につられて頬を緩める。
 帰って来たハナが、眠ってる僕を着替えさせてベッドまで運んでくれたのだと解ったから。

「おう。座って待ってろ。すぐによそうからな」

 ハナの言葉に従い、僕はダイニングテーブルの方へとパタパタとスリッパを鳴らして歩いて行く。
 椅子を引いてテーブルを見れば、軽く焼かれた一口サイズに切られたバケットとポテトサラダが用意されていた。カビたバケットとハムは見当たらない。

「お待たせっと。ほら食え。お前、またマトモに飯食って無かったろ。軽すぎ」

 深皿に入ったシチューを僕の目の前に置いて、ついでにスプーンを僕に渡してからハナは僕の対面の席に座った。

「んー…? んー…腹が空かなかったから食べなかっただけだよ。あ、ベーコンが入ってる。あつ…っ…!」

「ああ、ちゃんと冷ませよ。ほら、水。ったく。素材を集め終わって一か月ぶりに帰って来てみれば、作業小屋の屋根はまた穴が開いてるし、まあ、明日直すけど。バケットやハムにはカビが生えてるし、畑の肥やしにしたけど、良かったんだよな? 保冷庫は空だし、買い物して来たから良かったけど。お前は風呂上がりのままバスローブ姿でソファーからずり落ちて寝てるし、まあ、何時もの事だけど。今度は何の研究をしてたんだ? 依頼の脱毛剤は完成したってノートに書いてあったけど」

 僕に水の入ったグラスを渡しながら、ハナがポンポン言って来る。
 あ、ノートって云うのは伝言帳みたいなの。ハナが留守の時に僕がどう過ごして居るのか、気が向いた時で良いから書けって言われたから、気が向いた時に書いてる。作業小屋に置いていた筈なんだけどな。探して来て中を見たんだろうな。

 ハナは学園を卒業して直ぐに冒険者になった。
 僕が作る毛生え薬の素材を集めるのには、冒険者が一番良いって言ってた。
 身体を動かす事が好きなハナには似合いの職みたいだ。
 自由な冒険者だけど、冒険者には何の保障も無いし、魔物と戦う事もある危険な仕事だ。
 僕なんかの為にそんな危険な事はして欲しくないんだけどな、って言ったら、笑いながら『ラスの為になる事なら、俺がやりたいんだ』って言ってくれた。その時の笑顔が余りにも眩しくて、僕は倒れるかと思った。
 ハナは優しい。それは小さな頃から変わらない。何時も僕を守ってくれる。料理も掃除も得意だ。何も出来ない僕とは全然違う。僕が申し訳なく思いながらそう言えば、やっぱりハナは笑いながら言うんだ『適材適所って言うだろ? 好きでやってるんだから、気にするな』って。だから、僕はやっぱり安心してしまうんだ。

「うん。脱毛剤とは別にね、男性でも子供を生める薬は作れないかって依頼があってね」

「ぶほっ!?」

 ハナが口にしてたポテトサラダを噴き出した。
 んー…? そんなに驚く様な事を言ったのかな?

「んと、雨が降る前だったかなあ…何処かで見た事がある様な気がする人が家に来て、お願いして行ったんだ。ええと、完成の暁にはここに連絡をって手紙を置いて行ったんだけど…」

 と僕は言いながら、テーブルに置いてある小さな籠を手に取って、その中にある手紙をハナに渡した。

「………………なあ…その相手ってさ…腰まである長い金髪でさ…目の色は青で…切れ長でいて涼やかな目元で…鼻は高くて…背はラスよりも高くて…」

 封筒の中から便箋を取り出してそれを読んでいたハナの手が、ううん、手だけじゃなくて身体も震えてる。どうしたんだろう? 寒いのかな?

「んー…? あー…うん、そんな容姿だったかも…? けど、背は皆大概僕より高いよ? ハナもそうだし」

 頭の中にその時の事を思い出しながら僕は答えた。
 自慢のハーブティーを出したら、物凄く眉を顰めていたなあ、そう云えば。
 まあ、自慢なのは味では無くて、僕が育てたハーブなんだけどね。

「………ジウ・ロアナ・ティレックスって、この国の第二王子の名前だろっ!!」

 便箋を僕に向けて、最後の行に記されている署名を指差しながら、ハナが叫んだ。

「…あー…。そうかあ。それで見た事がある気がしたんだあ。凄いね、ハナ。良く覚えているよね」

「お前、これ読んでないだろ? いいか? 簡単に読むぞ?」

 僕が目を丸くして感嘆していたら、ハナがガリガリと頭を掻き出した。
 んー…ハナの綺麗な艶のある黒髪がボサボサになっちゃったよ。

『第一王子が使い物にならないから、このままでは自分に王位継承権が回って来る。自分には好きな相手がいる、男だ。その相手と別れたくないから、子を孕みたい。男では子を孕む事も出来ないし、男同士での婚姻も認められていない。だから、男でも子を産める身体にして欲しい。そうなれば、婚姻についての法も変わるだろう』

「…との事だ…」

「…へえ…。…凄いねー。王になりたくないからって、そこまでするんだあ~…」

 何処かぐったりとしたハナに、僕はお疲れ様の意味を込めて手を叩いた。

「いや、感心する処じゃないだろ…。そうなったら普通に廃嫡されて終わりじゃねえの?」

「んー…? そうかなあ? 国のトップに立つ人が、そんな事で廃嫡とかしちゃう? 子供が可哀想だよ。それに…その…法が変わったら…その…僕達も…結婚…出来る…し…」

 言いながらじわじわと顔が熱くなって来たから、僕は両手で顔を覆って隠した。
 うう、恥ずかしい。きっと首まで赤いよ。
 うん。男性同士の婚姻が認められないのは、生産性が無いからって理由だ。
 だから、男性も子を産めるとなれば、それは確かに変わると思うんだ。
 だって、男性同士の恋愛は禁止されていないからね。

「…ラス…。…お前…そんな事考えていたのか…?」

 何処か熱の籠ったハナの声に僕はコクリと頷く。
 ハナははっきりとは言わないけど、これだけ長くいれば幾ら鈍い僕でも解る。
 ハナは僕の事が好きなんだって。
 僕もハナが好きなんだって。
 ハナが居ない間は寂しい。
 ハナが傍にいたら、とても嬉しいし安心する。
 僕の為にあれやこれやしてくれるハナを見ていると、幸せな気持ちになれるんだ。
 それは多分、ハナも同じ。
 適材適所って、ハナは言った。
 だから、僕は僕に出来る事を頑張るし、第二王子だった依頼人には、その力で法を改定して欲しいと思う。

「…ラス…」

 そんな事を考えていたら、僕の両手首をハナがそっと掴んで来て、手を顔から剝がされてしまった。

「…ハナ…」

 僕を見詰めるハナの焦げ茶色の目が、熱を孕んでいる様に見えるのは気のせい?
 カタリと、ハナが座っていた椅子が音を立てた。
 ハナが椅子から腰を浮かせたんだ。その証拠にハナの顔が僕に近付いて来る。

「…好きだ…」

 互いの唇が触れそうな距離でハナが囁いて来た。

「…うん…。…僕も…」

 ハナの熱い吐息を感じる唇で僕も囁く様に言う。
 そのままハナの顔の角度が変わって、僕の唇に…。

「待って」

「むぐっ!?」

 …触れる前に、ハナに掴まれたままの両手をその間に差し込んだ。

「…その…それは…薬が出来たら…男性同士の婚姻が認められる様になったら…僕達が結婚したら…その時に、褒美にちょうだい?」

 軽く首を傾げてそう言えば、ハナはこの世の終わりの様な絶望を顔に浮かべた。

 …うん、だって…どうせ結婚するのなら、そう云う事は、やっぱり皆に祝福されてからしたいよね? だから、待ってて、ハナ。僕、頑張るからね。あ、第二王子にも頑張って貰わないとね。
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