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番外編
いつか、また【二】
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金平糖の様な甘い口付けを何度も交わしながら、自然と瑞樹の手が優士の背中へと伸びて行く。そっと背中を撫でてから、腰の帯を掴んだ時。
「待て」
と、優士から待ったが入った。
「え、な、何で?」
「…用意していないだろう」
お預けを食らった犬の様に、眉を下げて情けない顔を晒す瑞樹に、優士は前髪を軽く掻き上げてから身体を離し、香油を取りに立ち上がった。
(…そう云えば、そうだった…)
何時も何時も、浪漫的には行かない。
それが、二人の在り方だった。
起き上がって、しょんぼりと肩を落とす瑞樹に、優士は目を細める。
どれだけ鍛えられようとも。
どれだけ世の中の汚い物を見ようとも。
変わらない瑞樹が好きだと思う。
どれだけ情けなくても良い。
そんな瑞樹を見るのが好きだから。
そんな瑞樹を支えたいと思うから。
そんな瑞樹と歩いて行きたいと思うから。
灯りの消えた部屋に、ぼんやりとした月明かりが差し込んでいた。優士が口にした様に、新月は近い。その新月を前に、心を乱す事があってはならない。まだまだ人生の途中の二人だ。悩み事を抱えたまま、命の遣り取り等出来よう筈も無い。妖との対峙中に、何かの弾みで、それに心を奪われる訳には行かない。それは、二人共、経験している。もう、二度と繰り返したくないと思う。
だから。
開けていた窓を閉めた扇風機の回る部屋で。
蚊取り線香の煙がゆらゆらと、部屋の中を漂い行く中で。
ぽたりと、瑞樹の額から落ちた汗が優士の胸へと落ちた。
赤く火照った、その身体を掻き抱き、その熱に溺れる様に、縋る様に。
今は、ただ、その不安を忘れる為に。
互いの熱に流されていれば良い。
◇
「あだっ!」
(え?)
と、瑞樹は思った。
今は体術の訓練中だ。
室内で畳と板張りの場があり、その畳の場所での事だ。
適当に繰り出した瑞樹の足が、天野の足に当たった。それだけなのに、それだけの筈なのに、天野が畳の上に倒れたのだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
こんな簡単に天野が倒れるだなんて有り得ないと、瑞樹が慌てて手を差し出せば、天野は白い歯を見せてその手を取って立ち上がった。
「ちょっと腹が痛かったんだよ!」
周りから『だらしがないぞ!』とか『手ぇ抜いたのか?』とか、囃し立てられて、天野は乱れた道着を整えながら腹を押さえた。
「天野。医務室へ行け」
そんな二人の処へ高梨がやって来て、天野の肩に手を置いた。
「えー、昼に食べ過ぎただけだって」
軽く笑って手を振る天野に、高梨は眉を顰める。
「それでもだ。身体に不調があるなら行け。体調管理も仕事だ」
「へーい」
「返事は"はい"だ」
「はいはい」
「"はい"は一回だ」
「ゆかりん細かいー」
「高梨と呼べ!」
「はっ!」
そんな二人の遣り取りを、隊員達は『またやってる』、『何時もの事、いつもの』と笑う。
傍で見ていた瑞樹も同じだ。
良い職場だと思う。
普段はこんな風にふざけてはいるが、いざと云う時は、皆、とても頼もしい事を知って居る。
朱雀へ入って、高梨班へと配属されて本当に良かったと瑞樹は笑う。
これは、まだまだ続いて行く事だ。
皆で笑い、皆でぼやき、肩を叩き合う。愉快で頼もしい先輩達から、まだまだ学ぶ事は沢山あるのだ。
「…全く…。…相手が居なくなってしまったな」
そんな事を思っていた瑞樹の耳に、高梨の困った様な、申し訳無さそうな声が届く。あぶれてしまった瑞樹を心配したのだろう。
「あ、いえ…」
「星、橘の相手をしてやれ。俺は天野の様子を見て来る」
「え」
自分なら、一人でも大丈夫です。と、そう言おうとしたが、それまで高梨と組んでいた星の名前が出て、瑞樹の顔からザッと血の気が引いた。
「ん! みずき行くぞ!」
「え、いや! ちょ、待っ!?」
高梨に呼ばれた星が、喜々として瑞樹の道着の襟首に手を伸ばす姿を見た優士は、心の中でそっと南無三と呟いた。
「待て」
と、優士から待ったが入った。
「え、な、何で?」
「…用意していないだろう」
お預けを食らった犬の様に、眉を下げて情けない顔を晒す瑞樹に、優士は前髪を軽く掻き上げてから身体を離し、香油を取りに立ち上がった。
(…そう云えば、そうだった…)
何時も何時も、浪漫的には行かない。
それが、二人の在り方だった。
起き上がって、しょんぼりと肩を落とす瑞樹に、優士は目を細める。
どれだけ鍛えられようとも。
どれだけ世の中の汚い物を見ようとも。
変わらない瑞樹が好きだと思う。
どれだけ情けなくても良い。
そんな瑞樹を見るのが好きだから。
そんな瑞樹を支えたいと思うから。
そんな瑞樹と歩いて行きたいと思うから。
灯りの消えた部屋に、ぼんやりとした月明かりが差し込んでいた。優士が口にした様に、新月は近い。その新月を前に、心を乱す事があってはならない。まだまだ人生の途中の二人だ。悩み事を抱えたまま、命の遣り取り等出来よう筈も無い。妖との対峙中に、何かの弾みで、それに心を奪われる訳には行かない。それは、二人共、経験している。もう、二度と繰り返したくないと思う。
だから。
開けていた窓を閉めた扇風機の回る部屋で。
蚊取り線香の煙がゆらゆらと、部屋の中を漂い行く中で。
ぽたりと、瑞樹の額から落ちた汗が優士の胸へと落ちた。
赤く火照った、その身体を掻き抱き、その熱に溺れる様に、縋る様に。
今は、ただ、その不安を忘れる為に。
互いの熱に流されていれば良い。
◇
「あだっ!」
(え?)
と、瑞樹は思った。
今は体術の訓練中だ。
室内で畳と板張りの場があり、その畳の場所での事だ。
適当に繰り出した瑞樹の足が、天野の足に当たった。それだけなのに、それだけの筈なのに、天野が畳の上に倒れたのだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
こんな簡単に天野が倒れるだなんて有り得ないと、瑞樹が慌てて手を差し出せば、天野は白い歯を見せてその手を取って立ち上がった。
「ちょっと腹が痛かったんだよ!」
周りから『だらしがないぞ!』とか『手ぇ抜いたのか?』とか、囃し立てられて、天野は乱れた道着を整えながら腹を押さえた。
「天野。医務室へ行け」
そんな二人の処へ高梨がやって来て、天野の肩に手を置いた。
「えー、昼に食べ過ぎただけだって」
軽く笑って手を振る天野に、高梨は眉を顰める。
「それでもだ。身体に不調があるなら行け。体調管理も仕事だ」
「へーい」
「返事は"はい"だ」
「はいはい」
「"はい"は一回だ」
「ゆかりん細かいー」
「高梨と呼べ!」
「はっ!」
そんな二人の遣り取りを、隊員達は『またやってる』、『何時もの事、いつもの』と笑う。
傍で見ていた瑞樹も同じだ。
良い職場だと思う。
普段はこんな風にふざけてはいるが、いざと云う時は、皆、とても頼もしい事を知って居る。
朱雀へ入って、高梨班へと配属されて本当に良かったと瑞樹は笑う。
これは、まだまだ続いて行く事だ。
皆で笑い、皆でぼやき、肩を叩き合う。愉快で頼もしい先輩達から、まだまだ学ぶ事は沢山あるのだ。
「…全く…。…相手が居なくなってしまったな」
そんな事を思っていた瑞樹の耳に、高梨の困った様な、申し訳無さそうな声が届く。あぶれてしまった瑞樹を心配したのだろう。
「あ、いえ…」
「星、橘の相手をしてやれ。俺は天野の様子を見て来る」
「え」
自分なら、一人でも大丈夫です。と、そう言おうとしたが、それまで高梨と組んでいた星の名前が出て、瑞樹の顔からザッと血の気が引いた。
「ん! みずき行くぞ!」
「え、いや! ちょ、待っ!?」
高梨に呼ばれた星が、喜々として瑞樹の道着の襟首に手を伸ばす姿を見た優士は、心の中でそっと南無三と呟いた。
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