寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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番外編

寝癖と塩と金平糖【前編】

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 天野家に泊まった翌朝、瑞樹みずきは台所で震えていた。

「おおっ! 四角いフライパンだ!」

「何に感動しているんだ、お前は」

 新しい玩具を手にした子供の様にはしゃぐ瑞樹に、優士ゆうじは塩を多分に含んだ視線と声を贈った。

「や、だって! これ、卵焼き作るのに便利なんだよっ! 四角いのが綺麗に出来るんだ!」

「形より、味だろう」

「あはは! 必要無いものは置いて行くから、好きに使っておくれよ。箪笥や食器棚に冷蔵庫、洗濯機…とにかく、大きい物は置いて行くから、使わないなら捨てておくれね」

 そんな二人を見て、みくはカラカラと手を振って笑う。
 初七日を終えた後に、みくはこの家を出て、杜川の山にある里へと移り住む。その為の準備を、瑞樹達は手伝っていた。人手のある内に、細々とした片付けをしてしまおうと云う事らしい。
 住む家は、以前、里の結界を張っていた時に使っていたのがあるから問題無いそうだ。家具等も、向こうで使っていたのがあるから、置いて行くと。
 天野夫妻は、二人離れて過ごした期間があった。みくに愛想を尽かされて、実家へ帰ったと言われていたが、人とあやかしの暮らす里が、万が一にでも事情を知らぬ者に見付からない様に、みくが得意とする姿を消す術、それを里全体に掛けていたのだ。他の妖が、それが出来る様になるまで、みくは里に居たと、片付けの合間に瑞樹達はみくから聞いた。なるほど、姿や気配がどうこう言っていたのは、こう云う事かと二人は納得した。

「ん~と、これはお客さんが来た時に使ってたヤツだから、置いて行くね。普段使っているのは、これとこれと…」

 台所にあるテーブルに、みくが食器棚から取り出した茶碗や皿等を並べて行く。それらを雪緖ゆきおせい月兎つきとが丁寧に新聞紙で包んでいた。

「…こうしていますと…やはり寂しい物ですね…。本当に…行ってしまわれるのですね…」

「ゆきお…」

「雪兄さま…」

「雪緖君…」

 食器を包む手を止めて、ぽつりと雪緖が溢した言葉に、賑やかだった台所が静寂に包まれた。

「あ! 申し訳ございません! 事情があるのですから、こんな事を言ってはいけませんよね! 長期休暇には、会いに行きますから、笑顔で迎え…ふぇっ!?」

 笑顔で迎えて下さいと雪緖が言い終わる前に、みくがその身体を引き寄せ、強く抱き締めた。

「当たり前だよ! アタイと雪緖君の仲じゃないかっ!」

「何をしているんだ、何を! 雪緖の首が絞まっているだろう!!」

 あわあわとする雪緖を見た高梨が、みくの頭に拳を落とした。

「みくちゃんに何してるんだ!」

 が、それを天野に見つかって、高梨は怒られていた。
 そんな彼等の姿を忘れない様にと、瑞樹も優士も目を細めて笑う。離れてしまっても、きっと彼等の関係は変わらないのだろう。
 そうこうしている間に、火葬場へ行く時間が来て、熊の腕が入った棺桶が運び出されて行く。
 ボロが出たらいけないから、みくと、とくに星は口を紡ぐ。
 火葬場では、新たに副隊長になった長渕の旋毛を天野が弄っていたと星に言われて、瑞樹は噴き出してしまった。
 流石に人数が多い処で、特定の者だけに天野を見える様にするのは難しいらしく、火葬場に付いて来た天野の姿を瑞樹達は確認する事は出来なかったが、みくは勿論、星や月兎の元妖には見えていたらしい。

『おいら、笑いを堪えるの大変だったんだからな!』

 火葬場から天野家へと戻って来て、星に怒られた天野は、必死に土下座していた。悪戯もしていたが、天野は天野なりに、隊の皆に別れの挨拶をしていたのだ。全員の肩を叩いたり、軽く頭を小突いたりして回っていた。高梨にそれをした時には、尻に蹴りを食らっていたが。姿が見えない筈なのに、何故? と、天野は首を傾げていたが、そこは長年の経験なのだろう。因みに、瑞樹は後頭部の寝癖を弄られていたが、優士の仕業だと思っていたから、全然、気にも留めていなかった。
 そう言えば、火葬場では星はずっと俯いていて、肩を震わせていた。それを見た隊員の誰もが『仲良かったもんな』と、涙を流していたが…こんな真実は、知らない方が良いのだろう、きっと。
 そして初七日が過ぎ、諸々の手続きや挨拶を終えて、みくと天野は汽車に乗り、笑顔で街を出て行った。

(…天野さんは、無賃乗車になるのかなあ…)

 なんて、瑞樹は思いながら汽車を見送った。

 ◇

「…あ、うん。まあ、詳しくは、そっちに帰ったら話すから…うん、ん。じゃあ…」

 チンッと音を立てて、瑞樹が受話器を置いた。天野家…いや、今日からは瑞樹と優士の家だが…には、電話がある。それを使って、瑞樹は実家へと引っ越しの連絡をしたのだ。因みに優士は瑞樹の前に電話している。

「…済んだのか?」

「あ、うん。父さん、びっくりしてたけど。耳元で叫ぶから耳が痛いや」

 左耳を押さえ眉を下げて笑う瑞樹に、優士もくすりと笑う。

「いきなり管理とは言え、家持ちだからな。僕の方も、母はともかく、父が煩かった」

「そっか。騙されてるんじゃないかって、とにかく煩かった」

「同じだ。…瑞樹」

「ん?」

「風呂が沸いた。入ろう」

「お…おう…」

 少しだけ、しんみりとした空気が流れた気がしたが、気の所為だったらしい。
 天野家の風呂場は、天野本人が口にしていた通りに広かったのは、既に確認済である。洗い場は二人で寝転んでも、まだ余裕があるぐらいだし、浴槽も二人並んで足を真っ直ぐ伸ばしても、まだ余裕があった。思わず『どんだけ…』と、瑞樹は口にしてしまい、みくに笑われていた。
 広い風呂に二人で入る。
 それを、夢と言うか目標にした訳だが、こうもあっさり実現してしまうと、何とも言い難い気持ちになるのは何故だろう?
 しかし。

「…おお…」

 実際に、お湯の張られた浴槽や真新しい簀子に桶に椅子、天井に張り付いた水滴やそれらが落ちる音、その雰囲気に。また、何よりも、二人で居ても狭さを感じないそれに、そんな思いは飛んでしまっていた。

「やっぱり広いのは良いなあ! 椅子二つあっても、桶二つあっても、全然邪魔にならない!」

「喜ぶのはそこか?」

「え?」

 ささっと着物を脱いで、先に瑞樹が風呂場へと足を踏み入れていた。
 そんな風に感動していた瑞樹の背後に優士が立ち、しなやかだが筋肉のついたその身体を抱き締めた。

「背中を洗ってやる」

「…お、おお…」

(…腰に…何か当たっているんだけど…)

 風呂に入るのだから、当然裸である。その素肌に、腰に、硬くなりつつあるそれを押し付けられて、瑞樹はもごもごと返事をした。顔が熱いのは、湯気に充てられただけではないのだろう。
 保養地から帰って来て、二度目を済ませてからは、自然と身体を重ねる様になった。今更、何を恥ずかしがる事があると云うのか。それでも、場所とか明るさとか、そんな場の雰囲気と云う物がある訳で。

「…っ…、ま、や…っ…!」

 そして、何故か、また喘がされているのは、自分が先と言う事実に、瑞樹の頭は茹で上がってしまう。

(何で、こうなるんだ!?)

 背中を洗ってやろうと優士に言われて、少し嫌な予感がしたもののお願いしたら、背中を洗っていた筈の手が前に伸びて来て、胸を洗われ、腹を洗われ、臍を洗われ、何時の間にか優士の手から手拭いが消えて、素手で股ぐらを洗われ、今は竿をていた。

「…ん、ん…っ…」

 背中に優士の体温を感じながら、瑞樹は高みへと上げられて行く。

「我慢するな…」

 竿を洗っていた手は、今は鈴口を洗い、もう片方の手は、再び瑞樹の胸を洗っていた。
 耳元で、優士が熱い息を吐きながら囁く。

「や、だって…っ…!」

(だって、これをしたかったのは俺の方なのに…っ…!!)

 幾ら瑞樹でも、風呂への誘いがそれへの誘いだと解っていた。解ってはいたが、こう先に仕掛けて来るとは思わなかったのだ。

「…僕だって、雪緖さんから話を聞いた時から…こうしてみたかった…」

「そ、んなの聞いてない…っ…!」

「言ってないからな」

(…ずるい…っ…! 何で、いつもいつも優士が先に…っ…!)

 そう瑞樹は思うが、その瑞樹本人が中々手を出さないから、こうなっているのだ。
 瑞樹が照れずに、さっさと行動していれば、優士が仕掛ける事も無かった筈だ。…多分。

「…ほら…見せて…」

「んうぅぅぅ~っ!!」

 そう耳元で囁かれて、甘く耳朶を噛まれたら、もう瑞樹に我慢なんて出来る筈も無かった。
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