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番外編
いつか、また【十三】
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それ程に酔った訳では無いが、瑞樹と優士は宴会(だろう、あれはもう)を抜け出し、庭へと出ていた。空では、薄い月が輝いているので、不安になる程暗くはない。
あれから、妖の保護の事をどれだけの者が知っているのかを聞いた。星やみく、月兎の事も。
一部の隊を除いて、それぞれの隊の隊長までは、ほぼ知っているとの事だった。だが、その下に付くもの達に関しては、詳しくは教えて貰えなかった。それは、それらが情報を共有する事で、朱雀以外の者に知られる危険性があるからだと言われた。杜川が個人(?)で行っている事に関しては、今は、まだ、準備段階だから、本当に限られた者しか知らないと言われた。一般の者達に漏れてしまえば、朱雀の信頼が落ちるからと。確かに、妖を狩る朱雀が、その妖を保護している等、考えもしないし、知られたら相当な騒ぎになりそうだ。
だが、一つだけ。
「…瑠璃子先輩は知らないんだな…」
「…ああ…」
ぽつりと呟いた瑞樹の言葉に、隣に並んで星空を見ていた優士が頷いた。
星と瑠璃子は、学生の頃からの友人だと聞いた。だが、瑠璃子は星が元妖だと云う事を知らない。雪緒は知っているのに? 相楽は? と、聞けば、高梨が何とも言い難い表情をして『…そこの馬鹿二人が自白した』と言った。勿論、星とみくの事である。星は雪緒が風邪で寝込んでいた時に見舞いに来て、口を滑らせた。それに伴って、みくも自分が元妖であると雪緒に告げた。みくは、雪緒と星に過去の話をしていて、それを相楽に聞かれた。何とも間抜けとしか言い様が無いが、得てして事実とはこんな物だ。
「…けど、本当に良いのかな、俺達、こんな立派な家に…」
天野宅は瑞樹の実家よりも綺麗で広い。平屋だから、余計に広いと思うのかも知れないが。
「…僕達がここに住む事で、安全が保証されるのなら、悪い事ではないだろう。…気が引けると云うのならば、買い取れば良い。毎月、支払って行けば良いだろう」
「あ、そ、そっか。そうだな!」
優士が"俺"ではなくて"僕"と言った事に、瑞樹はどきりとした。人が居る処では"俺"って言っていたのに。まあ、今は周りに人が居ないから良いのだろうか。それとも、不安そうな瑞樹を安心させる為なのだろうか。
「なあんだ、真面目だなあ、お前達は」
「ぅえっ!?」
そんな事を考えていたら、直ぐ後ろから天野の声が聞こえて、瑞樹は文字通り飛び上がってしまった。優士も僅かに肩を揺らせていた。
「おお、悪い悪い。気配も感じ取れなくなってるんだったか?」
「高梨隊長達と居なくて良いのですか?」
カラカラと笑う天野に、優士が身体を向けて尋ねる。
「ああ、良いんだ。話なら、これまでに沢山したし。休みには、何だかんだ邪魔したしな。ほら、春から休みの形態が変わっただろ? あれ、五十嵐司令の計らいなんだよな。俺が、俺達が悔いなく、ゆかりん達と過ごせる様にってさ」
「え…」
「あ…」
休みが隊毎になったのは、そんな理由からなのかと、瑞樹と優士は唸った。
確かに、隊長や副隊長のどちらかが不在で行動するよりは、二人揃っている今の休みの形態の方が、効率的ではあるが。
「ほぼほぼ、生まれた時から一緒に居たからなあ…」
そう言いながら、天野は手にしていた盃に口を付けて、夜空を見上げた。
天野らしくなく、穏やかな笑みを湛えて星空を見る姿は、やはり、何処か寂しそうに見えた。
幼馴染みと云う点では、瑞樹と優士も同じだ。同じだが、過ごして来た歳月が違う。天野は、瑞樹と優士の倍程もある年月を、この街で高梨達と過ごして来たのだ。
「…寂しく…ないですか?」
瑞樹の問いに、天野は軽く首を傾げて頭を掻く。
「ん~? まあ、寂しくないと言えば嘘になるがな。まあ、仕方ないわな。…別れは何時か来る。別れの言葉を言えない事もある…それを考えたら、こうして別れの挨拶が出来るのは、幸せな事だと思うぜ?」
そう言って、白い歯を見せる天野に、やはり瑞樹と優士は何も言えなかった。
別れの言葉を言えない別れ。
二人は、幼い頃にそれを経験している。
優しかった母を。
幼馴染みのお母さんを。
「…悪い…」
失言だったと、ぼそっと呟く天野に、瑞樹も優士も静かに首を振る。
「…や…。…まだ、笑顔に出来ないなあ…って…」
「ん?」
首を傾げる天野に、瑞樹は雪緒から言われた事を話した。初めて、高梨家に招待された日に話した事を。
思い出す顔は、何時だって笑顔が良い。
そう、言われた事を。
「…ああ、雪坊らしいな。知ってるか? 出逢った頃の雪坊は、こおんなに小さくてな…」
瑞樹の言葉に、天野は優しく目を細めて、少しだけ腰を屈め、膝の位置に自分の手を置く仕草をした。
雪緒の過去の話は、やはり、高梨家に招待された時に聞いたが、こうして第三者から話を聞くのも興味深い。
「…と、そうだ。雪坊の話で和んでる場合じゃなかった。ほら、殴れ」
天野は、高梨が養父として、また、恋人としてどう過ごして苦労して来たか、面白おかしく話してくれた。そんな話に笑いながら、時には、ぽかぽかとした思いに浸っていたら、不意に天野がぽんっと手を叩いて、そう言って来た。
あれから、妖の保護の事をどれだけの者が知っているのかを聞いた。星やみく、月兎の事も。
一部の隊を除いて、それぞれの隊の隊長までは、ほぼ知っているとの事だった。だが、その下に付くもの達に関しては、詳しくは教えて貰えなかった。それは、それらが情報を共有する事で、朱雀以外の者に知られる危険性があるからだと言われた。杜川が個人(?)で行っている事に関しては、今は、まだ、準備段階だから、本当に限られた者しか知らないと言われた。一般の者達に漏れてしまえば、朱雀の信頼が落ちるからと。確かに、妖を狩る朱雀が、その妖を保護している等、考えもしないし、知られたら相当な騒ぎになりそうだ。
だが、一つだけ。
「…瑠璃子先輩は知らないんだな…」
「…ああ…」
ぽつりと呟いた瑞樹の言葉に、隣に並んで星空を見ていた優士が頷いた。
星と瑠璃子は、学生の頃からの友人だと聞いた。だが、瑠璃子は星が元妖だと云う事を知らない。雪緒は知っているのに? 相楽は? と、聞けば、高梨が何とも言い難い表情をして『…そこの馬鹿二人が自白した』と言った。勿論、星とみくの事である。星は雪緒が風邪で寝込んでいた時に見舞いに来て、口を滑らせた。それに伴って、みくも自分が元妖であると雪緒に告げた。みくは、雪緒と星に過去の話をしていて、それを相楽に聞かれた。何とも間抜けとしか言い様が無いが、得てして事実とはこんな物だ。
「…けど、本当に良いのかな、俺達、こんな立派な家に…」
天野宅は瑞樹の実家よりも綺麗で広い。平屋だから、余計に広いと思うのかも知れないが。
「…僕達がここに住む事で、安全が保証されるのなら、悪い事ではないだろう。…気が引けると云うのならば、買い取れば良い。毎月、支払って行けば良いだろう」
「あ、そ、そっか。そうだな!」
優士が"俺"ではなくて"僕"と言った事に、瑞樹はどきりとした。人が居る処では"俺"って言っていたのに。まあ、今は周りに人が居ないから良いのだろうか。それとも、不安そうな瑞樹を安心させる為なのだろうか。
「なあんだ、真面目だなあ、お前達は」
「ぅえっ!?」
そんな事を考えていたら、直ぐ後ろから天野の声が聞こえて、瑞樹は文字通り飛び上がってしまった。優士も僅かに肩を揺らせていた。
「おお、悪い悪い。気配も感じ取れなくなってるんだったか?」
「高梨隊長達と居なくて良いのですか?」
カラカラと笑う天野に、優士が身体を向けて尋ねる。
「ああ、良いんだ。話なら、これまでに沢山したし。休みには、何だかんだ邪魔したしな。ほら、春から休みの形態が変わっただろ? あれ、五十嵐司令の計らいなんだよな。俺が、俺達が悔いなく、ゆかりん達と過ごせる様にってさ」
「え…」
「あ…」
休みが隊毎になったのは、そんな理由からなのかと、瑞樹と優士は唸った。
確かに、隊長や副隊長のどちらかが不在で行動するよりは、二人揃っている今の休みの形態の方が、効率的ではあるが。
「ほぼほぼ、生まれた時から一緒に居たからなあ…」
そう言いながら、天野は手にしていた盃に口を付けて、夜空を見上げた。
天野らしくなく、穏やかな笑みを湛えて星空を見る姿は、やはり、何処か寂しそうに見えた。
幼馴染みと云う点では、瑞樹と優士も同じだ。同じだが、過ごして来た歳月が違う。天野は、瑞樹と優士の倍程もある年月を、この街で高梨達と過ごして来たのだ。
「…寂しく…ないですか?」
瑞樹の問いに、天野は軽く首を傾げて頭を掻く。
「ん~? まあ、寂しくないと言えば嘘になるがな。まあ、仕方ないわな。…別れは何時か来る。別れの言葉を言えない事もある…それを考えたら、こうして別れの挨拶が出来るのは、幸せな事だと思うぜ?」
そう言って、白い歯を見せる天野に、やはり瑞樹と優士は何も言えなかった。
別れの言葉を言えない別れ。
二人は、幼い頃にそれを経験している。
優しかった母を。
幼馴染みのお母さんを。
「…悪い…」
失言だったと、ぼそっと呟く天野に、瑞樹も優士も静かに首を振る。
「…や…。…まだ、笑顔に出来ないなあ…って…」
「ん?」
首を傾げる天野に、瑞樹は雪緒から言われた事を話した。初めて、高梨家に招待された日に話した事を。
思い出す顔は、何時だって笑顔が良い。
そう、言われた事を。
「…ああ、雪坊らしいな。知ってるか? 出逢った頃の雪坊は、こおんなに小さくてな…」
瑞樹の言葉に、天野は優しく目を細めて、少しだけ腰を屈め、膝の位置に自分の手を置く仕草をした。
雪緒の過去の話は、やはり、高梨家に招待された時に聞いたが、こうして第三者から話を聞くのも興味深い。
「…と、そうだ。雪坊の話で和んでる場合じゃなかった。ほら、殴れ」
天野は、高梨が養父として、また、恋人としてどう過ごして苦労して来たか、面白おかしく話してくれた。そんな話に笑いながら、時には、ぽかぽかとした思いに浸っていたら、不意に天野がぽんっと手を叩いて、そう言って来た。
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