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番外編・祭
特別任務【十六】
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月の無い夜の闇の中、肉を斬る音が辺りに響いた。
「橘!」
「はいっ!!」
眼前に現れた妖を高梨が先ず斬り付け、その体勢を崩させてから瑞樹に止めを刺せと激を飛ばせば、彼はそれに見事に答え、迷う事無く、高梨の後ろから飛び出し、その赤い眼に刃を突き立てた。
絶叫が山に響き、その黒い形がボロボロと崩れて行く。黒い黒い粒が地面に落ちて積もって行く。そうしてそれは、風に攫われて散り散りになり、やがて消えて行くのだ。妖が倒れた場所には、何も残らない。何も。妖が流した血も、黒く霞み、やがて消えて行く。生きていたのに。そこに居たのに。それを証明する物は何も残らないのだ。
「…高梨隊長?」
前に踏み出した瑞樹から気遣わし気な声を掛けられて、高梨は軽く頭を振った。
「ああ、すまん、何でも無い。…大丈夫そうだな?」
「あ…はい。…その…やっぱり…まだ震えるんですけど…でも…雪緒さんの言葉を思い出すと…不思議と身体が…軽くなるんです…」
「…そうか」
胸を押さえて、自分を奮い立たせようとしているのか、笑みを浮かべて語る瑞樹に、高梨は僅かに目を細めた。何を話したのかは、詳しくは聞いては居ないが、雪緒の言葉は瑞樹の心の傷を癒やしてくれたのだろう。心の奥に溜まっていた瘧を、優しく、ぽかぽかと溶かして行ってくれたのだろう。
きっと、それは雪緒にしか出来ない事だったと、高梨は思う。
(だが、しかし、だ)
「…母は無いだろう…」
「えっ!? あ、す、すみませんっ!!」
「…まあ、良い。雪緒の前では言うなよ」
雪緒は怒ったり、嫌がったりはしないだろう。しないだろうが、変な方向へ思考が走りそうで怖い。と、思っているだなんて高梨は言えない。
「はい! 男の人に母さんみたいだなんて失礼ですよね!」
瑞樹は馬鹿正直に頷いたが、ポロッと口を滑らしそうだ。それは事実で、実際に雪緒の前で無意識に『母さん』と零し、涙を流した事があるのだ。母の話をしていた時だから、その場に居た優士も雪緒も、瑞樹の母の事を呼んだのだと思った。思ったが実際は違う。瑞樹はその時、雪緒に母の姿を重ねていたのだ。瑞樹も完全に無意識だったから、恐らくは何かの切っ掛けで、うっかりそう呼んでしまう事があるかも知れない。
「まあ、気を付けてくれれば良い。今は、それよりも妖だ。あの親父の言葉に甘えるのは癪に障るが…行くぞ」
「はい!」
◇
「うん、だからね? ここは私が守るから、君達は好きに動きなさい。君達の持ってる力を総て、遠慮なく吐き出して、見極めて来なさい」
討伐隊の皆で地図を元に、又は星の情報を元に、山の探索を終えて保養所へと戻って来た高梨達に、杜川は茶を啜りながら笑顔で言った。
「…は…?」
と、高梨は目を見開く。
この親父は、また、何を言い出すのかと。
昨夜は一睡もしていない筈なのに、その四角い顔には疲れ等見えない。高梨達が探索に出て行く前に『休むね』とは言っていたが、それも数時間だ。
しかし、丸太に腰を下ろし、茶を啜る杜川の姿に揺ぎ等は見て取れなかった。
(この親父こそが、妖なのでは…?)
と、高梨は何処か遠くを見ながら思った。
「そうです。雪兄様、義之様や治療隊の身の安全はボクと親父殿が守りますから!」
そんな杜川の横では、月兎が鉛入りの木刀を軽々と振り回していた。月兎も星がかつて通った様に、剣術道場にて教えを受けているし、その腕は確かな物である事は、皆も知っていた。例の夏の祭りによって。
「少しでも怪我をしたんなら、戻って来いよ。必ず二人でだ。一人で戻って来やがったら手当はしねえからな。仲間を見捨てる奴なんて知らねえ」
「須藤さん…」
真っ昼間だが、パチパチとした音を立てて燃える篝火で暖を取りながら須藤が言えば、同じく篝火で暖を取っていた中山が額を押さえた。
「ま、おいらはケガなんかしないけどな!」
「お前が一番信用ならねえっ!!」
「あだっ!!」
星が自信満々に頭の後ろで手を組んで言えば、須藤がカツカツと長靴を鳴らして歩いて行き、その頭に拳骨を落とした。
「僕も治療のお手伝いをさせて戴きますので、お怪我をされましたら、直ぐに戻って来て下さいね」
そんな星の姿に苦笑しながらも雪緒が言えば、場の空気は一気に穏やかな物になる。
「動けない方には、ボクが須藤様や中山様を連れて行きますね」
「アタイはあったかい汁物を作ってるから、腹が減ったら何時でも戻っておいでよ」
続く月兎やみくの言葉に『こりゃあ下手に怪我なんか出来ないよなあ~』と、誰かが呟けば『誰かさんに、雪緒君の手を煩わせたとか怒られそうだよな~』と、誰かが笑いながら返す。それに高梨が『…おい』と睨み返すが、誰も聞いては居ない。緊張感等感じられない遣り取りだが、皆の士気が一気に上がるのが解った。口元は笑みの形を作っているが、目が違う。何処か戯けた雰囲気を持っていたが、皆、未だ見えぬ妖の姿を見据えていた。
「夕方に行動を開始する。それまでに、刀や無線の点検、体調を整えておくように」
もう、何年も行動を共にしている仲間だ。皆から伝わって来る闘志に、高梨は目を細め口の端だけで笑い、杜川の意見に賛同の意を表した。
◇
表しはしたのだが、やはり、どうにも杜川の掌の上で転がされている様な気がして、高梨はそれが気に入らなかった。
「橘!」
「はいっ!!」
眼前に現れた妖を高梨が先ず斬り付け、その体勢を崩させてから瑞樹に止めを刺せと激を飛ばせば、彼はそれに見事に答え、迷う事無く、高梨の後ろから飛び出し、その赤い眼に刃を突き立てた。
絶叫が山に響き、その黒い形がボロボロと崩れて行く。黒い黒い粒が地面に落ちて積もって行く。そうしてそれは、風に攫われて散り散りになり、やがて消えて行くのだ。妖が倒れた場所には、何も残らない。何も。妖が流した血も、黒く霞み、やがて消えて行く。生きていたのに。そこに居たのに。それを証明する物は何も残らないのだ。
「…高梨隊長?」
前に踏み出した瑞樹から気遣わし気な声を掛けられて、高梨は軽く頭を振った。
「ああ、すまん、何でも無い。…大丈夫そうだな?」
「あ…はい。…その…やっぱり…まだ震えるんですけど…でも…雪緒さんの言葉を思い出すと…不思議と身体が…軽くなるんです…」
「…そうか」
胸を押さえて、自分を奮い立たせようとしているのか、笑みを浮かべて語る瑞樹に、高梨は僅かに目を細めた。何を話したのかは、詳しくは聞いては居ないが、雪緒の言葉は瑞樹の心の傷を癒やしてくれたのだろう。心の奥に溜まっていた瘧を、優しく、ぽかぽかと溶かして行ってくれたのだろう。
きっと、それは雪緒にしか出来ない事だったと、高梨は思う。
(だが、しかし、だ)
「…母は無いだろう…」
「えっ!? あ、す、すみませんっ!!」
「…まあ、良い。雪緒の前では言うなよ」
雪緒は怒ったり、嫌がったりはしないだろう。しないだろうが、変な方向へ思考が走りそうで怖い。と、思っているだなんて高梨は言えない。
「はい! 男の人に母さんみたいだなんて失礼ですよね!」
瑞樹は馬鹿正直に頷いたが、ポロッと口を滑らしそうだ。それは事実で、実際に雪緒の前で無意識に『母さん』と零し、涙を流した事があるのだ。母の話をしていた時だから、その場に居た優士も雪緒も、瑞樹の母の事を呼んだのだと思った。思ったが実際は違う。瑞樹はその時、雪緒に母の姿を重ねていたのだ。瑞樹も完全に無意識だったから、恐らくは何かの切っ掛けで、うっかりそう呼んでしまう事があるかも知れない。
「まあ、気を付けてくれれば良い。今は、それよりも妖だ。あの親父の言葉に甘えるのは癪に障るが…行くぞ」
「はい!」
◇
「うん、だからね? ここは私が守るから、君達は好きに動きなさい。君達の持ってる力を総て、遠慮なく吐き出して、見極めて来なさい」
討伐隊の皆で地図を元に、又は星の情報を元に、山の探索を終えて保養所へと戻って来た高梨達に、杜川は茶を啜りながら笑顔で言った。
「…は…?」
と、高梨は目を見開く。
この親父は、また、何を言い出すのかと。
昨夜は一睡もしていない筈なのに、その四角い顔には疲れ等見えない。高梨達が探索に出て行く前に『休むね』とは言っていたが、それも数時間だ。
しかし、丸太に腰を下ろし、茶を啜る杜川の姿に揺ぎ等は見て取れなかった。
(この親父こそが、妖なのでは…?)
と、高梨は何処か遠くを見ながら思った。
「そうです。雪兄様、義之様や治療隊の身の安全はボクと親父殿が守りますから!」
そんな杜川の横では、月兎が鉛入りの木刀を軽々と振り回していた。月兎も星がかつて通った様に、剣術道場にて教えを受けているし、その腕は確かな物である事は、皆も知っていた。例の夏の祭りによって。
「少しでも怪我をしたんなら、戻って来いよ。必ず二人でだ。一人で戻って来やがったら手当はしねえからな。仲間を見捨てる奴なんて知らねえ」
「須藤さん…」
真っ昼間だが、パチパチとした音を立てて燃える篝火で暖を取りながら須藤が言えば、同じく篝火で暖を取っていた中山が額を押さえた。
「ま、おいらはケガなんかしないけどな!」
「お前が一番信用ならねえっ!!」
「あだっ!!」
星が自信満々に頭の後ろで手を組んで言えば、須藤がカツカツと長靴を鳴らして歩いて行き、その頭に拳骨を落とした。
「僕も治療のお手伝いをさせて戴きますので、お怪我をされましたら、直ぐに戻って来て下さいね」
そんな星の姿に苦笑しながらも雪緒が言えば、場の空気は一気に穏やかな物になる。
「動けない方には、ボクが須藤様や中山様を連れて行きますね」
「アタイはあったかい汁物を作ってるから、腹が減ったら何時でも戻っておいでよ」
続く月兎やみくの言葉に『こりゃあ下手に怪我なんか出来ないよなあ~』と、誰かが呟けば『誰かさんに、雪緒君の手を煩わせたとか怒られそうだよな~』と、誰かが笑いながら返す。それに高梨が『…おい』と睨み返すが、誰も聞いては居ない。緊張感等感じられない遣り取りだが、皆の士気が一気に上がるのが解った。口元は笑みの形を作っているが、目が違う。何処か戯けた雰囲気を持っていたが、皆、未だ見えぬ妖の姿を見据えていた。
「夕方に行動を開始する。それまでに、刀や無線の点検、体調を整えておくように」
もう、何年も行動を共にしている仲間だ。皆から伝わって来る闘志に、高梨は目を細め口の端だけで笑い、杜川の意見に賛同の意を表した。
◇
表しはしたのだが、やはり、どうにも杜川の掌の上で転がされている様な気がして、高梨はそれが気に入らなかった。
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