寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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番外編

いつか、また【九】

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あやかし』だとせいは笑いながら言った。
 星も、みくも、月兎つきとも『元は妖』だと。
 自分達は一体何を聞かされているのだろうと、瑞樹みずき優士ゆうじの二人は、高梨に雪緒ゆきお杜川もりかわ相楽さがらを見る。見られた皆は、申し訳無さそうに肩を竦めたり、苦笑したりした。
 そして、また、みくを、星を、月兎を見て天野を見た。

「あ…まのさんも妖だから、腕が生えたって事か!?」

「何故、そうなるっ!!」

 いきなり叫んだ瑞樹の頭を、優士が思わず平手で叩いた。

「痛っ!! だっ、だって、腕っ! 腕あるし!! あ、ここに居る天野さんは幽霊!?」

 叩かれた頭を両手で押さえ、涙目で天野を見れば、腹を抱えて笑っていた。

「天野」

 高梨にじろりと睨まれた天野が、笑いを収めて瑞樹と優士を見た。

「ああ、いや、悪い。あのな、俺は幽霊じゃないし、腕も嚙みちぎられてない。あの棺桶にある腕は、熊の腕なんだ。星坊に熊を狩って貰って、人の腕に見える様に、須藤のおやっさんと津山さんに頼んで、加工して貰ったんだよ。夜だし、上手い具合に雨だったし、解らなかっただろ? あの腕は星坊が自分の懐に隠し持ってて、俺が逃げたら取り出して橘に見せろって頼んでいたんだ」

「ん! 袖はたけるが着ていたのをつけたけどな!」

 天野の言葉に星が胸を張り、月兎と杜川がその頭を撫でていた。が、それを見て和んで等居られる筈が無い。

「…く…ま…うで…?」

 呆然と呟く瑞樹の脳裏に、何時だったかの光景が蘇った。

(…え? じゃあ…医務室通いが続いていたのって…? そう云えば…須藤さんが『腕』って…)

「…じゃあ…須藤さんも、津山さんも…この件を知って…みくさんや星先輩…月兎君の事も知っていると…?」

 顎に指をあてて眉を寄せて問う優士に、天野は大きく頷いた。

「ああ、知って居る。…あのな、これは知って居る者が限られる事なんだが、妖は人になる事が出来る。俺と高梨は、実際に妖が目の前で人になる処を見た。それが、みくちゃんだ。で、妖の寿命は俺達より遥かに永い。俺は人間だが…その俺が歳を取らない…成長が緩やかになったのは、みくちゃんのせいと言ったらアレなんだが…他に原因が考えられないからな…みくちゃんのお蔭だと思う」

「は?」

「どう云う事ですか?」

「…いや…ほら…俺とみくちゃんは夫婦で…その…俺…みくちゃんから…子種…まあ…命を貰っているだろう? 他の奴らとの違いって言ったら、それぐらいしか思い当たる節がないからな…はは」

 顔を赤くして後ろ頭を掻く天野の隣では、みくも同じ様に頬を染めて畳に"の"の字を書いていた。

「大男が照れるな。見ているこちらが恥ずかしくなる」

 そんな二人に、高梨がうんざりとした様子で言うが、天野とみくは『いや、だって』とか『改めて人様の前で言うと…ねえ?』と、互いにもじもじと身体をくねらせるだけだ。
 因みに、そんな高梨の隣に座る雪緒も顔を赤くして俯いていたが、瑞樹と優士は気付かなかった様だ。

「え、と…? それで…何で…死んだなんて嘘を…?」

「あんな大芝居を打って、瑞樹にまた、心の傷を負わせ…」

「すまんっ!!」

「ゴメンよッ!!」

 優士の言葉を遮り、天野とみくが勢い良く畳に手を置き頭を下げた。ゴッと云う鈍い音がして、瑞樹も優士も思わず腰を浮かせそうになった。

「それについては謝る。悪かった。他に適任が居なかったんだ。他の奴らじゃあ、俺が食われる芝居してるってばれちまう。だから、まだ経験の浅い橘を利用させて貰った。…直前で、ゆかりんに止められそうになった時は焦ったけどな!」

「…橘を同行させるのに、気が進まなかったからな。だから、取り敢えず天野は待機させて…途中から…相ば…菅原か白樺しらかばと行かせようかと思ったんだが…」

「それは駄目だ。瑠璃るり嬢も亜矢あや嬢も女の子だ。何時か、生まれて来る子に影響が出るかも知れないだろう」

 天野の言葉に、高梨は身体を瑞樹の方へと向けて畳に手をついて頭を下げた。

「幾ら良くなって来たとは云え、お前に、また心の傷を負わせる事になってしまった。すまん」

「あ、や…」

「…詫びとは…この事ですか…」

 天野やみくだけでなく、高梨にまで頭を下げられて、瑞樹は胸の前で両手を泳がせる。その隣で優士はただ、静かにそれを呟いた。

「…ああ、また、妖を前に動けなくなったら、それは俺の責任だ。だから、もし、またそうなったら…橘の面倒は俺が見ようかと」

「は?」

「俺とみくちゃんは、ここを…街を出て杜川さんの山へ行く。そこで…」

 未だ頭を下げたままの天野に、瑞樹は腰を浮かせて声を上げる。

「ちょ、ちょ、待って下さい! 以前みたくなるかどうかは解らないけど、そうじゃなくても、俺、天野さんが食われてるって思ったら、身体が重くて動けなかったし…!」

 そうだ。
 幼い日の事を思い出して動けなくなったのだ。
 結局、自分はまだあの日の事を、克服出来て等いないのだ。

「あ、それはみずきの上に妖が乗ってたからだぞ! 親父殿に連れて来て貰った!」

 と、唇を噛む瑞樹の耳に、能天気な星の声が届いた。

「は?」

「妖が姿を消す事は知ってんだろ? それを出来る奴を、親父殿の里から連れて来て貰ったんだ! あ、ちなみに今、たけるはみくの力で、おいら達以外には見えなくなっているからな!」
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